二人暮らし
ギギィ、という木材が擦れる音。それに次いで「ただいま」と扉の音にも負けない程疲れた声が聞こえた。
それと同時にメルは玄関へ向かう。この家の家主が帰ってきたのだ。
メルは二つ並んだ扉の右側を開けると、同じような音が鳴りながら玄関への道が出来上がる。はずなのだが、なかなか扉が動かない。メルが小さな体の体重を全て扉に預けると、ゆっくりとだがそこでやっと扉が開いた。
玄関にいた少年は黒髪が少し目にかかり、肉つきもあまり良くない。服装は襟の広がったシャツに所々ほつれたズボンのみだ。
少年の名前はイナビ。メルにとっては命の恩人だ。
しかし、そのイナビは現在、靴を脱ぐ事にすら必死になる程消耗していた。
「手伝いましょうか?」
聞いてみるが案の定、「大丈夫」と返ってきた。
イナビはやっとの思いで靴を脱ぐと、家に上がる。玄関は一段下がっている設計なので、元々メルより少し高い場所にあったイナビの頭はたちまち見上げる程の高さになる。
イナビはメルに手に持った弁当を見せると「さ、食べよう」と言って、奥の部屋に入って行く。
そのすれ違う時、メルはイナビの埃っぽい匂いがいつもと比べて濃くなっている事に気がついた。
魔法の匂いがいつもより濃いという事はイナビがそれだけ職場で魔法を酷使したということになる。
魔法を使う際、使用者は体力を消費するため、魔法の酷使は命に関わる危険な事なのだ。
「大丈夫ですか、病院でまた必要以上の重労働を?」
「いや、今日はいつもの手当てに加えて手術一つで済んだよ」
メルは奥の部屋に入って行ったイナビの背中を追う。
イナビは部屋中央の小さな机に弁当を二つ並べて座っていた。
部屋に入る時、玄関への扉を閉めるのだが、これが開ける時よりも難しい。きちんと閉めるには扉の面に横向きに掘られた穴に指をかけ、綱引きの綱を引く様にしてやっと閉まる。
メルがその様にすると、嫌な音を立てながら扉が閉まった。
「あはは、この建て付けの悪さは何とかした方がいいかな」
「そんな事より、手術ってどんなものでした?」
メルが聞くとイナビは「答えていいのかな」と、呟く。
「無茶しないで下さいね」
メルはそれだけ言うと机の前に座り、自分のぶんの弁当を食べ始めた。