冒険とは程遠い者
イナビは東の街『ラミュール』の居住区を歩いていた。が、その足取りは遅く今にも行き倒れそうだ。しかし、そんなイナビを見る周囲の人間は嘲る様なモノばかりで心配の色など微塵もない。
理由は二つ。まず一つ目はイナビが持っているビニールの袋には買ったばかりの弁当が二つ入っている。飢餓を凌ぐ為にすぐにでも食べるべきだ。
二つ目はイナビから発する埃っぽい匂いだ。この匂いはイナビの"魔法の匂い"であって、イナビが魔法体質を持っている事を示している。大半の原因はこの二つ目だ。
昔、この世界で魔法体質のある人間とそうでない人間とで大戦争が起こった事があり、現在少人数の魔法体質のある人間が差別を受けている。
イナビはラミュール中央にある病院で働いている事もあり、顔が知れているため、イナビの埃っぽい匂いが魔法のものだと知っている者がほとんどだ。
実は毎日この調子なので、イナビはすれ違う人間や追い抜いていく人間の顔をほとんど覚えてしまっている。全員酷い表情を向けてくる人間だ。
しかしイナビは千鳥足の自分も、周囲の目も当たり前の様に居住区を東へ歩いた。
ラミュールの居住区から更に東はスラム街になっていて、多くの魔法体質を持った人間が住んでいる。
イナビもその例に漏れず、やっとの思いで家の前に辿り着いた。
一階建で、朽ちた壁や屋根が目立つが、隙間風や雨漏りは無い。ガスや水道も通って無い。
貧困のイナビが何故立派な(?)一軒家を持っているのかと言うと、とある冒険者に貰ったのだ。
元々イナビはラミュールから近い村に家族三人住んでいた。しかし、イナビが15歳の時に"ブラッドスカイ"という現象が発生して村は壊滅。一人助かったイナビはラミュールの冒険者に保護された。その冒険者がイナビにこの家をくれたのだ。
そしてイナビは一人で暮らし始めた。
イナビは家の扉を開くと「ただいま」と言った。
同時にキャラメルのような甘い匂いが鼻腔をくすぐった。