1話 ニックス=フューリー5歳 現実の厳しさを知る
魔導甲冑の現在置かれている現状です
ニックス=フューリー。
5歳。
父、ニムバスの三男として、フューリー家に生を受ける。
2ヶ月前、何の因果か前世、日本人伊坂巧の記憶が甦る。
彼は歓喜した。
転生したこの世界ブルーシードには剣と魔法が存在し、人々の生活を脅かす魔物を退治する為の魔力で動作する機械の鎧、魔導甲冑が活躍していた。
魔導甲冑は伊坂巧の記憶では、正しくパワードスーツと呼ばれるものだ。
これは天命か、はたまた只の幸運か。
いや、そんな事はどうでもいい。
地球ではただの夢でしかなかったパワードスーツが、現実に存在するのだ。
是が非でも造りたい。
自分専用のパワードスーツを!
しかし・・・・・・
「メチャクチャ高価な」
魔導甲冑に興味を持った事で両親は関係資料や本を与えてくれた。
両親や兄弟は5歳児に文字や文章が読めるとは当然考えておらず、絵に夢中になっていると思っているだろう。
実際は伊坂巧の記憶が甦った時点から2ヶ月で、この世界で一般的に使われている文字は修得済みである。
子供の身体のせいか異常に物覚えが良い。
また精神も年齢相応の状態である為、子供のふりをするのも楽だった。
エネルギーが有り余っているせいか、どうしても身体を動かしたい衝動に狩られるのが難点でもあるが。
屋敷の書庫にこもり独自に知識を集めていると入手には中々に困難であるのが解った。
先ず、非常に高価である。
一般人では到底手が届かない。
この世界で活躍し英雄と呼ばれる者は、例外無く魔導甲冑を身に纏っていた。
父ニムバスも例外では無く、若い頃家が用意してくれた魔導甲冑を纏い戦場を渡り歩いたらしい。
通常貴族の階級が上がるのは、何代にも渡り徐々に武勲と功績を積み重ね、漸く次の階級へと上がる。
2階級も上がり子爵に成れたのは、運も良かったが、ニムバスが異常に強かった事に起因する。
戦場、魔物討伐において無敗。
これ程多くの功績を残せたのは「両親が与えてくれた優秀な魔導甲冑のおかげだ」と笑って答えた。
魔導甲冑の優劣は、勝敗以上に命に繋がる。
ニックスにとっての祖父母は、ニムバスを心配し高価で優秀な魔導甲冑を用意したのだろう。
あまりにも短期間で階級が上がってしまった為に周囲の貴族の反感を買う事となってしまい、結果非常に豊かで肥沃な大地を持つが、魔物ひしめく辺境の地へと追いやられてしまう。
本来なら怒りを持つところなのだが、ニムバスは「貴族では無く魔物を相手にしていればいいから気楽でいい」と祖父母と一緒に笑っていた。
貴族に対する感情は良くない様だ。
確かに近くの森は豊かな恵みを与えてくれるが、魔物を相手しながら収穫するのははっきり言って危険である。
どうにも血筋なのか、のんびりとした性格の者が多い。
ニックスも影響を受けているのか、全くと言っていい程慌てない。
歳の離れた兄弟も一緒である。
もうすぐ15歳の成人を迎える長男のニールは「わざわざ貴族の住む魔窟に踏み込む気はない。この辺りで魔物を狩って、畑を耕して暮らす」と早々に戦線離脱を表明した。
12歳の次男ニダンも「俺も兄さんのサポートをする。貴族の暮らしは遠慮したい」と同様である。
聞けば社交界に初めて参加した際に、父に近づく為に有象無象の貴族から娘を嫁にと、うんざりする程薦められたらしい。
幼少期からコネや許嫁を作るのは貴族は普通なのだが、どうにも下心だけで近づく者が殆どで子供ながら人間不信になりそうだった様だ。
それでも中には良い感じの娘もいたらしいが、幼い頃から気高くあれと教育された子供は高飛車な者が多く、好みでないと諦めた。
両親、祖父母とも一切反対しておらず、嫁は領地の中から自分で決めると言っている。
腕っぷしは両親からしっかり受け継いでいる為、剣と魔法どちらにも秀でており、成人したら魔導甲冑を贈られるのが決定していた。
ニックスにも贈られるかは現状では分からないが、もし手に入れても不満が残るのは明白だった。
「何でこんなに大きくなったんだよ。装備も意味が分からん」
愚痴が漏れてしまう。
不満の原因は魔導甲冑の大きさである。
現在主流となっている魔導甲冑の大きさは3~5メーター。
大き過ぎるのである。
ニックスの求める大きさと姿は人の大きさを逸脱せず、全身にフィットする強化外骨格に近いスマートなものが望ましい。
彼の希望とは裏腹に世界は魔導甲冑を大きくする事を求め、歪に肥大化の一途を辿っている。
これには動力炉と動力源が関係し、高価な為に貴族にしか買えないのが問題だ。
先ず動力炉は小型化の研究が進んでおらず、出力を上げるには複数の炉を取り付けなければならない為、自然に大きさが必要になる。
次に動力源の魔法結晶は、魔物の持つ魔力を循環させる器官、魔核を採取、結晶化したものが用いられる。
動作に必要な保有魔力量は、魔物の強さ(等級)が高い程多い傾向にある為、討伐の困難さから高額になってしまう。
生存率は上がるが燃費が決して良くない魔導甲冑を常時動かすには等級の低い魔物を狩り、魔力量の少ない魔法結晶を絶えず交換する。
低い等級でも高価な魔力結晶を買うのは金持ちである貴族が有利であり、交換回数を減らす為に魔力変換炉を大きくして積載数を多くするので魔導甲冑は更に大型化してしまう。
悪循環の繰り返しが現在の大型化を呼んでしまったのである。
また貴族は見栄をはる傾向にあり装飾も豪華にしている為、華美な機体が多い。
戦闘の役に立つとは到底思えない、無駄に派手な装備が多く積んである。
装着するという特性上、装着者の体格や能力に合わせ調整され、唯一無二が常であり、量産化には至っていないのも拍車かけている。
「家ごとの独自技術が秘匿されているのも問題だな」
ニックスの読んでいる魔導甲冑の情報は、あくまでも一般に公開されている基本情報だけである。
魔導甲冑は家が独自に研究、開発しているものも多く、中には現在の技術から逸脱している過剰技術もある様だ。
優秀な魔導甲冑技師を抱える事が出来れば、それだけ目立つ。
活躍を多くの人や国へアピールする機会も増え、功績の点でも有利なのだ。
フューリー家にもお抱えの技師がおり、派手さを好まないニムバスの意図を的確に汲み、質実剛健、実用一辺倒の機体を造り上げている。
技術の高さは、ニムバスの功績が示していた。
ニックスの推測では父が致命傷を受けた経験が無いという事から、頑丈さと魔力操作反応速度、不具合が起きにくく操作性が良好なのがフューリー家の機体特性だと読んでいる。
「基本思想が鎧だから、装着を手伝う従者も必要なのか」
魔導甲冑は戦場に運搬し、主に着せる必要がある。
それを担うのが従者である。
技術者も兼任している者が多く、機体が大きければそれだけ人数を増やさなければいけない。
増々お金が掛かる。
「一人で装着出来ないとか、俺の理想とは真逆な事ばかりじゃないか。発想から根本的に見直す必要があるぞ。やっぱり製作技術を学ぶのに学園へ通うのは必須か」
書庫で一人呟き天を仰ぐ。
学園とはフューリー家も席を置くプライム国が支配する、フォールド大陸中心に位置する剣や魔法、魔導甲冑の製作技術を習得出来る学舎である。
建設は初代プライム王が行った事から、プライム学園と名付けられた。
成人を迎えた15歳から入学が可能となる。
受講料がそれなりに掛かる事から貴族が中心となるが、多岐にわたり多くの技術を学べる為、お金を貯めて入学する一般人も少なくない。
貴族が多い為、代償に嫌味や嫌がらせを受ける確率が高いが、見返りも大きい。
ニックスも貴族と進んで関わり合うのは面倒ではあるが、野望の実現の為には仕方無いと割り切るしかないだろう。
天井を見詰め、多過ぎる問題に頭を抱えたくなるが、諦めるという選択肢は無い。
「先ず動力炉の小型化と出力の上昇。待てよ、その前に技術者か。俺の理想を理解してくれないと駄目だな・・・・・・都合良く見つかるのか・・・・・・気を取り直して、次に質の良い魔法結晶の確保・・・・・・」
呟きながら机に備え付けてあるペンの先端をインクに浸す。
上等とは言えない紙にやるべき事を、箇条書きで書いていく。
「ニックス、稽古の時間だぞ」
「はーい。父様、今行きます」
庭に面した窓からニムバスの呼ぶ声が聞こえる。
魔導甲冑に興味を持った日から、父に鍛練と稽古の指導をお願いしている。
母のクラリスからは魔法を学んでいた。
身体能力と魔力の向上は、騎士にとって重要である。
頑健な肉体と精密な魔力操作は魔導甲冑を身に付ける上で、必須だ。
成人までは時間がある。
今は出来る事をやるだけだと、心を奮い起たせるニックスだった。
次回、犬耳の少女に出会う。
サクッと8歳まで進みます。