第6話 狩人魔法使いこそ最強(当たれば)
12月27日の朝。
念のために、早い時間に魔法空間の目覚ましをかけてあった。サクラ視点では、まだ部屋は暗いままで誰も活動していない。
「ハコネ、おはよう」
「サクラ、ちゃんと起きたのね。おはよう」
無事の帰還をハコネに知らせ、でもギードさん一家を起こさないように、こそこそしゃべる。
「ハコネは寝ないって、眠くならないの?」
「眠くなるって感覚が私には分からないわ。そういうとこ、人とは違うの」
ハコネの謎も、もしかしたら今日分かるのかもしれない。
「おう、おはよう。早いな」
しばらく経つと、ギードさんが起きてきた。
「おはようございます」
私に続き、ハコネもギードさんには見えないし聞こえないけど、挨拶をしている。
ギードさんが朝食の準備を始めた。食事の準備は、冒険者時代から続く、交代でやるルールだそうだ。
「おはよう。サクラちゃんにハコネちゃん。早いのね」
「おはよう!」
「おはようございます」
ちゃんと反応してもらえる分、イーリスさんへのあいさつが元気になるハコネ。
子供たちはまだ起きてこない。しょうがないわねと、お母さんが起こしに行くことは、異世界でも変わりない。
起きた人は、風呂は無いので、井戸水で水浴びだ。お湯を沸かす魔道具もあるそうだが、高級品。魔法が使える人は自分で湯を沸かして風呂も可能だが、そんなことが出来るのは一部の人だけ。具体的には、この家の人とか。
「いただきます」
ギードさんによる朝食は、パンとスープと目玉焼き。とってもシンプル。
「おいしいです」
「えっ!?」
「サクラ、塩辛いの好きなの?」
味が分からないのにおいしいとお世辞を言ったら、どうも外れだったらしい。おいしいと言って驚かれる塩辛さ? さっきの反応、マルレーネは塩辛いのはあまり好きでない様だ。
「塩があまりないところで育ったのかしら?」
「そう、かもしれません」
「塩好きのエルフ、珍しいわね」
うっかり「そうだ」と言いかけたが、記憶がない設定だった。味に関しては、何も言わない様にしよう。ぼろが出そうだ。ハコネの言う珍しいってのは、普通のエルフについて教えてもらわねばなるまい。カモフラージュ用に。
ギードさんは農作業に行った。今日は子供たちも連れて。
残されたイーリスさんと二人、いやハコネもいるけど、これからを相談。
「今日は朝から狩りに行こうと思うのだけど、狩りは危険もあるわ。サクラちゃんは、ステータスを人に教えるのは気にする人?」
見方が分かりません。
「それも忘れてしまってるのかしら。自分の姿を思い浮かべて、見たいと思う。どう、見える?」
どれどれ。
ジョージ
種族 未定義
Lv 1
HP 1750/1750
MP 1750/1750
力 125
守り 125
速さ 125
器用さ 200
賢さ 200
MP 2/2
2行目からおかしいし、全然違う数字でMP2つある。怪しまれる様な値だったら困る。いや、1行目もおかしい。というか、サクラのを見せろや。
「聞くからには、先に私のを言うわね」
イーリス
種族 アニ族
Lv 32
HP 136/136
MP 235/235
力 130
守り 98
速さ 162
器用さ 162
賢さ 226
教えてもらったイーリスさんはこんな感じ。Lvの差を考えたら、俺、おかしい。ここは逃げ、だ。
「うまく見えなかったです」
「なら、私が見てもいい? 私は他の人のを見る魔法を知ってるけど、緊急事態でなければ他の人のを見るのは許可取ることにしてるの」
リスキーだけど、好奇心が勝った。許可も取らない他の誰かに見られる可能性があるなら、どう見えるのか知っておきたい。
サクラ
種族 クスノキ
Lv 1
HP 112/112
MP 112/112
力 20
守り 20
速さ 20
器用さ 32
賢さ 32
「エルフは5倍って言うから、レベル1でこれくらいなのは普通かもね。それだけレベルは上がりづらいそうよ。長生き種族だから、神様もそういう風に作ったのね。種族は、エルフにクスノキ族って細分類があるのかしらね」
いや、きっとそれ、材料がクスノキだったから。
「ハコネちゃんは…… 見ちゃダメ?」
「ダメ!」
ハコネ、謎多き妖精?路線維持を選択。
「ハコネちゃんは魔法で攻撃されない限りは平気なのよね。問題ないわ。サクラちゃんも、この辺の獣にやられても大事にならないくらいね。狩りが良い練習になるわ。一緒に行きましょう」
イーリス先生と狩り。この世界の生き物、魔法、色々習いたいことがある。
ここはマコ村から東に進み、川に出た。
「この川は、メナカ川。エルフの国から流れてきてる川よ。覚えてないみたいだけど、サクラはこの川沿いに南下してきたのかしらね」
「メナカ川? そんな名前だったかしら?」
「ハコネちゃんはこの川の名前、何って覚えてたの?」
「えっと、なんだったっけな」
本当の故郷ならそうだが、実際の中の人はエルフでないので、そんなエルフの国に行ったらボロが出る可能性アップだ。当分行かないことにしよう。
「狩りをする場所は、どこなんですか?」
「少し川上に行くと、良い狩場があるの。村から少し離れるから、獣がそれなり居るわ」
川にぶつかって北上。村の北の山を左手に、メナカ川を右手に見ながら進む。すると、川と山の間が広がり、その間が森になっている場所に出た。
「今日はここから始めましょうか。私がやってみせるから、出来そうならサクラちゃんもやってみてね」
「はい」
狩られる生き物はどこ? それはすぐ見つかった。イーリスが足音をさせないように歩くのについて行くと、シカが居る。見たところは、普通のシカだ。
「氷よ 刃の如く風の如く 切り裂け!」
呪文に合わせて、薄い刃のような物がシカに飛び、首を切り裂く。首が落ちるには至らないが、出血でまもなくの命だろう。
「冷えよ 凍るまで!」
息絶えるのを待たず、冷やす魔法。すぐ表面に霜が見えるくらいになり、イーリスさんのストレージに収める。発見から1分もない。早い。ハコネも手際の良さに感心してる。
「森の中で、火の魔法は使えないからね。冬の森では厳禁だわ。すぐなら水の魔法で消せるだろうけど。サクラちゃんは魔法が使えるんだったわよね。適当な的でやってみる?」
「ストレージの魔法しか覚えてないので、教えてください」
覚えてないじゃない。最初から知らない。
「じゃあ、さっき見せた氷からね。氷よで何を出すか決めて、刃の如くで形を、風の如くで動きを、切り裂けで発動ね」
「どこで、何をってのは要らないんですか?」
これはマルレーネのを見た時からの疑問。そして、失敗してずぶ濡れになった原因の解明のため。
「どこで、何をってのは、言葉でなく視て定めるわね。集中して視ることで、発動場所を指定できるわ」
「やってみます」
「試しに、そこにある枝を切ってみて」
「氷よ 刃の如く風の如く 切り裂け!」
「ちょ、あぶ!」
「ちゃんと発動するのは、さすがね。きっと忘れる前は出来てたんでしょうね」
魔法の氷が、出て来たが全然違うところへ。イーリスさんの方へ行かなかったのは幸い。ぶつかりかけたハコネは抗議してるが、当たらなければどうということはない。
「おかしいわね。もう一回よ」
「痛っ!」
何回かやったが、発動場所がバラバラ、標的に当たらない。イーリスさんは防御魔法を張って安全地帯から見てる。ついには、サクラ自らの体に当たる始末。結構ざっくりか? まずい。
「癒しの種よ あるべき姿に戻せ!」
イーリスさんの呪文で、傷が治る。逆再生的なものでなく、かさぶたが出来て剥がれて治るってのを超早回しで進めた感じだった。
「治療魔法もそのうち教えてあげるわ。今はさっきの失敗についてね」
「はい、私の後ろに発動して、私の方に来てしまいました」
「こんな事、ありえないんだけどね。おかしいわ。だって、見た場所に発動させるのに、絶対見えない後ろで発動するなんて。マルレーネもハンスも場所は最初から正しかったんだけど」
昨日の水の魔法といい、発動場所の制御がノーコンだ。火のノーコンで火事発生が思い浮かぶ。危なくて使い物にならない。
「他の魔法を試してみましょうか。魔光灯が灯せたのだから、全ての魔法が出来ないわけじゃないだろうし。獲物を見つけたら、やってみましょう」
森を獲物探し。今度はイノシシを見つけた。
「土よ 壁となりて 現れよ!」
イノシシの周りに現れる土壁。あ、あの時見たやつだ。言えないけど。
その後、そのまま冷凍しストレージ行き。氷の刃でも壁でも良いから、動けなくして冷凍が良いらしい。冷凍は魔力消費が大きいから、失敗しないように動かれたくないらしい。
そして、俺の魔法は、土壁も失敗した。的の木を囲う予定が、サクラを囲んだり。
「冷えよ 凍るまで!」
「上出来だわ」
「これはうまく行くのね」
目の前に凍ったシカ。冷凍魔法は、一回で成功した。
この魔法は、発動場所を見るのではなく、温度を下げたい物を見て発動させる。ターゲットが座標なものがうまく行かなくて、ターゲットが目標物なものはうまく行くのだろうか。そういう相性かもしれない。
少し何かが掴め始めたところで、村に帰ることになった。戦果は、シカ2頭に、イノシシ1頭。1家族の食べる量じゃないな。
戻って来たマコ村。出た時と違って、各家の戸の両脇に、葉のない枯れ木が置いてある。カドツリと言うらしい。門松みたいなものか?
そんな村の様子を見ながら、ギードさん宅に帰ると、収穫の解体作業をご近所を巻き込んで開始。こういう時は手伝える人はどんどん集める。お年寄りも子供も。
狩りの時は疑問に思う間もなかったが、獲物の血は狩りの場で抜くのかと思ったら、帰って解凍してから抜いている。なぜか聞くと、
「森で解体してたら、肉食の獣が来てしまうでしょ。私はそのまま持って帰ることにしてるの。血も使うのよ」
だそうである。そのまま凍らせて、解体せず重くてもストレージ魔法で持って帰れる。魔法が使えることで、狩人の仕事は格段に楽に、安全になる。
さらに村で解体して、血も器に入れてソーセージの材料。血液は栄養豊富で、捨てるなんてとんでもないそうだが、腐りやすいのですぐ冷やせる様で無いと持ち帰れない。
解体した肉を運ぶのを手伝う。運ぶ先は、村共同の冷凍倉庫。
冷凍倉庫!?と驚いたが、魔法があるから冷凍庫と電気が無くても問題ない。分厚目の土壁で、冷気が漏れるのを防ごうとしてある。何らかの断熱材とかもあるのだろうか。お手伝いということで、俺も冷凍魔法を少し掛けておいた。
「あんたも冷凍魔法が使えるのかい? ありがたいね。時々、イーリスちゃんかマルレーネちゃんに冷凍魔法をかけなおしてもらうんだけど、彼女達が長旅に出ちゃうと村の食べ物を保存できなくて困ってしまうの。だからギードさんちはあまり村から離れられないわ。サクラちゃん、この村にずっと住まない?」
そんな事を言い出すご近所さん。冷凍庫の番人として余生を過ごすのは、もう少し楽しんでからにさせて欲しい。
ひとまず作業が終わり、解散。そして、昼食。今日の肉をすぐ使うのかと思ったら、少し寝かせてから使うのだそうで、別の肉が出て来た。そして話に出た、血を使った黒いソーセージ。きっと美味なのだろう。味わえないのが悔しい。
「私も狩りの手伝いできるのよ。凍らせるのは得意なの」
「僕も行きたいけど、まだ連れてってもらえない」
「ハンスは、火加減を覚えたらね。ハンスの魔法で倒しちゃうと、食べるとこ無くなっちゃうわ」
マルレーネも見習い狩人。冷凍が使える子は、子供でも狩りに連れて行ってもらえる。ハンスは火の魔法が得意だけど、狩りに役立ちそうな魔法が使えないため、普通の子供と同じように留守番。
午後の狩りは、イーリスさんにマルレーネがついて行く。俺は魔法の自主練ということで、メナカ川の河原へ。もちろん、ハコネはついてくる。
「魔法使いが多いと、町も村も栄えるのよ。魔法使いの子が魔法使いになることは多いから、領主も魔法使いに子沢山を奨励するし、魔法使い同士の結婚を斡旋したりするわ」
「そんなに魔法使いが役立つのに、金持ちになったり貴族になったりしないのか?」
「そうなる事もあるわ。大きな町だと、鍛冶の火を担当する魔法使いとか、職人の魔法使いが増えるわね。でも、ギードさんちみたいに、普通の村人ってのが多いわね。国の一番大事な仕事は、みんなを食べさせていくことだし」
そんな話を試す魔法は、失敗する魔法と成功する魔法は、朝方と同じだった。座標指定でなく目標物指定の魔法はうまく行く、そんな相性があるのだろう。
「魔法については、私が教えられることは無いわ。私の魔法は、人間のとは仕組みも使い方も違うのよ」
結局進展はないまま、マコ村に戻る。すぐイーリスさんがお出迎え。
「探しに行こうかと思ってたけど、ちょうど良かったわ。お婆ちゃんが来てるのよ」
イーリスさんとともに、ギード家へ。偉大なお婆ちゃんはどんな人なのか? あれ? え?
「そなたがサクラか? ワシがマリッカじゃ」
ロリババアか!