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第5話 サクラを科学する時間(医学生理学賞)

 さて、食事の際から先延ばしにしていた問題。サクラの体の、生理的な欲求について。

 昼食からそれなり時間は経ったが、空腹感やのどの渇きのようなものは感じない。そういうのは感覚を伝える魔法で伝わらないらしい。これって、内臓系の病気の際に困りそうな気がする。

 あと、尿意や便意というやつ、これも無い。昼食で食べて水分を取って、水が掛かって冷えて、尿意が来てもおかしくないのだが、これも無いところを見ると、内臓の感覚が無いってのに含まれるんだろう。これは大問題だ。体が警告を発しないのに、いきなり限界が来てなんて、とてもまずい事になる。


 ここで、この問題について、3つの可能性がある。

① 感覚を感じないだけで、その欲求はしっかりと存在する。この場合は、いきなり決壊の危険が。

② その欲求がない。人間の形をしていても、木から出来た体なので、排泄というのが無い。植物のようにあ、水分は見えない気孔から放出とか、不要物はあしから放出とか。

③ エルフはトイレに行きません。これもあり得る。食べたものは、質量が魔力に変換されます、なんての。魔力だけ食べて生きる魔物が居る世界だそうだし。


 そんな問題について、理系研究者のはしくれとして、解明することは当然の行為だ。俺はトイレに行くことにした。何もやましくない。やましくない。


 トイレは各家にはついておらず、村にまとまってある。マルレーネたちに案内された時に聞いていた。中は、3つの個室に穴があるだけだが、汲み取り式のような匂いがしない。魔法の力で浄化でもしてるんだろうか。


 この体でそういう事をするのは初めてなので、ちょっと緊張するが、結果として問題は解決した。答えは、①と考えられる。きっと代謝は人間と同じように起きるのだろう。風呂で体や髪を洗ったりもしないといけない。風呂、あるのかな?


 トイレットペーパーのようなものはなく、その為と思われる葉が置いてあったが、抵抗があったので魔法空間からトイレットペーパーを出して使った。一応これで、事故防止への対策は前進した。




 科学の時間が終わり、ギード宅へ戻る。夕食の準備中だった。

 昼食も何の手伝いもしなかったが、何かした方が良いかとイーリスさんに聞いたら、お客さんに手伝いはさせないわ、との事。マルレーネとハンスは手伝っている。

 する事もないので、テーブルの末席に座って、イーリスさんの手際を観察する。


「火よ 静かに留まり 出でよ!」


 かまどに火をつけるとき、こんな呪文を唱えた。覚えておいて、安全な場所でやってみよう。


 二度目の食卓を囲む。何かわからない肉が入ったスープ、パン、サラダ。「いただきます」はあるけど、ご飯はない。どこかにお米がある場所もあるだろうか。


「しばらくうちに泊まっていってね。明日は一緒に狩りに行きましょう。年越しの祭りには、ぜひ出て欲しいわ」

「年越しの祭り? どんなお祭りですか?」

「暦が新しい年になる夜、村のみんなで火を囲んで食べたり歌ったりするんだ」


 クリスマスとお盆と大晦日が一緒になった様なものか。


「その祭りは、いつなんですか?」

「あと6日後よ。そろそろ準備のために、狩りを多めにしたりするのよ」


 今日は12月26日って事か。そして、明日は一緒に狩りに行くって、多めに狩るための手伝いかな。手伝いじゃなく、見学をしろと言うだけかもしれないけど、折角行くならその技術を学びたい。




 外は暗くなって、家の中はランプの明かりだ。見ると、何かが燃えているランプじゃなく、光る球が支柱の上に乗っているような構造。謎の道具だ。トイレから戻った時には点灯していたから、どう点けたのか見逃した。


「魔光灯、珍しいかしら? うちはマリッカお婆ちゃんが作れるから持ってるけど、どこにでも有るって訳でも無いわよね」

「金持ちの家くらいにしか無いのが普通だぞ。俺も一緒に住み始めて、マリッカさんがくれた時には驚いたもんだ。普通は油で火を灯すものだ」

「凄いものなんですね。作り方教えてくれないかな」

「簡単に作れたらもっと普及するんだろうけどね。材料集め、作るのに込める魔力、どれもお婆ちゃんくらいにしか出来ないわ」


 どうもマリッカさんという、昼間のマルレーネの話にも出たひいひいひいひい……婆ちゃんがただ者では無いようだ。そんな道具を作れるとか、そんな技術も知りたい。金持ちに高く売れるのだろうし。


 魔光灯の点け方と消し方を教えてもらった。「灯よ 消えよ」「灯よ 灯れ」で良いらしい。やってみたら出来た。「灯よ」と「火よ」の違いが分からないから、うっかり灯じゃなく火が点きそうで怖い。


「火と灯、言葉だけじゃなくて、思い描くのも大切よ。魔法は言葉でできてるわけじゃなくて、想像を助けるために言葉を使ってるのだから」


 イーリスさんは魔法の先生になれると思う。しばらく滞在して、イーリスさんに魔法を習ってから旅立つのもいいかもしれない。迷惑でなければ。




 夕食後は、子供たちに勉強させる時間。この村には学校がないため、勉強は親が教える様だ。

 日中歩いた時、村で字を見かけなかった。表札らしきものは無い。店も無いから看板もない。おかげで、まだ一度も文字を見ていない。

 イーリスさんがマルレーネとハンスに読み書きを教えるそうだが、紙は貴重なのか浅い箱に砂を敷き詰めたものに棒で字を書いている。そしてその字は、なんと《《ひらがな》》だった。何かの力で俺にだけそう見えるだけじゃないかとも思ったが、マルレーネの棒の運びを見ていると、まちがいなく「の」を書いている。

 これまで話し言葉も何の違和感もなく聞き取れ話せていたが、完全に日本語だ。そして、現代語だ。これはとても不思議なこと。しかし、疑問を彼女らに聞いても当たり前で済まされてしまう。日本人に「日本の言葉はなぜ日本語ですか」と聞いても、そうだからと答えるだろう。俺ならそうだ。




 勉強の時間が終わり、子供たちは寝る時間。まだ夜8時くらいじゃないのかと思うが、早寝早起きが省エネ生活だろう。魔光灯だって、使った分だけ込められた魔力を消費してしまうのだ。

 子供たちが彼女らの部屋に行った後、ギード夫妻とサクラでテーブルを囲む。そこで、昼間ギードが言いかけた話の続きになった。


「サクラは、昨日までずっと、勇者の樹で眠っていたんじゃないか?」


 ギード、いきなりの直球だ。


「5年前、エルフの女の子が、勇者の樹のうろで眠ってるのを見つけたの。次の日に行ったら、その洞がなくて、その子がどこに居るのか分からなかったのよ」

「あの樹は、かつて勇者様が魔物を封じたと言われる聖なる樹。この村の者は、その樹が傷つけられ、魔物が蘇らないか見守っている、という伝承があるんだ。だから、樹を傷付けてサクラを探そうとはしなかった」

「それが、今日あなたが来て、もしかしてと思って狩りに行った時に見たら、また洞があって、そこに誰もいなかった。きっと村の人も気付くわね」

「そんな話になってたのね」


 ハコネは、自分がした事の影響を他人事のように聞いている。いや、お前がやったんだよ? 今更いいけど。


「隠そうとしてたのか知らないが、隠す必要はないぞ。勇者の樹で眠っていたからって問題ない。サクラがこの村で悪事を働いたりでもしない限り。封じられた魔物が復活したのかと言うものも居るかもしれないが、何を封じたのかさえ分からない伝承だ。マリッカさんも教えてくれないしな」

「5年前、マリッカお婆ちゃんも様子を見に来てたの。魔物の復活は無いって言い残して言ったわ。だから、この村の人は悪くは思ってないわ」

「そうですか。そう言ってもらえて、助かります」

「ただ、10年前現れて消えた巨人が、最後に目撃されたのがあの森だ。封じられた魔物じゃないかと言う者もいる。そこに居たエルフは、その縁者ではないかと言う者もいる。巨人を恐れるあまり、サクラに危害が及ばないといいのだが。その件で、何かされたら相談してくれ」


 巨人の件はともかく、融和的に過ごせそうだ。


「実は私、そこで起きた前のことを覚えていないんです。起きたらここに居る、ギードさんには見えないと思いますが、妖精のハコネが居て、それからしか覚えてません。だから10年前の巨人というのは、知りません」

「さっきの、洞が消えたのは、私がやったのよ。人間にサクラが連れて行かれるんじゃないかと思って」


 ハコネの言葉を聞くことができないギードさんに、私が繰り返して伝える。


「そう、ハコネさん、あなたにもとっても興味があるわ。最初にサクラちゃんを見つけた時、守る様に寄り添ってたハコネちゃんを見たことをお婆ちゃんに話したら、サクラちゃんの事よりハコネさんの事に興味を持ってたわ」

「やっぱりそうなるのね」


 自称妖精のハコネは特別な存在なんだろうか? それは俺も知りたい。


「ハコネには、お婆ちゃんが直接会いたがるでしょうから、ぜひ会って行ってね。お婆ちゃん大喜びするわ」

「私の事はただの妖精と言うことにしておいて欲しいんだけど」

「お婆ちゃんはハコネちゃんが望むならそうしてくれるわ。悪い子じゃなければ、だけど」

「はい、いい子にしてます」


 そのお婆ちゃんに会うの、少し楽しみになって来た。


「そのマリッカさんは、いつ来られるんですか?」

「今日連絡を送ったから、明日こちらに来るんじゃないかしら」


 そんなに遠いところでは無いらしい。多分。


 こんな話をして、今日はもう休むことになった。

 寝室は夫婦の寝室と子供たちの寝室しか無いが、イーリスさんがギードさんのベッドに行くからイーリスさんのベッドを使ってと言われたのだが…… 夫婦の寝室に一緒にって、抵抗がある。別にサクラが居る隣で《《何》》があるって心配をするわけじゃないが。

 そこで、魔法空間から布団(中の人的には座布団)を台所に置いて、その上で掛けぶとん(中の人的にはセーター)を掛けて寝ることにした。そんなところで寝なくてもと言われたが、ここは固辞。


 俺とハコネ以外は、みんな寝た。ハコネと相談しないといけないことがある。


「ハコネ、もし私が、また起きないようだったら、また何年も眠ってしまう様だったら、ギードさんたちに知られないようにこっそり運び出してもらえない?」

「サクラはそういう可能性があるんだったわね。でも何年も起きないのか、ちょっと寝坊か分からないじゃないの。早く起こしていいの? 私は寝ないからいつでもいいけど」

「いいよ。もし起きなかったら、今度はあの洞じゃまずいだろうから、どこか別の場所に運べる?」

「出来るわよ。今度は5年間、人に見つからない場所にしてあげるわ」

「じゃあそれで、お願い。おやすみ、ハコネ」




 さて、サクラが寝た事にして、ここからは中の人の時間。

 中の人的には、気を抜いたらサクラの時間が5年経ってたとか起きかねないが、その対策はハコネに任せることにした。

 サクラと違い、中の人は普通の人間。腹も減るしトイレにも行く。そっちへ意識が行ってる間、サクラがぼーっとしてる《《ふり》》でごまかしてるが、限度がある。その意味で、サクラが寝ている《《ふり》》な時間は重要だ。その時間がないと、風呂にも入れないし、寝れない。


 さっさと中の人も寝るべきだが、試したい事が色々ある。この部屋の事だ。時計はしっかり時間を刻んでいる。外のおよその時間と合わせてある。ここも時間が流れているのは間違いない。


 その間にサクラの世界の時間は、俺が来てから10年経った。ギードさんが巨人と戦ったのが10年前だからだ。

 10年前にサクラが作られたとしたら、サクラはハコネが見つけた5年前まであの樹の下に居たことになる。さすがに発見されるだろうから、それはおかしい。そうなると、ギードさんと戦って、何かをきっかけに俺は5年眠ったが、その後ルアがサクラを創った。ルアと話したすぐ後に俺はまた5年の眠りについたが、その初期にハコネとマコ村の人が次々とサクラを発見した。


 これが正解だったら、5年眠った事件が2度あった事になる。何をしたら5年眠ることになるか、解き明かせるだろうか。制御可能はご免である。仮説を出して、それを再現してみて確認したい。今すぐにじゃないが。


 さて、中の人も風呂に入って寝よう。サクラとして活動中に中の人が居眠りしたら、サクラが突然ハングアップする。ぼーっとどころか、瞼も動かさず微動さえしないとか、怖いことこの上ない。居眠り防止は、健全な睡眠から。そんなわけで、おやすみなさい。


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