第4話 この夫婦とあの事件(でも許す)
「ちょっと!」
振り向いたら、ハコネが掴まれている。後ろから来た少年に。
「あら、ハンス、おかえりなさい」
「お母さん、この子なに?」
「ちょっと、放しなさいよ!」
逃れようと暴れてるハコネ。自称妖精だからほとんどの人間には見えないと言っていた。それが、見えないどころか掴まれている。この子は一体……
「ハンス、嫌がってるでしょ、放してあげなさい」
「はい」
お母さんことイーリスさんにも見えてる様子。自称妖精のほとんどの人間、どこ行った?
「なんで私の事、見えてるのよ。ありえない」
自称妖精さん、困惑中。
「私の家系は、先祖にエルフもいて、少しその特徴もあるみたいなの。見た目はそうでも無いけど、能力的な方でエルフ寄りの部分もあるのよ」
「見られてるとは気付かなかったわ。この村で私を見えるのはあなた達だけ?」
「どうかしらね。ギードはきっと無理ね。娘のマルレーネは、無理みたいだわ」
「私がどうしたって? あら、お客さん?」
噂をすれば、なんとか。その娘と思われる少女が、奥の部屋から出てきた。
「サクラです。旅の途中にこの村に立ち寄って、泊めてもらえることになりました」
「私はマルレーネ。よろしく、サクラ」
「年上だから、サクラさん、でしょ」
お母さんにたしなめられる。サクラの見た目は中学生、マルレーネの見た目は小学生。実際の年齢はサクラちゃん5歳だけど。
「つけなくていいですよ。よろしくね、マルレーネ」
「サクラちゃん、ようこそ」
ギードさん帰宅。
お昼ご飯の時間らしい。イーリスさんは台所で作業中。一日3食って、話に聞く昔の暮らしと比べて贅沢。やはり裕福なんだろう。
ギードさんは、長老のところでまだ話があったそうで遅れて来た。テーブルに椅子4つ。ギード、イーリス、マルレーネ、ハンスの4人家族か。私の席がないから、マルレーネが奥の部屋から1つ持って来てくれた。良いお姉ちゃんだ
さっきから静かにしてるハコネは、ハンスから一番遠いところ、樽に腰かけている。
「いただきます」
あれ? ここでも「いただきます」なんて習慣があるんだ。少し驚いていると、大昔からそうしていたのだとか。大昔にも日本人が来て広めたのか?
「サクラちゃんは昼からはどうする? 俺は畑仕事、イーリスは狩りに行くが」
「この村を色々見たいです」
奥さんが狩りで旦那が農作業って、見た目では逆のイメージだ。どうやって狩りをするか、ちょっと興味があるが、まずはこの村の事を知りたい。
「だったら、マルレーネに案内させるか。マルレーネ、出来るか?」
「いいわよ。私がサクラを案内したげる」
「僕はこの子と遊びたい!」
「掴まないでー!」
いつの間にかハコネの近くにいるハンス。捕まるハコネ。子供のおもちゃと化すハコネ。
「見えないけど、誰かいるのよね」
「ハコネって言います。私の友達です」
不思議そうに見るマルレーネに、ハコネを紹介する。姉弟でも、ハコネを見る適正は一緒じゃないらしい。
「ごちそうさまでした」
予想通りのあいさつで昼食が終了。
食事は、ルアに言われていた通り、味を感じなかった。そもそもサクラに食事が必要なのかも分からないし、サクラが空腹を感じたときに俺が感知できるのかも分からない。これは後で考えよう。
ギードさんは籠を背負って出て行ったが、イーリスさんは手ぶらだった。弓とか何か持って行くのかと思ったが、どうやって猟をするんだろう。
「じゃあ、サクラ、行きましょう」
「私も行く~」
ハンスのおもちゃにされてるハコネを救出しようかと思ったけど、ハンスが嫌がるのでそのままハンスを連れてきた。一緒に行きたいというハコネの希望は満たしてる。どうも救出して欲しかった様だけど。
村を案内と行っても、観光する場所があるでもないし、店も一つもない。店は隊商が時々来るときに開かれる以外は、村人の間の交換だけらしい。村は家が20軒くらい。人口は100人ぐらいだろうか。
子供だけで村から出てはいけないと言われてる。魔物は滅多に表れないが、猪にぶつかられると大人でも危ない。イーリスはイノシシくらいは余裕で仕留められると言うのが、マルレーネの自慢。
ぐるっと一周して、彼女らの家まで戻って来たところで、家の近くで遊ぼうとなった。
「サクラはエルフよね。エルフ、マリッカお婆ちゃん以外で会ったの初めて」
「そう。お婆ちゃんは元気?」
「200歳くらいだけど、たまに遊びに来るくらいに元気だよ。魔法がすごくて、いつか私もお婆ちゃんみたいになりたいの」
エルフ、長生きなんだ。てか、200歳も離れてるってことは、お婆ちゃんじゃなくてひいひいひいひい……婆ちゃんとかだろう。
そう言えば、聞きたかった事があった。マルレーネでも知ってるかな。
「イーリスさんが狩りをして、ギードさんが畑仕事するのは、なぜ? 逆はしないの?」
「お父さんは冒険者だったけど、怪我して引退したの。走ったりが辛いから、狩りはお母さんの仕事なの」
そう言う事が。膝に矢を受けてしまってな、って奴か。あれは本当の意味は違うんだっけ?
「イーリスさんはどうやって狩りをするの」
「お母さん、魔法でババって倒すよ」
ハンス君、そう言うの好きらしい。男の子はそうなのかな。
「サクラの魔法が見てみたい」
「私も見たことない」
マルレーネに便乗するハコネ。そう言えば、見せてないか。見せられる魔法か。何もない。いや、あれなら。
「はい、水を出しました!」
「「でっかい!」」
魔法空間から、容器に入った水を取り出した。見せられる唯一の魔法は、空間魔法。体を動かす魔法や、見聞きする魔法は、「それがどうしたの?」になるに決まってるから、やらない。ハンスには受けた。ハコネにも受けた。ハコネの精神年齢はハンス並みと。
水は、魔法空間で中の人がコップに注ぎ、それを取り出した。だから、ごみバケツサイズ。
「ストレージ魔法ね。お母さんも使えるよ」
イーリスさんも魔法が使えるのか。狩りは魔法でやるのだろうか。
「今度は私が見せるわね。私も水を出すわ」
マルレーネも魔法使い? 魔法使いってそんなにありふれてるのか。
「水よ こんこんと湧く泉の如く 出でよ!」
マルレーネの一歩前に吹き上がる噴水の様な水。水飲み場で適度に蛇口を開けた時の様な勢い。
これまでに見た魔法には無かった、呪文があった。無詠唱型と詠唱型があるのだろうか。
「僕も」
「ハンスはダメ」
「えー」
ハンスも魔法使い? マルレーネからストップが掛かったが。
「ハンスの魔法、コントロール無しに火が出たりするから、お母さんいない所でやるのは禁止なの」
家は木造、裏には冬で枯葉が多い山だから、火には用心だろう。
「マルレーネ、さっきの水の魔法、私に教えてくれない?」
知りたい。攻撃魔法では無いけれど、子供にも出来る魔法から入門したい。折角魔法のある世界に居るのだから。
「いいわよ。私がやった様に、やってみて。こんこんと湧く泉の如く水よ出でよ、ウォーター!」
「こんこんと湧く泉の如く水よ出でよ、ウォーター! ヒャッ!?」
「サクラ、なんか、ダメな感じになってるわよ」
吹き上がる、噴水の様な水。さっきのマルレーネがやった際の何倍もの量。ただし、私の場合は、真下から。貫頭衣一枚で、下から直撃。腰から下の服が吹き上げられた上に、全身ずぶ濡れ。一瞬は完全アウトな状態、今も半透けでアウト。ハコネに言われるまでもなく、色々ダメな感じになってる。
服が濡れてサクラが感じた「冷たい」という感覚は、俺にも伝わることが分かった。
「着替えはあるかしら。あ、お母さん、サクラ濡れちゃったんだけど、着替えある?」
着替えを借りる為に、ギード宅に帰って来た。イーリスさんは帰宅済み。狩りやって、捌いて、もう帰って来たのか。相当な手際だ。
「あらあら、乾くまで、私の服を着ましょうか。合うのを見つけましょう。ついていらっしゃい」
イーリスさんに連れられて、奥の部屋へ。奥の部屋にはタンスがあり、イーリスさんはそこから幾つかの服を取り出す。その中で、普段着っぽいものを選んで借りることにした。
選ばなかった服をイーリスさんが仕舞うのを見ると、その服の一つに目が止まる。それは、魔法使いのローブ。それは、あの巨人として襲撃された際に、魔法使いの女が着ていたものと同じ。
あの時、俺は、ロープもろとも男を1人吹っ飛ばして、その後その仇を討とうと挑んで来た魔法使いから逃げ切った。もしかして、この夫婦は……
「あら、ローブがどうかした?」
「いえ。イーリスさんは、魔法使いなんですね」
「そうよ。10年前にギードが怪我をして引退する時に、パーティ解散して旅はやめたけど、今でもこの辺りの討伐の仕事は、時々受けるわよ」
「ギードさん、そんな大怪我だったんですか?」
「昔、巨人討伐の依頼が出てね、大仕事だって頑張ったんだけど、そこでギードがやられて。他は良くなったけど、今でも走るのは無理ね」
「イーリスには感謝してる。あの時巨人を追い掛けて討ち取れば、一流冒険者と呼ばれる様になれてたものを、俺を治療する為にすぐ戻って来た。イーリスに救われた命だ」
話の最中に、ギードが帰宅して加わった。
あー、ほぼ繋がってしまった。
俺が抵抗して、冒険者廃業せざる得ない大怪我したギードさん。その治療の為に俺への追撃を諦めたイーリスさん。
正当防衛だったとは言え、ちょっと申し訳ない。
「ギードと一流冒険者の肩書き、ギードを取るに決まってるでしょう。ギードを見捨てて一流なんて言われても、嬉しくないわ。それに、追いかけてたとしても、あの巨人に勝てたかも分からないわ」
やはり、巨人だった事は、ずっと秘密にし続けるしかないな。
「この村に住むことにしたのも、その巨人の件があったからだ。その時の巨人はメナカ川をこちら側に渡ったところで、消息が途絶えた。また現れないか、現れたら対応出来るように、この村に住む事にしたんだ」
「結局、その後10年間、何事もなかったんだけどね」
あの事件が、この一家が出来るきっかけになったのか。あれがなければ、この人たちは違った人生を歩んだんだろう。
「僕が大きくなったら、お父さんにケガさせた巨人、倒すんだ!」
「私もよ」
そして弟と姉は、俺の命を取る宣言。
「それじゃあ、乾かしちゃいましょう」
イーリスさんがサクラが着てた服を持って、家の横の物干しへ。マルレーネとハンスもついて行った。
「あの巨人の事件、ケガで冒険者を廃業になったのは残念だったが、あれがなかったらそのまま冒険者を続けていたし、イーリスとも結ばれなかっただろう。俺やイーリスが命を落としていたってこともあったかもしれん。結果として、良いタイミングだっただろう。だから、もしサクラがあの巨人に会ったなら、伝えておいて欲しい。結果オーライだったって」
「いや、私は、巨人を見たことも、巨人と話したこともありませんよ」
「そうか、もしかしたらと思ったんだけどな。サクラは」
「あなた、ちょっと手伝って」
何か言いかけたところで、イーリスに呼ばれて行った。何を言いかけたのだろうか。