第3話 エルフの少女です(詐称)
魔法空間に入り座った。
ところで、ここに引き籠るって、色々困ることがある。飯はどうする? 風呂は? 便所は?
「おいおい、どうすんだこれ」
「どうなって欲しいのか、望みを念じなさい」
呟きにどこからともなく、返された。さっきの、ルアの声だ。
念じろと言うのならと、自宅のワンルームを思い浮かべると、何もなかった部屋が自室そっくりになった。バストイレ一緒、キッチンに冷蔵庫に洗濯機。ベッドにパソコンまである。でも窓と玄関はない。
「あなたの思い描くものを作りました」
まあ確かに、その通りだ。冷蔵庫からコーラを取り出して、飲んでみる。コーラだ。
「あなたが必要と思えば、あなたの魔力を代償に、その空間に何もかもが揃うでしょう」
「最高の引き籠り部屋だ。サンキュー」
またルアの声はしなくなった。実はずっと監視されてるのかもしれない。見られて生活する、どっかのテレビ番組のようだ。
さあこれからどうしよう、と思いながら、エルフっ子の視界で見る。あれ? おかしい。
さっきまで、エルフっ子はこの子の親である大木を背に座っていたはずだった。ところが、見える視界はそれとは違う。周りに木の壁らしきものがある。
そして、頭の上に何かが乗ってる感覚。そこに手を伸ばすと、
「ひゃん」
変な声が。
「ちょっと、やめて」
変な声の主、何か嫌がってらっしゃる。
声の主は、エルフっ子の頭上から目の前に飛び降りて、その姿を現す。
「小人?」
小人だった。あれ? エルフっ子、大きくなっちゃった?
「やっと起きてくれたのね。謎エルフさん」
謎エルフ、きっと俺、じゃなくてエルフっ子の事だろう。
「あなた、何年寝れば気が済むのよ。私が見つけて5年よ。勇者の樹の根元でずっと寝て。その間に人間は来るし、動物も来るし、私が来て樹の中に移さなかったら、どうにかされちゃってたわよ」
「え?」
状況がさっぱり分からない。5年寝てた? いや、さっきルアが去って、魔法空間に入って、外を見てで、数分も経ってないはず。
「なんだか分からないって顔してるわね。まあそういう事だから、私に感謝してよね」
何がそういう事だか分からないけど、対話できる相手であることはありがたい。話を聞いてくれないやつの確率、今のところ5分の4だったし。
「良く分からないが、ありがとう」
「それで、あなたは誰? ここで何してるの? なんでずっと寝てたの?」
矢継ぎ早の質問。
誰?ってのは、中の人ではなくエルフっ子として名乗ることにするべきだな。名前は……
「俺はサクラ」
「サクラね。木みたいな名前ね。私はハコネ。よろしくね。って俺っ子? レア属性ね。サクラの兄弟には、イチョウとかカエデとかがいるのかしら?」
登場時の様子からカグヤの案もあったが、月に連れ去られるのはご免である。
「サクラはエルフよね。でもエルフは何年も寝るなんて聞いたことないわよ。何なの? 何かの呪い?」
「ずっと寝てたって、そんな事ないだろ。どういう事?」
俺の感覚時間では、数分しか経ってない。何かがおかしい。
「間違いないわよ。寝てるサクラを見つけて、樹の根元から樹の洞に移動させて、それでも寝続けて5年。人間には発見されるし、連れて行かれないように入口は封じてしまったけど、どうなるかと思ったわよ」
そうか、今いる場所、樹の洞なのか。夜だから暗いだけじゃなく、月も出ていないのはそういう事か。
「とりあえず、出るわよ」
そういうと、一方に明るい場所が出来た。そこへ向かうと、外へ出る出口になっていた。
外へ出ると、元居た森の大樹の根元、空にはきれいな三日月。
きれいな三日月?
さっきまで、満月だったはず。この世界は一晩で月の形が変わるのか? あるいは、ハコネが言うように、本当に時間が経ったのか?
「どうしたの?」
「さっきまで満月だったのに、どうして三日月なんだ? 一晩に両方出るものなのか?」
「そんなわけないでしょ。まだ寝ぼけてるの? サクラが寝る前に見たのが満月だったんじゃないの?」
本当に5年も寝てたんだろうか。ルアが去って、魔法空間に入って、体感的にはすぐだったけど、もしかして魔法空間の一瞬は外の5年だったりするのか? あそこは、竜宮城か? こいつには聞けないが。
「それで、サクラはこれからどうするの? 私は暇だから、ついて行ってあげてもいいわよ」
何をするかとか、一切決めてない。というか、それを考えようとした一瞬で事態がこうなったのだから。でも、とりあえずは、
「朝になったら、人が住んでる所に行きたい」
「そう、いいわよ。なら朝まで、いろいろ話を聞かせてね」
「明るくなってきたわね。人間も動き始める時間かしらね」
あれからたっぷりと、ハコネと話した。中の人については一切話さず、ハコネが持つ情報を色々引き出す。
この地はジパング大陸。広い意味の人間に分類される幾つかの種族、動物、魔物、良く分からないものがいる。ハコネはどれなのか? これは「う~ん、妖精?」と疑問形で答えられてしまった。自称妖精か。サクラの体が大きくなったわけじゃなく、ハコネが小さいらしい。
「わたしの事は魔力を視る能力がないと見えないから、人間でもエルフかドワーフにしか見えないわ。わたしと話してると怪しまれるかもね」
「じゃあ他に誰かいるときは返事しない方が良いんだな」
「あるいは、独り言っぽくつぶやいてね」
森の中を歩く。道があるわけじゃないが、平坦な森なので歩きにくくはない。靴が無いのを、ハコネがどっからともなく出してくれた。こいつも魔法使いだ。便利系の。
さっきまで俺たちがその根元に居た巨樹は、離れても見える。周りの木々を遥かに見下ろすあの巨樹は、この地域のシンボルになってるだろう。某社のCMで歌われるフレーズが頭をループし始める。違う、その木じゃない。
森を歩くこと2時間くらい。時計は無いからきっとそんな位。
森が終わって、畑が見えた。人里だ。昨日(中の人的に)のファーストコンタクトは最悪だったが、今度はうまく行くことを期待したい。
畑を荒らすのは悪いので、畑の外側を進んでいく。畑仕事をしている人はこちらに気付くと、作業を放り出して走っていく。誰かを呼びに行った? 行ったら臨戦態勢? ちょっと嫌な予感がする。
「俺たちを見て逃げた? 俺、逃げられるような危険そうな外見?」
「いや、全然。逃げたんじゃ無いんじゃない?」
「だと良いんだけど」
考えても仕方がないので、逃げた村人の行った方へ進む。きっとそっちに村がある。
「このまま進めば、村に着くわよ。大きな村じゃないけど、とりあえず行きましょう」
ハコネおすすめの村。畑の一つ目が終わる所から道が現れ、道を進むと第二第三の畑の隣を通り、視界の先には柵が見えてきた。あれが村だろう。
道の先には、柵に門が見える。門は開いているが、そこに男が3人。柵の隙間からは、10人ほどの老若男女がこちらを見ている。やはり警戒態勢だ。行って大丈夫かな。でも武器らしきものは持ってないな。大丈夫かな。
「あのー」
俺が声をかけると、村人がざわっと動く。
「すみませーん、わたし、道に迷ったんですが、ここなんて村ですか?」
来るまでに、ハコネと打ち合わせたやりとり。まずは迷子のふり。いきなり村に入れてくれってのよりは、警戒されにくいだろうって。アドバイザーハコネは、サクラの肩に乗っかってる。
そして、話し方、「俺」はやめる。かわいい女の子が「俺」ってのは、似合わない。山賊にでも育てられたか?って思われても損だと。
「ここはマコ村だ。嬢ちゃん、何者だい? どこから来た?」
「サクラと言います。北から来ました、多分」
がっしりした中年男が答えてくれる。
名乗りは、ハコネと打ち合わせてあった。エルフなら北から来るって。正しいのか分からないけど、何も知らない俺が考えるより、言われたようにしてみる。
「まあ、とりあえず、マコ村はあんたを歓迎するよ。ついて来な」
あれ? 意外。よそ者は帰れとかって石投げられるかと思ったけど、いきなり村に入れてくれるとか、この村の人、優しい? 警戒感薄い?
でも、実は、捕まって売り飛ばされたり? ハコネは危なくなったらなんとかしてくれると言っていたが、ハコネって強いのか? 一応、警戒しつつ、門へ。
「まずは、長老のところへ。ついて来てくれ」
村の門をくぐる。村の中を、がっしり中年の後ろを歩く。後ろからは、お姉さん(推定25歳)がついてくる。他の村人は俺たちに道を開けた。
村は木造の小屋が一軒分くらいの間を開けて建っている。これが庶民の暮らしだろうか。道らしきものがあるでもなく、草が生えてない人が歩いてできた道らしきものが奥へと続いている。進むずっと先には山があり、その前には少し大きめの家が見える。
「レオ爺、客人を連れてきた。入っていいか?」
大きな家の前、数段の階段の先、扉を開けて入り口へ。がっしり中年が声をかける。
「入って参れ」
中からの声に、がっしり中年と共に入る。部屋の中は、木の床にテーブルに椅子。ソファーとか立派なものはないが、絨毯のかわりに大きな毛皮らしきものがひかれている。何だこのサイズ。その獣、家並みのサイズか?
「よう来なさった。ワシはレオ。この村の古株って事で、いろいろ任されておる。そなたの名は何と言う?」
「私はサクラと言います。故郷の村を出て、旅をしています」
朝、来るまでにしていた予行練習をそこそこ踏襲。旅人はこの世界で珍しくはないと言う事で、そういうシナリオ。レオと名乗る村の長老らしき人。
「旅をしてるにしては、荷物も持たずにとな。ああ、ストレージ使いか」
そう、手ぶらの旅人、大抵はストレージ使いらしい。旅に出るのに一番便利な魔法、それはストレージ魔法。
「魔法は少し使えます」
「エルフの言う少しか。国が傾くくらいのかの」
そんなに凄いのか、エルフの魔法。ちょっと見たい。国は傾かせないでほしいけど。
「何か目的があっての旅でなければ、何日かこの村に留まり、村のものに旅の話でも聞かせてはくれんか。娯楽が無くて退屈な村でな」
「泊めていただけるのなら、ありがたいです。でも、すみません、お金がなくて、宿屋に泊めていただくことも出来ないのですが」
「宿もない村だ。親父、うちに泊めてはどうだ?」
そう、お金がない。持ち物は、来ている服と靴だけ。長老を親父と呼ぶ男、きっと長老の子なのだろう、彼がそんな提案をしてくれる。
「いや、ギードに頼もう。ギードにイーリス、おぬしらの家に泊めてやってはくれんか?」
「いいですとも」
「構いませんわ。うちの子たちも喜びますわ」
先導してくれたがっしり中年と後ろをついて来ていたお姉さん、夫婦だったのか。
「ギードさんに、イーリスさん、よろしくお願いします」
「おう、泊って行きな。大したもてなしは出来んがな」
こうして、夫妻のもとに泊めてもらえることとなり、この世界のコミュニティと、初めてまともな関りを持つ、第一歩を踏み出した。
イーリスさんの案内で、彼女らの自宅へ。木造平屋、村のほかの家と似た感じ。
家に入ると、質素な感じながら、毛皮の敷物。この村、毛皮が名産品なんだろうか。結構いい暮らししてるのかもしれない。
その直後、後ろから伸びた手に、掴まれた。ハコネが。