第17話 サクラの帰還
「あ、おかえり!」
ん? 今違和感が。
ハコネが漫画を読んでいる。ドラゴン作成の結果はどうなった?
なぜ、この前芽が出た苗が、俺の背丈を超えている?
「色々分かったわ。何から説明しましょうかね。まず最初に、あんた、ユニットなのよ。自分のステータス見てみなさい」
ジョージ
種族 未定義
Lv 3
HP 2000/2000
MP 2000/2000
力 275
守り 275
速さ 275
器用さ 500
賢さ 500
MP 2/2
「時に変わりはないな」
「あんたのステータス、MPが2つあるわよね」
ああ、これは良く分かっていなかった。
「先にあるMPは、マジックポイント。魔法に使うやつね」
「サクラにもあったし、普通だな」
「そんで、最後にあるやつ、それ、ムーブポイント、移動力だわ」
「何歩動けるとかってやつか?」
「歩数じゃないけど、移動に関係してるでしょうね。あとは、川を渡っても減ったりするけど。サクラの移動では消費しないみたいね」
記憶にある戦略シミュレーションゲームで、ユニットが1ターンに動ける距離。それらしい。
「その移動力ね、移動以外に、特別な行動をした際にも減るのよ。長距離攻撃するとか」
あー、あるある。
「そんで、さっきまであんたの移動力、0だったわ」
「0? 何かに使ったのか?」
「ここで歩き回っても減らないだろうから、何か特別な行動をしたのね。で、それが0になったあんたは、次のターンまで行動できず、固まった」
「約5年よ。固まってた期間。あの時と一緒ね」
俺にとってのこの世界は、1ターン5年の戦略ゲーム世界でした。
「で、ドラゴンはどうなった?」
「で? 軽いわね。私の5年の退屈、どうしてくれんのよ。漫画も小説も読み尽くしちゃったし。それで、ドラゴンね。外に居るわよ。見る?」
この空間、俺が住んでたワンルームマンションと窓が無い以外は同じ構造である。そのドアのところへ行く。外の世界への出入りはドアなのだ。そのドアの、覗き口から外を見る。でっかいドラゴンが見える。あれか?
「でかいな」
「それじゃないわ。それはきっと母ドラゴン」
別のが居るのか。どれどれ。
「子ドラゴンか。人間よりは大きいんだよな?」
「それでもないわ」
違うの? 他に動くモノは居ないぞ?
「下に、あるでしょ」
下―――― 卵がある。
「その卵が、次のあんたよ」
「ドラゴンの生態って知らなかったから、町まで行って本を写してきてあるわ。これよ」
写した本ってのは、スマホに入ってたワープロソフトに入力されていた。図まで入って、お前いつそんなの覚えた? 5年、そんなに暇だったのか。
【ドラゴンは卵生である。卵の大きさは、長径四尺。一度に一つの卵を産む。抱卵中に次の卵を産むことはない。抱卵中の個体は警戒心が強く、近付く者に積極的に攻撃を仕掛ける。抱卵中は卵から遠く離れないため、見つけ次第逃げることが肝要である。】
大きさは、見た卵におかしい所はないな。
【ドラゴンはメスのみで維持される。産卵は不定期であるが、他生物種の優秀な個体を捕食すると産卵する傾向がある。捕食された生物の形質を一部取り込んだ子竜が発見されており、世代を経るごとに新種が誕生しているとも言われる。】
生物系の院生として、ドラゴンに一言モノ申したい。捕食してその遺伝情報を次世代に付けるとか、拾ったUSBメモリを繋いでウイルス感染、データを壊されるパソコンみたいになるぞ。やめなさい。
【子竜が卵から孵るまでに要する期間は様々である。短いもので2年、長いと4年と言う例も報告がある。】
なげえ。そんで、俺の卵はその期間も過ぎてんですが、生きてるんでしょうね?
【ドラゴンの生態 マリッカ・フォン・ラガシア著】
なんとも多彩な人である。
「ハコネは、他の誰かのステータスは見えるんだよな。卵のステータスは見えるか?」
「その言葉を待っていたわ。もちろん確認してあるわ。このファイルに書いたわ」
今度は表計算アプリ。マクロを実行するか確認画面が出たが、お前のOAスキルはどこまで行った?
サクラ
種族 ドラゴン
Lv 1
HP 432/432
MP 324/324
力 72
守り 72
速さ 63
器用さ 45
賢さ 45
「名前、サクラじゃん」
「そうなのよ。ドラゴンも名前を持つとは言うけど、偶然の一致? そもそも孵化前に名付けないわよね、多分」
それから130日。ハコネが5年見守っていた卵は未だ孵らない。もう1頭の子ドラゴンは、同時期に生まれたのに2年で孵って、もう3歳だ。あちらは、自然に生じた子らしい。
ハコネは動画サイトにはまった。ゲームプレイ動画ばかり見てる。
サクラ2世の視覚につなぐことはもう可能だったが、真っ暗で何も見えなかった。また器官が出来ていないのか、瞼を閉じてるのか、しかし、聴覚は使えるらしい。聴覚は早く出来て胎教が効果あるなんて話、人間で本当か分からないが、ドラゴンは出来るのかもしれない。
『また奴らか。懲りもせぬな。勝てぬと分かってように』
『母さん、僕も行っていいですか?』
『奴らの狙いは我のみ。卵を抱いて見ているがよい』
こんなやり取りをしているのは、母グラザドカムイと姉クエレブレ。ドラゴンである。姉は僕っ子ドラゴン。
なぜか、ドラゴンの言葉が分かる。前に襲われた際、人間の言葉を話してなかったので、良く分からないけど理解出来るようになったようだ。彼女らの会話を聞いて、名前など色々理解できた。
奴らと呼ばれる何者かが、母ドラゴンを狙っている。前に読んだドラゴンの生態、【抱卵中は卵から遠く離れないため、見つけ次第逃げることが肝要である】とあったが、今のグラザドカムイ(=母)はクエレブレ(姉)に任せて追撃可能ではないか?
ドラゴンを狩りに来た、どなたか知らない方、ご愁傷さまです。【他生物種の優秀な個体を捕食すると産卵する傾向がある】とあったし、妹が出来るのか?
いや、【一度に一つの卵を産む。抱卵中に次の卵を産むことはない】とあるから、不運なケースが出来たのはハコネが追加で卵を産ませたからか。ハコネが悪い。うん。
グラザドカムイ(=母)と冒険者の戦いが始まったようだ。少し離れているが、冒険者たちの叫びが聞こえてくる。
クエレブレはサクラ2世(卵)のそばを離れないが、母の方を気にしている。
『僕も行きたい。戦いたい』
3歳にして物騒なことに目覚めている。母の戦いを何度も見て来たのだろう。
『卵を抱いて見ているがよい、って事は、卵を抱いたまま行くのはいいんだよね。卵を抱いたままなら戦っていいのかな』
物騒な事を言い始めた。流れ弾が卵に当たったらどうする!
『よいしょっと』
「おい、やめろ!」
卵の中で喋れた? しかし、クエレブレは聞いていない。クエレブレに運ばれて、戦場が近づいてくる。
パキ!
こいつ、落としやがった! ひび入ったじゃん。大丈夫なのか?
ひびから外が見える。卵の中で動けるようになった。今の衝撃で何かが切れたのかもしれない。ひびの所に移動してみる。
『おっとっと』
卵の重心が動いて、クエレブレがよろめく。もう落とすなよ?
ひびから見える方向が、ちょうど冒険者をとらえた。若い。まだ少年だ。
「もう1頭現れたわ! どうする?」
「こういう時は、弱そうなのから叩いて数を減らす」
冒険者がこちらに来る。他の冒険者も若く、少年や少女という年代だ。
『クエレブレ、卵を持って逃げろ!』
グラザドカムイが叫ぶが、卵を背負ったクエレブレに敏捷性はなく、冒険者が近づく。
「撤退は手伝って良い約束じゃから、転進を手伝うのもアリじゃな」
突然、冒険者を追うグラザドカムイが地に伏す。突然現れた大きな岩が、グラザドカムイの背中に乗っかっている。動いているようなので大丈夫な様だが、あの巨体を動けなくするほどの岩を魔法で出すとか、とんでもない魔法使いが居るらしい。もしかして、こいつら勝つんじゃね? というか、もう全部そいつ一人でいいんじゃね?
「もらった!」
冒険者の少年がクエレブレに斬りかかったところで、急に視界が回転。クエレブレは咄嗟に、冒険者の方に背を向けた。おいこら、俺を盾にするな!
ガチン!
あぶねえ、斬られ―――― 一瞬の浮遊感の後に、
ガン!
落とされたのか。そして、ひびから卵が割れ、明るくなる。
孵る前に割れた卵がどんな状態か、鶏の写真を見たことがある。そういう状態で白日の下にさらされたら、このサクラ2世はおしまいか。
「サクラ?」
冒険者の少女の声がした。
白日の下にさらされたサクラ2世、ドラゴンの手かと思ったら人間の手、見える腿から膝までも人間のもの。
え? サクラ2世、ドラゴンじゃなかったの?
『誰?』
クエレブレも何が起こったのかと言うリアクション。冒険者たちも、突然の出来事にフリーズ状態。
サクラ2世、ヴィーナスの誕生状態。ただし貝殻じゃなく卵の殻で。
『我が子に何をした! 説明しろ! 紫の魔女!』
『なんもしとらん。最初からこうじゃ』
あれ、紫の魔女って言われてるの、マリッカさんじゃないか。あの魔法はマリッカさんか、とんでもねえ。さらに、ドラゴンの言葉でドラゴンと会話してるし。
「あなた、サクラなの?」
しばらくサクラの話し方を忘れていたので、思わず「そうだ」と答えそうになったが、
「サクラです」
「マルレーネよ! 分かる?」
「ハンスです。お久しぶりです」
マルレーネ? 5年経って、美少女化が進んだ。ハンスも男前。
「そんな、まさか」
こっちの少年は名乗らないが、サクラを知っている少年ってあと誰が居たっけ?
「いや、待て、こいつ名前はサクラで見た目もサクラだが、鑑定したら種族がドラゴンじゃないか! サクラの種族はクスノキだったはずだ。騙されないぞ!」
思い出せない少年、そこに気が付くか。
「お前が本当にサクラなら、その証拠を示せ!」
本当にサクラなんだけどな。名前も。疑ってるやつが言うなら、見た目もそうなんだろう。
「エルンスト、これを使えば、こやつがサクラか分かる」
あ、マリッカさん、お久しぶりです。マリッカさんは俺に眼鏡を渡す。
「この眼鏡には、失われたゼロの杖と同じ効果を持たせた。サクラ以外の者は、ゼロの杖があると魔法を当てられぬ。サクラは逆で、ゼロの杖無しには魔法が当てられんが、ゼロの杖があれば当てられた。仕組みはワシとサクラの秘密だが、これは他の者にはありえない特徴じゃ。この眼鏡を付けて魔法を当てたなら、こいつはサクラじゃ」
サクラ2世が彼女らの知るサクラであることを示すため、魔法を。と、その前に、
「何か服を貰えませんか?」
「こんな事もあろうかと、帽子とローブも作っておいたぞ」
元のサクラのより少しグレードアップした装備を身に着けて、準備完了。眼鏡も装備。
「的はこいつじゃ」
『やめろ~ 離せ~ 紫の魔女!』
動けないままのグラザドカムイ、その尾が的。揺れてて当てるの難しそうなんですが。
結局戦うのはやめになったのか、クエレブレはマルレーネに撫でられている。マルレーネ、あんた凄いよ。
『斬られても直ぐに治してやるから安心せい。首が飛んだ以外は、何とかしてやる』
『我が子よ、我が子よな? 首はやめるんじゃ。絶対やめるんじゃ』
押すなよ? 絶対押すなよ? いや、本当にやめておこう。
「氷よ 刃の如く風の如く 切り裂け!」
『うおっと!』
直撃コースだったが、グラザドカムイが尻尾を思わず動かして回避してしまった。
マリッカが、次はこっちだとばかりに、グラザドカムイの首を指さす。
『我が子よ、すまぬ。思わず避けた。だから、首はやめるんじゃ。今度は動かぬから、本当じゃ』
ドラゴンが威力的に首を落とされるかもしれないと恐怖した。それ程になってるのか。
「氷よ 刃の如く風の如く 切り裂け!」
『痛!』
見事、尾の先端から1m弱が切り落とされた。
「そういうわけじゃ。こいつは間違いなく、あのサクラじゃ。種族は変わってりまったが、中身は同じじゃ」
マルレーネが抱きついて来る。柔らかい。
「おかえり、サクラ」
次から章が変わる予定です。
最初の章を書き終えました。
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