月 2
…!!
……水?
目を覚ますと、冷たい床が目の前にあった。
手も足も縛られてはいないが、身体が異常にだるい。
なんとか顔を起こす。
するとそこには、バケツを持った男が立っていた。
「ねんねの時間はおわりだよぉ」
妙に語尾をのばした話し方。少し高めの、無理に軽くしているような声が響く。
「ほらぁ〜ちゃんと起きなきゃ。
また水かけるよ?」
見た目は20代前半だ。
茶髪に襟の立った長い服。軍隊用のブーツを履いている。
顔は笑っているが、目はセアを威嚇していた。
バシャンッ!!
冷たい水が、髪から肩へと伝う。
「お前さぁ、自分の置かれてる立場わかってる?
拉致されたの!ら、ち、!!」
そう言うと男は腰から短剣を抜き、セアの首筋へさっと滑らせた。
赤い線が走る。
「お前捕まえてもビビった様子みせないんだもん。ほら、声上げろよ。」
「うっ…」
突然脇腹を強く蹴られて、思わずうめき声がもれた。
それに気を良くしたのかそれ以上は蹴らず、男は、しゃがんでニッと笑った。
「俺はアイルってのさ。お前、セア、だったよな?
お前はこれから拷問を受ける。」
男…アイルは、わざとそこで言葉を切った。
セアの表情を楽しむように、ニヤニヤしながら短剣を振ってみせる。
「MOVEを率いるマーファイは、不死身だと聞く。
だがそれには仕掛けがあるんだろ?」
アイルの声がすぐ側で聞こえた。
「マーファイの“石”はどこだ。」
バッと全身に鳥肌が立った。
なぜこいつが知っている!
MOVEの仲間でさえ知らない秘密を、なぜこいつが!
マーファイの石、それは、MOVEの命といっても過言でないほど大切なものだ。
その石にはマーファイの魔力と一緒に、かつて世界を支配していたというある民族の生き残りが封じ込まれている。
知識に富み、運動能力に長けたその民族は、あるときから自分たち以外の人々を殺すことを快感としていった。
そしてついには戦争が起こり、残酷な兵器によって不意をつかれた彼らは、ほぼ全滅した。
その中で、生き残ったたった一人を、マーファイが暴れだす前にと石に閉じ込めたのだ。
魔法は能力者にとって命の源だ。
マーファイは石に魔力を移すことにより、石が無事である限り不死身なのである。
また、マーファイが無事であることが、今のMOVEにとって必要不可欠なのだ。
ただし、魔力の移動は一度しか使えない。
石の在り処を教えてはいけない。
何としてでも隠し通さねば、マーファイのみならず仲間たちも危険に晒すことになる。
セアの目に強い決意と敵意が宿ったのを見て、アイルはとたんに元のへらへらした口調に戻った。
「なぁに怖い顔してんのぉ〜。
はは、覚悟してなよ?」
何も言わないセアに興味を失ったのか、しばらくするとアイルはいなくなった。
セアは相変わらず身体のだるさを感じながら、天井近くにある狭い窓からのぞく月を見ていた。
ふっと誰かのシルエットが浮かんだ気がしたが、それもいつしか意識に溶けてゆき、見えなくなった。