6話
待ちに待った週末が来た。
僕は高校4年生が運転する軽っパコに乗せてもらうと、その足で私立病院に向かう。
時間は15時45分。
待ち合わせには少し早いが、逸る気持ちを抑えきれない。
「ちょっとお姫様を迎えに行ってきます。」
僕は入口で車を降りると亜子さんの病室に向かった。
3つノックすると中から返事がする。
「は~いどうぞ。」
僕は病室の扉を開け中に入った。
「少し早いけど、準備してまってたわ。ごめんね、今年は浴衣じゃないけど。」
少し寂しい気もするが、そんな事関係ない。
亜子さんとお祭りに行く事に意義があるのであって、服装は関係ない。
「行こう亜子さん!下に運転手付きリムジン待たせてあるから!」
そう言うと僕は亜子さんの手をとった。
入口に高校4年生が軽っパコを横付けしてくれていた。
僕は後ろのスライドドアを開けると、亜子さんを中へエスコートする。
「あらあら、とても素敵なリムジンね(笑)」
亜子さんは運転手である高校4年生に頭を下げると、後ろの席に乗り込む。
僕も後ろの席に乗り込み、スライドドアを閉めた。
「カーニバル会場までやってくれたまえ。」
亜子さんがクスクスと笑っている。
「カーニバル会場ってなんだ!?それに俺はお前のお抱え運転手かよ!?(笑)」
3人で大笑いしながら、街の祇園祭に到着した。
僕らは車から降りると、高校4年生にお礼を言う。
「帰りにまた電話しな。迎えにくるからよ。」
そう言うと僕らを残して走り去った。
「さて亜子さん、行きますか。」
そう言うと僕はまた亜子さんの手をとり歩き始めた。
しばらく歩くと亜子さんが屋台の前で立ち止まる。
「ねぇ、実は私、今日の為にお昼ご飯抜いてきたの。だから覚悟しといてね(笑)」
とても嬉しそうに笑う亜子さんが眩しかった。
僕も実はお昼は食べていない。
おかげでお腹がとても空いている。
僕らは先日話し合った絶対食べるもんリストから、お好み焼きをチョイスした。
だが、二人でそれぞれ同じものを食べてもつまらないので、僕はたこ焼きを買ってきて、半分こして食べる事にする。
適当な所に座り僕らは食べ始める。
僕はたこ焼きを一つ爪楊枝に刺すと、亜子さんに手渡そうとした。
「はい、亜子さん!」
すると、亜子さんは何を思ったのか、あーんと口を開ける。
そう言うつもりではなかったのだが、折角なのであーんしてあげる。
初めての経験でとても緊張したが、嬉しいような恥ずかしいような。何とも言えない気持ちになった。
「もう!急にあーんとか。恥ずかしわ。」
そう言うと少し恥ずかしそうに怒った仕草を見せるものの、とても嬉しそうだった。
「じゃ、お返しね!はい、あーん。」
そう言うと僕の口のお好み焼きを運んでくれた。
なんだろう?
とてつもなく照れくさくて恥ずかしいんだけど、嫌じゃないんだ。
僕は言われるがままに口を開け、お好み焼きを食べさせてもらった。
結局お互い最後まで食べさせっこして、お好み焼きとたこ焼きを食べ終えた。
僕と亜子さんは恋人同士じゃない。
一緒にいる事はとても多いけど、傍から見たらそれは姉弟の様に見えるんだと思う。
今まではそれでもよかった。
けど、それだけじゃ満たされない自分がいる。
僕は亜子さんが好きだ。
勿論、女性としてと言う意味だ。
亜子さんにもそうであってもらいたいし、僕を男性として意識してもらいたい。
今までみたいな関係から、一つステップアップして恋人同士になりたい。
だから僕は、自ら亜子さんの手をとる。
いつもみたいに手をとられるんじゃなくて、僕がリードしていくんだ。
子供の時間を終わらせたかった。
僕らはその後も二人で沢山の屋台を回った。
チョコバナナ・綿菓子・リンゴ飴。
計画していたものは全て食べた。
時計を見ると、18時45分を少し回っていた。
今日は19時から河原で小規模ながらも花火の打ち上げもある。
幾ら外出許可を取っているからと言って、あまり遅くなるわけにはいかない。
僕は迷っていた。
このまま帰るべきかどうか。
このまま帰ったら僕らの関係は平行線を辿ったままじゃないだろうか?
どこかでこの平行線を交わらせなければ、何も始まらない。
高校4年生の言葉が過ぎる。
”時には強引にいかなきゃいけない時もある。”
僕は亜子さんの手を強く握ると、黙って歩き出した。
ここから少し歩いたとこに神社と併設された公園がある。
そこは少し高台になっていて、人もあまり来ない為、花火を見るのに絶好のポイントだ。
僕はそこで亜子さんに気持ちを打ち明けようと考えていた。
どうやって伝えようか?どのタイミングで切り出す?
色々な事を頭で考えながら、少し斜面のある階段を登りつめると、そこからは街の夜景が見渡せた。
時計を見ると18時59分。
もうすぐ花火が始まる。
僕は黙って繋ぎ続けた手を放すと、亜子さんの方に向き直った。
一つ目の花火が打ちあがった。
僕が話しかけようとした瞬間、彼女は胸を押さえ倒れそうになる。
慌てて彼女を抱き寄せると、初めて彼女の異変に気が付いた。
近くで見たから気が付いたが、顔色がとても悪い。
額には薄っすらと汗を滲ませている。
僕は何が起こったのわからなくて、軽くパニックになる。
「亜子さん!?亜子さん!?」
呼びかけると、僕の顔を申し訳なさそうに見ている。
「ご、めんね。少し疲れてしまったみたい。支えていてくれればすぐ治まる、から、心配しないで。」
そんな筈ない!
僕を安心させようとして、無理しているのがわかる。
僕は馬鹿だ!
この日を凄く楽しみにしていて、自分の事ばかり考えていた。
迎えに行く前からずっと一人浮かれていて、今の今まで、少しでも彼女の事を気づかえた瞬間があっただろうか?
一緒にいる間、僕は彼女の体調を気にかけたか?
自分の愚かさに我を忘れていたが、花火の音で気が付いた。
助けを呼ばなきゃ!
僕はポケットから携帯を取り出すと、高校4年生に電話をする。
3コールで電話が繋がった。
「おう!花火の最中だけど祭りはもういいのか?迎えに行こうか?」
僕は彼に居場所を伝える。
「神社の公園!早く来て!亜子さんが、亜子さんが!」
僕の電話で事の重大さに気が付いたのか、彼の声が真剣な声になる。
「落ち着け!亜子ちゃんが体調を崩したんだな?お前、そこから神社の入口まで亜子ちゃん連れて降りられるか?5分もあればそっちに着くから、鳥居の前で落ち合おう。待ってろ!」
そう言うと電話を切った。
僕は苦しそうな亜子さんを抱きかかえると、神社の階段を下りていく。
抱きかかえた亜子さんはとても軽かった。
鳥居まで下りてくると、高校4年生が到着していた。
僕らは亜子さんを軽っパコに乗せると、大慌てで私立病院に向かった。
裏手の緊急搬入口に車をつけてもらい、僕は警備の人に事情を話すと、担当の先生と看護婦さんを呼んでくれた。
持ってきたタンカーに彼女を乗せると、処置室に亜子さんは運ばれていった。
僕はそこに立ち尽していた。
見かねた高校4年生が僕を処置室外の長椅子に座らせると、冷たいコーヒーを買ってきてくれた。
「何があったかは今は聞かないよ。お前もそれどころじゃないだろうし。落ち着いたら後で話してくれ。俺は一度帰るけどさ、ついててやれよ。」
そう言うと、高校4年生は僕の方を一つ叩き外へ出て行った。
色々な事が頭を過ぎる。
彼女の辛そうな顔、倒れそうになった瞬間の事。
今更ながら怖くなる。
僕は震える肩を自分で強く抱きしめると、ただ黙って彼女が出てくるのを待った。
1時間位経ったころだろうか、先生が出てきた。
僕はその姿を確認すると大慌てで駆け寄り尋ねる。
「先生、亜子さんは?大丈夫ですよね!?」
次の瞬間僕は廊下に倒れていた。
「私は君に忠告したよね?長々連れまわして疲れさせない様にって。」
僕はどうやら平手を喰らったらしい。
痛みは感じなかった。
それよりも胸の痛みの方が強かったから。
そうなんだ、僕は先生に忠告されている。
浮かれきっていてすっかり忘れていた。
「君は彼女と一緒にいる間、どれだけ彼女を気づかってあげられた?一緒にいる間、どれだけ彼女の体調を心配できた?」
僕は何も言えなかった。
「彼女は喜んでいたよ。こんな私の所に毎日の様に顔を出してくれる人がいる。少し強引だったけど、こんな私を必死な顔で誘ってくれるって。そんな彼に答えてあげたいって。弟として見られている部分もあったかもしれないが、君を一人の異性としてみようとし始めた彼女もいたんだよ。君はそれに気が付いていたか?」
涙が出た。
悲しくて悔しくてやりきれなくて。
「僕だって彼女の事を考えていたさ!いつだって!彼女が僕の全てなんだ!」
行き場のない思いは、心から溢れた。
「それは違うよ少年。君のその感情は、傲慢と言うんだよ。激しさだけが愛じゃないんだ。君は彼女を幸せにする方法よりも、自分が幸せになる事しか考えていない。違うかい?それと、そんな事を言ってる間は、粋がって背伸びをしているだけの子供だ。」
先生の言葉は僕に冷たく突き刺さった。
「ああしよう、こうしよう。そう考える事は決して悪い事じゃない。でもそこには彼女が抜けているんだ。覚えておくといい。鏡で自分の姿を確認して悦に浸ってるようじゃ、本当の愛には到底たどり着けはしないさ。」
先生と僕では生きてきた時間も、経験も何もかも違い過ぎる。
「じゃあどうすればいいんだよ!?」
駄々をこねる子供の様に叫ぶ僕。
「それは自分で考えて行動する事じゃないのかい?君はもう少し冷静に自分と物事を判断した方がいい。何が出来て何が出来ないか?どうやってどう対処するべきか?それともう一つ。君はあまりにも彼女に依存し過ぎている。それは彼女にも言える事だが、君たちの距離はあまりにも近すぎる。あまりにも近すぎるが故に、大切な事が見えなくなっているんだ。」
わからなかった。
僕にはそれが理解できなかった。
「そうそう、彼女の容体だが、今日1日ゆっくり休めば明日には気が付くだろう。ただし、念の為もう少し入院が伸びるだろう。さ、君も帰りなさい。面会時間はとっくに終わっているんだから。」
そう言うと先生は廊下の奥に消えて行った。
これ以上ここに居る事は出来ない。
僕は緊急搬入口から外に出ると、項垂れた様に歩き出す。
何処をどうやって歩いてきたのか?
全く覚えていなかったが、気が付けば家の前にたどり着いた。
長女が立ったいた。
普段は僕を奴隷の様に扱うのだが、今日はいつもと違った。
「ひどい顔してるね~。何があった?私でよければ聞いてやるから話してみな。嫌なら構わない。でも一人で抱え込むより、吐き出しちまった方が楽になる事もある。」
僕はその言葉に再び涙した。
悲しい訳じゃないいいだ。
抱え込んだ胸の内を聞いてくれる人がいる。
それが嬉しかった。
僕は長女に全てを話した。
ここ最近の出来事、今日の事、亜子さんを真剣に想っている事。
長女はそんな僕を優しく抱きしめてくれた。
「答えは自分で見つけるもんだから、私からはそれについて何も言う事は出来ない。でも私の経験した事とそれについてアドバイス位はしてあげられる。決めるのはアンタだ。あの子を本当に想っているんだったらいつまでも子供のままじゃいられないよね?人に何かを求めるんじゃなく、自分で考えて答えを出しな。」
そう言うと長女は家の中に入って行った。
色々な事があった1日だったけど、僕はまだまだ子供なんだと痛感させられた。
人に何かを求めているようじゃ、僕は彼女を幸せにしてあげる事なんてできやしない。
たかが14歳の背伸びしてカッコつけてるだけの薄っぺらい僕に、本当の意味の愛なんてわかる筈がないんだ。
世間では不良少年と言われる僕の恋は終わりを告げた。
それから半年後、僕は中学3年生となり、父親に頼み込んで転勤先の海外に行く事を決めた。
知らない国の、知り合いもいない街。
僕はそこのナショナルスクールへと転校した。
5年後。
20歳になった僕は、一人日本に帰国し、あちらで学んだ医学療法士の知識を生かす為、地元の私立病院に就職を決めた。
力になってくれた人は沢山いた。
両親・叔母さん・長女。
そして、あの日僕の頬を打った先生も。
不良だった僕には当時の事が理解できなかったが、今では先生が言った意味も、打たれた頬の意味と痛みがわかる。
今日僕は彼女に会いに行こうと決めている。
あの日不良少年だった僕の恋は終わったが、僕の初恋はまだ終わってわいないから。




