3話
駐輪場に自転車を置くと、亜子さんにメールをし、私立病院裏ての、緊急搬送口から中へ入る。
喫煙所を外に設置している為、入院患者さんが頻繁にここから出入りするので、殆ど怪しまれない。
エレベーターを使うとナースステーションの前でバレるので、僕は一番端にある階段で3階まで登る。
315号室前に到着すると、軽く扉を3回ノックする。
「こんばんは」
小声でそう言うと、亜子さんは僕を中に招き入れてくれた。
「大丈夫だった?もうハラハラしちゃったわよ。あ、消灯が21時で、その15分前くらいから各部屋を見回るから、余裕をもって20時半頃にはここを出なきゃ駄目よ。」
そう言うと、僕に数学の教科書を手渡してくれた。
僕は代わりにチーズケーキとモンブランの入った箱を手渡した。
亜子さんは備え付けの冷蔵庫からペットボトルのお茶を出すと僕に差し出した。
僕はありがたくそれを頂くと、一気に半分ほど飲む。
亜子さんはと言えば、チーズケーキを美味しそうに食べている。
「遅い時間にごめんなさい。明日数学の宿題提出があるんだけど、教科書なかったら宿題出来なくって。亜子さんがケーキで釣られてくれて助かったよ。」
少し意地悪にからかうと、亜子さんは顔を赤くしながら照れたように怒る。
「本当はいけない事だけど、ケーキの写真なんて添付されたら食べたくなるじゃない!それにケーキだってきっと私に食べられたかったはずよ!だから私悪くないもん。」
よくわからない理屈を述べながら、亜子さんは顔を窓の方に逸らしながら、モンブランも食べ始めた。
つられて僕もそちらに目をやると、窓の外に街の夜景が広がっていた。
亜子さんの病気は気胸と言って、肺に穴が開き肺が潰れてしまう病気だそうだ。
ただ、軽度な気胸なので、特別な治療は必要ないみたいで、安静にしていれば自然治癒するって教えてくれた。
不治の病とかではないんで、一安心だが、再発率は高いみたいだ。
「ねぇ、亜子さん。いつ退院できるの?」
そう尋ねると、亜子さんは少し首を傾げながら答える。
「そうね、再来週には退院出来るって先生が言ってたわ。でも残念だわ、今年は一緒にお祭り行けそうにないね。楽しみにしてたんだけど・・・。」
再来週か・・・。
この時期、地元では毎年祇園祭りなるお祭りが行われるのだが、悲しいかなそのお祭りは来週の金・土・日の週末であった。
毎年亜子さんとは土曜日にお祭りに行くって言うのが恒例になっていて、今年も楽しみにしていたんだけれど、今年はどうやら難しいらしい。
「来週中に退院出来ないの?」
駄々っ子みたいな我がままを言ってしまう僕を優しく諭す。
「ごめんね、来週は検査とかもあるから、難しいと思うわ。私も楽しみにしてたのに・・・ごめんなさい。」
申し訳なさそうにそう答える亜子さんに、僕は自分が言った我儘が亜子さんを困らせていることに気が付く。
「いや、僕の方こそごめんなさい。亜子さん体調悪いのに我がままいって・・・。」
お互いに気まずい雰囲気になっていたところで、長女からメールが来た。
件名: おそい!
立ち読みも程ほどにして、そろそろ帰ってこないと鍵閉めるわよ。
気が付くと20時40分だった。
「大変!もうすぐ見回りが来るわ!見つかったら大目玉よ!」
僕は亜子さんにもう一度謝ると、教科書を持って病室の扉を静かに開き左右を確認する。
誰もいない事を確認すると大慌てで病室を出た。
階段を一気に1階まで下ると、緊急搬送口からタバコを吸う為に出ていく患者さんに紛れて外に出た。
駐輪場まで無事に戻ってくると、長女にメールの返信を打ち、自転車で来た道を帰った。
21時10分。
僕は家に戻るとさっき亜子さんと話した会話を思い出していた。
「楽しみにしていたのに、今年はお祭り無理かな。」
色々な事を考えているうちに、僕は眠りに落ちてしまった。
夜の病室に忍び込んでまで教科書を取りに行ったのにも関わらず、結局僕は宿題をやらずに眠ってしまった為、そのまま登校する事となる。
ショックな出来事も重なった為、宿題の存在すら忘れてしまっていた僕は、数学の先生に大目玉を喰らう事となった。
その日の放課後、罰として職員室前の廊下を拭き掃除50往復させられたのは言うまでもない。




