公金納付す。
四月だというのに冬に逆戻りしたような気候が続き、開きかけた新緑も行き場を無くして足踏みをしていた。
だが、そんな寒さから解放され、久しぶりに暖かな春らしい陽気が戻ったその日、私の所へ訪れたのは冬籠りから目覚めた生き物でもなければ孵化した昆虫でもなかった。
その角を曲がると、それは突然やってきた。
聞き慣れた音、でも聞き慣れぬ音。
「ヴウーーーー」
柳〇慎吾氏のネタかと思った。
ハンドルを持つ手に力が入る。
どう考えても私の運転する車、もしくは私自身に用事が有るらしく、ぴったり後ろに付いている小振りなパトカー。
多分、私のパーティーに加わる事が目的ではないだろうし柳沢〇吾氏でもない。
全く身に覚えはないが、カーチェイスをするつもりは毛頭ないのでスグサマ停車する。
私は善良な市民であるし、優良ドライバーなのだ。
「私、何か違反しましたか?」
間抜けな質問に警官が答える。
「ここね、左折も停まれだから。一時停止違反ね」
左折も、と言うのは他でもない。ここに右折は無く、直進すると数メートル先で畑END。ほぼ左折以外に行く当てはない。
私はこの細道を交差点と認識していなかった。つまりは思い込み……。
あろうことか標識を見落としていたのだ。
――私が来るのを待っていてくれたんですね……。お仕事ご苦労様です。
いつも一般市民の安全を守ってくれてありがとうございます……。
言い訳しても仕方ない。見落としたのは事実なのだし言い逃れは見苦しいだけ。私は茄子がママ……と気が動転する事も無く、為されるままに仰せに従った。
「一時停止違反は七千円です」
その場で振り込み用紙が出来上がる。手慣れたものだ、事はサクサク完了する。
ああ、ゴールド免許さようなら。
自動車保険の割引も無くなるのだなぁ……。
振り込みを先延ばしにしたところで何も良い事は無いので、その足で郵便局へ向かう。
私は善良な市民なのだ。(もう優良ドライバーではないが)
郵便局の窓口に振り込み用紙を差し出すと、受け付けてくれた女性が一枚の紙をカウンターに置いた。
「これにも記入して下さい」
公金の納付申し込み書だった。
交通違反金は公金だったんだなぁ……。
私の七千円が今、公のモノとなるのだ! 何と感慨深い事だろう。
ああ、これからはもっと目を皿のようにして標識を見よう。
車は凶器なのだから、気を緩めてはいけない。
いや、決して七千円の事を悔やんでいるんじゃない。
私は善良なドライバーなんだから。
……もう、優良じゃないけど、保険料が高くなるけど。
七千円、角を曲がれば七千円。
いえ、私が悪いんです。これからは気を付けます。
七千円……あばよっ!
ドライバーの皆さん、今の私が言うのもなんですが交通ルールを守りましょうね。思い込みは危険です。
私? 勿論、お金で済んでよよよよよよ良かったです。