第十八話:クラスター爆弾
アシュノの風の探知魔術の範囲外から双眼鏡でアシュノの様子を見る。俺の目論見通りかなり弱っている。
右腕に巻かれた血のにじむ包帯が痛々しい。
彼女は帝国軍の先頭を歩き常に地中への探索魔法を使用している。
地雷を見つけると、その上に旗を突刺して踏まないように指示を出していた。
あれを安全に起爆させることが難しいためだろう。慎重で確実な方法だ。それ故にずいぶんと進軍速度が遅れている。
アシュノは時折頭を抱える。脳への過剰負荷が原因だ。
ハイ・エルフは地下風水全てのマナとの相性値が最高だが、マナは力を貸してくれるだけで、結局のところ魔術を行使するのはアシュノ自身だ。
先頭を歩きつづけるかぎり、地雷探知の魔術を走らせないといけない。バリスタなんてものがある以上、風の魔術の精度を落とすこともできない。
アシュノと言えど、耐え切れるものではないだろう。
だからこそ、安心して攻めの手を打てる。
「さあ、行こうか。皆、クラスター爆弾を隠しているポイントだ」
この様子を見て安心した。少なくとも、距離さえあければアシュノが反応することはないだろう。
◇
クラスター爆弾は、いくつか作っているセーフティハウスに隠してあった。
奴らが通る道から近く、なおかつクラスター爆弾の効果を活かすために、遮蔽物が比較的少なく、多くの敵を殺傷範囲に入れられるポイント。そうなると、仕掛けられるポイントは限られてくる。
チャンスは少ない。
特に今回はもっとも、警戒が薄く。成功率が高い初回。必ず成功させる必要がある。
「長、すっげえ重いな」
「うん、小型とは言え中身は二百以上の手榴弾が詰まっているからね」
俺は身体能力を強化し、ロレウと共に直径二メートルにもなる球形のクラスター爆弾を運ぶ。
そして、アシュノの監視はルシエにまかせている。
「そういえばシリル、地雷のときもそうだったけど。クラスター爆弾も今まで使ったの見たことないよね。すごいの?」
双眼鏡を覗き込みながら、ルシエが俺に問いかけてくる。
「うん、クロスボウやバリスタが玩具に見えてくるよ。これは対人じゃない対軍兵器だ」
対軍と言ってもまだ過小評価だ。直径二メートルのクラスター爆弾は紛れも無く戦術兵器を飛び越え、戦略兵器に分類される。
これは戦争のあり方を変えてしまう。
俺たちは切り立った崖の上に隠れてアシュノたちの先頭集団が通り過ぎるのを見送る。
さらに、二時間ほどたち五キロにも及ぶ敵の集団が通り過ぎていくのを見続けた。
そして後方集団。俺達が狙うべき集団が来た。
「ルシエ」
「うん、大丈夫。アシュノは戻ってくる気配はないよ」
「そうか、わかった」
俺は大きく息を吸い込む。
覚悟を決めろ。鬼になれ。
「ロレウ、いくぞ」
「わかった。長」
ロレウと二人で力を合わせて全力で巨大なクラスター爆弾を投げ、風にのせる。
そして敵の頭上で高速回転。
球の隙間から次々に、二百以上の小型の簡易手榴弾が降り注ぐ。
緻密な計算で効率的にばらまかれるように、調整してある。
計算上は崖の下にすべて手榴弾が落ちるので、ここまで被害は届かないが、念のため風のカーテン用意する。
「全員伏せて、口を半開きにして耳をふさげ」
俺はルシエたちに指示を出す。
特に耳のいいユキノは必死にきつね耳を押さえた。
そして、それが来た。
幾重にも、幾重にも、爆音が重なる。一つ一つの手榴弾が炸裂する爆風と破片が帝国兵たちを蹂躙した。
クラスター爆弾の効果範囲は1キロにも及ぶ。
無数の悲鳴を爆音が塗りつぶす。
俺は風の魔術を起動し、すみやかに帝国の被害状況を調べる。
……死者二三二人。負傷者七六五人。
おおよそ、帝国兵の一割に致命的な一撃を与えた。
生き残った兵士も、突然起った地獄絵図に悲鳴と怒声をあげて、取り乱している。現実が受け入れきれていない。
「しっ、シリル、なにこれ、こんな、たった一発の爆弾で……」
ルシエが絶句していた。
ロレウとユキノもだ。
この時代、ここまでたやすく人を殺しうるものは存在しなかった。ここまで圧倒的な死は、三人には想像すらできないものだっただろう。
だが、俺はそれを作ってしまった。
「逃げながら話そう」
俺はこの惨状に背を向け、走りだす。ルシエたちが俺に続く。
「そもそも、爆弾の効果範囲を広げる方法として、火力を純粋に高めるというものがある」
解説を始める。
「しかし、効果範囲を二倍にしようとしたら八倍の火力が必要になるんだよ」
そう、爆弾の有効範囲を広げていくには、エネルギーを三乗していかなければならない。それでは非常に効率が悪い。
「だから、爆弾を使っているとな。小さな爆弾を広範囲にばら撒くことが最適だと考えつくんだ」
それこそがクラスター爆弾のはじまり。
「だけどね。それには思わぬ副次効果があった。爆弾っていうのは中心点から衝撃が外に広がっていくんだ。敵は一方向からしか衝撃を受けないから吹き飛ばされることで力を逃せるし、障害物が挟まっていれば威力は減衰する」
爆弾は見た目よりも殺傷力が低いのだ。
中心点から離れれば離れるほど、指数関数的に威力が弱まる。
「でも、クラスター爆弾は違う。爆発の中心点が無数にある。効果範囲内にいる人間は、前後左右ありとあらゆる方面から衝撃を受ける。衝撃の逃げ場はどこにもない。全方位からの衝撃に押し潰されるんだ。効果範囲内の爆圧、殺傷力は通常の数十倍。はっきり言ってね。この武器は一度使えば虐殺を必ず引き起こす。コントロールなんて出来ない。そういう類の兵器だよ」
やっと、俺達が安全だと思われるところまで来たので、近く木に寄りかかって座る。
俺の説明を聞いて、皆が震えていた。
「なんだ、なんなんだ。なんで、こんなものがあるんだよ!?」
ロレウは、大声を上げる。
彼は怖いのだ。こんなにあっさりと数百人の命を蹂躙するクラスター爆弾が。
そして、非現実的なまでの殺人を行ったことで心に傷を負っている。
「ロレウ、俺ははじめからクラスター爆弾がこういう兵器だって説明したはずだ。今更わめくな」
俺は静かに言う。
だが、ロレウは納得がいっていないようで、何か言いたげにこちらを見ている。
そんななか、ユキノが俺とロレウの間に立った。
「……ロレウ様、こんなの使いたくない? ロレウ様はたくさんの人間を殺すのが怖い?」
ユキノが静かな口調でロレウに問いただす。
「なっ、ゆっ、ユキノちゃん。……その、なんだ。俺は」
惚れているユキノに責められていると思い、ロレウはしどろもどろになっていた。
「いやなんだ? なら、ユキノが変わりにやる。ロレウ様の代わりにユキノがシリル兄様を手伝う。それでいっぱい、帝国の人を殺す」
ユキノの言葉を聞いてロレウの体が固まった。
「シリル兄様は、クラスター爆弾を使わないと勝てないって言った。なら使うしかない。ユキノたちは知ってる。……帝国に負けたらどうなるか。別の村に行ったユキノの仲間、みんな殺された。殺されて魔石と尻尾を取られた。ユキノは、エルシエに居る大事なみんながそんな目に合うのは絶対いや。そのためなら、どんなひどいことでもする」
ユキノはロレウが苦手だった。大きな体と声にいつも怯えていた。
そんな彼女が、まっすぐとロレウの目を見て、自分が戦うと言った。
クウが、もうユキノは立派な戦士だと言っていたことを思い出す。
俺はぽんっとユキノの頭に手を置いた。
「ロレウ。どうする?」
「……俺はやるよ。俺だって仲間は大事だ」
「そうか、ありがとう」
俺は一拍置き、溜めを作る。
「みんな、ここから先の話をしよう」
全員が真剣な瞳で俺の方を見る。
「一番の理想は、クラスター爆弾の威力にビビった帝国の連中が逃げていくことだ。なにせ、二百人が死んで、七百人が怪我を負った。いかに帝国の兵が一万人以上居ると言っても無視できる被害じゃない」
なにせ、一割の損失。三割の損失を抱えれば事実場の軍の壊滅。
なにより……
「ロレウ、お前は一度にあんなに殺す武器が怖いと言ったがなそれを食らう敵さんはお前の数十倍怖いだろうさ。俺なら逃げるよ」
おそらく、離反者は必ず出るし、指揮をする立場の人間ですら逃げ出したくなるだろう。
「シリル、もし逃げなかったらどうするの」
「その場合は、戦うしかないだろう。クラスター爆弾を存分に使って戦う気がなくなるまで叩く」
仕掛けられるポイントはあと六ヶ所。
作戦がうまく行けば、もう四千人は削れる。
「叩いて、叩いて、弱らせてから、エルシエに辿り着いたら籠城戦でもうひと踏ん張りだ」
「わかった。シリル。それで行こう」
「長、俺も依存はないぜ」
「うん、ユキノはシリル兄様を信じる」
三者三様の返事が帰ってくる。
これならなんとか、攻めることができそうだ。
俺は笑みを浮かべる。
そして、この場では言わなかったことが一つある。
籠城戦をするための最低条件は、誰かがアシュノを足止めすることだ。
彼女が自由に動けばあっさり、エルシエが落とされる。
俺は、足止めが出来るとすれば俺しかいないと思っている。エルシエに奴らがたどり着けば、俺はアシュノに一騎打ちを挑むつもりだった。
彼女の体調次第では、何もできずに蹴散らされる。彼女をどれだけ弱らせるか、それも勝敗に深く関わっていた。
◇
それから一月もの間、帝国兵から距離を取りながら戦い続けた。
二回ほど、クラスター爆弾の襲撃を成功させている。
おかげで、帝国は千人を超える死者と、その三倍以上の負傷兵を抱えている。
さらに、後方を重点的に狙ったおかげで、食料を吹き飛ばし、荷物を運ぶ馬車の何割かを使用不可まで追い込んだ。
おかげで、かなり足を遅らせることが出来ている。
先頭を歩くアシュノの限界も近い。
クラスター爆弾での襲撃をなんとかしようと、いろいろと試行錯誤をしているのだが、それが余計に彼女の負担を増やしている。
これなら、あるいはエルシエにつくまでに全滅させることができるのではないか。
そんな期待をする。
だが、異変が起きたのは四度目の襲撃の準備をしているときだった。
「シリル、アシュノが先頭から消えた。探しているけどどこに居るかわからない」
アシュノを望遠鏡で監視していたルシエから訝しげな声をあがる。
「だが、進軍は続いてるんだろう?」
アシュノを下げるということは、地雷に無抵抗になるということだ。
そんなことを帝国が受け入れるのか?
そして、その答えがすぐに帰ってきた。地雷を踏んだ帝国兵が吹き飛んだのだ。
「長、あいつら。地雷が怖くないのか?」
「いや、違うな。よく見ろ」
俺は予備の双眼鏡をロレウに渡す。
「なんじゃ、こりゃ!? あいつら、なんでこんなことができるんだ!?」
先頭に負傷者を歩かせて、少し離れたところに槍を構えた帝国兵がいる。
ようするに、荷物になった負傷者に地雷を踏ませることで、お荷物を捨てつつ地雷を撤去しているのだ。
……たしかに、効果的な戦法だ。だが、アシュノがここまで非人道的な作戦を実行できるか?
その疑問もすぐにとけた。
負傷者を無理やり歩かせる一団の後ろに帝国の四大公爵の一人ヴォルデック公爵が居た。
納得だ。あいつならそういった指示を出す。
「どうする。長、攻めるか!」
「いや、このポイントは諦めよう。大丈夫、最低限の目標は達成したよ」
全体の三割を超える死傷者をだした。
そして、敵の大幅な足止めの成功。
アシュノの弱体化。
今回の遠征は文句無しに大成功と言っていいだろう。
「みんな、ここからはアシュノが見つかれば攻撃を実行する。チャンスを待て、けして無理をするな」
そうして、エルシエまでの道を帝国兵たちを監視しながら進む
◇
結局、エルシエに奴らが辿りつくまでの間、二度しかクラスター爆弾を放つ機会がなく、そのうち一度は一キロ先からのアシュノの弓を使った狙撃で撃ち落とされ、効果が激減した。
ただ、奴らは非人道的な作戦をとったことで、クラスター爆弾の恐怖と重なり離反兵が多く。
無傷な兵を四千程度まで減らすことができた。
徹底的な足止めのおかげで、帝国のエルシエへの到着を二月遅らせることができ、帝国の兵士たちはボロボロで物資も乏しくなっている。
奴らの先頭集団が、エルシエを守る巨大な防壁を見てあっけに取られた顔をした。まさか、エルシエがこんな防壁を作っているとは思っていなかったのだろう。
……ここから、籠城戦。そしてアシュノとの直接対決がはじまる。




