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第十話:禁忌の五人

 ルシエと久しぶりの情熱的な夜を過ごして、気持よく眠っていた。

 だと言うのに……


『まったく、まさか封印された【俺】を思い出すとは思わなかったよ』


 夢の中で【俺】の声が聞こえた。

 いつもの白い部屋。そこで俺は【俺】と対峙している。


 もう、隠すつもりはないのか、【俺】は主人格であるシュジナの姿だ。三十代後半の痩せた男。大魔導師らしく、ローブを靡かせ、四色の魔石を埋め込まれた杖を構えている。


「なんのことだ」

『脳裏に浮かんだだろ? あいつの……最悪の【俺】の能力が』


 心臓が嫌な音を立てる。 

 そう、俺はルシエと話しているときに、ある【俺】の凶悪な能力を思い浮かべた。


『奴はソリュート。病と毒のスペシャリストだ。その固有魔術は自らが受けたことのある病や毒を体内にストックし、いつでも血液をストックした病や毒に変換し放出するというものだ。それだけではなく病や毒の改良。オリジナルを作ることすらできる』


 一見地味に聞こえる。

 だが、わざわざが【俺】が封印した理由はあるのだ。それも、都市一つを一撃の元に滅ぼす、【世界を滅ぼした破滅の龍】を差し置いてまで。


「封印していた理由はわかるよ。ソリュートは世界を滅ぼせる」


 そう、【世界を滅ぼした破滅の銀竜】はせいぜい都市を滅ぼす。やりようによっては国を滅ぼせる。

 だが、”その程度”だ。

 ソリュートは違う。世界を滅ぼしかねない。


『ソリュートの体内のストックには、黒死病、腸チフス、エボラ、コレラ、天然痘等、数百種類の疫病がある。地球にも、この世界にも存在しないものすら存在する。つまり、この世界の誰一人抗体をもたず、治療する術が存在しない疫病、そんなものですら作れる』


 だからこそ、【俺】は封印した。けして表に出ないように。

 そして、このソリュートの怖いところは、一度その力を解き放てば最後、自分ですら破滅を止めることができないことだ。


 自らの放つ病。その特効薬やワクチン、そんなものを作ることはできる。

 だが、別の世界の病だ。この世界の環境で、さまざまなものと触れながら病は変質していく。変質してしまえば、対抗策が効かなくなる。


 イタチごっこで対抗策を打ち続けることはできるが、それで事態が収まるかは運任せだ。

 そのリスクを差し引いてもなお、ソリュートの力は魅力的だった。他国を病で衰退させ、特効薬をちらつかせて、優位な交渉をする。それだけで簡単に世界の覇者になれる。


「ソリュートは危険なのはわかる。だけど、使いようによっては、強力な武器になるだろう」

『そう思ってソリュートを使った俺は、一人残らず破滅したよ。ソリュート自身、過ちを犯し、大切なものをすべて失い、自らの罪の重さに押しつぶされて【俺】に体を明け渡した。あの力は破滅そのものだ』


 【俺】は苦笑する。それと同時にかつての俺の記憶が蘇ってきた。過去の自分の失敗の記憶をもとに、対策をしてそれでも、ソリュートの力に溺れ破滅した俺の姿が。

 吐き気がとまらない。俺の体験故に、そのときの感情までが流れ込んでくる。


「なら、どうして思い出させた。そうさせないために、【俺】はソリュートを封印していたはずだ」


 その言葉を聞いて【俺】は、どこか寂しそうな笑みを浮かべた。


『こんなものを開放するつもりはなかった。でも、シリルは思い出した。封印なんて、たいそうなことを言っているがね。せいぜい、記憶の引き出しに気づかせないようにしているだけだ。【俺】の中から、【俺】を消せはしない。そして……』


 【俺】は表情を引き締める。


『【俺】とシリルの境界線があいまいになっている。シリルが【俺】を飲み込んでいる。【俺】が譲っているから当然の結果だ』


 その言葉を聞いて青ざめてくる。

 俺が俺じゃなくなる?


『その心配はない。主導権はシリルに渡してある。だが、これ以上、【俺】をシリルが飲み込めば、【俺】はシリルを止めれない。記憶を制限できない。否応なしにシリルは【俺】のすべてを知るだろう。そうなれば、良識と理性だけで、シリルは【俺】の力の誘惑と抗わないといけない』


 ごくりと、生唾を飲んだ。

 かつての俺の経験と知識。そして強力な俺の引き出しが増える。それはどうしようもなく魅力的な力だ。しかし、使いどころを間違えれば一瞬で破滅につながるだろう。


「どうしてこんなことになったんだ」

シリルは、【輪廻回帰】を使いすぎた。【輪廻回帰】を使うごとに、シリルは【俺】を飲み込んでいく。いつかこうなることは必然だった。だが、あまりにも早過ぎる』


 心当たりはある。

 このところずっと、ドワーフのクイーロを使い続けている。そうでもなくても俺は【輪廻回帰】に頼ってきた。

 あるいは勇者を喰ったこと。アシュノとの出会いが何かしらの影響を与えたのかもしれない。


『一つだけアドバイスをしておこう。【俺】が封印した五人。それを選んだ基準は……世界を滅ぼせるか否かだ。毒と病のソリュートだけじゃない。残る全員がすべて、そういう類の爆弾だ。そのことを覚えておけ』


 俺はその言葉を噛みしめる。新たな自分を手に入れたとしても、それをむやみに使わないと決めた。


「今日はやけに素直に助言をくれるんだな」

『【俺】の娘……アシュノを殺さないと言ってくれたシリルへのささやかな礼だ。それに、なんだかんだ言ってこの世界が好きなんだよ。愛する人と一緒に救ったこの世界がな。だから守りたいと思っている』


 【俺】が話しは終わったとばかりに手を振ると、白い部屋が崩れていった。

 まだ、話したいことがある。そう思って手を伸ばしても、【俺】は笑うばかりで返事はしない。

 なぜか、もう【俺】とこうして話すことはできない。そんな予感がした。


 ◇


 夢で【俺】と話してから一月半がたった。

 あれから、【俺】は一度たりとも話しかけてくることはなかった。

 その間に、エルシエを守る防壁は完成間近となっていた。

 高さは4mしかないが、完成次第、有刺鉄線をはり、いざという時は高圧電流を流せるようにするつもりなので、正攻法で乗り越えるのは厳しい。


 その代わり、厚さは10mほどあり、破城杭だろうが、バリスタだろうが、大砲だろうが貫くことは不可能だ。

 そして、今日はその防壁を仕上げをするために、エルシエの外にでて防壁を眺めていた。


 エルシエのほぼ全員が今日は仕事を休んで、思い思いの場所で防壁を見つめている。


「火狐のみんな、仕上げですよ! ここまでエルフの皆さんが頑張ってくれました。それを無駄にするわけにはいきません。全力で頑張りましょう」

「がんばります! クウ姉様」

「わかったの。クウ姉様」

「ユキノがんばる」


 クウが声を張り上げると、防壁の周りに等間隔に配置された火狐たちが次々に返事をした。

 今から防壁の仕上げを実行する。


 クウのお腹はだいぶ膨らんできている。今は妊娠五ヶ月ほど。エルフや人間と比べて、火狐は二ヶ月ほど妊娠期間が短いため、最短であと二ヶ月。標準であれば三ヶ月も経てば子供が生まれてくる。


 最近は、クウの世話役の火狐たちがべったりと張り付いていて、俺ですらあまり一緒にいることができない。夫婦の営みはもちろん、長い間話しているだけで、クウ様が疲れますからと追い返される。


 火狐の村が滅んではじめての、新たな火狐の誕生なのでかなりナーバスになっている。クウは大事にされすぎて逆にしんどそうにしている。


 今日の作業にクウが参加することにも周りから猛反対があったが、クウが押し切った。エルシエを守る防壁。それを完成させるのは長の妻である自分でないといけないと強く言い切ったのだ。


「全員、配置に付きましたね! では、魔術を起動します。総員、【狐火】!」


 クウの号令とともに、五十人近い火狐たちが、炎の魔術を起動する。

 膨大な魔力が放たれ、あたり一帯から火のマナが呼び寄せられ、一気に防壁が炎に包まれた。

 五十人がかりでおこなう大魔術は、美しく、畏怖すら覚える。


「ルシエ、壮観な眺めだな」

「うん、すっごく綺麗」


 紅い炎が激しく燃え盛る。

 これは防壁の最終工程だ。木と石を骨組みにして、粘土と砂利を混ぜたものを積み重ねてできた防壁。それを焼くことで強度をあげる。


 部分、部分で分けて焼くより、一発で仕上げたほうが歪みが少なく強度があがる。そのために、エルシエの火狐総出での大魔術を行った。


 心のなかで賞賛を送る。力任せに見えて、この魔術は息を合わせることと、繊細な操作の両方を求められる。どんなに辛いときもともに頑張ってきた彼女たちだからこそ、可能になったのだろう。


 観客のエルフたちもその炎に魅入られていた。

 火狐たちの額から汗がこぼれ落ち、苦痛にゆがむ。

 彼女たちをもってしても、長時間の【狐火】の維持はきつい。


「もう少しだ。頑張ってくれ」


 俺は声を風に乗せて、火狐全員に届ける。

 防壁の完成のタイミングを伝えるのが俺の役割だ。各員から思い思いの返答が帰ってきた。

 子狐組に限って言っても、銀色の火狐のユキノは尻尾をふって喜び、黄色の火狐のケミンは強がってみせ、黒い火狐のクロネは、まだぁっと泣きそうな顔で俺のほうをみた。


 慎重に、防壁の様子を見定める。ここでタイミングを誤ればすべてが台無しだ。

 そして、ついにそのタイミングが来た。


「お疲れ様! 完成だ。ゆっくりと力を抜いて」


 火狐たちは安堵の表情を浮かべて、少しずつ火を弱める。

 そして、ついにその炎が消え、ほとんどの火狐たちはその場にへたり込んで息を荒くする。


 さすがに、これだけの規模の魔術だ。火に愛された彼女たちでもいっぱいいっぱいだったのだろう。

 そんななか、クウとユキノは金と銀の高位の火狐だけあって余裕が有り、仲間たちを気遣っている。


 俺は、火狐たちの回復を待ってから、声を張り上げた。


「エルシエの皆。よくやってくれた! これでエルシエを守る防壁は完成した。エルフたちが積み上げ、火狐たちが焼き上げた。俺たちを守る防壁だ!」


 エルフも火狐も、みんな威風堂々とした防壁を見上げる。

 数ヶ月に渡る努力の結晶。これだけの長期間に渡って一つのものを作り上げたのは初めてで、それぞれの胸に達成感がこみ上げている。


「これほどの防壁なら、帝国の連中も崩せはしない。いや、誰であろうも壊せない。よく、これだけのものを作ってくれた。長として礼を言う!」


 エルシエの民たちがぱっと笑顔を浮かべて、となりに居る人たちと喜びをわかちあう。

 中には抱き合う連中も居た。苦しくて辛い単純作業の連続。何度も心が折れそうになっただろう。それでも、みんなが歯をくいしばってよく耐えてくれた。

 この共同作業は、エルシエのみんなの絆をより深めた。


「口だけで感謝を言っても、仕方がないと思い、今日は宴を用意した。日が暮れればすぐに広場に集まるように。酒も飯もたっぷり用意してある! では、解散だ!」


 喝采が湧く。

 戦争の前に贅沢は推奨はされないが、今日ぐらいはいいだろう。戦いの前の最後の宴になる。精一杯楽しんでもらおう。


 エルシエに帰っていく皆を眺めていると、風のマナが騒ぎ始めた。何事かと思って振り向くと一台の馬車が走っていた。


 俺が馬と馬車の両方に改造を施し、通常の二倍ほどの速度と走行距離を誇る特製の馬車がこちらに向かってきていた。

 この馬車を所持している都市は三つしかない。

 俺の前で馬車は急停車する。


「シリル様!」


 馬車の荷台に乗っていたのは、ベル・エルシエを収める五大長のひとり、コボルト族の長、ヨハンだ。

 その男が満面の笑みを浮かべて口を開く。


「やりましたよ! 一刻もはやくシリル様に見てもらいたくて、急いで来ました!」

「ちゃんとわかるように言ってくれ」

「できたのです!」

「だから、何がだ」

「ついに収穫できたのです。シリル様にお願いされていた大麻が!」


 一瞬俺は、呆けた顔をしたあと、思わず凶悪な笑みを浮かべた。

 隣でルシエがぎょっとした顔で俺の方を見ている。

 ようやく来た、偽札と麻薬の原料となる大麻が。

 戦争まで残り一ヶ月半。なんとか間に合いそうだ。

 

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