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エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:エルシエ建国編
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第六話:襲撃

 起きるとすぐに、昨日のシカを馬車に積みこんで出発した。肉は食料の足しになるし、皮をなめせばいい防寒具になる。

 冷帯気候のエルフの村では毛皮は貴重だ。

 四時間ほど走り、補給基地まで10kmというところで、馬の限界が来たので俺は馬車を降り、ルシエには近くの森に馬車を隠すように指示をした。


「シリル、絶対に死なないでね」

「もちろん、ちゃんとお土産を持って帰って来るさ」


 村のみんなが冬を乗り切れるだけの食料を必ず持ちかえる。


「ちょっとだけ、こっちに来て」


 ルシエがはにかみながら手招きするので馬を引くルシエの足元に近づく。

 すると、ルシエが腰を屈めて、俺の頬に唇を押し当てた。


「無事に帰ってこれるようにおまじない」


 短くそれだけを言ってルシエは目を背ける。

 人間より少し長い耳は、肌が白いこともあって、赤くなっているのがわかりやすくて、くすりとしてしまう。

 よほど照れくさいのだろう。


「帰ってきたら、唇のほうに頼むよ。それを励みに頑張るから」


 恥ずかしがるルシエが可愛くて、ちょっと意地悪なことを言ってみる。

 そして、俺も、自分の仕事を果たすためにルシエと反対方向に一歩踏み出した。


「ちょっと、シリル、私、まだ返事してない!」


 背中から、ルシエの慌てた声が聞こえてくる。

 俺は足を止めて振り返った。


「舌とか入れるから覚悟しとけよ」


 俺の追い打ちを受けてルシエがオーバーヒート。

 目が泳いで、顔は真っ赤、頭から煙が出そうなくらいにテンパってる。

 少しだけ、声に出して笑ってしまった。

 そして再び歩き出す。


「シリル、えっと、その、だから、うう……ちゃんと帰って来てくれたらだからね」


 後ろから、ぼそりと呟く声が聞こえ、そして遠のいていく馬の足音が響く。俺は今度は振り返らず、背中越しに手を振る。

 今振り向くと気持ちが揺らぐ気がしたから。

 しばらくすると、ルシエの気配が感じとれなくなった。


「死ぬわけにはいかないな」


 ルシエの唇を知らずに死ねば、それこそ、十生くらい後悔しそうだ。


「だから、本気で行こうか」


 体内魔力オドは充実している。

 きちんとした栄養と、馬車で十二分に得た休息。なにより、ルシエとの約束が俺に力を与えてくれた。

 強化した筋力で一歩踏み出すと同時に、風のマナを集めて突風を起こして体を風にのせる。

 踏み出した一歩で5mほど進んだ。

 その要領で二歩め、三歩めと繰り返す。


 最低限の魔力消費で、時速80km/hを誇る、高速走行術。魔力効率を無視すれば、まだ速度はあげられる。

 走りながら、自分の体の状態をチェックする。


「固有魔術は使えるか」


 俺の固有魔術。過去の俺の呼び出し。

 普通の人間ならせいぜい全盛期の肉体を呼び出すのがせいぜいの外れ魔術。だが、俺は今まで歩んできた30回の人生の中から選択できる。


 ドラゴンだった俺、吸血鬼だった俺、人であって人を超えた俺、機械の体を得た俺、魔王だったころの俺、選択肢は無数にある。


 だが、これを行うには呼び出す存在に耐えうる最低限の魔力と肉体の強度が必要とされる。

 過去の俺によっては肉体の書き換えに体が耐えられない。


 今の俺より戦闘能力にすぐれる、過去の俺は9人。そのうち、今、呼び出せるのは、3人だ。残りの6人は、魔力、もしくは肉体のキャパが足りずに呼び出せない。鍛えていけばいずれすべてを使いこなせるようになるだろう。


 今回は3人の中で今回の作戦にもっとも適した俺を選択する。

 それは、18周目の世界、かつてゲームの中としか思えない世界に魂をもって生まれた時の俺。

 もっとも使い勝手が良く、使用頻度が高い俺だ。


 十分ぐらい走り、補給基地が目視できる位置に来ていた。


「【知覚拡張】」


 風のマナと知覚を共有する。

 基地の大きさは、300m×200m。門は鉄製で周囲が石壁に覆われている。建物は木材と石灰、それに煉瓦製だ。

 中に居る人間は300人程度。

 この補給基地は、関所であり、異種族から帝国の本土を守るための砦でもあるため、これだけの規模で作られているのだろう。


 【知覚拡張】で見た敵兵の配置と、拷問で聞き出した内容はほぼイコールだ。

 食料と武器の保管庫については、あいつの話を信じて良さそうだ。


「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」


 属性魔術とは違い、固有魔術は100%自身の魔力を使うため消費する体内魔力オドは比較にならないほど大きい。

 自らの内側に強く語りかけるように詠唱を開始する。


「我が望むは、虚栄の世界で高潔であり続けた騎士、その名は……」


 かつての名。懐かしい名前を朗々と読みあげる。


「ディート! 【輪廻回帰】!」


 体が光に包まれる。

 固有魔術である【輪廻回帰】が起動する。

 光が収まった俺の身体は、鋼の鎧と、兜。そして両手剣が装備された騎士の姿に変わった。

 固有魔術は、汎用魔術と違って、使えるが理屈がわからない再現性のない魔術だ。俺自身どんな術式を組めば、これほどの奇跡が可能なのかわからない。それを、俺の魂に備えついた機能をなぞることで実現する。


「懐かしい体だ」


 エルフの特徴である尖った耳は丸くなり、青い目と金髪は両方とも黒く染まる。

 その姿はどことなく帝国の兵士に似ていた。


「レベル14で初心者用装備……今の魔力じゃ再現できるのはここまでか。効果時間は48分ってところだな。十分だ」


 体の状態を調べる。

 俺はレベル14のときのディートの姿になっていた。

 ゲームと思われる世界ではレベル99まで上げたが、そこまでは再現できていない。今の魔力量でそんなものを呼び出せば一瞬で魔力が枯渇し死に至る。だから手ごろな頃の自分が呼び出された。


 こういう点でディートは使い勝手がいい。他の【輪廻回帰】だと、弱いときというのがあまり存在しない。


「行くか」


 にやりと不敵な笑みを浮かべ走り出す。

 その速度は時速60km程度。

 ディートはゲーム時代のステータスに応じた身体能力、攻撃力、防御力を得る。レベル14時点だと常人の五倍近い身体能力だ。

 ただし、魔術の制御については常人並みに落ち込み、この姿では満足に扱えなくなってしまうデメリットがある。

 俺は走ってきた勢いのまま、鉄の門を蹴破り中に侵入する。

 二十人がかりでないと開かない重い鉄の門も、強化された身体能力でたっぷりと助走をつけた俺の力なら用意に貫ける。


「うそっ、なんで侵入者が! 門は!?」


 本来なら、鉄の門で足止めしている間に見張り台から弓を放ち警報をあげる兵士が間抜けな声をあげて硬直する。

 その間に俺は基地の中を疾走した。

 

 数秒後、ようやく自分の仕事を思い出したのか、見張り台に設置した鐘を叩き音を響かせる。この基地の警報だろう。


「門が蹴破られた!」

「侵入者だ」

「数は?」

「たった一人だ」

「一人で、門を開けるわけがないだろう! 正確な報告をしろ」


 強化された体は容易に兵士たちの声を拾う。

 【知覚拡張】を合わせて使いたいが、ディートの体になったことで、風のマナとの相性が悪く、そもそも魔術の制御自体が困難になり、満足な性能を得られないので諦める。


「時間がない。最短経路を行かせてもらう!」


 俺はそう叫ぶと、食料の保管されている建物に向かって真っすぐ走る。

 兵士の密度や、敵に見つかる危険性なんて考えない。ただ、愚直に突き進むのみ。


「ひぃぃぃ」


 たまたま通り道に居た兵士が、俺の速さに驚き悲鳴をあげる。

 俺は、その兵士を腰だめに構えた剣で叩き斬った。

 剣の質量と成人男性の五倍の筋力で振るわれた剣は容易く兵士を両断する。

 こんな使い方をすれば、普通は剣が刃こぼれを起こすし、最悪折れる。しかし、ゲームの仕様上で傷つくことがなかった俺の愛剣は、その機能を忠実に再現し傷どころか、血の付着すら許されない。


 兵士の死体から、青い光の粒子が発生し俺の身体に吸い込まれる。


「悪いな。今の体は魔力が少ない。足しにさせてもらう」


 俺がディートを愛用する理由の一つがこれだ。

 ディートだったころの世界では敵を倒せば経験値を得てレベルアップをした。

 それを俺の固有魔術は、倒した敵の魂を自らのものにすることでその機能すら再現してみせる。


 魔力とは魂の力だ。通常は生まれ持った資質以上に強くなることはない。特別な訓練をすれば、多少は水増しできるがたかが知れている。

 だが、ディ―トの【魂喰い】は殺した相手の魂を吸収することで魂を強化し魔力を増やすことができる。

 あいにく、この方法で得た魔力は、知識や記憶と違って次の俺に引き継ぐことはできないが、どの世界でも簡単に強くなる方法として重宝していた。


「二つ、三つ、四つ!」


 俺は片っ端から邪魔立てする兵士たちを斬り殺していく。

 それは戦いとは言えない一方的な虐殺だ。

 こちらの動きが速すぎて兵士たちは俺を捉えきれない。だが、俺はあっさりと兵士を捉え一撃のもとに鎧ごと真っ二つにする。


 さらに、斬れば斬るほど強くなる。

 その快感に脳が焼けそうになる。

 わざわざ危険を冒してまで目立つ行動をした理由は二つ、


 一つ目は、ここで派手に動けば、エルフの村から帰らない兵のことなんて構っていられなくなる。補給基地が壊滅しかけるほどの襲撃があれば、数人の兵士が帰って来ないなんて些細な問題だ。襲撃者への対策が優先される。


 二つ目、俺は怒っている。今まで犠牲になったエルフの仲間たちの無念を晴らしたい。特に俺とルシエを育ててくれたばあちゃん。こんな俺に懐いてくれたルシエの妹のリッカ。それを魔石を得るためだけに心臓を抉り出して殺したことが許せない。なら、俺は、こいつらを【魂喰い】の餌にするためだけに殺してやる!


「ひいいぃ、なんだこの化け物は!」

「こんなの勝てるはずがないじゃないか」

「逃げろ、離れて弓で攻撃だ。この化け物を取り囲んで撃てば躱せまい!」


 俺は内心で、正解と言った。

 確かに全方位からの包囲攻撃は避けられないだろう。

 さきほどまで仲間にあたることを恐れて 射撃を控えていた見張り台の兵士たちも一様に弓を引き放つ。

 躱せるものは躱し、いくつかは剣で切り落とすが、それでも矢の雨はいくつか俺に突き刺さる。

 運悪く一本の矢が目に直撃する。

 目は絶対に人間が鍛えることのできない急所だ。


「やったか!」


 俺の正面に位置する敵の兵士の誰かがそんなことを言った。

 俺は笑みを浮かべて飛び掛かる。


「やってないよ」


 そして、真っ二つにし、魂を奪い。そのままその場で、周囲の数人を巻き込む回転切りで殺す。


「今の俺の身体は、固いんだよ」

「そんな、ありえない、目に当たった矢がはじかれただと!!」

「そんな生き物が居るはずがねえ」

「悪魔だ、あいつは悪魔だ!」


 俺の身体は防御力が反映され硬度をましている、それに鋼の鎧の防御力が合わさっている。

 そして、ディ―トは自らの特殊能力により急所が存在しない。

 普通はどれだけ体を鍛えようが側頭部や心臓、目を撃ち抜かれると即死する。


 だが、ディートはどこに攻撃を食らっても、ダメージという概念に変更して体には傷一つ残らない。ただ、HPという架空の数値が減るだけだ。

 それが無くなれば死ぬが、死ぬ最後の瞬間まで動きが鈍らない。痛みがない。疲れない。

 敵からすると不死身の存在に見える。

 相手が弱い場合、ディートは無敵だ。


 強敵が相手では身体能力の強化だけでは対抗しきれないし、HPが一瞬で0になってしまう。しかも、俺の最大の武器の魔術がまともに使えないという致命的な弱点を晒す。

 強敵が相手なら他の自分を【輪廻回帰】する。


 俺はまとわりつく兵士たちを三十人ほど斬り殺し、ようやく食料の保管庫にたどり着いた。

 壁を剣で叩き壊し、中に入る。


「すごいな」


 俺は思わず声をあげる。

 食料は想像以上にあった。ざっとみて小麦換算で四t程度。それにいくつか興味深いものがある。ジャガイモや豆といったエルフの村では育てていない穀物。それに蜂蜜酒ミード。何より塩が大量にあるのが嬉しい。

 これは帝国の支配の形がそうさせたのだろう。


 ここの補給基地を中継としていくつもの村から税を搾り取っている。

 しかも、効率をあげるために村ごとに一つの作物に注力させ、生活に必要なものは定期的に帝国から送るようにしている。

 得られる税を増やしつつ、帝国からの物資がなければ生きていけないから反乱を起こせないという仕組みだ。

 だが、それ故に大量の食料の備蓄が必要なのだ。


「【アイテムボックス】」


 その食料を、アイテムボックスに入れていく。これもまたディートでしか使えないスキルであり、今日ディートを選んだ最大の理由だ。

 ゲーム時代の重量制限、4000の範囲、現実では1が1kg換算で4tまでを自由に収納することができる。【アイテムボックス】に入れたものは、いつでも取り出せるし、中に入れた時点で時が止まるので腐らない。


 唯一の制限が生きているものは入れられないぐらいの非常に便利な技能だ。


「さて、頂くものは頂いたな。あとは武器だな」


 遠巻きに兵士たちが放つ弓を背中に受けながら3tほど食料をいただいたので、扉を蹴破りながら今度は武器庫に行く。

 兵士たちもわざわざ帝国から現地まで重い武器を運ばない。

 帝国から出るときは食料も武器も最低限ですませ、この基地で補給してから辺境の村に行くため、武器もかなり揃っている。


 【輪廻回帰】を使って、もう30分たっている。あと18分で元に戻る。

 そうなれば待つのは死だ。今のシリルの体ではここから逃げることはできない。


 俺は敵を切り飛ばしながら通路を行く、そしてとうとう、施錠された武器庫を見つけ扉を蹴破り中に入る。


「鉄製の武器がこんなに! さすが帝国様だ」


 下っ端の兵士たちでも、粗悪品とはいえ、鉄の鎧を装備していたから期待はあったが、こうして武器庫にならぶ50対の鎧と剣を見ると感嘆の声が漏れてしまう。ワンセット30kg程度だとしても30対はもっていける。

 これだけの金属が手に入ればやれることはいくらでもある。武器にもできるし、生活を豊かにする礎にもなるだろう。


「さて、そのまえに荷物を軽くしておくか」


 俺はアイテムボックスに収容していた、村を襲った兵士たちの死体を取り出して、来る途中に殺した兵士たちの死体に混ぜておく。

 望みは薄いが、今の襲撃で死んだと勘違いしてくれれば幸いだ。

 ただ、拷問跡が酷すぎて隊長の死体はもってこれなかったのは残念だった。


「もらえるものはもらったし帰るか」


 今日、得られたものは食料が3tと鉄が1t。

 3t近い食料があれば、200人の村人たちの一か月分の食糧になる。村の備蓄、それに冬までに狩りで食料を溜めれば、ぎりぎり冬を乗り切れる。それに今日盗んだ中には面白い作物があった、これなら工夫次第で今から三か月以内に収穫までもっていける。

 1tもの鉄は、鎧を貫くための武器にする分の他に、村で使っている木製の農具の補強や、あると便利な有刺鉄線、それに森のカエデを有効に活用するための器具、他にも色々と作りたいものは山ほどあるので大事に使おう。


「気を引き締めないとな」


 俺はそう言って、壁を蹴破って飛び出し、弓の集中砲火を受けながら数十人斬り殺して門の外に出た。

 後ろから馬の足音が聞こえるが無駄だ。

 今の俺は馬より速い。


 ただ、全力で走る。ディ―トで居られる時間はあと四分弱。思ったより消耗が激しい。

 ルシエの笑顔を頭に浮かべると少しだけ元気が出た。


 まだだ。あの唇に触れずに死んでたまるか。

 体が光に包まれる。黒髪・黒目が金髪・碧眼に変わり、鎧が消えていく。

 ディートから、シリルに戻る。

 それと同時にひどい倦怠感が全身を襲う。魔力が尽きかけている証拠だ。それに、【輪廻回帰】の反動も来ている。

 魂が軋んでいる。悲鳴をあげそうになった。


「まったく、いまいち、使い勝手が悪いな。だが、限界の前に完璧に追手を撒けたのは幸いか」


 【輪廻回帰】は、根こそぎ魔力をもっていく。しかも一度使うと、最低でも十二時間は使用できない。

 魔術で誤魔化そうと、いかに過去の俺だろうと、今の俺はシリルだ。その当たり前を歪めるせいで魂と肉体のミスマッチが起こり、双方に負荷を与える。この魔術は自分という存在を傷つける諸刃の剣だ。

 もし、連続使用。それも、複数の自分を一気に呼び出しでもしようものなら最悪、死ぬだけでは済まず、輪廻転生が出来ないほどに魂が傷つくだろう。


「【知覚拡張】」


 エルフの風魔術は、自分の魔力はほとんど使わず、風のマナを利用するので今の俺でもぎりぎり使えた。

 ルシエの姿を掴む。

 そこに向かって重い足を一歩ずつ確実に踏み出す。

 永遠とも思える時間が過ぎ、ようやくルシエが待つ馬車にたどり着いた。

 深夜二時だ。誰もが眠っている時間。

 それなのにルシエは馬車の外で毛布にくるまって俺を待っていてくれた。

 火は敵の追手に気付かれないためにつけていないので相当寒いはずだ。


「シリル! 無事だったんだね。良かった!」


 ルシエが駆け寄ってきて抱き着いてくる。

 森の夜風で冷え切ったルシエの体。

 だけど、それが何よりも暖かく感じた。


「この通り、無傷だよ。心配をかけたね」

「うん、いっぱい、いっぱい心配した」


 ルシエは俺の胸に顔を押し当てる。冷たい水の感触。たぶんルシエは泣いている。


「俺が死ぬわけないだろ。それより、食料の強奪がうまくいったかは聞かないのか?」

「そんなの、シリルが無事だってわかってからでいいよ」


 村のことより、俺のことを大事に思ってくれるのが嬉しい。


「俺は無事だよ。それにちゃんと食料も奪ってきた。ルシエとキスするまで死んでたまるか」

「あれ、本気だったの?」

「うん、本気。もちろん、ルシエが嫌なら無理強いはしないけどさ」


 ルシエとキスはしたいが、それで嫌われたら元も子もない。

 俺はルシエと気持ちでつながっていたい。


「いいよ。シリルなら」


 ルシエが俺の胸に埋めていた顔をあげる。目は涙で濡れていて、頬は赤く染まっている。


「ありがとう、ルシエ」


 俺はそう告げて唇に触れるだけのキスをした。

 それだけで性的な快感はないが、心が温かくなる。生きている実感が湧く。

 ひび割れていた感情が蘇っていく。

 舌を入れるのは今度にしよう。今はこの気持ちだけで十分だ。


「シリル、私のファーストキス。ちゃんと責任とってね」

「喜んで、お姫さま」


 その言葉と同時に俺の身体から力が抜けていく。


「シリル、大丈夫!?」


 ルシエにもたれかかってしまった。

 心配そうにルシエが聞いてくる。


「怪我とか、病気とかじゃないんだ。ただ、魔力が空だし、さっき使った魔術の反動が来ていて、正直意識が保てない」

「それって、ぜんぜん大丈夫じゃないよ!」

「寝れば治る。逆に言えば寝なきゃ治らん。八時間ほどぐっすり寝るから、俺を馬車の荷台に運んでくれ、風邪をひきたくないから毛布とかかけといて」


 ルシエが馬車を隠したのは深い森の中だし、一応俺は逃げるときに、カモフラージュでエルフの村と逆方向に行ってから引き返したからしばらくは安心できる。


「俺が起きるまではここを動かず待機、もし、兵士が来たら俺と馬車を置いて逃げろ。逃げるだけならルシエ一人でも大丈夫だ。エルフが森で捕まるわけがないしな」


 そこまでが限界だった。

 俺はその言葉を最後にして意識を手放した。

 


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