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第十三話:脅威

前話のヤギの一匹当たりの重さと数を修正しております

 深夜、一人宿を抜け出して夜道を走っていた。

 暗くて視界がゼロに近いが風で地形を感じ取っているので困らない。


 こんな夜中に宿を抜け出したのは【アイテムボックス】の容量を確保するためだ。

 今日、アイテムボックスに収容したヤギが100頭いて、一匹30kgちかい重さがあり、総重量が3000kgを超えている。残り1000kg程度しか入らない。

 明日、購入する食料と服を収納する容量がないので、一度エルシエに戻りヤギを放しておく必要があるのだ。


「それにしても、さすが商業都市エリン。美味い物が揃ってるな」


 今日の夕食は素晴らしかった。トマトベースのデミグラスソースで作ったビーフシチューにバターたっぷりのパン。それにベーコンと卵入りの新鮮なサラダまでついて来た。


 やはり、牛はうまい。肉はもちろん、乳もヤギよりうまい。エルシエでも育てたいが、あれはコストパフォーマンスが悪すぎる。一日に必要な餌の量が半端ではなく、牛を食わせるだけの穀物がエルシエでは確保できない。しかもストレスと寒さに弱く、病気にもなりやすいので、かなり手がかかる。とても、うちでは無理だろう。


 パンのほうも、小麦の脱穀が丁寧で質が良く、バターと卵を使っているおかげでエルシエで焼いているものより美味しい。


 新鮮なサラダもエルシエではまず食べられない贅沢品だ。


 料理もさることながら、今日の夕食で何よりも良かったのが、シードル(リンゴで作ったお酒)が付いていたことだ。エルフも、火狐も、遺伝子レベルでお酒が好きな種族なので、三人でわいわい盛り上がった。


 もう少しすれば、エルシエで酒が造れるようになる。そうなれば、毎日の生活が豊かになるだろう。


「個人用の財布に金を補充しておかないと。あんまり気は進まないけど、ナイフでも売るかな。鉄の加工は帝国ぐらいしかできないみたいだし、高値で売れそうだ」


 今回の、宿以外の食費や遊興費は全て自分の財布から出している。

 公務と言えなくはないが、感情的な問題で徹底してエルシエの財布からは出さないようにしている。そういうのは少し気を許すとどんどん深みにはまっていくものだ。


 言ってみたものの、鉄製の武器の販売はやりたくない。エルシエの特産品を開発して作るなんて面倒なことをせずに、俺が手元にある鉄を可能な限り、武器にして量産し、商業都市エリンで売り飛ばせば、数十年はエルシエの皆が遊んで暮らせる金ができるだろう。


 だが、それをやれば最後、エルシエは俺が死んだ時点で全てが終わる脆弱な存在になり下がる。

 そんなことを考えながら、走っているとエルシエの近くの森についた。

 ここは、斜面がきつくエルフ達の狩りには使っていない場所で普段は誰も近づかない。


「ちゃんと、柵は機能しているな」


 俺の周囲の木には有刺鉄線が張り巡らされてある。半径100mを覆うことで、ただの森を手軽に巨大な檻のようにしてある。

 ある程度、知能のある生き物なら簡単に入れるが、ヤギやシカ、イノシシのような単純な生き物は、中から逃げ出すことも、外から入ることもできない。


 あらかじめ、有刺鉄線で囲んだ中に居たヤギを傷つけるような動物は狩っているので、安心してヤギを放てる。


 そして、その俺が囲った中には大きな煉瓦の小屋が二つ作られており、そのうちの一つに入る。


「【輪廻回帰】、ディート。【アイテムボックス】」


 小屋の中に入り、素早くディートに【輪廻回帰】し、【アイテムボックス】を使用することで、仮死状態のヤギを片っ端から取り出す。


 その作業が終わると、すぐにディートからシリルに戻る。

 なにせ、すぐに商業都市エリンに戻らないといけない。少しでもディートである時間を減らして反動を減らさないと後が辛い。

 そして、心臓に電気信号を流し込み、無理やり蘇生していく。


「メエー」

「メエェエェ」


 次々にヤギが起き上がり、困惑し鳴き声を上げて暴れる。しかし、扉がしまっている小屋からは逃げられない。

 ヤギを起こし終わると、隣の小屋に入る。

 そこには、大量に天日干しにして、腐らないようにしているカエデの葉っぱが入っていた。


 俺が、クランベリーと並行してエルシエの女や子供にカエデの葉を集めさせていたのは、たい肥を作るためだけではなく、ヤギの餌を確保するためでもあった。


 確かに、ヤギは山に放置すれば、冬になって食べるものがなくなってからも、木の根を掘りおこしたり、樹皮をはがして食べるので、飢え死にすることは少ない。


 だが、それによって木がダメージを受けて枯れてしまうことはありえる。そうさせないために、ある程度手持ちの食料は居るのだ。


「小屋に戻って来させる習性もつけないとな」


 俺は、干したカエデの葉をヤギの居る小屋に用意した餌入れに突っ込む。すると、ヤギたちがむしゃむしゃとカエデの葉を食べ始めた。

 ヤギは、ああ見えてかしこい。食料のある場所を覚えるのだ。


 この小屋が暖かくて眠るのに適して、なおかつ食べ物が容易に得られると覚えれば、外に放しても簡単に戻ってくるようになる。


「明日から、火狐の仕事だから。ちゃんと教えないと」


 まず、朝一番で小屋の中に居るヤギの乳搾り、それが終わるとヤギを外に追い出して外で運動と、食事をさせつつ、小屋の掃除と餌と水の交換。その後、ふんを肥溜めに移す、そして夕方になれば外に散らばったヤギを小屋に集めて扉を閉めて逃げないようにする。


 他にも、ヤギの乳を加熱殺菌したり、瓶詰して各家庭に配る。余った乳をチーズやバターに加工したり、ヤギの出産の補助や、種付け、乳の出が悪くなったヤギを絞めたり、毛を刈って集めたり、仕事は多岐に渡る。


「やる気はあるみたいだし大丈夫だろう」


 今日のところは、餌と水の補充をして、扉を閉めて俺は立ち去った。これで火狐がニートから、エルシエの一員になれる。


 今は、せいぜい山菜・キノコ取りと、ラード、ソース作りぐらいしかさせておらず、ラードやソースはエルフの家庭に配れるほどの数が用意できていないので、印象が薄い。


 だが、毎日彼女たちにヤギのミルクをエルフの家庭に届けさせれば、エルフたちも彼女たちの頑張りを認めてくれるだろう。

 そうして俺はエルシエをたって、エリンに戻った。


 ◇


「おはよう。シリル」


 目を擦りながら、ルシエが先に起きて身支度をしていた俺に挨拶してくる。


「おはよう。ルシエ。昨日はよく眠れたかい?」

「うん、ベッドがフカフカで、ぐっすり眠れた。すごいね。都会だとベッドも全然違うんだ」


 そう言いながらルシエはベッドに飛び込むと、彼女の小さなからだが柔らかいベッドに沈み込んだ。

 まだ眠っているクウがその衝撃で浮き上がり、空中で目を開けた。


「むにゃ、ひゃう!? なんですか!?」


 そして、女の子座りになってキョロキョロと周りを見渡す。


「あっ、クウちゃんごめん」

「えっ、あ、はい。……あっ、今日は、そうだエリンに来て……おはようございます。シリルくん、ルシエちゃん」


 エリンに来たことすら忘れているほど寝ぼけていたクウは、慌てて取り繕い、いつもの少しお姉さんぶった顔をする。


「クウ、お姉さんぶるのはいいけど、寝癖で台無しだよ」

「えっ、嘘? あ、ほんとです。はぅ、恥ずかしい」


 クウは尻尾の毛を撫でて必死に毛を寝かそうとする。


「そっちが先か」

「なにか?」

「いや、なんでもない」


 俺はそういうものだと納得し、クウが、よし! と言って満足するまで尻尾の手入れを待った。


「それじゃ、二人とも着替えて。朝ご飯を食べたら食料の買い出し。量が多いから朝のうちに注文を済ませて、お昼すぎにこの宿に運んでもらう。その頃には昨日の服も届くと思うから、それを受け取ったらエルシエに戻るよ」

「うん、わかったシリル」

「なら、すぐに着替えて下に降りましょう。……シリルくん、着替えたいのですが」

「ああ早く着替えてくれ」


 ルシエもクウも宿の人が貸してくれた薄手の可愛いパジャマ姿だ。金貨二枚(十二万円)の宿だけあってサービスが行き届いており昨晩預けた服を洗って畳んだものを、届けてくれている。


「どうしたのクウちゃん、着替えないの?」


 ルシエは平然と全裸になり、淡々と自分の服に着替える。

 兄妹同然に育っているので、今更、着替えを見られることに抵抗はない。

 俺も、同様にして着替える。


「あの、少しは照れたり、恥じらったりしないんですか?」

「ただ着替えるだけだろ?」

「だって、シリルだし」


 俺とルシエがあまりにも平然とした態度を取るので、クウが混乱し始めた。


「そうですよね。ただの着替えですよね」


 そして、クウが恥じらいながらも、服を着替えはじめるので、さらっと視界にいれる。

 焦点は合わせずに、視界の端に入れるのがポイントだ。あまり凝視すると警戒心を与えるし、何より嫌われる。


 そうして、表面上は何も変わらない俺を見て、安心してせっせと着替えはじめた。

 うん、眼福だ。ルシエとクウの肌を目に焼き付けながら、朝の時間は過ぎて行った。


 ◇


「うわ、すっごい活気だね」

「目が回っちゃいます」


 三人で、市場に出る。そうすると、昨日とは比較にならないほどの熱気と人の数に圧倒される。

 俺たちはサンドイッチを摘まみながらゆっくりと歩く。

 朝食をゆっくりと取る時間がなかったので宿の人に頼んでサンドイッチにしてもらった。


 マスタードとトマトピューレが効いた卵サンドは絶品だ。もう、ここに定住したくなる。


 早朝の市場は、個人向けよりも商店などの仕入れ向けだ。少しでも安く大量に買い付けようと人が溢れている。俺も負けてはいられない。


「さっきから、すごい勢いでメモを取っているけど、シリルは何を書いてるの?」

「この街の相場表を作ってるんだよ」

「それって、店ごとの値段をチェックして、少しでも安く買うためですか?」

「それもあるけどね。チェックしているのはむしろ、どこの店が安いかっていうより、どんな商品がどんな値段で売られているかの平均値を重要視しているかな」


 ルシエとクウは俺の返事に首を傾げていた。

 今日の買い出しに俺の作業がどう関わるかが想像できないのだろう。


「今日は買う側だけど、今度来るときは売る側で参加したいんだ。だから、何を売るかを決めるのに、どんなものが、どんな値段で売れるか知っておかないとね。作るのにすっごく苦労するけど、安い値段でしか売れないものを用意しても仕方ないだろう? 高く売れるものを用意しないとね」


 それが商売の大原則だ。市場の傾向も知らずに、商売をはじめれば待っているのは破滅だ。もっとも、今日一日の相場だけで判断するのもかなり危険だが、参考情報にはなるだろう。


「高いものを持ってくるのはいいですけど、高いものは売れないんじゃないですか?」

「物にもよるけど、みんなが欲しいけど、数が足らないものが高くなっている。だから高い値段がついているものほど欲しい人が多いから、売れやすい」


 暴論だが、あながち外れてはいない。


「ほら、見てあれなんて最たる例だよ」


 俺が指さすと、そこには恰幅のいい商人が、皮袋を両手に持って声を張り上げていた。


「本日の目玉。なんと、海を渡ってやってきた砂糖だ! 一袋、たったの金貨一枚、どこを探してもこれ以上、安く売る奴はいないだろうねえ。さあ、買った買った!」

「三袋くれ!」

「こっちは五袋よ!」


 冗談のような値段設定なのに、飛ぶように砂糖が売れている。

 一袋に入っているのはせいぜい500gあればいいほうだろう。それもおそらく混ぜものをして、量を水増ししている。


「というわけで、俺たちも砂糖を仕入れられれば、あんなふうにボロ儲けできる。砂糖は無理でも、高く売れるものは何か知っておくことは重要なんだよ。それとは逆に安く買えるものを知っていると、エルシエに戻ったあとも、すぐに買いに来るって発想につながるしね」


 俺はそう言いながらひたすらメモを走らせる。陳列されている物品を片っ端から記憶、そしてデータ数が五件になった時点で平均額を書き残す。

 砂糖のように高額で売れ、なおかつエルシエで簡単に用意できるものがないかを考える。

 今のところ、一つしか該当はないが、なるべく手広くやりたいものだ。


「あっ、シリルさん見てください塩とかどうです? 1kg、銀貨一枚(千二百円)で売れていますよ。あの店だと小麦が1kg銀貨一枚だから、同じ量の小麦が買えます」


 クウが尻尾をパタパタと振りながら、声をかけてくる。

 褒めて褒めてと目で言っているのが、少し心苦しい。

 確かに、エルシエで塩の入手は容易になった。だけど、商売にはならない。


「クウ、塩はね。確かにエルシエの周辺じゃ貴重なんだけど、色んな街から物資が集まる商業都市エリンじゃ、あまり価値があるものじゃないんだ。色んな場所で取れるし、エリンの近くにも確か取れる場所があるって聞いたことがある」

「でも、銀貨一枚していますよ」

「関税がすごく高いんだ。塩は絶対に売れるし、岩塩があるところだと少し掘るだけでいくらでも簡単に取れる。だから、国や貴族、大商人あたりが岩塩の採掘権を独占して、高く売って財源にする。外から入ってくる塩は、その高くした塩と同じ値段でしか売れないように高い税金をかけられちゃう」

「ううう、ずるいです」

「そういう、ずるいことも知って商売をしないとね。でも、クウ。色々考えてくれてありがとう」


 俺はそう言って頭を撫でると、クウは目を細めて俺の腕に自分の腕を絡める。さらに、スカートから尻尾がひょっこり飛び出し俺の尻のあたりに擦り付けてくる。最近、気が付いたんのだが、クウは嬉しいことがあると無意識に尻尾を擦り付けてくる癖があるようだ。


 ちなみに動物のほうのキツネは、尻尾の下に匂い袋があり、自分の縄張りを主張したり、気に入った雄に匂いをつけて、所有権を主張し、他の雌を近づけないようにする。……きっと、その習性とクウの行動は関係ない。


「クウ、尻尾出てる。隠して」

「ひゃう、ごっ、ごめんなさい」


 クウがスカートの中に尻尾を慌てて隠した。

 せっかく、狐耳を隠して火狐であることを隠しているのに、立派な尻尾が出ていると台無しだ。幸い、周りは自分の買い物に夢中で注目されている気配はない。


「関税が問題なら、シリルの魔術なら誤魔化せるよね」

「まあね。ルシエの言うとおり、俺の魔術なら関税を誤魔化せる」


 あくまで、関税を徴収されるのは街の中に入るときだ。【アイテムボックス】に収容しているものは、ばれない。高い税金を取られることなく塩を持ち込み高く売りさばくことは可能だ。


「でも、たくさん塩を売れば、どうしても目についちゃって脱税で捕まっちゃうと思う、それに商売でそういうずるいことはしたくないな」

「ごめん、シリル。考えが足りなかった」

「謝ることないよ。さっきも言ったけど、ルシエやクウが考えてくれることが嬉しいんだ。ありがとうルシエ」


 そして今度はルシエの頭を撫でる。ルシエも俺の反対の腕に密着してきた。いつもよりも大胆だ。たぶんルシエはクウに嫉妬をして対抗意識を出しているんだろう。


 両方の腕で美少女と手を組んでいる。きっと、こんな幸せ者はそうはいないだろう。

 おかげで、メモを書けなくなったが、全て暗記して後で書き起こせば事足りる。今はこの時間を楽しもう。


 何一つ、購入しないまま、市場の隅から隅まで目を通す。来た道を引き返しながら購入するものを検討する。


「まず、大麦を2tは欲しいよな。これと、芋と、親睦会の小麦があれば火狐たちが冬を越すには十分だし、村の備蓄用に、小麦の買い足しで1t。これも鉄板か。相場からすると、大麦は3kgで銀貨二枚(二千四百円)だから、金貨二十三枚(百三十八万円)、小麦は1kg銀貨一枚(千二百円)だから、金貨十七枚(102万)。合せても四十枚(二百四十万円)で余裕だな」


 今回持ってきた金貨は全部で三百枚(千八百万円)。

 通行証に六枚、宿に三枚、服屋に三十枚(俺のポケットマネーを入れれば四十枚)、牧場で九十四枚で、百三十三枚を使用済み。


 穀物を合計しても金貨百七十三枚(千三十八万円)しか使っていないので、あと百二十七枚(七百六十二万円)分買える。

 重量的にも余裕がある、服の枠を100kg取って、900kgが自由に使える。


「ルシエ、クウ。酢は欲しいよな?」

「そうだね。あると嬉しいかも」

「私も欲しいです。食卓が寂しいですし」


 調味料は欲しい、酢はここでなら簡単に買える。一ℓ入るビンで、銅貨20枚(八百円)。これを三百本かって金貨四枚(二十四万円)。ビン込みで重さ的にも、360kgほど容量を食う。


「酢は確定として、悩むな、ハーブ類は買い込みたいよな。セージも、ローズマリーも、タイムまである。これ全部あれば、色んな香りや味を楽しめるし」

「シリルがすごく興奮してた草のこと? あれってお腹膨れるの?」

「いや、香り付けが主かな?」

「それなら、没、そんな贅沢している余裕はないし、すごく高かったし、売ってるの乾燥させた葉っぱだから増やせないし」

「うっ、それを言われると辛いな」


 確かにハーブはお腹に溜まらない。完全に俺の趣味だ。今のエルシエにそんなものにかまける余裕がない上に、俺以外あれをうまく使えないので、エルシエの皆から総スカンを食らいかねない。その点、酢は皆が使えて、栄養もしっかりあるし、殺菌も可能だ。

 仕方ないポケットマネーのほうで、個人的な購入にとどめておこう。


「お腹に溜まるものなら、食用に、玉ねぎとニンジンを買って帰ろう。保存が利くからね。他にも、エルシエで育てるためにカブの種を買おうか、カブは今から種を撒けば、冬に育って春に収穫できるから保険にもなるしね」


 本当はトマトを育てたい。あれがあるだけで料理のバリエーションが一気に豊かになる。

 だが、トマトを育てるのは非常に難しい、苗を買っても全て枯れてしまうのが落ちだ。収穫シーズンになったら大量に買いに来ようと俺は胸に誓う。


 その点カブは一度、発芽さえすれば、むしろ枯らすほうが難しいぐらいだ。ジャガイモと並んで初心者向けの野菜だと言える。

 今は種植えのシーズンのせいか、店頭に種が並んでいるので入手も容易そうだ。


「うん、それでいいと思う。服の生地と酢のお土産があったらエルフの皆、喜ぶよきっと」

「火狐の皆もです。本当にあんな、いい服をありがとうございます。大麦も帰ったら、ミルク粥にして皆にごちそうしてみます」


 二人とも、エルシエに残した仲間の喜ぶ顔を浮かべて笑顔を見せてくれた。

 もっと、我がままに、もう少し自分の要求を言ってくれてもいいのに。

 あれ買ってとか、これ買ってとか、そういう普通の少女らしさがあってもおかしくない年齢だ。


「急いで注文して回ろうか」


 俺は、買うと決めたものを注文して回り、彼女たちの視線から欲しそうなものを推測して購入し、宿に戻った。


 ◇


 宿に戻り注文した品全てを受け取ったのは、夕日が沈みはじめた頃だった。

 服屋も一晩でクウの指定した仕立て、そして俺が二人に内緒で作ってもらったセミオーダーメイドの服を持って来てくれている。

 前払いしていたお金のお釣りも持って来てくれたが、二人の服があまりにも可愛かったのでチップとして渡す。


 この服は戻ってからプレゼントしよう。最高に可愛いので二人も喜んでくれるだろう。

 俺は【輪廻回帰】の部分開放で【アイテムボックス】を使って、荷物を全て収容すると、商業都市エルンを後にした。


 ◇


 来たときと同じようにルシエをお姫様だっこ、クウを背中に担いで疾走する。

 40km走ったところで、背中のクウが急に落ち着きを無くす。


「クウ、妙にそわそわしてるな。来るときもそうだったけど、何かあるのか?」


 クウは俺の問いかけにピクリと震える。


「なんでもないですよ」

「クウ、嘘はいい。クウの不安そうな仕草、来るときは時間がないから無視したけど、今は俺にも聞く余裕がある」


 本当は来るときに指摘するべきだったが、急いでいたのであえて無視していた。だが、可能な限りクウの不安は取り除いておきたい。


「……その、大したことじゃないんです。兄様たちが、逃げこんだ村がこの近くにあるんです。色んな種族が一緒に住んでる小さな村が」


 なるほど、それは確かに気になるだろう。


「クウはお兄ちゃん達の無事を確認したいんだな」

「ええ、そうです。でも、遠回りになっちゃうので、やっぱりいいです」


 クウの顔は見えないが、今までの経験から無理に作った笑顔が想像できてしまった。

 そんなものを頭に浮かべたら、もう見て見ぬふりはできない。


「クウ、案内してくれ。一度、挨拶しておきたい。帝国との戦争になったとき、縁があると助かるかもしれない。他に、なにか特産があるなら買いたい。エルシエの長として顔を出すのが必要だと判断した」

「本当に、いいんですか?」

「もちろん。だから、進行方向を指さしてくれ」

「シリルくん、ありがとう。こっちです」


 クウの案内で、主街道からそれどんどん森の中に入っていく。

 そして、木々の間を抜けると開けた空間に出て、集落が出来ていた。

 

「ここが、兄様たちが逃げ込む予定だった村です。昔から親交があったし。それにエリンが近いので、村でこつこつ溜めてたお金があれば、食料が買えるから困らないって、父様と兄様が決めたんです」


 クウの説明を聞きながら、クウとルシエをおろして周りを観察する。

 おかしい、静かすぎる。

 人の気配がない。何かがある。

 念のため【知覚拡張】を使う、すると……


「なんだ、これは」


 ここからは死角になっているが、そこには心臓をくり抜かれた火狐の女性の死体があった。しかも新しい死体だ。一日も経っていない。【知覚拡張】の範囲を広げると死体の数が一つ、二つじゃないことがわかる。


 いったい誰がやった? 帝国の仕業なら女は殺さずに攫うはずだ。

 考え事をしていると……、恐ろしい速度で迫ってくる存在を感じ取る。

 風の魔術を使ったときの俺すらも凌駕する速度。


「ハッ!」


 後ろから迫ってくる何かが、大剣を振りかぶっている。

 不意打ちのつもりだろうが、俺には見えている。

 余裕を持ってかわ……せない。剣を振りかぶってからの再加速が速すぎて、回避はどう足掻いても不可能。受けるしかない。


「チッ!」


 俺は逆手で持ったナイフを斜めにして受け、相手の斬撃を滑らせる。

 完全に、相手の力を流した。これ以上はない理想的な受け。逸らされた相手の剣が地面に叩きつけられ轟音をあげ、地面に深々と突き刺さる。


 なのに、ゴキッと音が鳴り俺の腕が折れた。

 完璧に受け流してたとしても、数%の衝撃を受ける。

 信じられないことに、相手の斬撃はその数%で俺の腕をへし折った。

 だが、そんなことはどうでもいい、奴は隙を見せた。


 無防備な側頭部をハイキックで狙う。ブーツから仕込みナイフが飛び出る。【身体強化】を行使したうえで、完璧に体重が乗った一撃。

 その蹴りは当たった。相手の体がわずかに揺れる。だが、ナイフは敵に突き刺さることはなく砕け散り、足首に鈍痛が走る。


 【身体硬化】の魔術か? マナの反応はない。純粋に体内魔力オドのみの防壁。


 俺は自分の目を疑う。体内魔力オドは直接的な物理干渉能力は極めて弱い。俺の全力をもってしても、今の蹴りを防ぎナイフをへし折るなんてことはできない。


 それを可能にするには、最低で俺の三十二倍の最大魔力放出量が必要。そんな、生き物は、たった一種類しかいない。


「へえ、僕が斬りかかったのにまだ生きてるんだ。生意気に反撃までして」

 

 地面に突き刺さった剣を軽々と引き抜きながら、俺に斬りかかった剣士、少女は不敵な笑みを浮かべてこちらを見た。


 華奢な少女だった。身長は150cmいかないくらい。セミロングの黒髪を無造作に流している。鎧は着ておらず、そこらの村娘と言われても信じそうな服装。


 首には、暖かそうなマフラーを巻いていた。どこかで見覚えがある美しい黄金色でふさふさの……


「兄様、兄様の尻尾です。そんな、嘘です。いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 クウが震える指先で、少女の巻いたマフラー……兄の尻尾を指さし、悲鳴を上げた。

 


 

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