7-1:厄災の生まれた日・前編
サブタイは次回まとめて
考える。俺の目的は何か?
では望みはどうか?
そこから導き出される到達点は何処だろうか?
一度は定めた目標。この世界を改変した「世界」――イデアを手に入れる。その力を以て、俺は楽しく楽をして生きる。それは何時まで?
何百年と生きる異世界人がいる。俺は果たして何時まで生きることができる?
だが、それもこれも差し迫った問題を解決しなくては始まらない。いっそこの状況を利用できたら楽で良いのだが、当然そんな方法が突如として思う浮かぶはずもなく、手段もない。
「ライム。イデアについて確認したいことがある」
だから訊く。詳しそうな相手が傍にいるというのは有り難い。
「はい、何なりと」
流石にこの状況で形振りを構っていられる余裕はない。ライムからの評価が落ちるだろうが、決断を迫られている以上仕方がない。
「厄災とは『世界』から『領域』を奪った者を指す言葉だと聞いたことがある。これは正しいか?」
俺の言葉にライムは首肯する。
「次に『領域』とは『世界』の一部である」
これにもライムは笑顔で頷く。
「ならば俺もそれを手に入れる手段があれば厄災となることは可能だな?」
「勿論です」
ライムはそう断言する。しかし「ですが」とその言葉の後に続くものがあった。
「厄災となられるおつもりですか?」
「定義を考えると結果的にそうなりそうだな」
話しながら考える。漠然とではあるが何をするかが決まった。同時にあの髭王に吠え面をかかせることも忘れない。俺の計画の邪魔をした罪は果てしなく重い。国民共々その罪を贖って頂く。
「最後の確認だ。『世界』の目はその一部であり『領域』である」
「その通りです」
ライムの言葉に俺は「そうだよな」と考える素振りを見せる。他に聞いておくべきことはあったかなと思ったところで早速一つ。
「ああ、一つ忘れていた。これの中身は『目』で間違いないな?」
不意に取り出したそれを見せるとライムは頷く。
「はい。全ての中身がそうです。一つだけならば他の可能性もあったのですが、複数となれば確実と言えます」
その言葉に俺は満足そうに頷くと取り出した黒玉を仕舞う。理屈は知らないしわからないが、それは今必要ない。やることが決まったのは良いのだが、そうなるとこれを量産していなかったことが少々悔やまれる。だが失敗したら終わりだ。俺に残された時間が後どれくらいなのかはわからない。ただ、楽観視できる状況ではないことくらいは理解している。だから一つ賭けに出ようと思う。
「さあ、ライム。世界を手に入れに行こうか」
俺はそう言って王城へ向かって歩き出す。これは世界を手に入れるための第一歩だ。
さて、城の手前まで来たは良いものの門の前にはわんさか兵士がいる。どうやら俺がいることがバレたらしく、捕まえようというらしい。
「アホかこいつらは」
思わず本音が口から出る。一応申し訳程度にフードくらいは被っていたのだが、バレてしまっては仕方ない。外套を脱ぎ捨てると背後にいるライムを見る。
「ライム。適度に処理して道を開けろ」
俺がそう言うと同時に無数の魔力玉がチカチカと光ると目の前の兵士が一斉に崩れ落ちた。どうやらまとめて足を切断されたらしく、そこら中で悲鳴が上がっている。当然戦意などあるはずもなく、現実を認識できる者は這いずってでも遠ざかろうと必死である。
「何が起こって……」
「痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃ!」
「嘘だ、嘘だぁぁぁぁ!」
このように大半が悲鳴を上げるだけで何もせず、中には現実逃避をしているだけの者もいる始末。どうやら兵士を前線に送りすぎてまともな者が少ないようだ。もっとも、兵の質がまともであったとしても何か違いがあるわけではない。見苦しいかそうではないか程度の違いだ。
「さて、道を開けるなら生かしておいてやろう。30秒待ってやる。どけ」
そう言ってみたところ這いずる兵士がノロノロと動き出す。動かない馬鹿もいるが、それを泣きながら乗り越える様は見ていて面白味も何もあったものではない。ただただ滑稽だ。
「ライム、やれ」
溜息を一つ吐いてライムに任せると一本の赤い道ができる。殺したのではなく弾き飛ばしただけだが、地面に流れた血までは飛ばしていない。
「まだ、時間が……」
「ああ、それ適当に言っただけ。遅かったからどかしてやったよ」
感謝しろよ、と付け加えて血の道を歩く。根性のある兵士が「悪魔が」とか言ってたけど、ライムがそいつを細切れにしていた。
「ライムはそれ気に入ってるのか?」
毎回細切れにしているので何気なく聞いてみたところ、ライムは俺の質問が意外だったのかキョトンとしている。
「いえ、お父様に歯向かう愚物にはこれくらいは必要かと」
特に好みではなかったようだ。それにしても「お父様」呼びが治らない。血の道を通り過ぎ、城へと入ると見知った人物が目の前にいた。
「よお、デビット」
「あ、ああ……」と返事も酷ければ顔色も悪い。それもそうだろう。葵という協力者をみすみす死なせたのだから、どの面を下げて俺の前に現れるのかという話だ。
「その、後ろの奴は何だ? やべぇって言うレベルじゃねぇんだが……敵じゃねぇよな?」
違った。ライムの危険度を察して青くなっているだけだった。
(そう言えばこいつの能力は強力な感知系の何かだったな)
なるほど、それならライムのヤバさに青くもなるかと納得はしてやる。だが、聞くべきことは聞かせてもらう。
「それで、葵を死なせておきながら、お前はどうしてのうのうとここで遊んでいるんだ?」
「遊んでるわけじゃねぇ。お前が来たから、俺が向かわされただけだ」
デビットの言葉に「ほう、やるか?」と意地悪く聞いてやるが、予想通り「やるわけねぇだろ!」と返ってくる。
「そうか。まあ、来ないなら殺さないでおいてやるか。ライム、こいつは殺すな」
俺の言葉に恭しく一礼する。
「なあ、そいつ一体何なんだ?」
「どーでもいいだろう。俺はな、今計画が壊されて大変機嫌が悪い。それはもう、この国に住んでる人間皆殺しにしてもいいかなと思うくらいには機嫌が悪い。いやはや、必要な能力を持った奴が死んでしまったせいで、何もかも台無しだ。何処かに八つ当たりくらいはしないと気がすまないな」
デビットはぎょっとするが、すぐに「だったら」と俺に提案を持ちかける。
「新たに勇者が召喚された。それも三人だ。こいつらが葵を捕まえた張本人だ」
「ほう? それじゃ、八つ当たり先がその三人――で、責任を取るのがあの髭。巻き添えを食うのがその周囲。賠償は最大限譲歩して国庫の中身全部くらいで手を打ってやるか」
「俺ってやさしー」と笑いながら王城を進んでいく。そのすぐ後ろにライムが引っ付くように歩き、そこから距離を空けてデビットが続いた。道中こちらの前に立つ者がいたが、それらは全てライムが自動で排除したのでスムーズに進む。両手両足を失った文官っぽい人形から王の居場所を聞くと玉座の間にいることがわかった。
「はー、俺が来てるのに随分とまあ余裕だなー。あ、そう言えば新しく召喚された勇者の名前知ってるか?」
「名前? それ知ってどうす……ああ、知ってるから教える。教えるからそいつをけしかけるのは止めてくれ!」
デビットから新たに召喚された三人の名前を聞き出した結果「エリピン」「エアランシュ」「リトランセ」というらしく、後ろの二人は姉弟だと言う。早速「検索」のカードを使用して居場所を特定。全員が玉座の間にいることがわかった。葵を捕まえたことから、何をするかもある程度想像できる。あの「神眼」を出し抜いたのだ。それが真っ向勝負でないことくらいは俺でもわかる。
「ライム、その三人が玉座の間で奇襲を仕掛けるはずだ。多分感知しにくいとか、妨害するとかそういう能力を持っていると思うから念の為にお前も使っておけ」
そう言って「検索」のカードを三枚渡す。もうカードを隠すことに意味はない。葵が捕まって殺されている以上、情報は抜かれていると見た方が良い。ライムは手渡されたカードをすぐには使わず、目的地に近づいたところで使用するようだ。確かに効果時間もあるので、確実性を求めるのであればその方が良いだろう。
「そう言えばハイロはどうした?」
俺の質問にデビットは黙る。
「行方不明か?」
「ああ、葵が捕まった日に何処かへ行ったまま戻ってこなくなった。俺は何も聞かされていねぇ。おかげで取り残された俺はあいつらの言いなりだ」
デビットの言葉に「ふーん」と興味なさそうに相槌を打つと、また兵士がこちらに向かって来る。装備からして兵士というより騎士だったのかもしれないと、ダルマになった人形の横を一瞥することなく通り過ぎる。
「ああ、見覚えあるな。ここだ、ここ」
辿り着いた玉座の間の扉。この先に新たに召喚された異世界人三人と、取り敢えずで責任を取らされる髭がいる。大臣みたいなのもいたので、そいつにも連帯責任を負わせるとしてどのようにしてやろうか?
「お父様、カードの使用が終わりました」
立ち止まって考えてしまったところ、ライムがわざわざフォローしてくれる。しかし「お父様」呼びを止める気配がない。後ろのデビットが混乱してる。「まあ、どうでもいいか」と前に進み、扉を手に掛けようとしたらライムが周囲の壁ごと木っ端微塵に吹き飛ばした。俺の前に大穴が空き、王座に座る懐かしい髭が見える。隣には爺もいるので、そいつは多分大臣だろう。
「ライム、異世界人は殺さないように加減しろ」
そう言って一歩踏み出す。玉座の間の赤いカーペットの上をズカズカと歩く。ライムは付いてくるのだが、デビットは中には入らず外で待機するようだ。ライムが戦闘することを考えれば懸命な判断だろう。
「そこまでだ。シライ・シリョー。それ以上の無礼は許さん」
髭の隣の爺が偉そうに口を開くが無視。そのまま近づくと狂気に満ちたかのような笑みで髭がこちらを見ている。恐らく俺を捕まえた後のことでも考えているのだろうが、それは有り得ない未来である。俺が鼻を鳴らすのと、ライムが動くのは同時だった。
無数の光の線が突如現れ、手を伸ばしたライムが何かを掴むと床に叩きつけるように押し付けた。
「ギィヤァァァァl!」
悲鳴を上げるのは一人の少年。姿が全く見えなかったので俺に奇襲をかけてきたようだが、事前にカードまで使わせておいたライムを抜けるはずもなく、あっさりと阻まれて床に抑え込まれている。
「ああ、いたんだ。ごめんね」
まるで意に介した様子を見せることなく、煽り目的の口だけの謝罪をする。
「リト! エリピン、貴方能力をちゃんと使っているの!?」
「私の所為にしないでくれる? あんたこそ、弟のためにしっかり能力使いなさいよ」
二人の女が突如現れては、互いを罵倒し睨み合う。一人は長い薄緑色のストレートの髪を持つ20台前半のスリムな美人。もう一人は赤髪の短髪女。どう見ても30台後半なので興味がない。顔もスタイルも微妙という評価なので尚更である。
「姉さん、たす、け……!」
リトと呼ばれた少年の顔を踏みつけ黙らせると、ライムは首根っこを掴む手を離して立ち上がる。緑色の髪を見るに、そっちの美人が姉と見た。押さえつける力が変わっていないように見えるのは、多分魔力で何かやっているのだろう。
「おー、手足が穴だらけだ。痛々しいな」
白々しくそう言って靴の裏に付いた血を少年の顔で拭き取る。すると姉が「今助けるからね!」とか言って向かってきたので、カード「魅惑的なバナナの皮」を使用。お姉さんは突如足元に出現したバナナの皮を華麗に踏み抜き、それはもう芸術点を差し上げても良いと思えるレベルで半回転して背中を床に強打する。
「笑いを取りたいなら後にしてくれる? こっちも用があってここに来てるんだしさ?」
俺は無慈悲に追撃を入れて髭に向き直ると更に一歩詰め寄った。
「さて、久しぶりだな。ロレンシアの王様。お前の娘の体は実に役に立ってくれた。心から感謝するよ」
「その口から『殺してください』と聞ける日を今か今かと待ちわびた。貴様から来るとは物の道理というのが少しはわかるようだが、まずは両膝を付いて頭を垂れることを覚えろ。そして――」
「長い」
髭のセリフを遮って黙らせる。そして大きな溜息をわざとらしく吐くと、一つ提案をしてやる。
「俺は今、お前みたいな無能が仕出かしたことで迷惑を被ってな。それの精算をしに来ただけだ。お前の用件なんぞ鼻糞より価値がない。だから俺から一つだけ提案をしてやる。そうだな……豚のマネをするなら命だけは助けてやる」
髭の顔が真っ赤に染まった。また倒れるような無様は晒してくれるなよ?
(´・ω・`)最終章。多分長くなるのでジワジワ行く予定。