6-11:狂気の館
「神器か……」
ライムの提案に俺は少し考える。神器とは「世界」の領域を僅かに用いた強力なマジックアイテムという認識だったのだが、現在はこの「領域」とやらが何やら重要くさくなっている。
「やはり領域は確保するに越したことはないか?」
「勿論です」とライムはニッコリ笑って肯定する。理由はわからないが、神器はやはりあると良いらしい。ディバルも「神器を集めて欲しい」と言っていたので、俺の目的にも恐らく沿っていると思われる。
「よし、それじゃ目標を神器の確保としよう。提案するということは場所がわかっているんだよな?」
ライムは俺の言葉に頷く。神器の場所をどうやって知ったか、という疑問は口に出さないでおく。多分本物の魔王になった際に何らかの手段で特定したのは予想できるし、聞いたところで俺が理解できるとも思えない。目的地が決まったので早速移動を開始しようとしたところで、ライムが俺の手を取り引き寄せてくる。
姿が変わってもスライムの時と同様のスキンシップを求めてくるので兎に角距離が近い。影の中に入るので今はこれで構わないが、常にこの状態を維持するのは色々とよろしくない。
(まあ、この辺はゆっくりと解決していけばよいか)
密着することで動きにくいと言っても、俺の動きが制限されたところで大して戦闘力は低下しない。なにより備えはしっかりとしているのでそこまで重要視する案件ではない。精々押し付けられているものに意識が行ってしまいがちであることがデメリットだが、メリットも十分なので不問とする。
「では行くか」
俺の腕に掴まったライムに声をかけ影の中に入る。するとそこにはライムがいなかった。俺はしばし呆然と上を見る。すると泣きそうな顔のライムがベシベシと地面を叩いていた。そう、スライムではなくなったことで影渡り……ではなく「影界」の能力で影の中に入れることができなくなってしまっている。
「あー、すまんかっ――」
俺は影から出ると同時に押し倒される。わんわん泣いて抱きつくのは良いのだが、まだ足が影の中に残っているので出させて欲しい。あと胸の感触は大変よろしいのだが、呼吸がしづらいので手を離しなさい。取り敢えず「おっぱいから解放された」という字面にすると凄く勿体なく思える状況から抜け出すと、ライムの頭を撫でて慰める。
「どうして置いていくんですか、お父様!」
スキルの仕様を忘れてうっかりしていたと謝ったことで、一先ず収まったまでは良いのだが……こうなると移動手段をどうするか悩むところである。あとライムが離してくれなくなった。涙目で膨れている様子から、とてもではないが影での移動は提案すら無理そうだ。
「とするとどうやって移動するか……」
「でしたら私が!」
どうしたものかと呟くと同時にライムが顔を上げる。やはり「魔王」ともなればできることが色々と増えているのだろう。ならばライムに任せたところで、俺は待ったをかけた。
「どうかしましたか?」
「いや、この運び方はどうかと思ってな」
所謂「お姫様だっこ」である。こんなベタなネタをさらっとやって来るとは、中々に「ボケ」というものがわかっている。
「では、こちらはどうでしょうか?」
俺の不満を察してか、今度は俺をおぶってくれる。当然これもNOである。
「では、これは?」
荷物のように脇に抱えられた俺は足をプラプラさせながら首を振る。何というか、こう……魔法的なアレコレを想像していたので少々がっかりしてしまう。その旨を伝えたところ「魔法で一緒に飛ぶことはできないこともないが、俺の魔法耐性の低さから危険である」という内容の説明を頂いた。
「あー、つまり魔力ゼロの俺と魔力特化のライムでは色々と不都合が起こりやすい、と?」
ライムの話から理解した範囲をつまみ上げると「そういうことです」と正解をもらう。
「持ち運ばれるしかないかー……」
俺は諦めてライムに運ばれることにした。
「もう、少し、ゆっくりで、頼む!」
森の木々の合間を縫うように地を蹴り、木を蹴り飛び進む。速度はある。俺の「影界」での移動と同じかそれ以上の速度は出ている。それは良いのだが、スリルがありすぎる。
「大丈夫です。お父様が傷つくことなどありません」
これまでの移動と体感速度が違いすぎる。結局、ライムに抱えられることになった俺は人力ジェットコースターを味わっている。確かに早いのだが、こうビュンビュン動かれると心臓に悪いのだ。そんなわけでスピードを落として安全運転をお願いしたのだが……速度を落としてもまだ怖い。ライムとしてはかなりゆっくりと動いているつもりなのだろうが、俺の身体能力は想定より遥かに低いことを理解して欲しい。
そんなこんなで何度か叫び声を上げそうになったが、どうにか堪えて目的地に到着。ライムに降ろされた俺はその場に座り込むと同時、抱きつかれて身動きが取れなくなる。加えて視界が塞がれる。少しライムにズレてもらい、目の前の人工物を見る。
「……何というか、随分変な趣味――いや、センスを疑う建物だな?」
一言で言い表すならば「人型」なのだが、まるでテーマパークのように似た造形の物が乱立している。どうやら「誰か」を模した人型の建物のようなのだが、それが大小様々なポーズで立っているのが、外壁の外側からでもわかるのだ。
「この中に神器があります」
建物の造形に何のツッコミもなくライムは良い笑顔で俺に頬ずりを開始。手が良い位置にあったので良い乳を揉む。さて、目の前の光景にもう少し注目してみよう。無数にある人型の建造物。サイズはそれぞれで、頭部の目に当たる部分に窓があり、中に入れるものもあることが窺える。その服装は統一はされていないが、全部で三種。メイド、体操服、スクール水着となっており、建設者の趣味が露呈している。ちなみに髪型はツインテールが見た感じ7割を占めている。
(もうこの時点で頭が痛い)
一体どんな奴がこんな建物に好き好んで住むのだろうか?
俺は立ち上がるとこの場所に住人がいないことを祈りながら、ライムと門らしき入口をくぐり抜ける。
「うお、ぉう!」
変な声が出た。それもそのはず「大小様々な」と言った通り、中に入ると外からは見えない精巧な人形がズラっとお出迎えである。流石にこの異様な光景には思わず驚きの声が上がった。なお、ライムは俺の頭部を手放したことでしょんぼりしていた。
「これはまた、なんというか……」
どう表現すればよいかわからないとはまさにこのことである。人形は8~12歳くらいの幼女を想定して作られており、外から見た時と同じような割合の服装と髪型でそこら中に散らばってポーズを取っている。
「……まるで生きているみたいに精巧な作りの人形だな」
「ちゃんと死んでますよ?」
俺の言葉に爆弾発言をサラリと流すライムさん。
「……これ、元人間?」
「人形ですが……まあ、人間とも言えなくもないかと」
ライムの言葉に「お前も○人形にしてやろうか!」の台詞がエコー付きで再生される。つまりこの大量の人間の子供サイズの人形は材料が幼女であるということになる。
(趣味が悪いじゃなくて狂人かよ。SAN値が削れるなぁ……)
進む前からゲンナリとさせられる。ライムに任せて取ってきてもらおうかと思ったが、俺にくっついて離れてようとはしないのは明白。命令しても良いが、ライムが泣くかもしれない。というか精神衛生上さっさと用事を済ませた方が良さそうだ。
「よし、行くぞ」
俺の言葉に元気よく「はい!」と返すライムに癒やされつつ中庭のような人形だらけの芝生を歩く。
(大丈夫、見られていない。そんなものは気の所為だ)
正面には両足を伸ばして座った少女を模った建造物があり、その下着部分に大きな扉がある。作った奴は絶対に頭がイカれている。距離は50mほどだが歩く度に声が聞こえてくる。気の所為だと信じたいのだが、微かに人形の口が動いているように見えてしまい思わずライムに尋ねてしまう。
「なあ、これ……人間サイズのものは全部材料が『元人間』で良いんだよな?」
「はい、そうです」
「これ、全部死んでるんだよな?」
「いえ、一部にまだ生命反応がありますが?」
俺の足が止まった。
(生きてる!? 生きてるってどういうことよ!? 生きたまま人形にしてんの!?)
あまりの不気味さに俺は駆け足で扉へと向かう。そして扉を開けて後悔した。
「はははっはは……」
そこにはずらりと並ぶ先ほどと同じ人形。エントランスホールに綺麗に整列したメイド人形は正体を知らなければ見事なものだが、知っていればおぞましいとしか思えない。おまけに二階の手すりにも所狭しと幼女人形が並べられており、それが一箇所に視線を集中するかのように調整されている。
(……逃げたい)
ここまで来てまさかのホラー要素に、幾多の修羅場を乗り越えた俺も表情筋が死亡する。頼みの綱のライムは俺の腕にしがみついて幸せそうに肩に頬ずり中。そんな中、俺の耳に届いた確かな足音。俺は固唾を呑んで足音の聞こえた方向を睨みつけるように注視する。
「ふむ、強烈な魔力を感知したから来てみれば……来客など珍しい」
一人の優男が姿を現す。「住んでる奴いたぁぁぁぁぁぁぁ!」と絶叫しかかったが、どうにか堪えて相手を見る。パッと見では金髪のイケメンナルシスト。但し、悪魔のような角と尻尾が生えている。イメージとしては「バラとか咥えてそう」な痩せ型のイケメンだ。
「ここに神器があるはずだ、よこせ」
関わり合いになりたくないのでこちらの要求をさっさと突きつける。
「ほお、この私の自慢のコレクションを前にしてそんなものを求めるか。只人はいつの時代も理解に苦しむ」
「いいから、神器、よこせ」
「なるほど、そんなに私のことが知りたいのか。態度を改めるならば吝かではないが……」
「いや、聞いてねぇから。っていうか喋んな。黙って神器よこせ」
「よかろう、そこまで言うならば教えてやろう。心して聞くが良い」
「おい、ふざけんな。俺の話聞いてんのか!?」
俺の言葉など知ったことかと、何もなかったはずの背中から翼を生やすと同時に大きく広げると、それに合わせ喝采を浴びるように目を瞑り両手を広げ天を仰ぐ。
「私は魔王でお兄ちゃん。お兄ちゃんの魔王であるが、魔王のお兄ちゃんでもあるが故に世界最高のお兄ちゃんだ。さあ、妹達よ、私を呼んでくれ!」
そして始まる「お兄ちゃん!」の大合唱。ホールにいる全ての人形が叫ぶように声を絞り出している。SAN値がヤバくなる光景に鳥肌も立ってきた。この世界で魔王を自称する奴は異常者しかいないのか?




