6-9:神☆お父さん
(´・ω・`)神の読み方は「ゴッド」
ライムに「敵の殲滅」を命じてから結構な時間が経過した。見た目悪魔のヤバそうな敵はあっさりと終わったのだが地下に行ってからの方が長いくらいだ。
「んー……地下が思ったよりも広かったか?」
俺が持つカードの大半を持たせているので苦戦することはないだろうし、逃がすということもないだろう。となれば「地下がだだっ広い」か城によくある脱出口故に迷路みたいになっている。まあ、そんなところだろう。
まだ焦るような時間じゃない、と影の中で炭酸飲料片手に一息ついているとカタカタと地面が揺れた。「地震でも起こったか?」と顔だけひょっこり影から出すと確かに揺れている。だが影の中にいた時の比ではない揺れ方だ。そして明らかに地震の揺れ方ではないことは日本人なら誰でもわかるくらいにおかしな揺れである。
(おいおいおい、これまさかライムが大量にカード使ったことで起きたもんじゃないだろうな?)
一度に複数枚のカードを使用するとその威力が枚数に応じてドンドン上昇していく。上限があるかどうかは定かではないが、この揺れ方は明らかに大きな衝撃が何度も発生しているために起こっているものだ。
これは状況を楽観視していてはいけない気がしてきた。ところがカードのほとんどを預けた今の俺にできることは何もなく、待っていることしかできない。というか安全のために影の中に引きこもる必要がある。地上にまで影響を及ぼして首から上が吹き飛ばされるとか、そんな展開は御免こうむる。
しかしそうなると影の中で待つだけというのも退屈で、魔法の鞄の中身を整理するくらいしかやることがない。しかも先日魔法のポーチが出たことでポーション関連を全てそちらに移したことである程度整理ができてしまっている。
「やることねぇな」
そんな呟きの後に取り敢えず寝っ転がる。影の中の地面は硬く冷たい。飯も食ったばかりなので間食をしようとも思わない。暇さえあればライムに変身させて楽しんでいたのだが、いないとなるとこうもできることがないのかと時間を持て余す。
仕方がないので地下へと向かうことにする。影の中にさえ入っていれば安全なので大丈夫だろうと城に侵入。あちこちが崩れているため影には困らずスイスイ進んでいける。
(確かここに……ああ、あったあった)
悪魔っぽい奴の半分くらい解けた死体を確認すると地下への入り口に近づく。しかしどういうわけか地下の癖にやたらと明るい。影が繋がっていないのでどうやらここまでのようだ。カードホルダーを持たず、安全が確保されていない場所で姿を晒すほど阿呆ではない。後はここで待つ他ないので見える範囲で地下を覗き、ついでに周囲を確認する。
わかったことは地下では結構な戦闘が行われたようで、破損状況が凄まじいの一言に尽きる。下手をすれば崩れるかもしれないので、ここにいるのは危ないのかもしれない。一度戻ろうとしたところで地下への入り口に変化があった。というより周囲が崩れ落ちた。
「これは退避した方が良いな」と判断したところで地下から何かが出てくると、俺の視線はそちらに釘付けとなった。白い――それが第一の印象。透き通るような白な肌と、これまた純白の長い髪を持ち、赤い目をした全裸の美女。身長は俺より少し低いくらいでスタイルは「抜群」の一言である。
全裸だからね、視線も釘付けになる。だから気づくのが少し遅れた。その裸の白い美女の手に、俺がライムに預けたカードホルダーがあった。それが何を意味するか?
その結果、今自分が置かれた状況どうなるか?
(カードホルダーを持っているということはライムが負けたということか?)
だとしたらあの女は何者だ?
いや、それ以上に――
(ここにいるのは拙い! すぐに逃げ――)
撤退を考え、行動に移そうとした時には遅かった。俺は影から強制的に排出されると同時に捕まった。何をしたのか全くわからなかった。死――その一文字が頭を過ぎると女は優しく微笑み、空いた手で俺の頬にそっと触れる。
「ようやく……ようやく、こうして言葉を交わすことができます」
つま先立ちで俺の首に腕を回して抱きつく美女。そのたわわな果実が潰れる感触に意識が少々持っていかれるが、その言葉の意味を全力で理解しようとする。
「……ライム、か?」
絞り出すように出した言葉に女が少し離れると「はい」と笑顔で応じる。バックで花が咲き誇っていそうな満面の笑みである。状況を整理しよう。
(えっと……ライムが喋ることができるようになった)
今わかることはライムが無事で、喋る能力を獲得したということだ。
「無事で良かった」
いや、本当に無事で良かった。思えばもしもライムが負けてたらカードほぼ全部無くなっていた。リスキーにも程がある。だが結果としてこの成果である。これはますます色々と捗るというもの。俺は労うように人型に変身しているライムを抱きしめてやる。もう一度二つの大きな山の感触堪能するが、あることに気が付いた。
「……体温まで再現できるようになったのか」
そう、手で触れた部分が温かいのだ。まさかここまで進化を遂げるとは、と心から賛辞を贈りたい。
「申し訳ありません。今の私には変身能力がありません」
ところが返ってきた答えには理解が追いつかない。変身能力がない。つまりスキルを失った?
「どういう状況だ?」と首を傾げると、申し訳無さそうに語り始めた。悪魔っぽい敵の後に地下にいる最大の敵と戦ったことを――
「魔王?」
話の途中ではあったが、聴き逃がせない単語が出てきたので思わず聞いてしまった。
「いえ、そちらではなく『勇者』と対になる方です」
つまり本物の「魔王」の方である。個人的な評価としては「勇者」と「魔王」、厄災は同格か最後が頭一つ抜けているくらいである。その「魔王」を倒したということは――
「あー、もしかして食べて『魔王』に進化した、とか?」
何の捻りもない定番とも言うべきベタな推測に、ライムは「はい」と笑顔で答える。「うちの子が本物の魔王になっちゃった」とショックを受けるが、同時に最強クラスの手札を手に入れた事実に素直に喜ぶ。
「それは――良かったか、な?」
「何かご計画に支障が?」
少し考えてみるが「無いな」と軽く返す。というか計画自体あってないようなものだし、ライムが更に強くなることに問題などあるはずもない。そう思っていた。
「良かったです。『世界』から領域を通常よりも多く確保できたまではよかったのですが、見られてしまいましたので」
「見られた?」と何を言っているかイマイチ要領を得ない言葉に思わず口から疑問が出る。ああ、裸だからだろうか?
「はい、目が現れました。ちゃんと潰しておきましたのでご安心ください」
「そうか、なら安心だな」
口ではこう言っているが何が安心なのかわからない。というか待って、何で「魔王」が領域持ってんの?
それって厄災が持つものじゃないの?
あと目が出てきて見られたって何?
で、潰したから安心?
あー、おっぱいいい感触だわー。
「領域というと『世界』の領域だよな?」
「はい、そうです」
「えーと、まとめると『ライムは本物の魔王になって領域を手に入れた。それを見られたから目を潰した』で良いのかな?」
「大体そんな感じです」と頷くが顔が近い。というよりグイグイ体を密着させてくる。いつも通りのスキンシップなのだが、今はそんなことをしている場合ではない。その内容が何を意味しているのかがわからない。
「『魔王』も領域を持つんだな」
「『勇者』と『魔王』は『世界』のシステムの一部ですので、僅かですが領域を必ず持っています。本来よりも多く獲得しようとしたので異変と認識したのだと思います」
「どれくらい多く獲得できた」かの質問には「4割ほど」と回答。通常よりも40%増しなら異変だろうと心の中でツッコミを入れる。加減のできる子には育ってはくれていないようだ。ただ目を潰したことに関しては「予期せぬ『魔王』の誕生した結果」という結論に誘導できるよう仕込みはしているとのこと。よし、これで問題が一つ片付いた……で、良いのか、これ?
よくわからずウンウン首を傾げていると追い打ちの追加情報がやって来る。
「本来『魔王』とはこの世界のイレギュラーに対処するためのものです。そして現在イレギュラーとして設定されているのは『サフィヨス・ルーネルネス』のみですから、自然とその処理を実行するために必要な能力となりました。つまりスキルを除外し、魔力に特化させることです」
その説明で取り敢えず「変身」を失った理由は把握できた。少々……いや、かなり惜しいが戦闘力が一気に向上したことは、俺の安全にも繋がるので決して悪い引き換えではない。後はどの程度あのチートと戦えるか、なのだが……
「ライムはあの厄災と戦って勝てるか?」
俺の質問にライムは「確実に」と頷く。思わず「え、勝てんの?」といいそうになったが、ライムが嘘をつくとも思えない。対厄災の手札が転がり込んできたことは僥倖である。最悪のケースを想定すればあのチートの対抗手段は必要だと思っていたが、まさかこんなところで手に入ることになるとは思わなかった。これには思わずニンマリと笑みを浮かべてしまう。
そもそも厄災の二人は「世界」を破壊することが目的だ。だが俺は違う。「どうにかしなければならない」のであって破壊は絶対ではない。どちらかと言えば、俺は「世界」を破壊するよりも手に入れたい。だって世界の改変すらできるとんでもない代物なんだから、これを欲しがらない理由がどこにある?
何より、俺の目的は「楽をして楽しく生きること」だ。その目的に間違いなく合致している。世界を自分の思うがままにできるとか、余裕で目的達成してお釣りが来るレベルである。しかしそうなると厄災二人が邪魔になる。
(まあ、対「世界」の協力は約束した。だが「世界」をどうするかまでは強制される謂れはない。好きにやらせてもらう。しかしそうなると今度は逆にディバルが厄介な相手となるんだよなぁ)
ディバルがいる場所は魔力がゼロとなる特殊な施設だ。魔力に特化させたライムとは間違いなく相性が悪い。これに対する質問なのだが……こちらに関しては「相性が悪いので確実とは言えない」と残念そうに顔を伏せる。この件については、魔力を持たない俺にはさっぱりわからないことなのでという部分を強調しつつ、何か思いついたら教えて欲しいと言い含めておく。
(あの部屋、相当地下深くにあるんだよなぁ……掘るにしてもあのディバルが対策立ててないとは到底思えない。スキルでは戦えない厄災と、スキルでしか戦えない厄災とか酷い組み合わせだ)
救いがあるとすれば、ディバルはあの部屋からは出てこないだろうということ。問題は所持スキルが不明であり、少なくともあの場所にいたまま影響を及ぼすことが可能な能力があることである。そうでなければあの魔力ゼロの空間に留まりつつ、帝国を完全に支配下に置くというのは無理な話だ。
「これで当面の方針は決まったな。『世界』を手に入れるぞ」
ともあれ、今後は厄災二人に協力する姿勢を取りつつ、隙を見て「世界」を手に入れるという明確な目的が出来上がったので、抱きつきを止めないライムの尻を撫でながらそう宣言する。俺の言葉にライムもニコニコ。「魔王」って「世界」のシステムの一部何だよな?
「俺が『世界』を手に入れることに関しては何もないのか?」
「はい。この世界の法則に縛られぬその力――まるで人が言うところの『神』のようです。ならば『世界』を手にすることに何の問題がありますか?」
ここでまさかの神様扱い。よくよく考えれば、知性のないスライムをここまで育てたんだからそんな風に思われることもあるの……か?
しかしその力とやらも「世界」のシステムの一部だと思うのだが……この辺りライムはどう考えているのだろうか?
これに関しては考えていても仕方がない。何を聞いたところで全肯定しそうな雰囲気だからそのままにしておくのが無難な判断だろう。差し当たって、目の前の問題から片付けていく。猫のように俺に体を擦り付けてくるのは良いが、流石に「全裸のまま」というのはは外聞が悪い。そんなものがここにあるとは思えないが、それでも気にしてしまう小市民。
そう、俺がまずやらなくてはならないことは、自分を「神様」と慕う元ペットの下着の用意を始める。問題があるとすれば――
(このサイズはあったかなー?)
デカイ。説明不要にデカイ。個人的にはここまで大きいのはどうかと思っていたのだが、現実離れした造形美と時間経過によるデメリットなしのチートボディの前には、多少の好みのズレなど問題にすらならない。
「あー、やっぱり上は収まらないか」
試行錯誤し着せてみたが、予想通りというべきかギリギリ収まらなかった。とは言え本当に微妙なところなのでこのままでも良いかなと、僅かに溢れてできた段差を見ながらうんうんと頷く。なお、下着は黒で統一。ガーターベルトもあったので、白い肌と黒のレースが絶妙である。
「さあ、次は服だ」と言いたいのだが、碌なものがない。というかライムのスタイルが良すぎて合うものがない。というか着られる服がない。ドレスとかが欲しくなるレベルなのだが、当然そんなものはない。仕方がないので、候補として予備のマントと幾つか服(紳士服)などを取り出し、そこから白のスニーカーを渡す。靴も欲しくなってきた。そうなるとドンドン欲しい物が増えていく。
(あー、葵に会いに行った時に城から色々貰っていくか)
少し先の話になるが、この問題は一先ず解決したことにする。無い袖は振れないとはよく言ったもので、無いものは無い。仕方がないので予備のマントをライムに渡して、それを羽織ってもらう。「これでよし」と思いきや、胸の大きさ故にマントが自然に左右に分かれて下着姿が見えるようになってしまう。マントのサイズはそれしかないのでこれは諦める他ない。
「よし……じゃあ、行くか!」
「はい、お父様!」
「……おと、お父様!?」
ペット枠から娘枠にクラスチェンジとか聞いてない。驚きのあまり思わず声が上ずってしまう。というか今後ずっとそう呼ばれるのか?




