6-8:「魔王」
大変お待たせ致しました。更新再開です。
これまでの簡単なあらすじ
・ソシャゲ廃人の主人公が勇者召喚とかいうリセマラに巻き込まれたよ。
・次の召喚の材料になりたくなかったら国に喧嘩売って逃げ出したよ。
・逃げた先の国でも勇者ガチャをやってたよ。
・合うのが怖いから山に引きこもったらペットができてカードも充実してきたよ。
・日本人勇者とかもいたので協力することにしながら王様に喧嘩売って逃げ出したよ。
・逃げ出した先が修羅の国で内乱待ったなしだったので美味しいとこだけ頂くよ。
・宗教国家の中枢を叩いて金だけ持って逃げ出したよ、内乱が起こった?関係ないよ。
・帝国に入ったけど他の国と違ってまともなことに驚いたよ。あと国を作ったのが異世界人だったよ。
・帝国のいざこざに巻き込まれまくってたら初代皇帝と会うことになったよ。
・厄災と呼ばれる「世界」の敵とこの世界の事情を知って、逃げることができないと知ったよ。
・仕方がないので協力関係となって、もう一人の厄災に会いに行くよ。
・出会えた厄災は色々とどうしようもなかったよ。あとスキルの使い方がおかしいことを指摘されたよ。
・丁度よい目標がいたので正しいスキルの使い方でペットに命じて観戦。おや、まだ続きが……
その生き物は暗い洞窟の中で生まれた。意思もなく、本能のままに蠢くそれはすぐにその生存を脅かされる。黒曜蟲――黒き災害とも呼ばれる暴食の魔物。それが一匹のスライムが生まれた洞窟を根城にしていた。本能のままに行動するのがスライムという種ではあるが、力の差がありすぎる相手に襲いかかるような真似はしない。
生まれたばかりの小さなスライムが捕食できるような生物はこの洞窟には僅かしかおらず、入り口には黒曜蟲がいるため近づけない。洞窟の奥に引っ込み、生命を維持するために必要最低限を食うことすらままならぬ日々が続いた。
そんなある日、突如として転機が訪れる。入り口にいた暴食の蟲が消えると何かが洞窟へと入ってきた。本能のままに魔力はないが音を出す何かに狙いを定め襲いかかった。結果は失敗――長期に渡って成長すらままならぬ環境下に置かれたが故に、奇襲を成功させても人一人捕食すらできなかった。
だが、ここで終わるはずだった一匹の命は予想外の形で繋がることになる。捕食に失敗した人間は何を思ったか、自らが倒した黒曜蟲の処分にそのスライムを用いた。大物にも程がある初めての満足のいく食事――災害とまで呼ばれる魔物を食らい、これまでの分を補って余りある成長を遂げる。
そして戻った洞窟で再び本能のままに一人の人間に襲いかかる。そこに何かが投げ込まれた時――「それ」の全ては始まりを告げた。
一匹のスライムがゆっくりと静かに、慎重に隠し階段から地下へと降りる。既に気づかれていることは確実であるため無意味な行いではあるが、全身と全ての器官で感じる重圧が萎縮という形で表れている。地上にいた者は自らを魔王と名乗ったが、それがただの自称であることは明白であり、この地下にいる何かこそが本物の「魔王」である。
「全ての敵を排除しろ」
与えられた命令通りに排除へと向かう。これは間違いなく敵だ。大きすぎる力を持つ者は全て敵となり得る。どれだけ相手が強大であろうと、与えられた手札でやり遂げなくてはならない。きっとそれは不可能ではないからこそ命じられたと判断しており、そこにどんな意味があるかは考えない。その必要はないからだ。
言われた通りに言われたことをする――それで十分であり、自分を育てる人間はそれだけで法則を無視したかのような成長を与えてくれることを「ライム」と名付けられたスライムは知っていた。そして自らの成長を求めるのは自分の意思ではなく「そう望まれたから」であり、それ以外の理由は重要ではない。
このスライムには知能はあれど知識が足りていなかった。何かを自分で判断することなど稀で、ほとんどは命じられるがままに動いていた。だからこそ、この無謀にも見える戦闘も避けようとはしなかった。
一匹のスライムが本物の「魔王」と対峙する――この世界の事情を知る者ならば、これほど馬鹿な話はないと一笑するだろう。だが出会った。この明るい地下室で、天井に張り付いた一匹のスライムと籠に入れられた赤子はその姿を互いに捉えた。
台座の上の貴金属による装飾が施された籠の中にいる上質の布で包まれた赤子――それが現在の「魔王」である。生まれて間もない「魔王」ではなく、この姿のまま時を重ねた正真正銘本物の「魔王」。魔王を名乗った男が守り続けたものに、ついに牙が向けられる。
異世界人「白石亮」より預かったカードホルダーを体内に隠し持つライムの初手は、事前に使用されていた「拡張」からの「抵抗」のカードを全て使用。あまりに強大な魔力故にただそれをぶつけられるだけで消し飛ばされかねない。その事実を一切の感情なく受け入れ、カードの効果と効果時間を限界まで上昇させ使用する。
「魔王」の魔力が無色の巨大な腕となりライムを打つ。咄嗟の回避で直撃こそ避けることができたものの、体の一部が消滅する。ダメージを最小限に抑えつつ、ライムはお返しに「サンダーランス」のカードを全て使い「魔王」にぶつける。だがその全てが赤子から発した魔力によって阻まれ、相殺された。
直後、ライムの放つ魔法が台座を破壊する。籠が滑るように崩れた台座から落ち、赤子が宙に浮く。「魔王」が一匹のスライムに対して明確に殺意を抱いた。一撃で決める――そう言わんばかりの大出力の魔力で地下室全体を薙ぎ払う。
「これで終わり」
恐らく赤子はそう思って手を払い――衝撃を受けた。カードホルダーには「反射」というカードが存在しており、ライムはこれを全て使い「魔王」の一撃を跳ね返した。合わせるように地面から生えた石の棘が赤子へと殺到し、それが砕け散るや否や今度は「ウインドソード」をあるだけ用いて即座に開放すると、風のレーザーが「魔王」を撃ち抜く。
「……っ!」
言葉は出ない。赤子にあるのは怒りのみ。風の圧力に抵抗し、それを力技で消し飛ばすと正面のスライムに向けて広範囲を圧殺するかのような魔力をぶつける。直後「魔王」の目の前からライムが姿を消した。
「転移」を使用し、背後に回ると同時にライムはその体の一部を赤子に接触させ――燃やし尽くされた。燃える体の一部を切り離し、距離を取ると先程までライムがいた床と台座と瓦礫がドロドロに融解していた。
ライムは体を伸ばして床や天井に体の一部を貼り付け、自身の核の位置を悟られないように魔力を操作しつつ、手持ちの「アースボルト」をまとめて打ち込み距離を稼ぐ。無数に迫る矢弾を身動き一つなく全てまとう魔力だけで打ち消した「魔王」が、布に包まれたままの姿でライムに向き直る。
「消えろ」
的確に核を狙った一撃を自身の魔力と全ての「障壁」のカードで防ぐが、枚数が足りず受けきれなかった衝撃で床や天井に貼り付けた体が引きちぎれライムは壁に叩きつけられる。まだ生きていることに腹を立てた魔王が魔力によって作られた弾を連射し、追い打ちをかける。
その一発一発が地震のように大地を震わせ、地下室をえぐっていくが、そこにライムの姿はなかった。二度目の「転移」のカードの使用。これで残りは2枚となった。
「……」
言葉を発することもなく、赤子が空中で静かに体勢を変えライムへと視線を送る。仕切り直し――だが最初に戻ったわけではない。初手のカードの効果がいつまで保つかはライムも知らない。だが焦ることはない。そんな感情はスライムであるライムには存在していないのだから。
短い時間と言えばそうだろう。だがこれほどまでに濃密な時間は果たして今まであっただろうか、と「魔王」は自問する。一度の仕切り直しから「ここまで良くやった」と称賛しても良いほどには、目の前のスライムは健闘している。だが悲しいかな、所詮はスライム。何を使っているかは知らないが、これまで戦闘を続けることができたことにはタネがあることを「魔王」は見抜いていた。
(ならば、そのタネが尽きるまでしばし興じてやろう)
これが「魔王」の考えであった。親という枷が亡くなり、不自由からの解放が約束された今となっては、日々の退屈など最早厭うほどでもない。目の前のスライムなど本来構うに値しない存在だが、あまりに多彩が過ぎる攻撃には一見の価値くらいは見た。だからこそ「遊んでやろう」という程度に生かしている。
それを戦いと呼ぶかは疑問だが、戦闘は続く。だが、手を休めず攻め続けていたスライムの攻勢が止まった。
「これで終いか」
赤子がつまらない幕切れだったと言うようにそう呟いた。その直後、赤子の左半身が抉れたかと思えば消し飛んだ。攻勢は止まったわけではなかった。カードを一枚使用したためのクールダウン故の停止である。
使用したカードは「連結」――繋げたカードは「アクアバースト」と「圧縮」という超広範囲カードを複数枚使用しての一点集中攻撃。「魔王」と言えど、この一撃には耐えきれず深手を負う。我が身に何が起こったのかを理解できず、呆然と失った半身を眺める赤子。だが、その僅かな時間が致命的だった。
ライムは最後の一枚を使用し、再び「魔王」の背後を取ると全力でその傷口に襲いかかる。当然それを許すはずもなく、体の半分以上を消し飛ばされるが、それでもライムは止まらなかった。粘体は傷口に到達するや否や、赤子の体を溶かしながらその体内へと潜り込む。体が蒸発することも厭わず「魔王」の体を内側から溶かし続ける。
「アアアアアアァァアァアアッ!」
赤子から発したとは思えぬ叫び声が崩壊寸前の地下室に響く。
「くたばれぇぇぇぇぇ!」
自分の体ごと体内に入ったスライムを消し飛ばす――消し飛ばしたはずだった。
「……なんだ、これは!?」
蠢くそれは淡く優しい光を放ちながら凄まじい速度で再生していく。その驚愕をライムを見逃さなかった。ちぎれた体の一部を操作し、その体積を削りながらも顔に覆い被さると耳や鼻、口とあらゆる穴へと潜り込む。声にならない声を上げ、体内から潜った体の一部が肺を破り、喉へと向かうとちぎれた体と合流した。
この時、勝負は決した。「ハイヒール」のカードを使用しつつ、ちぎれた自身の一部へと喉を溶かしながら移動する。「魔王」は異常なサイズへと肥大した首を抑えようとするも、右肩まで食い込んだライムがそれをさせまいと妨害する。赤子の手が止まり、首から下が重力に従いぼとりと落ちた。ライムは侵食し「魔王」の脳を溶かし始める。
「全てを奪う」――ライムはこの赤子から全てを吸収することにした。それが何を意味するかは、この時のライムは理解していない。だが、それを理解するものがこの場に現れる。
「……ォ……オォ……」
脳すら溶かされ行く中、本来呼吸すら不十分なはずの赤子の口だった場所から声が出た。時を同じくして――世界が、ひび割れた。音もなく、空間に真っ黒な亀裂が入り、その裂け目から隙間を埋めるように夥しい数の目がこの光景を眺めていた。何かをするわけでもなく、ただじっと見つめていた。
ライムによる「魔王」の吸収は進む。同時に「魔王」への統合も進んでいく。「魔王」と呼ばれる者、一国の王子――死んだ子供。人の願いが、人の怨嗟が生み出した蘇りし赤子。だが父親であることを捨てることができなかった愚か者は、あろうことか自らの願いが、恨みが、慟哭が生み出したはずの「魔王」に愛情を注ぎ続けた。
その愛は長き年月経て狂い始めた。人を止めた程度では、何百年という時間に精神が耐えきれるはずがなかったのだ。狂う様をただ見続けた魔王はこの世界を呪った。怨嗟を食らい、嘆きを糧に成長するはずだったこの肉体は赤子の姿のままだった。無為な時間がただ流れ、最後の時がやってきた。
そして、新たな「魔王」は誕生した。肉塊のように変質していた赤黒い塊から生まれたそれは白い肌、白い髪を持ち、真紅の瞳はまるでアルビノのようだった。一糸まとわぬ白い美女は立ち上がり、亀裂から覗き込む目玉を見るとそちらに手を伸ばす。直後、無数の目玉は潰れ、空間の裂け目は何事もなかったかのように消え去った。
生まれたばかりの「魔王」は自分の体を確かめるようにその白い両肩を抱く。その温もりを確かめるように膝を曲げ丸くなると、そのままの体勢で目を瞑る。1分にも満たない時間――それで満足したのか新たな「魔王」はそのままの姿勢で顔を上げる。その顔には狂気にも似た笑みが溢れていた。
新作も書いておりますので、お暇ならそちらもどうぞ。
と言いながら更に別の新作も書き始めるこの節操の無さよ。
ネタが貯まり過ぎてて何から手をつければ良いものか……




