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6-2:小さな敗北

「人間を見るなんて、ほんと久し振りねぇ…いつぶりかしらぁ?」

 無駄によく通るバリトンボイスでオカマ口調の、見た目ただの乳首に☆を付けたブーメランパンツ一丁の緑色した変態マッチョの怪生物が、ケツの形した頭から生やした触角を揺らしながらこちらに向かって悠然と歩いてくる。

 ライムに注意されなくとも警戒度はMAXである。こんな珍生物相手に聞き込みなどしたくないが、手がかりを見逃すこともしたくない。

 だがいざこんな珍生物を前にすると出てくる言葉も出てこない。少なくとも喋ることが出来る以上、情報のやり取りは可能と判断して良い。問題は会話すらしたくない相手だということだ。「人を見た目で判断してはいけません」と育てられた俺でも、限度があると言わざるを得ない。

「そこで止まれ。それ以上近づくならば敵と見做す」

 距離にしておおよそ20m。これが限界だ。これ以上は詳細が目視可能となる。俺の言葉に反応し、緑の怪生物が足を止めると顎に手を当て首を傾げる。まるで俺をじっくりと観察しているような仕草に鳥肌が立つのを感じる。

「お前が何者であるかは興味がない。この辺り…もしくは人間が魔族領土と呼ぶ何処かに『魔王』と呼ばれる何者かがいるはずだ。その情報をこちらは求めている」

 ここで「厄災」の単語を出さなかったのは、目の前の生物がどういった立ち位置なのかが判らないことと、言っても多分通じないと思ったからである。それ以上に「魔王」の方が知名度が高いと思われるので、まずはこちらから訊くのが無難であるとの判断だ。

 初対面にしては随分な物言いだとは思うが、相手がこんな珍生物では紳士的な対応は難しい。間違って懐かれでもしたらと考えると背筋が凍る。多少高圧的になるのも仕方がない。

 俺のこの言い方には何ら思うところはないのか、目の前の緑の生物は顎に手を当てたままこちらを見ている。少しの間が空き一瞬ニヤリと笑ったように見えた後、無駄にでかい口を開かれる。

「はじめまして、人間さん。アタシは筋肉の魔王『ノンちゃん』よぉ。アタシに会いに来てくれたのね、嬉しいわぁ」

 小さくつぶらな目がウインクを放ち、ゾワッと怖気が全身を走る。

(え、魔王? こいつが?)

 こいつが厄災である可能性があるとか冗談ではない。大昔に凄惨な死闘を繰り広げ、今に至る原因を作りあげた渦中の人物が「これ」とか、この世界の物語は一体どうなっているのか?

 そもそも絵面的に無理だ。こんなのが「撃ちたくない、撃たせないで!」とか言って、涙を流しながら仲間殺しの時代に終止符を打つとか完全にギャグである。

「流石にこいつじゃない」と思いつつ、長い年月で干物みたいになっているディバルの姿を思い出して「まさかこんな形に変形」したのか、と息を呑み額の汗を拭う。

「お前が、魔王か…」

「アラヤダ。アタシのことは親しみを込めて『ノンちゃん』って呼んで欲しいわぁ」


 うん、無理。


「もういっそ殺っちまうか?」と短絡的な思考が過るが、これが厄災ならば勝てる相手ではない。

「では、魔王。聞きたいことが…」

「『ノンちゃん』よぉ」

 俺の言葉を遮り緑の肉塊が「ノンちゃん」を強要してくる。

「お前に聞きたいことは…」

「ノ・ン・ちゃ・ん」

 セクシーな美女がやれば目の保養にもなるであろうポーズを取り、ばちこんとウインクをしてみる緑の肉達磨。吐きそうだ。

「おい、質問にこた…」

「『ノンちゃん』だっつってんだろうがぁぁぁ! 俺のコックでガバガバにされてぇのか!?」

 俺の言葉を遮ると、緑の醜い肉塊が両手を頭の後ろに腰を激しく前後させ怒りを露わにする。生理的嫌悪感のあまり、俺は思わず「ヒィ」と小さく悲鳴を上げて後ずさる。

(助けてライム!)

 背負ったリュックの中にいるペットに助けを求めるが反応が芳しくない。一体どういうことだろうか?

 だが、脅威と呼べるほどのものではないのは、ライムの反応から読み取れる。あまりのキモさに冷静さを欠いてしまっていたが、よくよく考えれば最初は「注意が必要」程度の認識だった。ならばこいつが厄災である可能性は限りなく低い。

(だが確認は必要だ)

 聞いた能力は「スキル無効化」というチート能力、その効果までも無力化出来るのであれば、俺がカードを使えばその効果も消えるはずである。

 使用するカードは「探知」―これで相手が厄災かどうかの確認が出来るし、相手の動きも少しは把握出来る。その結果は―


 セーフ。探知の効果はしっかりと発揮出来ている。つまりこいつは厄災ではない。助かった、この物語は助かった!


 心の中で小さくガッツポーズを取った後、最早敵と認識しても問題ないと判断する。ズンズンと体を左右に揺らしながらゆっくりとこちらに近づく肉達磨。俺は意識を切り替え、敵と認識した珍生物を迎え撃つべく使用するカードを選択する。

 やはり緑色ということもあり属性的に火が良いだろうと、初手は手堅く「ファイアストーム」から行く。範囲狭めることで威力を強化。あまり広範囲に撃ち込むと火災が怖い。発生を確認してから回避出来ないくらいの効果範囲があれば十分だ。

 ライムに防衛を任せつつ自称魔王の強さを体感する。見た目のキモさから戦いたい相手ではないが、戦闘が回避出来ない以上、何らかの見返りが欲しい。俺が今回欲したのは経験である。

 魔王を自称するくらいなら、この世界では強者に分類されるはずである。ならばそれを単独で撃破することで、己を高めようという思惑である。でも保険は欲しいのでライムに守りは任せる。死んでしまっては元も子もない。死線を越えた先云々の話はまたの機会。相手くらいは選ばせて欲しい。

 自称魔王との距離が10mを切ったところで戦闘開始。先制の炎の嵐が周囲を巻き込んで燃え盛る。すると驚くほど反応がない。回避行動は疎か防御すらしていたように見えなかった。

「まさか今の一撃で終わりなのか?」

 呆気なさに肩を落とすと、炎の中に人影が見えた。その影は直立不動いや、まるで某漫画の独特なポージングで炎に耐えきっていた。

「無駄よ。このほとばしる筋肉を見るがいいわ。この筋肉こそ熱き鼓動の体現。火属性は無意味よぉ」

「ああ、そう」と聞く耳などない俺は火が無理ならと「ウインドストーム」で切り刻むことにした。

「涼しいわね。そんなそよ風じゃ、この鍛え上げた肉体を傷つけることは出来ないわぁ」

 だが結果はこの通り、筋肉誇張するようなポージングを取ったまま、その場から動かずにウインドストームを完全に受けきる。どうやら見た目通りに防御力は高いようだ。

 ならばと立ち止まっていることを良いことに次のカードを発動。炎と風がダメなら次は氷だ。「アイスランス」の一撃ならば十分な攻撃力だろう。

「ダメね。この乙女ハートは既に氷の如く凍てついているの…氷の属性では意味がないわ」

 氷の槍を真っ向から受け止めてこの余裕。チラチラとこちらに視線をやり何か聞いて欲しそうにしている。誰が訊くか。

「見てわからないの? この緑の肌…まさしく大地を示すこの乙女肌に土属性は効かないわぁ!」

 何も言わず続けて放った「アースランス」もこの通り。どうやら本当に防御力が高い面倒な相手のようだ。だが次はそうはいかない。限界まで範囲を圧縮した「サンダーストーム」がオカマに降り注ぐ。

「あひぃん! ピリっとするわね。でもこの角に落としたのは間違いね。これは私のチャームポイント。破壊は不可よぉ」

 それ触角じゃなくて角かよ!

 そんな驚きよりも声がキモイ。もうサンダー系は使いたくない。

「ヤダ! お化粧が落ちちゃうじゃない!」

 最後に水属性で攻撃したらこの反応である。キモイ。ただひたすらにキモイ。撃ち込み放題という状況なのでつい様々なカードを使ってしまったが、見た目とは裏腹の実力者だった。

「ふぅん…速度、攻撃ともに合格点。属性は多彩。筋肉がないのは残念だけれど…いいわぁ、あなたを敵として認めてあ・げ・る」

 腐った見た目でも自称魔王。そう簡単に倒せる相手ではないことをようやく認識した俺は、周囲の状況を確認する。ここが森の中で本当に良かった。ファイアストームで周囲が燃えなかったのも幸いだ。

「さあ、じっくりねっぷりたっぷりしっとりと、優雅に激しく時に切なくでもやっぱり激しく…踊りましょう」

 両手を広げ、一歩前に踏み出した魔王の動きを探知が正確に拾う。「来る」―そう認識すると同時に俺は影の中へと逃げ込む。これにはライムのアシストもあり、オカマの一撃を躱すに必要な速度を十分に満たしている。

 だがそれだけでは終わらない。カウンターを入れるが如く、影の中からすぐさま出ると同時に「ファイアソード」の一撃を食らわし、僅かに仰け反った隙に再び影の中へと戻る。

「いいわよぉ! アタシの筋肉達が喜んでるぅ!」

 同じように離れた場所で影から出た瞬間にカードを使用するも、飛んできたオカマの拳が俺の攻撃を突き破り地面へと突き刺さる。だが既に俺は影の中へ潜っており、別の場所から再び上半身だけ出すと攻撃を加える。それに反応し即座にこちらに飛んでくる筋肉の塊を、間一髪で影の中に潜って回避。

 モグラたたきのように数度繰り返された攻防。当然ただ無意味にカードを消費したわけではない。使ったカードは一枚を除き全て属性が付いた攻撃。要は火、水、風、土、雷に氷である。これらは全て大した効果を見込めなかった。ならばそれ以外はどうか?

 一気に距離を詰め、肉弾戦へと持ち込む相手だからこそ、当てるのは容易だった。銀のカード「斬撃」の傷跡はしっかりと見たくもない胸に刻まれていた。金のカードでも碌なダメージとならなかったにも関わらず、銀のカードでこの効果である。

(奴には属性系の攻撃は効き目が薄い)

 そう結論付けるには十分な材料が集まった。ならば取る手段も限られてくる。出来れば安く済ませたいという気持ちもあるが、この攻防をいつまでも続けられると思うほど楽観視はしていない。筋肉達磨は見た目通りの脳筋プレイだが、こちらへの反応速度は確実に増している。

 このままではいずれ俺が影に潜る前に奴の拳が俺を捉えるだろう。だが既に対抗手段の一つや二つは思いついている。

(属性攻撃が効かないのなら!)

 影から出ると同時に使用したカードは「石化」…突如状態異常の絡め手に変更したことで、オカマは身を守ることを優先したのか足を止め両手を前に構える。その直後―

「無駄よぉ!」

 カードの効果で発生した灰色の靄が高速で回された腕によって振り払うようにかき消される。

「ま・わ・し・う・け?」

 アニメで見たあの技そのまま再現したかのような動きに、呆然と呟いてしまう。もしもこの時、オカマがこちらに突っ込んで来ていたら少々危なかったかもしれない。だがオカマは何が琴線に触れたのか、感動したかのように震えている。

「今のは石に変える魔法ね! 良いわぁ! あなた良いわよぉ!」

 上がっていくオカマのテンションに併せてパンツの中身が膨張し始める。もはや直視不可、目が腐るという領域に突入した生物に、俺はリミッターの解除を選択する。そう、ここからは白金のカードも使用する。見るに堪えないこの醜悪な魔王はここで滅ぼすべきである。

 笑顔で手を当てた腰を左右に機敏に動かしながら近づくそれにはこの世からご退場願う。ちらちらと見えるブツに不思議な葉っぱが欲しくなる。負けた気になるが、もうどうでもいい。

 探知の効果が奴の動きを知らせる。同時に使用するカードは銀のカード「障壁」―但し、10枚同時使用。直後、轟音と共にオカマの一撃が見えない壁に阻まれる。

 奴は属性に対しては高い防御を誇る。よって属性を持つシールド系の防御は危険。だが次の一撃を入れる為には足止めは必要。ならば状態異常をもう一度使うか?

 いや、足を止める保証は何処にもない。ならばどうする?

 受け止めてしまえば良い。その為の10枚同時使用。危機感知のお守りがあれば完璧だったが、交換可能対象ではなかったので、最悪は身代わりの護符で一撃耐えることになっていた。と言ってもオカマの攻撃力は何度も目にしている。地面へ突き刺さった拳の一撃の威力から、銀のカード10枚での防御ならば大丈夫だという自信はあった。

「終わりだ」

 自慢の一撃を止められたことに対する驚愕が、オカマを僅かな時間であれ硬直させる。十分な勝算を持った上での賭けに勝ち。戦いの幕引きを宣言し、カードを使用する。

「圧縮」

 俺が言葉にすると同時に使われたカードは、的確に標的を捕らえた。

「んぬぬぬぐぅぅぅぅ!」

 オカマが全力で抵抗する姿を見せるが、もう遅い。抵抗は一瞬で終わった。効果範囲から僅かに体をずらすことには成功するも、圧縮の効果をまともに受けた右半身がそこを起点に球形状にえぐり取られ、グラリと上半身が傾くとそのまま地面へと崩れ落ちる。少し遅れて圧縮された肉塊が地面に落ち、少し転がると石にぶつかり動きを止めた。

「やる、じゃない…」

 その言葉を最後に緑のオカマの首ガクリと落ち、体が地面に横たえた。ピクリとも動かなくなったそれから少し遠ざかり、リュックの中のライムに確認を取ると、死んでいるとの返答が返ってくる。

「か、勝った…」

 俺は大きく息を吐き勝利宣言をする。見た目はただの変態だがまごうことなき強者である。それをほぼ独力で打ち破ったことは賞賛に値する。敵がもっとまともな見た目であったなら自慢していただろう。

 情報は手に入らなかったが、この勝利は俺に大きな自信を与えてくれるだろう。無駄ではなかったことにしたいが、記憶から消したくもある。複雑な気分だ。

 安堵したのか俺は地面に腰を落とす。ライムに勝利を報告すると、喜んでくれたのかリュックから出てきて俺に体を擦り付けてくる。少しの間、スライム特有の冷たい感触に浸っていると、ライムが俺から飛び降り地を這う。その先にあるものは―

「それは、食べなくていい」

 頼む、お前はそのままでいてくれ。変なものを食べて変化するとかそういうフラグは必要ない。変身素材の中にあんなものが紛れ込むのダメだ。恐らく魔力的な意味で食べたがっていたのだろうが、こればかりは譲れない。代わりに次の交換で「魔力の源」を出してやると約束し、この件は終了する。

(それにしても…)

 俺は緑のオカマ王の死骸を見て思う。属性攻撃に対する強い耐性を持つ敵というのは、こうも相性が悪いものなのかと思う。考えてみれば攻撃カードは属性付きがメインである。むしろ属性のない攻撃カードは珍しい。

 今後は敵との相性なども考慮に入れる必要がある。やはり戦闘は難しいな、と俺は頭を掻きながら立ち上がる。情報が手に入らなかったので今日も探索だ。情報は足で稼ぐとか一体いつの刑事ドラマなのやら。

 あの時、あの葉っぱをGPに変えていなければ、もしかしたら話を続けることが出来ていたかもしれない。まあ、あんなキャラが重要な情報を持っているわけがないなと笑い、俺は影の中へと潜って行った。


オカマキャラは強いというイメージが何故かある。

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