6-1:魔族領土
綿棒から耳かきに変えたところやりすぎて出血。
(´・ω・`)気持ち良いからね、仕方ないね。
何の障害もなく辿り着いた魔族領土の前線都市。そこではちらほらと屈強そうな男達が街を闊歩していた。
「むさ苦しい」
俺が思わずそう呟いたのも理解して欲しい。周囲を見渡せば必ず一人は視界に入る鍛え上げた己の体を見せつける筋肉ダルマ。この世界では魔力がものを言うのではなかったのだろうか?
しかしこれほど如何にも戦士風な者達が集う街。「もしかしたら居るのではないか?」という期待もしてしまう。露出度の高い装備…そう、ビキニアーマーだ。
男なら一度は見てみたいであろうそのファンタジー。それを探すべくキョロキョロと視線を動かしながら街の中を歩いているのだが、一向に見当たらない。女性の戦士はちらほら見かけるのだが、ビキニアーマーは誰も付けていない。
それどころか、女性も男性と同じような装備をしており、役割に応じて重装備、軽装備と分かれている。時折露出度の高い女性は見かけるが、目を止めるほどの美人でもなければ、凝視するほどのスタイルでもない。
中には男同様にその鍛え上げた肉体を誇示するかのような装備の女性もいたが、ボディービルダーのようなマッシヴな体を見ても反応するようなものはない。結局、俺は買い物を済ませてさっさと街から出ることにした。
一応情報を集めてみたが、この街は魔獣を始めとする「人に害を及ぼす生物」を止める為に存在しており、それ故名も無き強者が集まるのだと言う。だが、そんな連中でさえロイヤルガードの前では赤子同然らしい。つまり雑魚の集まりだ。
そんな連中に阻まれる魔族領土からのお客様。「意外と大したことではないのかもしれない」と思ったが、やはり奥に行くにつれ敵は強くなっていくのだろうと、予定通りの警戒度で挑むことにする。
ちなみに街では大したイベントはなかった。リュックの中のライムの魔力を抑えていた為、絡まれるようなことはなく、街を出た後もすぐに森の中へと入れたので誰からも声をかけられることもなかった。街を離れたその夜、兵が多く駐留するような都市なら歓楽街などの施設が充実していたかもしれないことに思い至らず、さっさと街を出たことを少しだけ後悔した。
翌朝、襲撃を警戒をして影の中で眠りについたが、何事もなく「影渡り」のスキルが作る黒い部屋の中で目を覚ます。俺は大きな欠伸を一つすると、魔法の鞄から手ぬぐいを取り出しそれを肩にかける。続いて水と洗面器を取り出し、顔を洗って手ぬぐいで拭く。ぬるい水だが仕方がない。
ガチャから物資は出てくるとは言え、何が起こるか判らない以上贅沢は禁物である。このまま朝食をと思い鞄を漁る。古いものから順に消費しておかなくては、と手を付けていなかった調理パンを二つ取り出す。飲み物は黄色の液体が入った500mlのペットボトル。変な物でないことを祈りつつ、一口飲むと爽やかな酸味と甘みが口の中に広がる。
「リンゴジュースか」
朝食の飲み物としては悪くない。ただ、調理パンの具がツナコーンに野菜とチーズの何かでなければもっと良かったかもしれない。相性は大事である。
さて、朝食を摂りながらもやることはある。今日の分をガチャを回す大切な作業である。食べ終わる頃には100個の玉がそこにはあり、ペットボトルに口を付けながらそれを一つずつ開けていく。主な結果は以下の通り。
金×3
中身は「アースソード」が一枚。「ファイヤストーム」が一枚。そして指輪が一つ。見たことがある指輪だと思いつつ「鑑定」のカードを一枚使用。結果、指輪の名前が「力の指輪」と判明。一度出たことのあるものだった。
記憶が確かならこれは金髪の馬鹿勇者にあげたものだ。装備品のダブリはもしかして初めてではなかろうか?
そう思ったが何度か未鑑定装備をGPに変換したことがある。気が付いていないだけで幾つかあるかもしれない。そんなこんなで本日のお務めは終了である。今日は魔族領土を探索する予定だが、こんな人の領域から近い場所に、目的の魔王―最初の厄災はいないだろう。
となれば、数日は魔族領土の奥へと向かうことになると思われる。「遠見」や「千里眼」ですぐに見つけることが出来るなら良いのだが、話を聞いた限り「能力を無効化」するスキルの持ち主。見えない可能性も考慮にいれる必要がある。
考えてみると「簡単なお使い」というレベルのクエストではない。そして魔族領土は帝国領土よりも広大である。
「安請け合いだったか?」
状況の把握が完了し、のっそりと影から出た俺のボヤきは誰もいない森の中に消えていった。
魔族領土探索二日目。
「見事なまでに何もない」
まさにこの一言に尽きる。昨日一日影の中を歩き通し、定期的に外に出ては「遠見」のカードを使い周囲を探ってみた。だが何も見つからない。時折見かける魔獣と思しき大型の生物をライムの餌にしていたが、知的生命体は未だ発見出来ず、ただ何の手がかりもない手探りの状況を続けていた。
「魔族とやらは一体何処に居るのやら」
こいつらを見つければ何らかの手がかりになるだろうと思っていたのだが、人型の生物には未だ発見出来ずにいる。昨日一日をかけて北西へと移動したのでそれなりに人の領域から離れたと思っていたのだが、まだまだ距離が足りないのかもしれない。
ガチャから出たアイテムも目新しい物はなく。何の成果も得られない一日だった。
魔族領土探索三日目。
「ふおおおぉぉぉぉ!」
朝食の最中にも関わらず、立ち上がってガチャから出たそれを手に興奮している俺がいた。出て来た物はこちら。
ワイヤーアンカー
腰に装着する移動補助装備。魔力を充填することでアンカーが発射可能となる。射程は15mあり、射出されたアンカーは命中時に3秒間固定される。ワイヤーを巻き取ることで急な加速や方向転換を可能とする。
このロマン装備に俺のテンションはうなぎ登りである。朝食そっちのけで装備を試す。結果は惨敗。俺にこれを使いこなす運動能力はなかった。そもそも粘体装甲時の移動力の方がはるかに高い。ましてやこの森の中、少し粘体の一部を伸ばせば木に届くようなフィールドでは条件が違い過ぎる。
「上げてから落とす」という基本中の基本を味わった俺は、ワイヤーの巻き取りで木に叩きつけられた怪我を治してしばらく不貞腐れていた。影の中でペットとのスキンシップを昼過ぎまで続け、昼食の後探索を開始した。
本日も、何の成果も得ることなく夜を迎える。夜の分の変身時間をもっと残しておくべきだったと、明かりのない長い夜を後悔しながら過ごすことになる。
魔族領土探索四日目。
この日は久しぶりに白金が一つ出た。今日も探索の一日だが、朝から幸先が良い。これはひょっとしたら今日は何か進展があるかもしれない。さて、その白金の中身がこちら。この何の変哲もないただの葉っぱが白金の中身である。
「ああ、これはあれか」
某有名なRPGに出てくる蘇生アイテムを思い出す。強力なアイテムであることは間違いない。だが欲しいものというわけでもない。だが一応鑑定して効果は知って置いたほうが良い。そう思い「鑑定」のカードを三枚使用し詳細を見る。
不思議な葉っぱ
股間に装備すると絶対に他者から局部が見えなくなる鉄壁のガードを誇る防具。あらゆる透視能力を無効化し、破壊や脱衣の不可属性を併せ持つ。但しこれらの能力を発揮させる為には下半身の装備をこれ一つとする必要がある。アダムが装備していたと噂される伝説の葉っぱ。枯れる心配はない。
「いらんわ!」
葉っぱを地面に叩きつけようとするが、空気抵抗でふわりと宙を舞う。
「『アダムが装備していたと噂される』ってなんやねん。イブのバージョンもあんのか」
怒りの余り思わず口から出てくる関西弁。確かに透視能力無効、破壊や脱衣不可という部分だけ見れば強力なのかもしれない。しかし装備しなくてはならないという制限に加え、その能力を発揮する条件が全てを台無しにしている。
「こんなもん誰が枯れる心配すんねん」
悪態を付きつつ「不思議な葉っぱ」をGPに変換。
不思議な葉っぱを980GPに変換しました。
「無駄に高い!」
金の等級で100~300。黒でも2000くらいであるにも関わらずこの数値。如何にも「価値があります」的な数字に苛立ちが募る。一瞬でも「何か使い道があった」と後悔してしまえば負けである。勝負というわけではないが、気持ち的に負けた気分になるのだ。
朝から大声を出してしまい、痛む喉をさすりながら本日の探索を開始する。せめて何か進展があって欲しいものだ。
探索開始から4時間が経過。既に昼飯時となり、空腹を感じるくらいには腹が減ってきている。そろそろ昼食にするかと足を止め、影から姿を現す。同時にリュックの中のライムが何かに反応した。
(…無視出来ない何かがいる)
ライムのサインからはそう読み取れる。一先ず「探知」を使用し、周囲の状況を把握。警戒をライムに任せ「遠見」を使用し、何がいるのかを確認する。森の中ということで上空からの視点では警戒対象を把握するのは難しい。
よって視点を木々の合間を縫うように移動させて周囲を確認する。すると僅かに開けた場所にそいつはいた。
緑色の肌。2mを超える体躯の人型であり、体毛はなくまさに筋肉隆々といった姿である。その筋肉を誇張させるようにポージングを繰り返している。服は着ていない。ただ下半身のブーメランパンツの中で自己主張が激しいモノは直視に堪えない。
申し訳程度に付けられた乳首を隠すピンクの星には笑いを通り超して吐き気を催す。加えて尻のような形をした頭部にも毛は生えておらず、その代わりのように二本の触覚のようなものが生えている。どこの大王だ。
そしてその顔を見る。唇が頭部の半分を占めるバランスの悪い造形が、小さくつぶらな目を「可愛い」から「不気味」へと変化させており、最早「変な生き物」という枠組みからも離れている。ちなみに鼻は妙に高く耳は尖っている。まさかとは思うがこれがエルフ枠か?
「なんじゃ、あの奇っ怪な生物は」
見た目だけで要警戒対象とも言えなくもない生物の発見に、俺は戸惑いを隠せない。あれが「魔族」なのだろうか?
だとしたらコミュニケーションは難しい。生理的に無理な見た目だ。だがここに来て早54日目。何かしらの進展が欲しい。俺は「遠見」のカードの効果を切って思案する。というかこれ以上見ていたくない。
しばしどうすべきか悩んだ挙句、俺は意を決して魔族と思しき珍妙な生物の元へと向かう。一応俺の進退にも関係があるこのお使いクエスト。手がかりとなりそうなものには接触する必要がある。「人型であるだけまだマシ」なんてことも十分あり得る。
ならばここで手を打とう。吐き気を催す程度の醜悪さだけならまだ耐えられる。これで臭いも酷いとかだったらその時はその時だ。
「いざとなれば消し炭にしてやれば良い」
そんな気持ちで足を踏み出すと、それはすぐに視界に入った。己の肉体に酔いしれるように、筋肉を誇張するポージングを次々と何処にもいない観衆に披露している。眉を顰めつつもその珍妙な物体に近づく。すると俺の存在に気が付いたか、緑の生物はポージングを一時中断。俺に向き直ると、その馬鹿でかい唇を釣り上げ笑う。
「あらん…人間なんて珍しいわぁ」
シナを作るようにくねくねと蠢く緑色の珍生物から、オカマのような口調の渋い声が聞こえてきた。
あかん。無理だ、これ。