1-8:侭ならぬ世界
諸事情で少々遅れました。
そこに全裸の少女がおるじゃろ?
で、ここにパンツがあるじゃろ?
何を血迷っているんだ、俺は?
取り敢えず落ち着け、俺。
目の前には何がある?
傷だらけの全裸の少女が腕を縛られ転がされている。年齢は15歳前後だろうか? 容姿は可もなく不可もなくと言いたいところだが、髪は手入れされておらずボサボサで、酷く汚れているので不可寄りと言ったところ。栄養状態が悪いのかガリガリに痩せている。当然胸もない。
まったく興奮しないな。
どちらかというとスレンダーよりもグラマーが好みである。若い子は好きだが、いくらなんでもこれでは食指が伸びない。
だから、そうじゃない。
この状況で何を考えているんだ?
流石に俺はそこまでゲスではない。そう信じたい。これは予想外の出来事に現実逃避しているだけだ。逃げるな。俺は出来る子。やれば出来る子だ。
残念ながらエロ同人のようにすでに子は出来ているかもしれないが…って違うだろうが。
そうだ、こういう時はまずは話しかけるんだ。不安を取り除き、助かったことを実感させてやれば、あとは村に返してやればいい。きっと近くにあった村の住人に違いない。服はガチャから出たものを適当に見繕ってやればいいし、傷だってヒールがあるから大丈夫だ。
いけるいける。気持ちの問題、絶対いける。
もう大丈夫だぞ、名も知らぬ少女よ!
「…殺して」
はい、無理でしたー!
目が合ったまま固まって、思考がようやくポジティブになりだしたらこれだよ。
「あー…ゴブリンは全滅したし、村に返すことだってできるぞ?」
まだゴブリンが残っているからこんなに投げやりなんだろうと、希望になりそうな言葉を口にする。
「帰る場所なんて、ない…」
「近くに村があったが…」
近くに村があることをふってみるも反応がない。別の村なのかもしれない。
「あー…なんでゴブリンに捕まったんだ?」
「私は売れ残り…だから捨てられた」
うわお…思った以上にヘビーだぜ。
しかし売れ残りと言う事は口減らしか何かか? まあ、ひと目でわかる栄養状態だ。そんなことがあっても仕方はないか。と言う事はこの歳で親に売られるところだったが、買い手が付かず放逐されたらゴブリンに捕まった…ってところか、そりゃ死んだような目にもなるな。
「一目親に会いたいとかないのか?」
「…殺されたからいない」
親がいないということは親戚に預けられてそこで売られたのか。
「故郷が…」
「村は…焼かれた」
そういや、ここって賊がいっぱいいるんだったな。つまり、賊が村を襲って村人殺すか攫うかして火を付けられてなくなった、と言う訳か。それで人攫いに売られたが売れなかったため、捨てられたのか。
「まあ、いつまでもここにいても仕方ないから、取り敢えず移動しよう」
「…足を切られた」
それくらいならヒールかポーションで治せるだろうと足を見る。そしてすぐにどこを切られたのかわかった。
腱である。
両足の腱を切られている。それも傷はすでに古傷と呼べる傷跡になっており、かなり前に切られていたことを示している。鋭利な刃物で切られたようなその跡は、ゴブリンがもっていたような石器や錆びたナイフで出来るものではない。
となれば彼女は攫われた時に、逃げられないように足の腱を切られたのだ。労働力として攫ってきたなら足の腱を切るはずがない。つまり、そう言う目的で彼女は攫われた。
(これで同情するなっていう方が無理だよなぁ)
取り敢えず「傷を治せば少しは前向きになるのでは?」と思い、早速鞄からヒールを取り出し使用する。青白い光が少女の体を包み込み、体中の傷が瞬く間に癒える。それから腕を拘束していた、まるで縄のような蔓をミスリルのナイフで切り、裸よりはマシだろうと少しボロいマントを渡す。
傷が癒える様を見た少女は一瞬驚いたような顔をしたが、その顔はすぐに元に戻る。
理由は簡単だ。足の腱の傷跡はそのままであり、少女は歩くことが出来るほど回復していなかったからだ。
ならばもう一度とヒールかけるも切られた腱は治らない。上級ポーションを使ってみたが、結果は変わらなかった。回復能力が足りないか、もしくは時間が経ちすぎたか、と推測する。
他に回復できる手段を探す。さっき使ったヒールと上級ポーションはレア級…つまり金から出ている。となれば現状を打開出来るカードはただ一つ。白金カード「ハイヒール」となる。
虎の子の一枚である。使うべきか否か。
俺は悩んだ。現段階で最高の回復手段である。ここで使えば次はいつ手に入るかわからない。しかもこのカードで治るかどうかもわからない。俺は正義の味方でもなければ善人でもない。
そうだ、これは仕方のないことだ。そう思い諦めかけた時―
「もういいから…」
渡したマントもその手に持ったまま、体を隠そうともせず投げ出された体を動かそうともせず呟く。
少女はすでに諦めていた。
こんな世界だ。足が治らなければ生きていけないだろう。仮に足が治ったとしても、頼るべき身内のいない彼女が生きることは難しいだろう。
何より生きる意志が生まれるかどうかわからない。それでも、俺はやるべきだと思った。出来ることをすべきだと思った。
俺は意地になっていたかもしれない。しかしこれは回復魔法のカードの実験には丁度いい、と自分に言い聞かせ、俺は鞄から「ハイヒール」のカードを取り出す。
迷いは…ちょっとあるが、後悔はしない。
ハイヒールのカードを使い、対象を指定する。それと同時にカードは光の粒となり、少女を白い光が包み込む。ヒールの光よりもさらに強い光だ。
これなら大丈夫だろうと俺は息を吐く。そして光が徐々に消えて行き、俺は少女の足首を見る。
そこにあった傷跡は未だはっきりと見えていた。
この結果に俺は天井を見上げる。藁でできた屋根だ。こんなもので雨をしのげるのだろうかと場違いな疑問が頭をよぎる。
他に何かないだろうか?
俺は期待するわけでもなく鞄を漁る。白金以上のレアアイテムで回復能力のあるものなんて、手に入れていれば覚えている。そんな記憶がないのだからもう手はないのだろう。それが解っていても、手は鞄をまさぐっている。
その時、俺は何気なく取り出した物を見て目を見開く。
手にしていたものは果物に見える何か。鑑定のカードが足りず放置していたアイテム。
俺はすぐさま鞄の中から未鑑定の果物っぽいシリーズをいくつか取り出し、次に鑑定のカードを取り出した。カードは四枚。未鑑定の物は七種類ある。
深く息を吐く。悩んでいても仕方がない。俺は鑑定のカードを手に取ると運を天に任せ、鑑定を開始した。
まあ、こうなるだろうとは思っていた。
魔力の源
剛力の実
才能の実
知恵の実
以上四つが、今回の鑑定結果である。
所謂ステータスアップアイテムだろう。普段の俺ならば喜んでいただろうが、今必要なのはこれじゃない。
いよいよ持って、万策尽きたと言ったところか。
少女を見ると、もはやこちらを見ていない。興味関心すらないようだ。
本日、何度目になるかわからないため息を吐く。
やはり、殺してやる以外に俺が出来ることはないようだ。
こんな世界だ。いつか人を殺すことだってあるだろうとは思っていた。覚悟が不十分なことは自覚している。しかしその相手が何の罪のもない哀れな少女だと誰が予想した?
ならば背負うか?
国に追われている身でお荷物を背負う?
馬鹿を言うな。出来るわけがない。
そもそも助ける理由なんてない。あるのは同情心だけだ。美少女というには程遠く、胸も薄くアバラが浮き出るほど痩せこけている。欲情すらしない。
思い悩む必要はない。目の前の名前も知らない少女だってそれを望んでいる。
それとも彼女の意思を無視して、近くの村に金を持たせて投げ出すか?
そんなことをしても奪われて終わりだ。誰かに金を渡して便宜を図っても、俺がいなくなるのなら同じことだ。
答えなんて初めから決まっていただろう?
一時の同情で身を危険に晒して何になる?
決断しろ。いつまでもここにいても何にもならない。そんな時間もない。
「最後に、名前を聞いてもいいか?」
俺は自分を叱咤し、彼女を殺すことに決めた。これが俺の出来る精一杯。せめてこんな少女が生きていたことを覚えておくくらいか。
少女は何も答えない。
それは明確な拒否だった。死んだ目はいつまでも俺にこう語っている。
「早く殺して」と。
俺は深く息を吐いた。
「せめて楽に死なせてやる」
そう言うと魔法の鞄からカードを二枚取り出す。一枚は「睡眠」、もう一枚は「アイスアロー」。ファイア系で火葬も考えたが、やっぱり森の中なので火はやめておく。
睡眠のカードを使うと、白い靄のようなものが少女にまとわりつく。ほんの数秒で靄は消えると後には目を閉じ、寝息を立てる少女の姿があった。中々の即効性である。
これは使えるカードだなと記憶しておく。後でメモ帳にも書いておこう。
次にアイスアローを手にして寝息を立てる少女を見る。後はアイスアローを発動させれば良いだけである。
「決めたはずなんだがなぁ…」
天井に向かってボヤく。カードを手にしたまま俺は動けずにいた。
(怖気づいたんだろうな、俺は)
我ながら情けないことに、まだ戸惑うようだ。
そして何度も「楽にしてやることが俺の出来ることだ」と言い聞かせ、ようやく俺はカードを発動させようとする。
「…え?」
無意識に声が出た。カードが発動しなかったからだ。自分の精神状態の所為だと、今度はしっかりと意識してカードの使用を試みる。
だが、結果は変わらない。ならば答えは一つだろう。
彼女はカードの効果対象ではない。
練習でカードを使おうとして発動しなかった時と同じように、少女はアイスアローの対象に指定することが出来なかった。
生き物であるならば効果の対象だと思っていたが、どうやら条件が違うようだ。カードの攻撃対象外ということはつまり、取るべき手段は一つだけということである。
ああ、この手で殺せと言うんだな。
本当にこの世界はクソッタレだ。
彼女の埋葬が終わる頃には日が暮れていた。場所を探すのにも手間取ったし、スコップで掘ってるんだから仕方ない。あとすごく疲れた。
流水のカードを使い、宙から流れる水で手を洗い、喉を潤すと影の中に入る。何をする気力もない俺は鞄の中から適当に衣服を取り出すと、それを布団代わり敷き詰め横になる。
何も敷かないよりはマシという程度の即席の寝床で、俺は何も考えないようにただ目を瞑る。肉体的な疲れもあったのだろう、いつの間にか俺は意識を手放していた。
いつの間にか眠っていたらしく、目が覚めた時にはすでに夜明けである。
自分でも信じられないくらいに落ち着いていた。昨日初めて人を殺したと言うのに、一晩寝ればこうも気分は変わるものかと自嘲する。
だが直ぐに「こうでもなければこの世界で生き残ることは出来ない」と、考えを改める。人一人を殺し、死に触れたことでここで生きる意味を再認識する。
弱肉強食。ここではそれがとても顕著に現れる。結果、俺は多くの人を殺すことになるだろう。だがそれは、この世界の摂理である。日本で平和に暮らしていた時の「善悪」など、何の意味もない。
生きるためには力が要る。そして力が俺にはある。
理不尽を撥ね退け、突き付けてやろう。その力を今日もよこせ、俺のスキル!
と意気込んだはいいが、地道に一個ずつ出てくるガチャを受け止め開け続ける。
格好をつけたつもりだが、締まらないなと思いながらガチャを回し続けていると早速アタリが出る。
白金である。十回も回さないうちから白金が出るとは幸先が良い。直ぐに中身を確認するべく、指先でガチャ玉に触れる。
出てきたものはカード。未だ見たことのない絵柄が目に入る。新しいカードである。そして絵柄の上に書かれた文字を見て、俺は言葉を失った。
「再生」
新しく手に入れたカードにはそう書かれていた。
もしも、このカードで彼女の足を治すことが出来ていればどうなっていだろうか?
もしも、このカードをもっと早く手にしていれば、彼女は助かっただろうか?
もしも、彼女が助かっていれば、どうなっていただろうか?
ああ…本当に、この世界は侭ならない。