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5-17:路傍の石

ようやく健康状態が安定しましたので再開です。

後遺症が残ってしまいましたが、気をつけてさえいれば大丈夫ですので今後の活動にも影響はほとんどありません。ただ猫を膝の上で寝かせることが出来なくなったのはちと辛いです。


 翌朝、ライムと楽しんでいたところにノックが響く。店主曰く「さっさと出て行け(要約)」である。どうやらペットとのスキンシップの音を控えたつもりがダダ漏れだったらしい。自分でやってると静かにしているつもりが、周囲からは丸わかりであったようだ。この宿には防音対策が必要である。

 そんな訳で宿を追い出されるように出る羽目になった。融通の利かない宿である。腹いせに苦情を入れたと思われる隣の客に「睡眠」のカードを使用。有り金を巻き上げる。おっさん相手に慈悲などない。

 この街でやることは特にないので次の街へ向かう。目的地は魔族領土から最も近い北西の街。間にも幾つか街はあるので、その一つに立ち寄り必要な物を揃えることにする。地図に依るとここから街道沿いに北に向かい、途中の街から北西へと移動することになる。馬車で移動する場合、7日はかかるとされている。

 地図を見る限り「影渡り」を使えるような地形は一つ先の北の街までほとんどなく、東側の山脈付近まで移動する必要がある。幸い北にある街までは馬車で2日とあまり時間はかからない。そちらまではこちらの交通機関を使わせてもらう。

 道すがら買い物を済ませ、馬車が集まる城門の付近まで歩く。そこでは街から出る商人と馬車に便乗しようとする者達との交渉の場があった。街道が整理されており、治安も良いこの辺りでは護衛を雇う必要がない。

 その為、馬車に乗りたい者はこの街から出る商人と交渉し、幾らかの乗車賃を支払うこととなる。俺も銀貨数枚を支払い馬車に揺られる旅になると思っていた。

「すまんが、何処の誰とも判らない人を乗せる気はないよ」

 話しかけた全員がそのように返事をした。そう、この国には身分証明が出来る物があり、俺が持っているのは商売をする為の許可証である。それも許可証は発行した街でしか意味をなさない。よって、俺を馬車に乗せてくれるようなお人好しはいなかった。ファック。

 腹いせに何かしてやろうかと思ったがこんな人目のある場所で何かできるはずもなく、徒歩で街から出ることになった。

 楽がしたかったが乗れないのでは仕方ない。俺は魔法の鞄から折りたたみ自転車を取り出す。最早周囲の目を気にすることもなく、自転車に乗りペダルを漕ぎ走り出す。何か思うところがあったのか、商人風の男から声をかけられたが無視。さっさと次の街に行ってそこから自然豊かな森に行こう。ガタガタとゆったり走る馬車を突き離すように一心不乱にペダルを漕ぎ続けた。

 夕方、足が疲れてペダルを漕ぐ気力もなくなった俺は夕食の準備もせずテントの中でぐったりしていた。ライムのひんやりとした体が疲労した足にはとても気持ちが良い。こんなことなら夜のお楽しみの為に変身時間をとっておくのではなく、移動の為に使うべきだったかもしれない。

 そのままの姿でも色んな役に立ち、変身すればさらに倍率ドン、である。実に良いペットになってくれたものだ。夕食はインスタンラーメンとおにぎりで済ませ、早めの就寝となる。明日は早朝から移動を開始しよう。

 暇がなかったガチャを回し、成果を確認せずに鞄に放り込むと寝袋の中に潜り込む。途中「交換」をまだ使用していないことに気が付き、取り敢えず「鑑定」を5枚交換し再び横になった。

 翌朝、まだ寒い早朝に目を覚ました俺はのそのそと寝袋から這い出る。テントから出ると「着火」のカードを使用し、火をつけるとカップスープを鞄から取り出す。ライムに狩りの許可を出そうかと思ったが、街道が整備されているこの場所でスライムが単体で行動するのはよろしくない。

 ライムの食事はマナポーションで済ませてもらい、ガチャを回しつつ朝食を摂る。昨日と合わせた主だった成果はこちら。


 金×16 


 なんだこの偏りは?

 白金がないのは仕方がないとしても妙に金の出が良い。ちなみにカードが14枚で全て攻撃用だがストームが5枚、ランスが6枚、ソードが5枚とこちらはあまりバラけておらず、属性の偏りも満遍なく出ている具合で良い感じである。残りの二つは両方共ポーションとこちらは少し残念だった。

 ポーション類は使い道がない訳ではないのだが、若干かさばる上に出番が少なく鞄の容量を圧迫しがちである。かと言ってGPに変換するのもやや戸惑われる。RPGでもよくある「使う機会は少ないが売るのも勿体無い非売品の回復アイテム」そんな立ち位置である。

 新しいアイテムは何時でも大歓迎である。ガチャ産であろうとなかろうと、有用な物は役に立つ。そろそろ鑑定系のマジックアイテムとか出てくれても良いのではないか?

 カードで済ませられる今はまだ良いが、今後様々なものを鑑定することになることは想像に難くない。帝国の宝物庫にはそれらしい物がなかったのでこの世界にはそういったアイテムはないのかもしれない。ならば後は「鑑定」のスキルオーブでも出てくることを祈るだけになりそうだ。

 朝食を摂り終えたのでテントを片付け、自転車を出して出発する。今日は少し無理をしてでも街へと辿り着こう。




 日が暮れる。既に街の城壁の上にいる兵士の顔が見えるくらいの距離まで近づいているのだが、その城門の前が騒々しい。何かと思えば人だかりが出来ている。どうやら遠巻きに何かを見ている様子なのだが、一体何があるというのか?

 わざわざ確認するほどのことでもないと、無視して中に入ろうと横に逸れる。すると周囲の視線が一斉にこちらに向く。

「…何だよ?」

 ぎょっとした顔を見せる周囲に対しガンを飛ばす。すると現れたのは見知った顔。何も言わず、無表情のまま手を軽く上げるだけの挨拶をするスネ夫ことフュス。所持ギフトは「追跡」――つまり、誰かいるということか。

 予想通りそこに現れたのは一人の男。ロイヤルガードではない。騎士でもなければ兵士でもない。では誰か?

「久しぶり…っていうほどでもないか」

「ああ、そうだな」

 第一皇子。然程長い時間あっていなかった訳ではないが、ハスタニルの顔は俺が知っている余裕のあるものではなく、殺意に満ち溢れる素敵なものだった。そして後ろに突如として姿を現す明らかに「動きますよ」と言わんばかりのでかい竜の石像。周囲の人間が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

 同時にスネ夫が避難誘導を行う。被害が出ないようにする、ということは戦闘する気満々のようだ。

「お前は皇帝になれない」

 周囲から上がる悲鳴を無視して、ハスタニルが何かを言う前に俺が先制する。

「傀儡になれない者は、この国のトップにはなれない」

「それで?」

 知ったことかと吐き捨てるが、こいつは俺の言葉の意味を正しく理解出来ていない。俺も詳しくはないが、ディバルはずっとこういう奴を抑え付け、言いなりにしていた。なら今回もそうなるだろう。

「お前が皇帝になれないのは確定だ。だからお前との契約も打ち切り。取引はなかったことにしてもらう」

「だからどうした?」

 この短い言葉に怒気を含むのが判るほどハスタニルが怒りを露わにする。一体何に対して怒っているのか判らずやれやれと溜め息を吐く。

「お前にはわかるまい」

「わからんな。お前が何を考えていようと、どんな悩みを抱えていようと関係がない」

 何より事実を知ってしまった以上、目の前の男はただの人形だ。傀儡という道具に成り下がることでしかその価値はない。そして本人がそれを望まぬ以上、こいつには何の価値もない。思い通りに動かせぬとあれば、こいつは近いうちに潰される。

「お前の悲しみ、怒りも生きる意味も…本当にそれは、無意味なんだ」

 若干の同情からか、余計なことを口走る。ただの煽りとしか聞こえなかったかもしれないが、ハスタニルの表情は変わらぬままだ。

「言っていろ。下らぬ男と笑わば笑え」

 ハスタニルが片手を上げると竜の石像の目に光が灯る。同時にその首が動き、俺の顔を同じ高さへと下がると獲物を威嚇するかのように睨みつける。

「無駄と知ってはいる。だが答えろ」

 怒りを露わに、拳を握りしめるハスタニルは殺気立って問う。

「何故殺した?」

 一瞬誰のことかわからず首を傾げる。この国でも結構な人数を殺してしまっている。特定する情報がなければ誰かわからない。

「あの女はただただ不幸に塗れていた。生まれも、育ちも、極普通のものであった。だが時代が悪かった。災害に飲まれ、孤立した村では家族が食料となり、隣人が食料となり、多くの見知った顔を食らい生き延びることを選んだ」

 女という情報でようやく誰のことを言っているかわかった。あの「犠牲」のギフトを持つ護衛のことだ。

「私は、救うべきだった。救わなければならなかった。この時代に、政を行う者として、人として! だがお前は奪った! 何故だ!? 何故殺した!?」

「襲われたからだ。ああ、最期は『お前の命令じゃない』ってことは言っていたぞ。俺を襲うように命令したのはお前の姉だ」

 これで満足か、と付け足し慟哭にも似た叫びに淡々と説明を終える。ハスタニルが一瞬目を見開き驚愕を見せたことで察した。

(姉の動きは掴んでいない。もしくは全く想定していなかった、か…)

 ますますもって不憫な男である。どうやらあの護衛の女と懇ろな関係であったようだ。その考えると少し悪いことをした気になってくる。

「そうか。あの女は最期まで私を案じたか…」

 俯き、事の顛末を呟くと握っていた拳を開くと顔を上げ俺を見る。これで終わりか、と立ち去ろうとした俺をハスタニルが呼び止める。

「悪いが、お前を行かせる気はない。契約が破棄された以上、お前は明確に帝国の敵だ。ここで潰えてもらう」

 俺はわざとらしく大きく溜め息を吐く。「力の差も解らん馬鹿でもあるまいに」と言いたげのアクションに、ハスタニルも理解しているのか挑発には応じてくれない。

「お前に軍をぶつけるのは愚かなことだ。帝国の保有する最高の精鋭すらもお前は退けている。ならばこそ、こちらも奥の手を使う決心がついた。かつてこの世界に召喚され、勇者と呼ばれた者達が残した物――『遺産』と呼ばれる超兵器の一つだ。勇者を倒すに不足はない」

 何か説明をしているが、俺の思考はあるキーワードに釘付けである。「遺産」――異世界人の遺物であり、非常に貴重な物である。つまり金目の物だ。

「目標はその男だ。潰せ」

 その死刑宣告がなされると同時に翼を広げ、口を開くとその内部が音を立てて光り始める。だが遅い。一般人レベルの素早さしか持っていない俺を持ってしても「遅い」と言わざるを得ない。

 故に使用するカードはたった一つ。

「転移」

 竜の咆哮となる音に紛れた小さな呟きと同時に俺はゴーレムの隣にいた。後ろでは俺を見失ったハスタニルが「逃げたか」と声を荒げている。

 ゴーレムの首が動く。それはすぐ隣にいる俺に向けられる。あたかも自分を攻撃するような素振りを見せた遺産に、ハスタニルは一瞬理解が追いつかなかったようだが、状況をすぐに理解したらしく振り返ったところ俺と目が合う。

 俺の意図をどう捉えたのか奴が叫ぶ。ブレスの準備が整ったドラゴンのゴーレムが大きく息を吸うように体を逸らす。同時に俺の手がゴーレムに触れた。


 ドラゴンっぽいけども実はドレイクを元にしているゴーレムらしからぬアダマンタイトな感じの強度を誇っちゃうギミック満載の天才である俺のファンタスティックな自信作参号Ver1.01を1,200,000,000Pに変換しました。


 思わず「長いわ!」とツッコミを入れそうになるのをこらえつつ「さり気ないアップデートしてんじゃねぇ」と呟く。だが12億Pがあと二つという情報もあった。これは朗報である。

 ブレスが来ないことをどう捉えたか?

 ハスタニルの顔はゆっくりと切り札であった遺産へと向く。そしてそこに何もないことを確認するとしばし呆然としていた。

 生き残れたことへの安堵か?

 それとも敵を倒す機会を失ったことへの後悔か?

「あの時、こうするべきだった」というのは誰しもよくある話である。もしも私情など挟まず問答無用で攻撃していれば結果は違っていたかもしれない。彼が何を考え、どう思っていたかは考慮する意味などない。だから、はっきりと言ってやる。

「道を塞ぐ石は蹴り飛ばす。お前じゃ俺を止められない」

 そう言って膝から崩れ落ちたハスタニルに悠々と背を向け立ち去る。街の中に入っても良かったのだが、これだけ騒ぎを起こした後だと買い物もやりにくい。当初の予定とは違うが、ここから魔族領土との最前線の街へと向かう。

 水や食料はガチャを頼ればどうとでもなるので、初めから寄り道を予定せずに行けば良かったかもしれない。意外とこの国には十分食べられるレベルの物が多く、美味い保存食がないか探していたりする。少し残念ではあるが、まだ立ち寄る街はあるのでそちらに期待しよう。

 本日二枚目の「転移」を使用し、この場から去ると周囲に誰もいないことを確認し減ったカードを「交換」で補充する。ちなみに「転移」の所持限界は5枚となっており、基本三枚を下回らないようにすることに決めた。

 今回のように相手次第では攻撃にも転用可能なので、常に限界まで持っているのも悪くない。所持限界以上のカードは出てこないが、緊急で何度も使用するケースを考えるとやはり持っておくべきかと本日の交換の使い道を決定する。

 転移で着地した場所からではまだ「影渡り」に適した地形は先にある。それまでは自転車で移動だ。今日も頑張ってペダルを漕ぐか、と気合を入れて魔法の鞄に手を突っ込む。

 自転車を漕ぎ、悪路とは言わないまでもそれなりに舗装された街道を行く。ただペダルを漕いでいると色々なことが頭に浮かぶ。特に二人目の厄災――ディバルとの話が頭から離れない。

 彼がこれまでやっていたことは言ってしまえば「この世界を歪なものとすること」である。

「完全な人間を創造する」

 その目的からは程遠い、人が望む秩序、倫理を破壊する。そこに意味はない。まさにただの八つ当たりである。この世界を歪め、崩壊させることを目的とするならばもっと単純な力でやれば良い。それが無意味だと知っているからこそ、こんな嫌がらせ程度にしかならないことしか出来ない。

 ならば俺が出来ることとは何か?

 俺には元凶である「世界」に干渉出来る何かがあるらしい。ならば「世界」の敵である厄災にとって俺は大きな意味を持つ。今後どう動くにしろ、戦って勝てる相手ではなさそうなので上手く協力者として立ち回ろう。

 そんな訳でお前に構っている暇はない。さっさと魔族領土にいるらしいもう一人の厄災の元へ向かおう。

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― 新着の感想 ―
睡眠は貴重だからって予知使える巫女には使わなかったのにただのおっさんに嫌がらせするために使ったり 余り気味のポーションを疲労回復するために使うことはしないって何したいんだこいつ
[一言] ライムは声出せないからやってても気づかないんじゃない?
[一言] 「遺産」のキーワードでお察しだったが、ハスタニルが可愛そうだよなぁ。 頑張ってるのに皇帝にはなれないし、私怨とはいえ純愛っぽかったし。(想いを寄せた相手が姉の手駒だったのが更に哀れ)
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