5-8:気がつけば無双ゲーム
ただいま。
決め台詞とピースサインを横向きにしてその隙間から目を覗かせるポージングが決まると俺は体の自由を取り戻す。正面の帝国軍は何が起こったのか理解出来ず、ただ呆然とこちらを見ている。
「ははっ…」
死んだ魚のような目で乾いた笑い声を上げる。ポーズ状態が解除された直後に膝を抱え蹲る。
死にたい。
周りの視線が痛くて死にたい。距離があれば見られたのは極僅かで済んだ。だがカードの節約も考えライムに頑張ってもらおうと接近したのが裏目に出た。ここに新たなる黒歴史が誕生した。
俺、幼女に変身して恥かしいポーズと決め台詞を吐く。
まさかこんな日が来るとは思わなかった。いっそ開き直るという手段もなくはないが、はっちゃけられるほど俺の精神は強くない。だが天は俺を見捨ててはいなかった。人生の汚点を作成してしまった俺に本日二度目の天啓が舞い降りる。
「そうだ。口封じをしよう」
幸いにしてスペックが俺の知る通りなら目の前の軍勢など問題にならない。堕天とやらも大規模術式(笑)となり何の効果も見受けられない。そこで慌ててライムは無事なのか、とリュックを探すも周囲には見当たらない。何処に行ったのかと思った直後、視界の端に「アイテム欄」という項目が突如出現。そこに注視すると俺が所持していた諸々のアイテムと「リュック(スライム)」という文字が見える。まさかのアイテム扱いである。
(まあ、これはこれで状況的には有難い、か?)
ともあれ、これで憂いはなくなった。早速一狩り…もとい、人狩り行こう。標的を定め、一歩前に踏み出す。するとまたしても突如視界の隅にレーダーが出現。真っ赤に染まっている為、どう見ても邪魔になっている。それと同時に別の場所に現れた数値が突如減り始める。
どんどんと減っていく数値は「298…297…」と一秒刻みに減っているように思える。これではまるでタイムリミットである。
(どう考えても時間制限付きじゃねぇか!)
俺は慌てて目標の殲滅を始めるべく全力で帝国軍に向かい走る。その瞬間――
「う、おっ…!」
あまりの速度に反応が出来ず、気付いた時には最前列の盾持ちの重装歩兵がもう目の前である。どうやら魔法でなければ結界は素通りのようだ。ブレーキが遅すぎると判断した俺は歩兵部隊を飛び越え、後衛を狙うべくこの勢いを活かし跳躍。すると接近しすぎていた所為で盾に向かって飛び膝蹴りを放つことになる。
結果、盾が吹っ飛んだ。いや、腕ごと盾が後方に吹っ飛び、それが命中にした歩兵が更に後ろの兵を巻き込んでいく。そして出来上がったのは幾つかの人の形をしていたオブジェクト。視界上部にデカデカと「4HIT!」という表示が現れる。
勢いが削がれ後衛ラインに届かないどころか、ものの見事に歩兵部隊のど真ん中に着地する。まさか開幕早々に囲まれる状況に陥るとは思わず、俺は軽くパニックに陥る。なお、帝国軍もよもや正面突破で前衛をぶち破って来るとは思わず混乱している。
「お、恐れるな! 我々が包囲しているのだ!」
この機会を見逃すな、とこの歩兵を指揮しているであろう隊長格が鼓舞する。この状況で部隊の動揺を抑え、やるべきことを明確に出来るとは中々優秀である。問題があるとすれば指示を出したことで自らが指揮官であると白状したに等しく、その台詞が最後となったことだ。
「戦場を単騎で無双をするにはまず命令系統を破壊する」
これは漫画やゲームでよくある手法である。それを実践したまでなのだが、初期装備のバールのようなものの一撃で真っ二つに分かれてしまった。鈍器らしくない武器である。一瞬で距離を詰め一撃で命を奪う悪夢のような性能だからこそ出来る芸当である。しかも全力で動けば制御不能となる為、手加減してもこれである。適当に動き、適当に得物を振り回すだけで血飛沫が上がり、無人の野を行くが如しである。そもそも誰もその動きを追うことが出来ていないので対処も糞もない。
まさに「肉体の性能差が戦力の決定的な差だと教えてやる」という状態である。だがすぐに問題が発覚する。残り時間が220秒を切った辺りで、このままでは時間が足りないことに気が付く。それもそのはず、一秒に付き一人か二人では千人はいるであろう帝国軍を殲滅など不可能である。
ならばと使用するのは当然の如く魔法のカード。相手の張った結界の中に入っているので最早阻むものはない。だが幾ら念じようとカードの効果が現れない。ライムが持ち物として何処かに収納されていると同様に、所持品も全て謎の仕様で手元にはない。恐らくは取り出せば使用可能となると思われるが、それでは所持品の中にその効果を齎したマジックアイテムがあるとばらすに等しい。
(つまり変身する時は事前に所持品を退避させておく必要があるということか)
だったらやるべきことはただ一つ。転移妨害装置の破壊。もしくは魔法障壁を展開する忌々しい連中の排除である。そう目標を定めた直後―
転移妨害装置を破壊せよ! (0/2)
敵魔術師部隊を排除せよ! (0/80)
唐突に始まったミッションに噴き出しそうになる。しかもご丁寧にマーカーが視界の中に現れ、何処に装置があるのか教えてくれている。どんなイージーモードだ。レーダーの範囲外にも黄色の三角が表示され、そちらでも方角と位置がわかる安心仕様である。
色々と考えさせられることはあるが、今は変身の時間が切れた後の為に転移妨害装置の破壊を再優先に行う。制御が出来るように加減をしながら急ぎつつ、マーカーの位置を確認し蛇行運転で目的場所に向かう。当然の如く接触、近接した帝国軍は吹っ飛ぶなり千切れるなりして宙を舞う。
そうやってマーカーがある地点へと近づくと、装置を守っていると思われる部隊が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。いきなりの戦意喪失だが、それも仕方が無い。俺でもそうなる自信はある。そうして人がいなくなると見えてくる物がある。
見た目台車に乗せた扇風機の羽をコイル状にした何かがオンオンと音を立てて鎮座している。マーカーがばっちりこれを指し示しており、転移妨害装置とのご対面となる。
「粉・砕!」
特に何の感動もなく、そう言うやいなや近づいてバールのようなものをフルスイング。直後、凄まじい爆発が起こる。まさに直撃である。三メートル程のクレーターが出来上がり、その中心に俺は佇んでいた。爆発のショックで少し放心していたようだ。
(碌に装置の防衛もせずに逃げ出したのはこういうことか)
つくづく小細工を弄してくれる、と呆れてものも言えない。こんなものが通用すると本気で思っていたのだろうか?
俺は思ってた。爆発した瞬間「あ、やべぇ」と一瞬ひやひやした。なお当然のようにノーダメージである。HPの表記が100%から微動だにしていない。本当にこいつのスペックは一体どうなっているのか?
ダメージはなかったとは言え、完全に無事であったとは言い難い。服が焦げ、スカートがボロボロになってしまったのだ。服についた埃を払うとスカートの大部分が崩れ落ちてしまった。
中身おっさんのパンモロである。
残り160秒をこの姿でいろ、とは何たる羞恥攻め。まさか帝国は初めからこれが狙いだったのか、と見た目幼女のパンツを晒す為に魔法装置を派手に爆発させた変態的戦術に戦慄する。当然ながらそのようなことはなく、恐らくは俺が何らかの手段で装置を破壊した際に巻き込もうと考えたか、初めから壊すと爆発するかのどちらかだろう。ちなみに下着は白だった。
ともあれ、この羞恥は中々効いた。精神的継続ダメージも無視出来ない。パンツが普通でよかったと心から安堵する。
「今のは痛かった」
周囲に聞こえていたかは不明だが、小さく呟き軽い跳躍でクレーターの外に出る。少しずつだがこの性能にも慣れてきた。ならば次は制御可能な限界を図るべく、少しずつ加減を減らしていく。「痛かったぞー!」と叫ぶと次の装置へと真っ直ぐ向かう。今度は兵を避けるのではなく吹き飛ばして行く。コンボ表示が地味にウザい。
またしても重装歩兵が盾を構えて進路を塞ぐも、勢いをつけたヤクザキックを見舞うと色々と分解させながら後方にいる兵を巻き込み転がってくれた。こうしてあっさりと道を切り開き、またしても装置の周囲にいた兵が逃げ出す。当然逃しはしない。何せ丁度良い爆発するオブジェクトがあるのである。これを利用しない手はない。
今度は爆発に巻き込まれないようにと、手にしたバールのようなものを投げ遠距離からの破壊を試みる。すると視界の端から赤いロックオンマーカーが出現。それが狭まると転移装置の周囲を囲み、赤から緑に変化。ロック完了と解釈し、思い切り手にした鈍器をぶん投げる。
凄まじい速度で放たれたバールのようなものが転移妨害装置を破壊。その爆発で退避が遅れた何人かが巻き込まれ、HIT数となってこの世を去った。ところがバールのようなものはそのまま勢いが削がれることなく真っ直ぐ何処かに飛んで行ってしまった。角度を考えて投げるべきだったと爆発の惨状を見ながら後悔する。
「見ろ! 武器がないぞ! 今が好機だ!」
誰かが錯乱しているのかそんな声が聞こえてくる。
(どう考えても武器の問題じゃないだろうに)
それでもこちらを包囲しようと動く兵達を見て呆れていると、点滅するアイコンが目の前に現れた。正方形の中に「ヘ」と書かれた一辺が五センチメートル程のものだ。それを無警戒にポチっと押す。直後、アイコンを押した右手が勝手に動き何もない空間なぎ払う。その手にあるのはバールのようなもの。どうやら「ヘ」はこれを指していたようだ。
確かに似ていると頷いていると、突如として現れた武器に周囲が動揺しているのがわかる。こいつらの相手をしても良いのだが、もうじき残り100秒である。どんな手札を残しているかわからないので、ここは手堅く魔術師を狙いに行く。幸いマーカーのお陰で場所はすぐに特定出来た。
前衛のいない後衛などあっさりと蹂躙して終わりだろうと思っていたところで、レーダーに映る魔術師部隊の手前に赤い点が集まり始める。またしても前衛の密集で食い止めようとしているようだ。学習しない連中だな、と上がり気味だった帝国兵の評価が一段下がる。
当然そこに突っ込めば赤い血飛沫を上げながら色々なものが宙を舞う。そして、ついに前線が崩壊した。つまり潰走である。魔術師部隊を守ろうと集まった歩兵部隊が指揮を無視して逃げ始めた。良く持った方だろうと、感心していると目標までの道が綺麗に開けた。モーセの気分である。
ところがその直後、目標の部隊がいる位置から光が立ち昇っていく。そしてそれは次第に形を形成し、まるで光の拳となって戦場を睥睨する。現れた逆転の一手に周囲の兵が歓声を上げ士気が高まる。だが、聳え立つ光の拳は輪郭がぼやけているせいでどう見ても巨大なアレである。
「あんなものを浮かべて喜ぶか、変態どもが」
そう吐き捨てると同時に、この綺麗に歩兵が別れた出来た道はこの一撃の為のものだと理解する。本当に小細工が好きな連中である。形状から察するにその馬鹿でかい光の拳を叩きつけようと言うのだろう。どう考えても振り下ろされるより早く魔術師部隊に到達する。俺がそう鼻で笑っていると予想通りの一撃が迫ってくる。
転移妨害装置を破壊せよ! (2/2)
敵魔術師部隊を排除せよ! (80/80)
よってこの結果は当然であると言える。途中拾った武器も使い二刀流になったりもしたが、肉体の能力についていけず一振りか二振りで敢え無く壊れた。強すぎるというのも考えものである。それはともかく、ミッションをクリアしたことでファンファーレが頭の中で鳴り響き、ミッションクリアを祝ってくれる。だが、それ以上は何も起こらない。
(煩いだけかよ!)
てっきり変身時間が延長されるとか何かしらの報酬があると思いきや何もない。見事な肩透かしである。目的を達成したところで残り40秒とまだ余裕がある。変身解除後に使用するカードの節約を考え、出来るだけ多く片付けておこうとバールのようなものを握り直す。そこに高速で飛来する物体を確認する。
「ふっ!」
放たれた物が槍であると確認するとあっさりとバールのようなもので弾き返す。槍が飛んできた方向を見ると一人の逆立った赤い髪の男が悠々と歩いてくる。その手には先程弾き飛ばしたはずの槍が収まっており、血のように赤い槍が異様な雰囲気を醸し出している。
「おいおい、聞いてた姿と全然違うじゃねぇか! もしかしてそっちが本当の姿ってやつか?」
何てことを言うんだ、と叫びかかったが、聞き覚えのある声に一瞬だけ思案する。
(そうだ。この声は確かロイヤルガードとか言う奴だ)
恐らくはこいつが大将だろう。そう思った時にはこれを文字通り秒殺…したと思ったら生きていた。
「ははっ、すげぇ! 俺を吹き飛ばせる女がいるとは思ってなかったぜ!」
どうやら加減しているとは言え、この肉体の速度についていけている様子である。通り抜け様に弾き飛ばして終わりかと思いきや、大層な役職だけあってそれなりの強者のようだ。
「気に入ったぜ! 俺の名は…ぶぇへぇっ!」
台詞を喋り終えるより速く、今度は全力の一撃を見舞う。当然と言うべきかこれには反応出来ず、名乗ることすら出来ないまま赤い髪の男は地面を回転しながら跳ねる。体が真っ二つになっていないことから、防御が間に合っていたことがわかる。まともにやれば相当強敵だったに違いない。ロイヤルガードが油断の出来る相手ではないと判断し、標的をそちらへと切り替える。
女騎士を陵辱せよ! (0/1)
女騎士に死を嘆願させろ! (0/1)
するとここでまさかの「くっ…殺せ!」を要求である。残り20秒もないのにどうやれというのか。しかしここでマーカーが出てくれたのは有難い。女の方は既に撤退中らしく猛スピードで遠ざかっている。これを追撃。五秒で追い越す。残されたロイヤルガードの女性はそれに気付くと馬を止める。急ブレーキをかけたことで馬の上体が持ち上がり、足をばたつかせる。馬が前足を地面につけるとロイヤルガードはすぐに下馬し、兜を脱ぐと両手と両膝を地につける。
「降伏する」
予想外の白旗である。折角なので馬の練習をしようと足の確保も兼ねて捕獲しようとしたら、上に乗っているのも付いて来た。兜を脱いだ時に見事なウェーブのかかった金髪に少し見とれた一瞬で降伏されてしまった。結構な美人ではあるが、こいつもロイヤルガードである。なので油断は出来ない為、直ちに処理すべきである。
「私はどうなっても構わない。だが部下の命だけは助けてくれ」
こちらの思惑を無視して嘆願する美女。悪くないシチュエーションだが、今はそういったことをしている場合ではない。僅かながらの逡巡があったところで「変・身」の時間が切れる。ボフンという音とともに煙が現れ、元の姿に戻った俺が残されたロイヤルガードの前に立っている。変身による肉体の不備はない。それを確かめるように両手に目をやり、手を軽く動かし確かめる。
その最中に気がついた。服が焼け焦げたり一部がなくなっている。その破損と箇所から察するにどうやら変身中のダメージは対応しているらしく、衣服…主にズボンのダメージが深刻だった。膝から下が僅かに残っているだけで、下半身はほぼパンツ一丁の状態になっていた。その姿を確認し、しばし俺は固まる。
「…わかった。好きにするが良い」
その状態をどう解釈したのか、そう言って自らの鎧に手をかけ脱ぎ始めるロイヤルガード。
「おう、盛大に勘違いすんのやめろや」
周りの非難めいた視線痛さに思わず彼女の行為を否定してしまう。こっちはまだ何も要求していない。それともそういう願望があるのだろうか?
こうして帝国軍との一戦は指揮官の戦闘不能と降伏で俺の勝利となった。
パンチラではなくパンモロになった。




