1-6:王都脱出
メンテ12時と思ったら4時に終わってた
新発見、聖剣は45億ポイントの価値がある。
いや、そうじゃない。
まだ慌てるような時間じゃない。ゆっくり、落ち着いて、深呼吸だ。
深く息を吸って、吐く。
落ち着いたところで確認だ。俺は何をした?
聖剣をポイントに変換した。では、聖剣とは何か?
RPGなら勇者の武器で魔王を倒すために必要不可欠なものといったところか。
不本意ながら俺は勇者として召喚されている。つまりこれは俺のものになる予定だった。なんか問題ない気がしてきたぞ?
魔王を倒さなければならないというのは面倒だが、豚王が言うには魔王は秘宝とやらを所持しているらしい。それが元の世界に帰る手がかりになるそうだが、信用は出来ない。
まあ、気付かれずに侵入出来るから欲しくなったら取りに行って、そのついでに退治出来そうなら魔王退治すればいいか。それに勇者は他にもいるみたいだし、聖剣がアレ一本だけとも限らない。
なんだ、何も問題ないな。では、この件はこれにて終了だ。
最終的に魔王を倒すどうかはわからないが、旅立ちには路銀が必要です。なので金貨を鞄に放り込みましょうねー。
魔王を倒すために勇者に50ゴールド渡して放逐するような王などいるわけがない。本来なら全面的な支援が欲しいが、ゾロゾロと人が付いてくるのも鬱陶しいし、権力者に近いと色々と面倒くさそうだ。よって、全て金銭による支援で行って頂くことにする。さあ、楽しい金勘定の時間だ。
「まあ、こんなもんかー」
俺は目の前に集められた金貨を見ながら呟く。その数おおよそ2千枚。
日本は人件費が高いからね、仕方ない。ここは異世界で異国だが、来たくて来たわけではないので遠慮はしない。と言う訳で金貨を鞄の中に入れる。
ここで鞄に違和感を覚える。
今までなら鞄はそれの重量しか感じさせなかったが、少し重くなったような気がするのだ。これはもしかしたら容量がそろそろ限界なのだろうか?
一応鞄は二つあるので心配はいらないが、容量も無限でないことは心に留めておくべきか。
さて、取るものも取ったので脱出と行こう。怪盗のごとく、誰にも気付かれずにいとも容易く行われるえげつない盗み…もとい慰謝料の徴収。この道で世界の富を集めるとかもいいかもしれない。
俺自身の特性と相まって、誰にも気付かれないスキルと化した「影渡り」があれば、どんな場所にでも潜入可能。そして魔法カードの「遠見」、「検索」に「開錠」があれば大抵のお宝は奪取可能だろう。
無双が出来るようなチートもよかったが、これだって使い方次第では出来るし、何より隠密行動に非常に便利だ。スキルがいくら強力でも、俺本体は一般人なのだ。優れた隠密性のこのスキルは、現状では最良と言っていいだろう。
帰り道も何の問題もなく城壁の外へ出られた。国家の最高警備レベルの宝物庫が出入り自由か…これネットゲームなら絶対修正されてるな。
一風変わったスキルだけが取り柄の異世界スタートかと思ったら、いつの間にか最高性能の隠密能力を持った強キャラになっているとか、人生何が起こるかわからないものだ。
感傷に浸ってないで次の行動に移そう。夜が明けるにはまだ少し時間はあるが、聖剣がなくなったことがバレれば流石に国も動くだろう。そうなると転移能力があると思われている俺が疑われるのは必定。さっさとこの国からオサラバしよう。
さあ、新たな世界が俺を待っている。俺の冒険は、まだ始まったばかりだ!
あ、ちなみに俺を騙したか売ったかわからない商人ですが、家にお邪魔してきちんと慰謝料を頂きました。これに懲りたらまっとうに商売をして欲しい。商売が続けられるかどうかは知らんがな。
それで「いざ、冒険」と張り切ったはいいが、いきなり問題発生である。よく考えればここは日本ではない。街の外に出る門が王城の門と違って24時間体制ではないのだ。門は固く閉ざされ、篝火のおかげで外に出るための隙間もない。
となると、城壁に登ってそこから降りられる場所を探す必要がある。そして城壁にも当然篝火はいくつかある。まったく、篝火なんぞたきおって、これでは影の中に入って外に出ることも出来ないだろうが。
でも城壁ってこんな明るかったか、と疑問に思う。俺の記憶が確かなら夜は真っ暗だったと思うのだが…これ、俺を探してるとかないだろうな?
王都を囲む城壁は流石に大きい。いくら時間があっても足りないくらいだ。こんなことなら寄り道などせず真っ直ぐこちらに来るべきだった。
くそ、忌々しい悪徳商人め、どこまでも俺の足を引っ張りおって!
などと悪態をついたところで事態は変わらない。時間はかかるが、順番に行けるところを探していくしかない。一瞬だけ影の中から出て、他の影に移動することも考えたが…誰かに見られた場合、最悪俺のスキルが判明してしまう。どう考えてもリスクが大きすぎる。
結局、俺は外に出られる場所を見つけることができず、すごすごと宿に戻ることとなった。時刻はすでに夜明け前。俺は昼間の人の出入りに便乗することにして、大きな欠伸をすると硬いベッドの上に倒れ込んだ。
今日は反省点が多い。買い物をする時だって、フードを被るなりして顔を隠すべきだった。聖剣をポイントに変換した時も、テンションが上がりすぎて適当にやった結果だ。後悔はしてないが、確実に面倒事が増えるだろう。そして脱出の下見もしていなかったことで見事な無駄足を踏んだ。
行き当たりばったりなのは今に始まったことではないが、このままではそのうち大きなミスをやらかすだろう。今後についてじっくり考える必要がありそうだ。
でも今は眠い。どうせ王都を出るにしても人通りが激しくなる昼過ぎになる。ならば今は体を休めることが重要だ。そう結論が出たところで、俺はあっさりと眠りに落ちた。
激しく扉を叩く音が聞こえる。
その音で目を覚ました俺は不機嫌そうにベッドが起き上がると、適当な返事をして小さな置き時計(ガチャ産)を見る。時刻は9時45分…どうやら5時間は眠れたようだ。
二日目にこの時計が手に入ってから、こちらの世界でも1日24時間なのかと思っていたのだが、携帯で見る時刻とどんどんズレていく。調べたところ、どうもこの時計は1日24時間になるように調整されているようだ。地味な効果だがとても有難い。
しかし朝っぱらから大きな音を立てるとか迷惑な奴である。ここは一発ガツンと言ってやる必要があるな。そう思って不機嫌を隠すことなく鍵を開けて乱暴に扉を開ける。
「シライ・シリョーだな、貴様を連行する」
「人違いです」
人違いであると告げると開けたドアを閉める。待っていたのは昨日見た兵隊長さんで、俺を捕まえにやってきたようだ。誰だよ「シライ・シリョー」って。俺はそんな名前ではない。まだ眠いんだ。寝かせろよ。
違う。そうじゃない。
俺は反射的に魔法の鞄に手を伸ばし、それを掴むとすぐさま影の中に隠れる。ほぼ同時に部屋に兵隊長とその部下が部屋の中になだれ込む。危機一髪である。
「転移を確認した。合図を出して直ぐに魔術師どもに探査を使わせろ」
隊長の台詞から内容から察するに、俺をここで転移させて予め配置させておいた魔法使いに探査魔法を使わせ位置を把握する。と言ったところだろうか。広範囲に個人を特定出来る魔法とか便利だな。捜査が捗りそうだ。まあ、俺には何の意味もありませんがね。
取られて困るものは特に置いてないからいいが、さっさと部屋から出て行って欲しい。こいつらがいると宿から出ることが出来ない。この時間帯は廊下に日が差しているので影が続いていないのだ。
現状待機しか出来ず、ガチャで出たパジャマから街で買った見た目商人っぽくなる古着を着る。インナーがガチャから出てなかったら絶対着れない着心地の悪さだ。
バタバタと兵士達が走り回る音が廊下から聞こえてくる。
床抜けるぞ。この宿外見よりも中ボロいんだから。
やって来た兵士が隊長に何か報告しているが小声で話しているので聞こえない。報告は大きな声ではっきり喋れ。
そう言えば朝食とってない。まあ、こっちの飯は不味いから惜しくはないが…落ち着いたら回し忘れているガチャを回して、食べ物が出ることを祈るとしよう。悠長に食べ物のことを考えていると、兵士達の様子がおかしいことに気付く。焦りの色が伺えるのだ。
隊長が「どういうことだ!」と大きな声を上げているのを見ると、俺が見つからないことに苛立っているのだろう。
世の中上手くいかないことだらけなんだから、そう焦るなよ。まあ、あの豚王どもの部下だろうから、一回でも上手くいかないとやばいだろうがな。そう考えれば彼らが焦るのも頷ける。
絶対見つからない場所から応援してる。頑張れよ。
「くそ!だから人員をケチるなとあれほど言ったのだ!」
どうやら隊長さんの思い通りには人数を調達出来なかったみたいだ。増やしたところで一緒だが、どうやら人員不足で予定していた範囲を探査出来ず、見つからなかったと判断しているようだ。
不機嫌そうに怒鳴り気味に指示を飛ばし、兵士一人と一緒に部屋の捜索を荒々しく開始する。怒気をはらんだ指示にお供の兵士も戦々恐々である。
隊長さん、おこなの?
まあ、リーチかけたと思ったら、忠告無視されたおかげで「残念、ふりだしに戻る」だからな。ヤバイな、ちょっとからかいたくなってきた。
と言う訳でルービックキューブ二号、君の出番だ。今回は色が揃った状態のままで出陣だ。まだ探していないベッドの下で、手首まで影から出して適当に転がす。さて、いつ気付くかな?
「隊長!こんなものが!」
早速見つかったか…ってそれ置き時計だよ。そっちじゃないよ!
そう言えば鞄掴んですぐ影の中に隠れたからベッドの傍に置いたままだった。どうしよう、あれ一つしかないのに…
「これは…何だ?」
どうやらこの世界には時計がないようだ。今まで一度も見かけなかったし、情報収集の時も店を開け閉めが「日が昇ってから」とか「日が落ちるまで」みたいにはっきりしてなかった。「時間がわかる遺産です」とか言ったら高値で売れるかもしれない。後でメモをとっておこう。
成り行きを見守っていると別の兵士が部屋に入ってくる。小声で話していたのでよく聞こえなかったが、隊長の反応でわかる。呼び出しをくらっているのだ。
忌々しそうに舌打ちをして撤収を呼びかけ、兵士達は部屋から立ち去った。
時計返して。
ばっちり持って行かれた。持って行くならルービックキューブにしろよ。折角用意したのに無視とか酷いだろ。
「これは!? ここにもあるとはどういうことだ?」的な展開と驚きを見て、笑いたかったのに…俺の期待を返せ。時計ともども返しやがれ。
持って行かれたものは仕方ない。また出てきてくれるだろうし、必要経費と割り切って宿を出よう。正確な時間のわからない生活とか、日本人に耐えられるのだろうか? それだけが心配だ。
さて、何の問題もなく城門に到着。誰にも見つからないように影の中だけ移動してきたからね。問題なんて起こるわけがない。何たるヌルゲー。まあ、ハプニングなんて望んでいないからいいけどね。
早速街に出る手続きをしている荷馬車の影に入り込む。日はまだ昇りきっていないので、建物の影から簡単に移動できる。
ちなみに人ごみの影に入ると影同士が重なって、影の中が大きくなったり小さくなったりする。そして影から影へ移動する接続面が途切れたりするので、一種のアクションゲームみたいになる。移動に失敗しても押し戻されるだけなので危険はない。失敗した時は生きた心地がしなかったがね。
それにしても街に出る手続きって結構時間がかかるようだ。さっきから行列の動きがすごく鈍い。視界が悪くてよく見えないが、前方で何やらトラブルが発生しているみたいだ。影の中は壁越しみたいに音がちょっと聞こえにくいから、近づかないと何もわからない。
まあ、興味がないのでガチャでも回してゆっくり待とう。
本日の主だった成果。
金:カード×3
銀も金も全て既存のものしか出なかった。銅に至ってはお察しください。しかも金が三つだけとは運が悪い。ガチャは大体銅60%に銀35%、金5%で白金と黒が1%未満くらいだろうと見ている。金は大体三つから七つくらい出るので、今日は運が悪かった。まあ、鑑定が四枚出たのは幸いか。まだまだ鑑定したいものは多いので、今日は鑑定回だったということにしよう。
では早速鑑定タイム…と行きたいが、俺が入ってる荷馬車の番が来たようだ。何かあっても困るのでそちらに集中しよう。
「いくらなんでも高すぎる!」
意識をそちらに向けるや否や、村人と思しき人物の悲痛な叫びが聞こえてくる。関税がえらく高くて揉めてるのかね?
「どうした? 払えないのであれば通すわけにはいかない」
「前に来たときはこんな…これじゃ…」
悲壮感を漂わすのは結構だが、後が支えているので早くしてくれ。主に俺のために。
だが俺の想い虚しく、村人は兵士に向かって意味のない話を続ける。あいつらだって仕事なんだから「はい、わかりました」とは言えないだろう。
しかし何でここは北と南にしか門がないんだろう? 影がないと満足に移動出来ないというのは不便なものだな。茶番に付き合わされる身にもなって欲しい。
案の定、村人は諦めたのか税を払ってトボトボと歩き出す。単なる村人が権力に逆らえる訳がない。こうなることは彼も解っていただろう。
後方でも同じようなことが起こっているらしく、後続がさっぱりこない。こんなことが続けば、いずれ暴動とかが起きるだろう。これは別の意味でもこの国に長居したくないな。
この国の国政は搾取が主である。人口も減少傾向にあるようで、村が少しずつなくなっているという話も聞いた。これ反乱とか起きてもおかしくないな。
この村人を気の毒に想う気持ちはあるが、所詮この世は弱肉強食。強いものが生き、弱いものが死ぬわけだ。それをひっくり返すために立ち上がらなければ、死ぬまでそのままだろう。
自分で助かろうともしない者を助けるような真似はしない。そんなことをすれば「自分も自分も」と群がられるだけだ。だから俺は何もしない。
それに俺には力があれば金もある。彼とその周囲との接点なんてないだろう。現にすぐそこの林に近づけば、俺はこの影から出て向こうに行く。彼とはここでお別れだ。もう会うこともないだろう。
去り際に銀貨を二十枚ほど荷馬車に置いてやったけど、これは鞄の容量を少しでも減らすためなんだからね。
まあ、現在の資産は金貨約二千枚に残り48億1195万ポイントである。銀貨二十枚減ったところで痛くも痒くもない。
ちなみにガチャをする前は48億1200万ポイントだった。端数を頑張って商人の家で揃えたのだ。その結果、金目の物が商人宅からゴッソリと減ってしまったが、中々数字が揃わなかったのだから仕方がない。銅貨や銀貨を使えば直ぐに揃っただろうというツッコミは受け付けない。
これだけあれば、当分は金策の必要もないだろう。この国をオサラバすれば、追われる身ではなくなるので、この金で色んなことをしよう。奴隷がいることも確認しているので、ハーレムにも期待できる。
テンプレートな異世界チーレムへようこそ。男の夢とロマンを求めて俺の冒険はまだまだ続く。