1-4:王都にて
あれから二週間が経過した。劇的な変化は言うに及ばず、些細な事件すらなかった。この二週間ほとんど宿に引き篭っていたのだから当然と言えば当然である。今も真昼間から宿に引きこもり荷造りの真っ最中である。と言っても魔法の鞄に入れるだけだが。
城の兵士がこちらを探している可能性があったため、日中は迂闊に外を出歩くことを避けたのだ。そして夜になると「影渡り」を用いて街に繰り出し情報を集めた。スニーキングミッションのようで少し興奮した。
安全を確保するために速やかに情報を集めるのは必須であり、安全に情報を集めるためにも慎重にことを運ぶ必要がある。怪しまれぬように同じ相手からは必要以上の会話をせず、ときに影の中から聞き耳を立てた。
一週間もすれば慣れたもので、口の軽そうな奴に酒を奢り世間話を交えて情報を得た。
しかし慣れとは怖いもので、徐々に手口が大胆になっていく。三日前、ある程度の情報収集を経て、最低限必要なことを知り得た俺は、金で情報を手に入れようとした。城内部の情報だ。
影渡りで何度か出入りしているが、聞き耳を立てることくらいしかできず、核心に至る情報を得られずにいた。その焦りがこの暴挙に繋がってしまったのだろう。だが交渉に応じた商人は予想外にぺらぺらと喋る。
金で簡単に口を割る御用商人とは一体何なんだろうか?
そしてこれまでの俺の苦労も一体何だったんだろうか?
最後に商人はこうも言った。
「所詮この世は力なんです。力のある者はどんな不条理も許される。だから我々は『金』という力を持ちたがるのですよ。生きるためにね」
ちなみに俺が欲しかった情報は俺の情報である。何を言っているのかわからないと思うが、要するに「俺が消えたことで連中がどう動いているか? また、俺に追っ手がかかっているか否か」を知りたかったのだ。結果は否。連中は俺が消えたことをあまり問題にしていないようだ。
もしかしたら残してきたルービックキューブがいい仕事をしたのかもしれない。パンツを出すだけが取り柄の変態如きいなくなっても問題ない、と思われているだけの可能性の方が高いことは考えないようにする。生贄に使うにも、所持してるギフトで結果が変わったりする場合はその可能性がさらに高くなりそうだ。
これまでの情報収集でなんとなくわかっていたが、この世界は正しく弱肉強食。某世紀末漫画のような部分があるようだ。ならばそこら中にいる賊の中にはきっとモヒカンもいるはずだ。いずれモヒカン狩りで富と名声を得るのも悪くない。いつか「力こそが正義。良い時代になったものだ」と言える立場になりたいものだ。
では今の俺の力はというと…「ガチャ」である。そう、この二週間のガチャの成果だ。こちらは大きな進展があった。
まず一つ目。銀のカード「鑑定」である。これによりさっぱりわからなかったアイテムの名称がわかった。ポーションと石は予想通り、下級から上級のものとマナポーション、各種属性の魔石で短剣は「祝福されたミスリルダガー」だった。残念ながら名前しかわからなかった。「祝福」にどんな効果があるのか、一体何に祝福されてるかはわからない。中途半端な鑑定だが、名前がわかっただけでも良しとする。
次に二つ目は武器である。これはいくつかあるが、その中でも使えそうなものとなるとこの二つだ。クロスボウと剣である。名前はそれぞれ「カース」と「氷の魔剣」である。念願のアイスソードが手に入ったはいいが、これはレア級だったりする。
しかし、この「カース」という名前のクロスボウはスーパーレア級…つまり白金から出たものだ。これはもしかして固有の名前が付いた武器なのではないかと見ている。詳しく鑑定できた時が楽しみだ。
ちなみに指輪などのアクセサリーもあるが、こちらは鑑定カードが足りなかったので今回は説明なしである。出てくる傍から使ったので白金のアクセサリーが未鑑定になっているのは失態である。
そして三つ目。見るがいい、この現代アイテムの数々を。食べ物だけでもカップラーメンが三種に焼きそば、ポテチ(のり塩)とおにぎり(完食済み)に加えハンバーガー(完食済み)まで出た。
清涼飲料水や炭酸飲料も出ており、ミネラルウォーターやお茶はばっちり保存済みだ。ちなみに唯一出た炭酸飲料がライフガードだった。コーラだろ、そこは。
流石に毎食分は手に入らないが、保存可能であるためかなり心強い。調味料も塩、砂糖に醤油と手に入った。何故かかつお醤油だったが、他にも色んな醤油が出ると見て良さそうだ。
残念なことに炒飯の素は米が単品で出てきていないのでしばらくは御蔵入りである。おにぎりをバラしてでも使う気にはなれない。具材も揃ってないしね。しかしなんで出てくるものに何も書かれていないたろう? これでは中身がなんなのかわからない。辛うじてカップ麺は色の違いで認識出来るが、他は一度口に入れないとわからないのはどうにかして欲しい。
食品以外でも、医薬品少々、日用品に衣類まで手に入っている。これ本当にガチャさえあれば生活出来そうだ。他にも色々とあるのだが、目ぼしいものはこんなものか。
それで四つ目なのだが…少々予想外のことが起こっている。カードである。
以前金でレアカードをゲットしたと思っていたが、それは勘違いだった。金でもカードは頻繁に出るのだ。さらに白金…つまりスーパーレア級のカードもあったのだ。暫定切り札のサンダーストームは残念なことに二枚目を手に入れている。今の切り札は白金カードのこれだ。
「消去」
どこから突っ込んでいいかわからない。そもそもこれは魔法なのだろうかとさえ思う。だが文字通りの消去ならば強力この上ない。どんな強敵であろうと一撃必殺になる。透明になるだけなら金のカード「透明化」があるので、その可能性は極めて低い。
当然これ以外にもレアカードが多数出ており、この二週間で戦闘力が一気に増大したはずだ。近いうちに試し撃ちをしたい。
最後に金と白金から出た果物のような物体だ。鑑定が足りなくて名前すらわからないが、レアものであることから特殊な回復アイテムとかバフアイテム的なものと予想している。ああ、もう…鑑定が全然足りないよ。こういう文句が出始めたらハマり出した証拠だな。
こんなところで今回の目ぼしいガチャをまとめておく。丁度メモ帳とボールペンも手に入ったことだ。有効利用しないとな。銀は結構出るので、何か特別なものが出るまでは整理するくらいでいいだろう。
白金:カード×4 装備品×2 果物らしきもの×2 魔法の鞄
金:カード×37 ポーション×6 装備品×7 果物らしきもの×11 魔石×7
白金のカードは先ほどの「消去」と「ハイヒール」に「アイスバースト」が二枚となっている。魔法の鞄といいよく被るな。
金のカードはストーム系に加え、ランス系とソード系が加わった。ストーム七枚にランス九枚、ソードが十一枚だ。そこに「ヒール」三枚と「透明化」に「開錠」が二枚、状態異常系と分類している「睡眠」と「麻痺」が一枚ずつ。「ボッシュート」が二枚。人形が穴の中に落ちる絵柄なので、あのボッシュートで間違いないだろう。
落とし穴がレアであることに他のカード効果が少し不安になるが、補助魔法としてみればいきなり穴が出せるなら使い道は豊富だろう。大きさにもよるだろうし、決して弱くはないカードのはずだ。
こうして並べてみると自分が強くなったような気がしてくる。だがこれは気のせいだ。ここは異世界、慎重に慎重を重ねる必要がある。自分の常識が通じない場所なのだ。慎重過ぎるくらいが丁度いい。と言いながらもガチャから出た不要なアイテムを売って金にしている。金が必要なんだから仕方ないね。
下級ポーションが意外にも高値で売れており、魔道具屋の親父からは「いつでも売りに来い」と言われている。気の良いおっさんもいるものだと、この世界の好感度が少し上がったが、後日売ったポーションが買取価格の十倍の値段で売られていた。
どうやら価値のわからないカモとして扱われていたようだ。畜生め。
武器や防具は見本があるので失敗はなかったと思うが、それでも買い叩かれた気がしてならない。そこら中に賊が蔓延っているのなら、装備品は需要あると思うのだが…供給過多なのだろうか?
ちなみにこの世界の通貨単位は「リグ」といい、銅貨一枚で1リグとなる。銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚に相当する。つまり、銅貨1リグ、銀貨100リグ、金貨10000リグ、である。大きさは金貨が五百円玉より少し大きく、銀貨は五百円玉と百円玉の中間。銅貨は一円玉くらいだ。
面白いことにこの貨幣、この大陸共通の通貨らしい。国がいくつもあるのに通貨共通ってどういうことなのかと思ったら、過去に大陸を統一した国家があるようで、その国家が大量に貨幣を作って貨幣を統一してしまったとのこと。それで今でもその時の貨幣を使い続けているんだそうだ。
しかもその貨幣を作る技術は失われてしまっているらしい。これ絶対いつか問題が起きるぞ。と言うより、よく今まで問題が起きなかったな。
ともあれ、今後の方針はこの国を脱出することだ。その為に必要な金や食料を得なくてはならない。勿論情報もだ。周辺国の情報も出来るなら欲しいが、そんな余裕があるかどうかは不明だ。
ロレンシアという国が勇者を召喚したと言っていたので、一先ずそこを目指す。勇者にも会ってみたい。日本人…いや、地球人なら色々と便宜を図ってもらえそうだからな。それで地図を買おうとしたのだが…どうやらこの世界では地図は軍事機密に該当するらしく、売買は疎か作成も禁止されているらしい。
まあ、大陸のどこにどんな国があるかくらいはすぐにわかったからいいが、作成禁止はやり過ぎではないかと思う。しかしそこはファンタジーだし、何か理由があるのだろうと納得しておく。まったく不便な世界だ。
ちなみにここ「ローレンタリア」は大陸中央に位置しており、これから向かう「ロレンシア」は大陸の北東にある。そこから南東にかけて存在する国が「シレンディ」という宗教国家だ。そこから大陸西側までの広大な土地を治めているのが「ディバリトエス」という帝国。最後に大陸西側から北東までが魔族の領土となっている。
大陸の形くらい分かればいいのだが、それすらもわからないとか、この世界の文明ちょっと遅れ過ぎやしませんかねぇ?
魔法の鞄に今ある荷物を詰め込み、あとは食料を買えば準備完了となった。ガチャのおかげで買うものがほとんどない。
話によればここから北に歩いて七日ほどの距離に街があり、そこから五日ほど北東に進むと砦、その先に国境がある。そこから北東に六日歩いてロレンシアの砦があって、東に十日ほど歩くと街があるそうだ。
随分時間がかかる。馬車を使えばマシになるようだが、多分影渡りの高速移動で行ったほうが早いだろう。単身、しかも徒歩で王都を旅立つと流石に怪しまれるが、これも影で移動するから問題ない。善は急げと言うし、早速食料を買いに行こう。
どうしてこうなった?
俺は追われ、商業地区を走りまわり、何とか人のいない袋小路にたどり着いて(追い詰められたとも言う)影の中に身を潜めていた。
初めは兵士達がこちらを指さし、何か言っていたのに気付いた。食料を買い漁る不審人物と思われたのかと思ったが、手にした紙のようなものに顔のようなものが書かれていたのに気付き、兵士から遠ざかる。すると兵士は俺を呼び止め真っ直ぐこちらに向かってくる。
俺は鞄の中に買い込んだ食料を入れると走り出した。結構な量の食料がさほど大きくない鞄の中にモリモリ入っていく様は、流石に目立つようで何人かはこちらを見て口をあんぐりと開けていた。
しかしいきなり手配書持って捜索されているとは予想外だ。情報によると気に留めていないはずだったんだが…まさか情報集めていたことで王都に潜伏していたのがバレたのか? と言う事は情報を買ったという情報を売られたのか?
ちょっと無用心だったかなと思ってはいたが、いきなりフラグ回収ときたか。
あのクソ親父、何が「そういった人物を探しているという話は聞きませんね」だ。お前のせいかどうかわからないが、思いっきり探してるだろうが。お前ら商売人だろ、信用を大事にしろよ。
ああ…「城内部の情報だから高くつくのは承知しているよ」とか格好つけて金貨五枚も渡すんじゃなかった。そしてあの時「情報は大事(キリッ)」とかドヤ顔してるんじゃなかった。
そんな風に後悔していると兵士達がやってくる。ここは行き止まりだ。他所に行きたまえ。
「ここに入ったと思ったのだが…」
隊長と思しき他と比べてやや立派な装備した兵士が、俺が逃げ込んだ袋小路で呟く。あとに続いていた兵士達がぞろぞろとやってきた。
これで全部で八人。袋小路で八人同時に相手とかどう考えても無理ですね。ま、見つかりませんけど。
そうタカをくくっていたら、さらに追加で一人のローブを着た男が息を切らしてやってきた。
「この辺りで見失った。一度探査魔法を用いて行方を追う」
ローブの男が息を整えるのを待って、隊長が指示を出す。
え? 今なんて言った? 探査魔法? それってやばくね?
影渡りのスキルを手に入れた時に、その知識も手に入った。そこには探知系の魔法に引っかかるとある。それで今から探査魔法とやらが使われるわけだ。袋小路で居場所がバレるのは流石にまずいと、他の影に移動しようとするが袋小路なので逃げ出せるような影は当然ない。
どうみても絶体絶命です。本当にありがとうございました。
あたふたとしてる俺を他所に、ローブの男の探査魔法が完成する。
「あ」
間の抜けた声が漏れると同時に波動のようなものが影の中にいる俺にまで届いた。
次回から主人公が壊れ始めます。
次は土曜日か日曜日になると思います。