1-3:見限った初日
「これでよし、っと」
ガチャからでたアイテムをまとめて魔法の鞄に放り込み、綺麗さっぱり片付けたところで両手を腰に整理整頓完了を告げる。
百回までしか回せないのなら仕方ないと割り切り、次へ進むことにして今あるもので検証を開始する。魔法カードはこんな狭い室内では実験できないので「影渡り」を行う。
知識があっても経験はない。実際に使ってみなくてはわからないことも多いだろう。早速影の中に入ってみる。影に体の一部が触れることが条件のようだが、服の上からでも靴を履いていても大丈夫なのは、体の一部として認識されているからだろうか?
融通の利くスキルのようで何よりだ。
影の中は一言で言えば「天井がガラス張りの真っ黒な部屋」である。影の形に沿った部屋だ。影の大きさに応じて部屋の広さが変わり、自分の影とあまり小さな影の中には入れない。
影と影が繋がっているならそちらにも行き来できるからか、入口が小さくても他の影と繋がっているなら大丈夫。さらに影の中でなら「行きたい」と念じた場所に即座に移動も可能である。
但し、肉体に負担がかかるのか、非常に酔うので普段は高速移動程度に留めておく。元々が狭い部屋なので、どの程度の距離まで移動できるか実験できないのは残念だ。
そして上を見上げる。視界を遮るものはなく、影から真上を見ている。これではスカートの中が覗き放題である。実に素晴らしい。移動をして壁を伝う影からだと部屋全体を見通すことも出来た。なるほど…移動出来るのであれば、そこから視界の確保も出来る訳か。
次に影の中から体の一部を出してみる。これは予想通り、出したい場所まで移動して体の一部を影の境界の向こう側に持っていくだけでいい。
当然のことながら僅かな隙間しかないところから出ようとしたがつっかえる。物理的にダメなものはダメらしい。まあ、当然だな。
鞄から取り出した石を投げてみたが、見えない天井に当たって影の中の地面を転がる。影の中から一方的に攻撃できない理由はこれのようだ。
推測だが、使用者もしくはその一部と認識されなければ通過できないものと思われる。ちなみに影の中に物を置いて外に出たら置いた物も一緒に出てきた。ゴミ箱代わりにはならないみたいだ。
気を取り直して次だ。灰皿(ガチャ品)を地面に置いて影の中に引きずり込もうとする。だが失敗。影の中から影の中にものを入れることはできないようだ。
身につけているものなら問題なく入るが、影の中から何かを入れるのは不可能のようだ。持った状態で影の中に入るのは成功したから「中に入るときに持っているものと身につけているものが可能」といったところか。
では、次の実験だ。
次は動いている影の中に入るとどうなるか、である。知識の上では影に合わせてこちらも移動しなければならないようだが、実際に行って感覚を掴む必要がある。
丁度良いことに密室とは言えドアの下には隙間がある。ここに連れ込まれたときには気にも留めなかったが、王座の間は明るかったが、それ以外…特に廊下は薄暗いと言ってもよかった。光熱費の節約だろうか?
廊下にある照明は少なく、誰かがドアの前を通れば明かりが遮られて影ができるはずだ。あとは部屋の中の照明…光る石の前に光を遮る物を置いて、カーテンを閉めて部屋を暗くすれば準備完了。
潜り込むことができたなら、動く対象の影の中に入りつつ外に出ることもできる。だが、出ている間に誰かがここに来るのも都合が悪い気がする。なので鞄から先ほどしまったルービックキューブを取り出し、適当にガチャガチャと回してベッドに放り投げる。これで何か勘違いしてくれればいいのだが、と投げやりな対策を施す。
この世界にルービックキューブあれば何の意味もないが、そうでないなら俺がいない原因と結び付けてくれるならばよし。どちらにせよ「こんなものが残されていた」という報告は必要になるので、時間稼ぎにはなるはずだ。騒ぎを大きくしたり、力を持っていることを知られるにはまだ早い。
保険をかけるのはこの辺にしておいて、検証を続けるためにドアの前に待機する。いざとなれば、人のいないところで影の中に引き篭ればいい。
「失敗しても大丈夫だ」そう自分に言い聞かせると、俺は扉の前で人が通るのを待ち続けた。
どれだけ待っただろう?
三十分? いや、精々十五分といったところだろう。通りがかった人は一人だけ。そして影の中に入ることは失敗した。影は予想通り扉の隙間から部屋に入って来てくれたのだが、ズボンを履いて歩く影では入るには少し小さかったのだ。
だが諦めるにはまだ早い。ここは城である。ならばいるはずだ。そう…メイドさんがいるはずである。メイドさんなら履いているのはスカートのはずだ。アキバのようにミニスカのメイドであるなら無理だろうが、ここはファンタジーである。きっと中世ヨーロッパあたりの文明でロングスカートに違いない。
期待と不安を胸にメイドさんを待ち続けていると、微かな足音が聞こえてくる。足音はこちらに向かってきている。俺は息のみ、静かにドアの前で隙間から見えるであろう影を逃すまいと集中する。
足音が近付いて来る。
あと三歩…二歩…一歩…見えた。その瞬間、俺は影の中に入ることに成功する。だが小さくガッツポーズを取った瞬間―ドアをノックする音が聞こえてきた。
影の中でも音は聞こえてくるんだな…そうじゃない。俺は急いで影から出ると、ドアから少し離れて「どちら様ですか?」と返答する。
「この城で働いているメイドです。勇者様にお食事をお持ちしました」
そう言ってドアを開け入ってきたメイドさんは、ロングスカートで灰色のメイド服を着た、それはそれは可もなく不可もなくといったメイドさんだった。
ややくせっ毛のある茶色の髪を肩口で揃えた美人と言う訳でもなし、可愛いと言う訳でもなし…何というか判断に困る。愛想でも振りまけば少し違っただろうが、テーブルにサンドイッチを乗せたトレイを置くと「失礼しました」と事務的に用をこなして部屋を出る。部屋が暗いことを聞かないのはやはりプロだからだろうか?
クール系も嫌いじゃないが、クールビューティーには程遠い。ちょっとがっかりした。ともあれ鍵を閉めるために立ち止まったと思われる瞬間に、俺は素早くメイドの影の中に入る。
どうもこの世界の住人の顔立ちは欧米よりだとは思うが、どこか微妙に違う気がする。まあ、現在の比較対象がハゲ、ハゲ、豚にモブメイドときてるから、間違いなく正確なデータではないだろう。美人どころを取り揃えたハーレムが遠のいていく気がして肩を落とす。
さて、気を取り直して検証再開だ。いつまでもくよくよしてられないし、そんな余裕もないからな。
影の中で対象が移動すると、それに合わせて影の中も動く。そうすると、影の境界線…壁が後ろから迫ってくるのだ。対象の進行方向にこちらも動く必要があり、相手の速度次第では簡単に壁に追いつかれる。今はモブメイドの歩行速度に合わせてゆっくりと移動しているが、乗り物の影などに入るときは注意が必要だ。
ちなみに壁に近付くほど天井が低くなっていく。壁を背に、もたれかかってみたところ、頭が影の中から押し出された。危うく上半身が出るとことだったので慌てて影の中に戻る。
一通り検証は済んだところで、次に移動する影を探さなくてはならない。このままモブメイドの中にいて他のメイド達を見るのもいいが、今はこの城の情報を得ることが最優先事項である。
ここの連中は感じは悪いが、衣食住を握られている今の俺には生命線でもある。何も解っていない現状では、ムカつくからといって城を飛び出すのは愚策という他ない。かと言って何も調べずにいるのもダメだ。
正直ここの連中なら「ち、こいつ役に立たねーな。なら人体実験でもするか」とか「言うこと聞かねーからお前奴隷な」とか言って絶対外れない首輪とかつけるくらいはやってきそうなのである。故に逃走経路確保のための情報や、持ち出す食料等の必需品の在り処を知っておく必要ある。
ガチャさえあればどうにでもなりそうな気もするが、一日百回回すとしてあと十九日しか持たないのだ。やはり国家権力の金をあてにしたい。
次に入る影を探すことしばし…なかなかいい物件が見当たらない。ただでさえ影の中から見上げる視点くらいしか確保できないので、全くというほど捗らないのだ。見上げる場所をいくら変えても、見えるのは廊下とモブメイドのスカートのみ。
(あ、スカートの中覗くの忘れてた)
すごく自然にそんなことを考えるが、これはスキルの検証だから、と心の中で言い訳をする。検証だからね、仕方ないね。
早速影の中を前方に移動して上を見上げると、そこには予想以上に大きな面積の下着があった。
そう、ドロワーズである。
「え…ドロワ?」
なんでドロワなの?
メイドさんなら純白のガーターとパンツでしょう?
こんなの絶対おかしいよ。モブメイドだからって手抜きにも程があるよ。
わかってないよ、ファンタジー。
メイドさんには純白のガーターと純白のパンツだろ?
大事なことだから何度でも言うぞ。
メイドさんには純白のガーターと純白のパンツだろ?
ガーターは百歩譲ってもパンツは必須だろ。色気プリーズ。もっと色気をよこせ。贅沢は言わない。純情メイドではなくエロメイドのほうがむしろ今はいい。いいから、パンツを、履くんだ。もしかしてこの世界にパンツないの? そう言えば豚王達も出したパンツが何かわかってなさそうだったな。
その時、俺「白石亮」に電流が走る。
ギフトとは神様がくれた力、その力でパンツを生み出す俺…つまり神はこう言っている。
「この世界にパンツを広めよ」
というと何か? 俺はパンツを広めるために召喚対象に選ばれたってことになるのか?
そんなわけがあるか、と自分にツッコミを入れる。勇者を召喚したはずが、実は世にパンツを広める伝道師だった、なんてこんな変態一直線なシナリオとか誰得だよ。このシナリオを書いた奴は誰だ!? 台本もって楽屋裏に乱入するぞ。至高のシナリオか究極のシナリオを早くよこせ。
などと考えていたらモブメイドが立ち止まる。部屋をノックすると「入れ」と聞いた覚えのある声が聞こえてくる。部屋に入ったモブメイドが扉を閉めると一礼し、爆弾発言をする。
「ご命令通り、勇者に睡眠薬を入れた食事を差し入れました」
「おおい! 何いきなり一服盛ってくれてんの!?」
思わず声に出してツッコミを入れてしまうも、影の中からだと聞こえないのか話を続ける。
「扉の前でうろうろしていたようです。それと何故か部屋の灯を遮るように物を置き、ベッドに見慣れない多彩な色合いの箱のようなものが置かれていました」
「うわ…よく見てるな。モブメイドと思ったらスパイメイドですか…いや、あの薄暗い中で物が見えてるから忍者メイド?」
聞こえないことがわかったので、安心して声を出す。それにしてもさっきの声は一体誰だ? 聞き覚えのある声となると…候補は三人くらいか。しかしここからだとスカートが邪魔で視界が悪い。
「わかった、下がってよい」
その言葉でメイドが退出しようとしたので慌てて別の影に移動する。メイドが退出して扉を閉め、足音が遠ざかっていく。俺は影の中を移動して部屋にいる人物の確認をする。一人かと思ったら二人いた。
ああ、こいつら豚王の横にいたハゲ達か…確か、ハロルドとかいう筋肉とイカトロスとかいう贅肉だ。で、この厭らしい二人が集まって俺に一服盛るよう命じてたわけだ。一応この二人、王の側近とかそんな位置にいるんだよな?
これはちょっと洒落にならんぞ。
「これで一安心と言ったところですかな」
「まったく、女の下着を出すギフトなぞ聞いたこともないわ。あんな礼儀知らずの役立たずが我が国の勇者など言語道断」
認めたくはないが俺は勇者ではなく変態よりのようだ。スタート地点がいきなりマイナスとか勇者になろうとしたらハードモードだな。どこかで点数を稼がなくてはいけないわけだし、こんな連中のご機嫌取りを考えなくてはならんとか…勇者ってのは世知辛いものだな。なるつもりはないが。
しかししばらくここで厄介になって情報を集めてから脱出するつもりだったんだが、いきなり一服盛られるようでは計画変更も考えなければならない。まったくこの忌まわしいハゲどもめ。
さらに俺への罵詈雑言は続く。言いたい放題言われてうんざりである。ちょっと手だけ出してこいつら驚かせてやろうかと、影の中を移動し始める。その直後、ハゲ大臣の一言で俺は硬直する。
「となると、今回も処分ということですな」
処分とはまた物騒な…というか「今回も」ってどういうことだ?
多分私は三人目だと思うから?
少なくとも今の台詞でわかることは…俺は初めて召喚された勇者ではない、ということだ。しかも以前に召喚された勇者はこいつらの言うところ「処分」されている。
あれ? これもしかしてやばくね?
「それにしても、一体いつになったら成果が出るのか…やはり、文官に任せておくと金だけが湯水のごとく消えていく」
ハゲ将軍がハゲ大臣を責める。
「これは手厳しい。ですが、ロレンシアが勇者召喚などという怪しげな儀式を行い、その力で魔族領の侵攻を成功させたのがそもそもの原因…我らを責めるのは筋違いというもの」
すごい責任転嫁である。多分「ロレンシア」ってのは国か。となると、よその国が勇者召喚して魔族の領土切り取り出したから俺たちも続けー、ってやろうとしたが失敗しました。あいつらが勇者召喚するのが悪い。どんな理論だよ。
「我々も勇者を召喚し、魔族の領土を切り取らねば…」
「みなまで言うな、わかっておるわ!」
ハゲの言葉を遮ってハゲが怒鳴る。わお、どっちがどっちかわからんね。
「未開発の土地が多く残る魔族領土…その価値は計り知れん。それをロレンシアが自分のものにする様を指を咥えて見ているだけなど耐えられんわ!」
勇者って普通世界の危機を救うために召喚されるとかだよな?
これ思いっきり私利私欲で呼び出されてるぞ。
ますますもってこの国の評価が下がる。それと同時に得心もいった。つまり何度かハズレを引いていて今回もハズレだったと判断したから、あの肉王はいきなり怒声をあげたのか。恐らく俺が退場した後、この二人は何か言われたのだろう。それで俺の処分というわけか。
しかし何で処分までする必要があるのか?
その疑問はすぐにハゲ共が語ってくれた。どうやら勇者を召喚するにはかなり金がかかるらしい。それに加え、ギフトを所持している人間を召喚の対価として必要とするそうだ。
つまり、こいつらは俺を眠らせて拘束するなりして、次の召喚の生贄にする予定だったということだ。
ははは、なんだこの国。
話し合うことがなくなったのか、ハゲ二人が部屋を出る。
二人が部屋から出たのを確認すると、腹いせに影の中から出て金目の物を物色し始める。取り敢えず今すぐここから脱出しなくてはならない。
だが、いきなり出て行っても何も出来ない。だから金目の物を物色してから城を出るのだ。今はとにかく金がいる。他の部屋からも頂戴したいが、その余裕はない。影渡りは探知の魔法には引っかかる。長居するのは危険だ。
部屋から居なくなったことは薬を盛られたことから、その確認でそう遠くなく気付かれるだろう。運任せの影渡りの移動ではそれまでに戻れるかは疑問である。それに戻ったところで何をする?
向こうはこちらを殺しに来ている。そんな相手に何を言う気だ?
完全にこの国に見切りを付けた俺は、黙々と金目の物を集めては鞄の中に放り込み、影の中を移動し続けた。
その日、召喚された勇者「白石亮」は王城から忽然と姿を消した。後でわかったことだが、このことで城の一部の人間の首が飛んだり(物理的に)したとかなんとかあったらしい。
そう、関係ないね。
予約投稿ミス…
次回は水曜日か木曜日の予定です。