7-14:勝利条件は
地面に落とされたサフィヨスは息も絶え絶えの状態で俺を睨みつける。
「流石に何百年と生きた厄災でも、自分用に生まれた魔王相手にはそうなるか」
俺がそう言うとサフィヨスは何かを言葉にしようと口を動かすが、使い方を忘れた声は形にならず、うめき声のようなものが漏れるばかり。最早念話もままならないのであろうと判断した俺は、相手の疑問に答えてやる。
「ああ、安心していいぞ。ライムはイデア側にいても、イデア側ではない存在だ。俺がその気になればこちら側に寄せることもできるしな。利用されているとかそういうのもないから安心しろ」
だがサフィヨスは首を横に振る。どうやら疑問が違うようだ。「これは恥ずかしい」と顔を覆いたくなるが、ここは「ん、違ったか?」と首を傾げてやり過ごす。
「ああ、イデアについてか」
俺がそう言うとサフィヨスはコクリと頷く。
「それについてだが……さっきも言った通り、俺はイデアを手に入れる。でもな、それは結果としてこれ以上この世界に呼び出される犠牲者を増やさない、という点においてはお前達の願いと一致すると思うんだが……」
話している最中にライムが魔力の槍をサフィヨスの肩にぶっ刺した。恐らく何かをしようとしたのだろが、ほんとうちの子は容赦がない。
「ああ、そうだ。一つ情報を提供しよう」
いいことを思いついたとばかりに俺はポンと手を打ちつつ、ライムに魔力の槍を消すように言う。また話をしている最中に死んでもらっても困るので、等級の低いポーションをぶっかけておく。
「実はな、俺は何度かお前らのお仲間に会っている。名前は……『ミハネ』と『ルーウィ』だったか?」
確認を取るようにライムを視線を送ると、頷き肯定で返してくれた。そしてアホ面を晒す厄災の先輩。
「何処で、と聞きたいだろうから答えてやる。俺のスキルで出てくる召喚系を介して姿を現した。いや、あれは『乗っ取った』と言った方がいいかもしれないな。つまり、だ……あいつらはイデアに取り込まれたままずっと存在していたことになる」
俺の言葉の意味を理解しようとしているのだろう。そして理解が進むにつれ、その顔色が明らかに変化していく。それを表現するならば――絶望だった。
「俺なら、彼らを解放できるぞ?」
だから俺は希望を投げかけてやる。「できるのか?」とこちらを振り向いたサフィヨスの目が語る。
「それができるから、俺はイデアを手に入れることに決めたんだ。時間はかかる。だが着実に『領域』を削り取ることができる。そしていずれは主導権が逆転する。そうすれば後は時間の問題だ。全てを掌握できれば、イデアに残る過去に召喚された者達全員の解放を約束する」
もっとも、そんな者が一体後どれくらい残っているかなど定かではなく、俺の見立てでは恐らくもういないのではないかと言ったところである。それでも、僅かな可能性がある以上、ディバルは元よりサフィヨスも無視はできない。こいつらはそういう人間だ。
「殺しかけておいて済まないとは思うが、俺はもう手段を選ぶつもりはない。こっちも命がかかっているからな。だからはっきりと口にしよう」
これから口にするのはまさに「最低」の一言に尽きる。それでも、俺はこの選択をする。
「お前とディバルは俺が殺す。そして解放される『領域』は全て頂く。その代わり、俺はイデアを掌握し、取り込まれた異世界人を全て解放しよう」
言ってしまえば人質だ。勿論この解放される中にはディバルとサフィヨスも含まれることになるだろう。こいつらには、自分よりも他人を前に出す方が効果的だ。異世界人は死ねばイデアに取り込まれる。しかしそれで終わりではないことを知った今、何が起こっているのかを想像してしまったサフィヨスの判断能力は正常とは言えなくなった。
「この提案を受け入れるなら……今から俺があんたの『領域』を奪う。それに抵抗することなく死んでくれ」
普通に殺して奪うことはできる。だがそれではイデアの介入や『領域』を漏れなく回収できるかどうかに不安が残る。こちとら厄災になって日が浅いのだからこればかりは仕方がない。よって、最も楽な手段を選択せざるを得なかった。
俺の提案にサフィヨスは縋るように頭を垂れる。何もできない自分の不甲斐なさか?
それとも何も知らずにいた自分への怒りか?
サフィヨスは静かに涙を流していた。そんな彼に、俺は何も言わずに止めを刺した。
「おめでとうございます、お父様」
笑顔のライムが無事「領域」を残さず統合した俺に祝福の言葉を贈る。人形と違い、同じ人間をこのような形で殺せば流石にくるものがある。ロレンシアは葵の仇とでも割り切れば、特に躊躇するようなことはなかったが、自分の利益と目的のために弱みに付け込んだ挙句の殺害である。
「いっそ悪人プレイでもやってみるかね」
そんな風に呟いてみたが、想像したら普段とあまり変わらないことに気が付いた。やはり正々堂々と出し抜くことを良しとしていたが故に、今回のは「少し邪道だったかな」と手段を択ばないのも考えものだという結論で幕引きとした。
(なりふり構ってられんのは事実だが……やはり後味が悪いのはモチベーションに関わる)
「領域」が拡張された今ならもっとスマートに事を運べるだろうと信じ、今は次の目的地へと向かうとしよう。そう思って歩き出したその時――何かが俺の頭を貫いた。
「お父様!?」
ライムが慌てて障壁を張り俺を抱きとめる。しかしまあ、ライムの反応速度を超える速度での攻撃――しかも位置の把握もまだできていないのだから、相当な距離がある場所からの狙撃ということになる。誰がやったかなど言うまでもなく、俺は頭に異物が残ってないかチェックするように二度、三度と首を振り、頭部の傷跡を奇麗に消す。
「いやはや、なーんでこのタイミングで攻撃仕掛けてくるかね?」
相手の動向がさっぱり読めない。確かに油断していただろうが、何故このタイミングなのかがさっぱりわからない。「新しいかく乱戦術か何かなのか?」と疑問に思いつつ、俺の頭を貫いた何かの角度から位置を予測しつつ、何が放たれたかのチェックもする。
(弾丸……じゃないな。それならライムが見逃すはずはない。ライムでも見逃した超高速の何か、ってことだが……SFの分野かぁ)
ちなみに今の俺は頭部を全損しても問題なく復活する。本体が「領域」の中にいるので「俺を殺したければそっちを攻撃してくださいね」という「領域」を持たない相手に対しては無敵に近い状態である。ライムに関しては「魔王」として「領域」を持っている状態なので、イデアに紐づけされており、本体をそちらに移せば介入される危険があるので、今目の前にいる肉体を徹底的に破壊すればちゃんと死亡という扱いになる。
「しかしまあ、目的のわからん攻撃だ。次弾もない……となると軽い宣戦布告と見るべき――」
そう言い終える前に次弾がほぼ直上から額を貫通。ライムの防壁を無視しての攻撃とはやるではないか。
「お父様、空間の干渉を確認しました」
「つまりそれって、弾がワープしてくるから防壁は無意味ってことか」
魔法と科学の融合っぽい攻撃に「うわ、めんどくさ」と口にしならが頭部を修復。直後に爆発。そして復元。「コントか」とツッコミを入れながら本気であの男の居場所を探る。ちなみにライムは頭に血が上って全方位拡散レーザーっぽいのを大量に出して広範囲に渡って薙ぎ払っている。
「おいおいおい、俺でも見つからんとか何処から攻撃してんだよ」
少なくとも初弾の射線が通る範囲内にはいない。更に移動したこと考慮してそこを中心に探しても見つからない。となると初弾も空間に干渉して打ち込んできたと見るしかない。「何処から撃ったとしても俺に命中させることができる」というのなら、この大陸にいない可能性すらある。というわけで惑星全域に「検索」をかけたが該当なし。
(おい、何処にいるんだよ?)
少しばかり焦ってしまったが、ふと空を見上げて気が付いた。
「……宇宙にいんのかよ!」
これは予想外。まさか大気圏外から攻撃を仕掛けてきていたとは……素直に意表を突かれたと感心する。
「ライムー、どうやらあいつは宇宙にいるみたいだ」
しかも何か宇宙空間――正確には月の裏側にめっちゃでかい物体らしきものがある。目視はできないが、まさかの宇宙戦艦の登場にちょっとワクワクしてる。恐らく時間をかけて能力を使い作ったのだと思われるが、恐らくそのサイズでは相当量のリソースを費やしているのは間違いなく、あの宇宙に存在する大きな物体こそが、ロレンシアの第一召喚者ハイロの全てであろうと予想する。
「それにしても思い切った能力の使い方をするな」
そう言いながらも別の物を検索し、目的のものを発見――直ちに破壊。
「お父様、今のは?」
「自立兵器、もしくはドローン。あれだけ距離があるのに正確に頭を打ちぬくなら、座標の確保のためにいると思ったら見事にいた」
ライムの「さす父」を適当に流しておいて、どうやって月の裏側にある宇宙戦艦を叩くか考える。
「折角だ。拡張された分で試してみるか」
ディバルは確かこう言っていた「スキルとは決して見失うことのないマーカーだ」と――ならば、それを利用する。俺は作成したイデアの目をイデアの領域を通じてハイロの下に送り込む。当然偽装満載なので、下手な動きさえしなければイデアは気づくこともなく素通りできるだろう。そして予定通りにハイロを撃破。
(あの目玉。「領域」持ってないとほぼ攻略不可能なんだよなー)
これで終わりと思い目玉を引っ込めようとしたところ、月の裏側にある宇宙戦艦は未だ健在。「どういうことだ?」と首を傾げるとイデアの目が攻撃を受けた。しかし所謂「物理無効」の能力があるのでダメージなし。どうやらハイロと思って倒したのが別物だったようだ。
(偽装か? 何はともあれこちらの目を欺くとはやるではないか)
というわけで再び撃破。でも戦艦は健在。検索するとまだ反応がある。
「おいおいおいおい……これももしかしてダミーか? っていうかダミー大量生産してるのか?」
なのでダミーを検索……該当はなし。それっぽいものも探してみたけどそちらも空振りに終わる。
「嘘ぉ……それどういう手品?」
確かに殺した。でも死んでない。「こうなったら」と領域ネットを呼び出し、葵が把握していたハイロの能力を呼び出す。そこ書かれている内容を読み込むと、理解が不足している状態ながらも口に出す。
「能力は『兵器具現』で、ハイロは自分自身を具現化できる。ええ……それってつまり、ハイロは自分を『兵器と認識してる』ってことになるよな?」
無数にいるハイロが無尽蔵に自分のコピーを生み出しており、稼働しているハイロが消えると次のハイロにバトンタッチ。現在の状況だとこんな意味不明な結論が出る。「本体どれよ?」という疑問の答えが「全部本体」とは恐れ入る。「これもうあいつの自我消えてなくね?」という疑問はさておき、状況があまりよろしくない。
「取り合えず全滅させれば死ぬのは間違いない」
当然向こうもそれがわかっているはずだ。それならどうするか?
各地に予備ハイロが配置されている――もしくは宇宙の彼方に旅立っている。それを全て始末しろ、というのが勝利条件である。なお、予備ハイロが更なる予備を生成する可能性もある。「何このふざけた勝利条件」と半笑いでキレる。おまけに幾ら検索をしてもどういうわけか予備ハイロが引っかからない。これは恐らく製造番号とかそういうものを入力しないとヒットしないと思われる。予備ハイロ≠ハイロとなっている以上、通常の検索で探すのは無理だ。
実物を見て「同じものを探す」と言った方法になるのだが、如何せん距離があり過ぎて「千里眼」でも目視はできない。何か手はないかと手札を漁る。
「はあー、こんな面倒な相手になってるとはなぁ……」
仕掛けてきた、ということは万全を期してのことだろう。そしてドローンの存在から俺の力はある程度把握しているはずだ。こちらが負けることはあり得ないが、勝つための手段が未だ見つからない。流石の俺も「射程」なんてものをこんな形で活かしてくるとか考えもつかなかった。恐らく中継地点の役割を果たしているドローンなどがいるはずなので、まずはそちらの撃破を優先しよう。




