7-13:終わりの始まり
(´・ω・`)久しぶりにソシャゲを始めるも重すぎてゲームにならずしばしのお別れ。ガチャ運は……まあ、普通。溜まった詫び石で何回回せるかな?
そんな訳で朝からセルフ上げ落としを食らって溜息を一つ吐く。こんな時は気分転換に限る。朝から風呂に入ってさっぱりだ。当然ライムも一緒なのでスッキリもする。最早日常となった濃厚スキンシップだが、不思議と飽きる気配はない。マンネリ化するのはまだまだ先の話というのは良いことだ。
現在、次の目的地へとほぼ真っ直ぐに進んでいるわけなのだが、神器一号に乗って移動できる時間などを考慮すると恐らく三日は確実にかかる計算だ。最短距離を最速で移動するなら今日中にでも到着可能だが、節約と戦力の拡充を鑑みれば、ゆっくり車に揺られての旅が好ましい。
予定としては明日に「幸運」を使用し、迫る厄災戦その一に備え、残りの日数でもお祈りする。正直あのコミュ障相手に有効な物が出てくるとは思わないが、それでもやっておかないと不安が残る。
「んー、位置的にはここら辺なんだよな? とすると森での移動を極力減らすなら帝国側から入った方が早くなる、か?」
目の前に出した情報画面を操作しつつ、移動ルートをあれこれ模索。冷房が適度に効いた車内では風呂で温まった体を冷ましてくれる。パンツ一丁なので冷やさないよう注意が必要だが、仮にそうなってもすぐに元通りにできるし、何ならそういったことにならない体にすることもできる。しかし肉体改造に関しては急ぐ気はない。急に変えては俺の処理能力を超えて色々と混乱するのは目に見えている。
「あー、ルート的にはこれが一番楽ちんだけど……」
少々時間がかかり過ぎるか、と案の一つを没にする。そして目標であるサフィヨスの位置を画面上で指差した時に気が付いた。
「しまった。あいつが移動している可能性もあるんだった」
しかも最悪ディバルと合流してるケースも考えられる。
(というか普通にあり得る。やっべ、二人同時相手にするとか全く考えてなかった)
不幸中の幸いと言うべきか、二人が持つ神器は俺がお使いで運んだ「境界の指輪」ただ一つ。こんなことなら効果を調べておくべきだった、と後悔する。しかもこれはディバルが何らかの手段で領域による検索から逃れている神器がない前提である。コミュ障に関しては心配していない。あいつが神器を集めていなかったのはわかっている。
「まったく、いっそ化石化するくらいウジウジしていてくれれば楽なんだが……」
領域ネットで所在を確認できるならば良いのだが、生憎と本体から切り離された独自の領域を持つ彼らの位置を正確に掴むには、現在アンロックされている機能だけでは不足なのだ。相当大まかな位置くらいならばリスクなしでも大丈夫なのだが、絞り込むとなると「イデアに接近する」という不安材料が現れる。だが、そんな心配は必要なかった。
予想通りと言うべきか、あのコミュ障は未だ魔族領土内にいる。正確に言えば、厄災の反応がある場所が帝国と魔族領土の二ヵ所である。一先ず懸念材料が一つ消えたことに安堵しつつ、冷蔵庫から飲み物でも取ってくることにするのだが、冷やしていたはずの炭酸飲料の最後の一本を飲み干すライムと遭遇。いないと思ったらずっと飲んでいたようだ。
仕方がないので残っているオレンジジュースを手に取り、一人で5本あった炭酸飲料を全部飲んだライムにお仕置きをする。しかし何をどうしてもご褒美しかならないので、最終手段「そういうシチュエーション」ということで事なきを得た。当然お仕置きとは程遠いので何の解決にもなっていない。
「そうだ。ライムはあのコミュ障……サフィヨスの位置がわかるか?」
寝転がったベッドの上、俺に覆い被さるライムにそう尋ねる。
「推定の位置となりますが、よろしいですか?」
おっと、どうやらライムの方が位置情報が正確なようだ。俺は頷き情報画面を操作して魔族領土部分を拡大し、ライムにも見える位置へと画面を移動させる。ライムは俺に抱きついたまま指で該当する箇所を丸で囲んだ。
「……それだとほとんど動いていないように見えるが?」
「はい、動いておりません」
ライムが画面上を囲った円の区域は、俺が初めてあのコミュ障と出会ったと思われる場所そのままだった。つまり、あの男は未だに動くことなくその場に留まり続けているということだ。
「何と言うか……悩んでいたのが馬鹿らしく思えてきた」
どうやら俺の想像以上に厄災の先輩は無気力になっていたようだ。ディバルの存在を知ったことでかつての自分を取り戻すかと思えば、何も変わっていなかった。
(これなら最短……と言わなくとも、時間を短縮する方針で進んだ方が良さそうだな)
厄災二人が生存している現状、決して時間に余裕があるというわけではない。二人が結託してこちらを潰しに来る、もしくは備えるという事態が消えてなくなるまでは安心はできない。いや、障害という意味では双方に消えてもらうことが望ましい。そんな訳で移動ルートを再設定。明日中に厄災一人を落とす。
丸一日をダラダラと過ごした翌日。限界に近い速度で走る神器一号の車内で「幸運」のカードを使用し、日課のガチャを回す。結果は以下の通り。
銅×30 汎用カードとパンツと食料品に雑貨
銀×48 汎用カードと「魅惑的なバナナの皮」に消耗品各種
金×18 汎用カードと「幸運」
白×4 汎用カード3枚と杖
黒こそ出なかったものの、まさかの「幸運」のお代わり。なんというフィーバー。そして白が4つとこちらは上々……なのだが、出てきた杖には少々がっかり。
紅蓮杖
効果:使用するとファイアランス相当の火属性攻撃が可能。クールタイム60秒。
以前の俺なら「無料ランスやったぜ」と喜んだのだろうが、インフレが進んだ現在では正直使いどころがない。精々雑魚相手に使用するくらいだろうが、そんなことをする前にライムが方を付けている。
「装備したら魔力が上がるとかそういうのってある?」
ライムに渡してみたところ、そういった機能はないらしく、実際に使用した感想としては「なくても全く問題ない」という事実上の不要宣言。GPに変換する必要すらなくなった今、まさに無用の長物と化したのがこういった効果を持つ装備品だ。ちなみに補助系の装備品なら物によっては有用なので、装備品自体を削除するのは早計である。
「せめてステUP系のアイテムでも出ればよかったんだが……」
この呟きにライムが反応。曰く「魔王化したのでそれ系統はほとんど効果がなくなっている」とのこと。効果がないわけではないが、上昇量が微々たるものなのでライムに使用するのは効率が酷く悪いようだ。独自の領域を持つことからそうなったと仮定するべきだが、この辺りのシステムは未だによくわかっていない。早くもっと大量の「領域」を分捕りたいところである。
その手始めとして、まずは厄災の一人から頂く。コミュ障でも厄災は厄災。神器で得られる「領域」の数十倍は獲得できるだろう。まだ少し距離はあるが、既に森は見えているのでここで神器一号から降りて収納。「転移」を最大距離で使用し、一気に距離を詰めて森へと突入。「幸運」の効果があるうちにサフィヨスと接触する。どれほどの効果が見込めるかは不明だが、そのまま戦闘になるよりかはマシだろう。
お代わりが出たので明日でも良いが、勢いと言うのは大事である。そんな訳でライムに掴まり俺の負担を抑え目にして森を突っ切る。影の中を移動できていた頃を懐かしく思いつつ、ライムの胸に顔を押し付け気を紛らわせながら森の上を規定速度オーバーで飛ぶ。一生分のジェットコースターを堪能したので、これが終わったら森を焼き払ってしまおう。
そんな感じに我慢に我慢を重ねて数時間――ようやく地に足をつけることができた俺はフラフラしながら最寄りの木にもたれかかる。肉体的には問題はないはずなのだが、精神的な気疲れが足を引っ張っているのだろう。ライムのおっぱいを以てしても、流石に二時間を超える高速飛行は堪えるようだ。
「あー、やっぱり空を飛ぶのは慣れんわ……人間期間の方が圧倒的に長いから地に足ついてないと不安だわ……」
泣き言を言いながら水を飲み、口をゆすいで吐き出したりしながら精神の安定を待つ。深呼吸を何度も行い、ライムのおっぱいを揉んだところでようやく落ち着いてきた。
「お加減は大丈夫ですか、お父様?」
「ああ、それじゃ行くか」
心配そうに俺の顔を覗き込むライムを安心させると歩き出す。流石にこれだけ距離が近づいたなら目視できなくとも何処にいるかくらいは確信できる。
(まさか本当に動いていないとは思わなかったがな)
最初に出会った場所からあのコミュ障はちっとも動いていなかった。コールドスリープを使っていたディバルと違い、サフィヨスの方は精神がもう限界に近いのかもしれない。しかしそれはそれで好都合である。雰囲気を大事にする俺は、そのまま歩いて距離を縮める。時間はかかるが、何せ相手はコミュ障だ。一応話したいこともあるので向こうに合わせて心の準備をする時間くらいは与えてやらねばなるまい。
木々を縫うように歩き、20分ほど歩いたところで石の上に腰掛けるコミュ障を発見。遠目からでは俯いているようにしか見えないが、恐らく頭の中では何を言うか整理でもしているのではないだろうか?
そのまま歩き続けて50mくらいの距離まで近づくと、サフィヨスは顔を上げてこちらを見た。口を開けてはいるが声が出ないらしく、首を傾げたり喉に手を当てたりと涙ぐましい努力が見えた。
「ああ、こちらから話すから、無理しなくていい」
俺がそう言うとコミュ障は樹木で見えない空をしばし見上げ、こちらを見て頷いた。
「まあ、見ての通り俺も『厄災』の仲間入りだ。まずはこう言おう。『よろしく先輩』と」
俺の言葉にサフィヨスが頷く。思念で何か飛ばしてくるかと思ったが、返事はない。
「特に何も言うことはない、ということはやっぱり後ろが気になるか? 簡単に言うとお前さんと別れてから『魔王』を見つけた。だからライム――ああ、俺と一緒にいたスライムな。そいつに食わせて『魔王』の座を乗っ取った」
「何故そのようなことをしたのか?」という思念が送られてくるが、俺はそれを無視。そのまま喋り続ける。
「んで、一つやりたいことができた。何だと思う?」
思念は返ってこない。ただわかることは明らかにサフィヨスの警戒度が上がった。
「イデアの力を見て、感じてわかった。あれを手にすることができれば願いなんざ幾らでも叶えることができる、と――」
サフィヨスが立ち上がる。だが俺は棒立ちのまま喋るのを止めない。
「単刀直入に言う。『領域』が全く足りてない。お前が持ってる分をこちらに寄越せ。500年、お前は何もできなかった。だから俺が引き継いでやる。お前たちの願いは、俺がイデアという欲望の器を蹂躙することで叶えてやる」
(それを本気にするように見えるか?)
はっきりとした拒絶の思念が俺に叩きつけられる。
「いや、まったく。だからもうこうするしかない」
俺がそう言い終えると同時に叩きつけられた不可視の斬撃をライムが片手で軽々とかき消す。後ろに控えていたライムが前に出た。
「さて……『厄災』なら、この意味がわかるな? ライム、後は任せる。『領域』を獲得できる状態ならどうなっても構わない。遠慮なくやれ」
「はい、お父様」
ライムは笑い、サフィヨスとの距離を一瞬で縮め、純粋な魔力での攻撃を行う。それはただの薙ぎ払い。しかしライムが魔力を使って行うならば最早自然災害と同義の破壊力となる。
「この世界におけるイレギュラー『厄災』を駆逐するのが『魔王』の役目。お前を殺すためだけの『魔王』が相手だ。勝算はないに等しいぞ?」
そう言って余裕をぶっこいていると、ライムを素通りして俺に直接攻撃を仕掛けてきた。どうやら神器である「境界の指輪」の効果らしいが、それで抜けると思っているのなら甘すぎる。予想通り、サフィヨスが俺に攻撃をする前に無数の赤い線が立ち塞がり軌道修正を余儀なくされる。当然その動きをライムが予測できないはずもなく、横っ腹に魔力がしこたま込められた蹴りを受け、サフィヨスが派手に木をぶち抜きながら転がっていく。
「すまんが『領域』の削りあいに付き合うほどお人好しじゃないんでね。向こうで待つ。早めに終わらせて戻ってこい」
俺はそれだけ言うとゆっくり徒歩で遠ざかる。
(どれだけ大量のスキルを持っていても、それが通じなければ意味がない。そしてサフィヨスの持つ「反逆者」の最大の強みはスキルの無効化と奪取。その両方が封じられれば、後はスキルで戦うか『領域』を用いて消耗戦を行うか……)
しかしサフィヨスはライム相手に後者を選択することができない。いや、可能ではあるがその選択をした時点で勝負は決まる。
(「魔王」を相手にするならば、その情報がイデアに流れることくらいは間違いなく想定する。言い換えれば、イデアの介入を防がなければライムを相手に勝ち目はない。ディバルならば、それでもイデアに挑むためにやるかもしれんが……今のあいつにそんな狂気があるわけない)
つまり、ライムがサフィヨスと一対一の状況に持ち込んだ時点で勝負は決まってしまうのだ。未だ「魔王」を「システム側」と誤認させることができている以上、イデアはライムの脅威とはならない。逆にサフィヨスにとっては強大なラスボスの一部が突如目の前に現れるという状況。一対一でも絶望的なのに二対一となるのだから勝ち目などあるわけがない。
「精々自暴自棄になって……あーあ、やっちゃったか」
俺が呟くと同時に周囲の変化を感じ取る。そして木の洞から見える目玉が一つ。俺は大きな溜息を吐いた。
「そこまで愚かだとは思わなかった。先輩よ、あんたにはがっかりだ」
流石にこっちに来る目玉を放置するわけにはいかず、俺は仕方なく切り札を迷うことなく切る。まずは白金の汎用カードで「圧縮」を使用し、目玉が現れた木の洞を指定。メキメキと音を立てて倒壊する木を無視して黒のカード「次元斬」を選択。ライムのいない方向に向けて必殺の一撃を放つ。
それは音のない一撃だった。ただスッと空間に切り込みを入れるような静かで、えげつない一撃――こうなるのか、とありきたりな感想を頭に浮かべ、まるで切り取られた宇宙のような隙間を眺める。眺めることしばし、ゆっくりと空間を切り取る斬撃の傷跡は閉じ、後には何も残ってはいなかった。当然目玉も消えているのでこの攻撃手段は有効なものであると確定する。
「しかしなぁ……行動を封じるために白が一枚。更に攻撃でユニークの黒が一枚は割に合わん」
つくづくイデアの恐ろしさが身に沁みる。あんな末端相手にすら黒のカードを切るしかないのだから全く以て割に合わない。
(まあ、最後の抵抗にはなってる。あわよくば、俺を道連れにでもしてディバルを助けようとでも思ったんだろうが……イデアに関しては俺の方が詳しい。見込みが外れたな)
適当な木の根に座り待つことしばし、両手両足をもがれ、最早生きていることが不思議な状態のサフィヨスの首を掴み、ほぼ無傷という状態で悠々とライムが俺の前に降り立った。
「お待たせしました、お父様」
にっこりとほほ笑むライムに俺も笑顔で「構わないよ」と返す。さて、ここまで最高のお膳立てをしてくれたのだから、しっかりと「領域」を頂くとしよう。




