1-1:ガチャ勇者誕生
この作品はソーシャルゲームにおける「ガチャ」や「クジ」と言ったギャンブル要素を推奨するものではありません。用法、用量を守って正しくお使いください。また、この作品を読むことで発生する如何なる不利益も当方は責任を負いません。
開かない窓、外側から鍵をかけられたドア、みすぼらしくない程度のベッドと、それなりの調度品が置かれたワンルームマンションの一室くらいの広さの部屋に、俺「白石亮」は監禁されている。自分の置かれた状況が決して良くないことくらいは理解できる。
深くため息をつく。意味もなく狭い部屋の中を歩き回る。
あまりの理不尽な現実に頭がついていかない。その状況は簡単に説明すると以下の通りである。
・俺は勇者としてこの世界に召喚された
・だがその能力は勇者としては期待外れも甚だしい
・今後を決めるべく一先ず退室、そして監禁状態
・この国の印象は非常に悪く、今後とやらに希望の欠片も見当たらない
はっきり言って、勇者になるために地獄のようなトレーニングなどまっぴら御免である。正しく一般市民と呼ぶにふさわしい俺に、一体何を期待するというのか。
異世界で勇者となって世界を救うという言葉に惹かれるものは少しあるが、生憎こちらは現実をわきまえた大人(二十七歳)である。あと5年早ければやばかったであろうが、相手は他人を拉致監禁して平然としているような連中である。まともな対応は期待できそうにないとなると…本当にどうしたものか。
日本で過ごす最後の日は暑かった。空梅雨、初夏ということもあり、まだ体がこの暑さに適応できていない。せめて例年通りに雨が降れば少しは涼しくなっただろうが、ジメジメとした梅雨の気候も嬉しくない。どちらも選びたくない選択肢だ。
暑苦しい青空の下、スーツ姿でハンドタオルを片手に汗を拭いながら、最寄りの駅へと歩いているとそれは起こった。視界が一瞬にして真っ白に染まり、足元の感触がなくなった。数秒の浮遊感の後、着地する。体勢を大きく崩し、両膝と両手を冷たい床につく。真っ平らなそれは明らかに人工物…コンクリートではない。石か何かだろうか、金属ではないだろう。
立ち上がり辺りを見渡すと、ローブのようなものを纏った四人の男達がこちらを見て満足そうに頷いている。蝋燭の灯に照らされた窓もない地下室のような部屋…その床に描かれた魔法陣のような紋様の中央に俺は立っている。
俺は混乱した。そりゃあ混乱もするさ。いきなり見たこともない部屋にいて怪しげな連中がいるんだ。驚きもするし混乱もする。
これは何のドッキリかと男達に声をかけるも返事はない。一番手前にいた男が後ろにいた男から箱のような物を手渡され、それをこちらに持ってくると箱を開けて差し出してくる。一瞬身構えたが、どうやら中の物を俺に渡したいようだ。相手から目を逸らし、箱の中身を受け取ろうと手を伸ばしたところで確認した。
宝石のついた綺麗な指輪である。
俺は固まった。目の前の男の指にはめられた指輪と全く同じに見える。
額に手を当て俯き考える。
…なんで求婚されてんの?
しかも男、さらにどう見ても四十代の中年である。
相手を見る。指輪を指差し、今度は俺に指を指す。
「これを俺に?」と身振り手振りで伝えると、相手は笑顔で大様に二度頷く。
地下室、魔法陣とくれば召喚でもされたんだろうかと俺のゲーム脳が囁くが、何故よりにもよっておっさんとホモォな展開が待ち受けているのか。
勇者だろ、呼ぶなら。
なんでおホモだちを呼ぼうとする。俺はノンケである。全力でお断りする。伸ばした手を引っ込め距離をとる。何が悲しくてこんなおっさんとペアリングな関係にならなくてはならんのだ。
こちらが警戒していることに気が付いたのか、何かを必死に伝えようとしている。時折何か喋っているようだが、日本語でもなければ英語でもない。英語であってもわからなかっただろうが、とにかくさっぱりわからない言語で喋っている。
どうやらこの指輪を付けてもらいたがっているようなのだが…百歩譲ってもおっさんとペアリングである。気が進まないが、付けない限り次に進むこともなさそうなので、渋々指輪をつける。どうか薔薇色の展開になりませんように…
「さて、これで言葉が通じますね。場所を変えますので付いてきてください」
婚約指輪ならぬ翻訳指輪ときたか。
いきなりファンタジーな展開だが、本物かどうか疑わしい。今まで喋ることが出来ないフリをしていただけかもしれない。そこで相手が話している最中に指輪を外してみる。途端に訳のわからない言葉になった。
「話を聞いて欲しいのですが?」
「すまない、こういうものを見るのは初めてなんだ」
話の途中で指輪を外したことでドッキリでないことはわかったが怒られてしまった。そちらにも事情はあるのはわかるが、こちらも状況判断できる材料が欲しいことはわかってもらいたい。
「とまあ、そういうわけで貴方はこの世界を救うため、この国に勇者として召喚されたのです」
まずいことになった。話を全く聞いてなかったので呼ばれた原因がわからない。そこは察してもう一度説明して欲しかったが、足取りの速さから急いでいることがわかる。これは再説明はなさそうだ。
少し長い階段を上り、しばらく歩いて角を曲がると大きな広間に出る。広間を右折し、再び大きな広間のその先に門のような大きさの扉が見える。
「色々と説明をしなくてはならないのですが、王がお待ちです。こちらへ」
二人の門番が重い扉を開けると赤い絨毯が一本の道のようにまっすぐ敷かれている。「ここからはお一人です、前へ」と、ローブの男が囁き別れを告げる。進む以外に道はない。俺は真っ赤な絨毯の上を歩き出した。
真っ赤な絨毯の上を進み、王座と言うには大きすぎる謎の物体と、その左右に控える男の顔が認識できるまで近付いた辺りで足を止める。
一人は如何にも「将軍」と呼ばれていそうな鎧姿の髭が立派なスキンヘッドのオッサン。もう片方はまるで「悪大臣」を絵に書いたようなメタボリックな腹と頭頂部が見事に禿げたオッサン。髪の薄い国なのか?
ともあれ、あまり近づき過ぎるのも良くないと思い、適当な距離で立ち止まる。
「よく来た。勇者よ」
足を止めたところで突然どこからともなくかけられた声に驚く。その声が聞こえてきた場所を注視した時、俺はようやく目の前の「それ」が人間であると認識した。
それは人と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして脂ぎっていた。それはまさに肉塊だった。
そんな場違いな感想を抱くほど、目の前のデブは正しく肉塊だった。頭に王冠が乗っているのでこの肉が王と見ていいだろう。
普通、王と言えば玉座に座る王様を想像する。だが、目の前の王はギラギラとした装飾の大きな椅子…もとい大きなベンチに座っていた。「よく来た」というが、攫われてきたという方がこちらとしてはしっくりくる。
ここでツッコミを入れても話が面倒な方向にいくだけなので我慢する。目の前の脂ぎった豚を前にしても、今は相手の出方を窺うしかできない。選択肢がないというのは窮屈である。
「貴様っ! 無礼であろうが!」
そんなことを考えながら突っ立っていると突然怒声が響く。
ファンタジーなら思考を読まれてもおかしくはない。そう思って自分の迂闊さに悔やんだとき、ハゲで髭が凄いけどハゲの方に目が付く大柄で鎧を着たハゲがこっちに怒鳴り声を上げつつハゲ頭を光らせながら向かってくる。
「王の御前であるぞ! 跪け!」
ハゲが訳のわからないこと言い出した。どうやら杞憂だったようだ。そもそもこっちの了承も得ずに連れて来ておいて跪けとか何様のつもりだろうか?
あ、王様か。この残念なおつむと頭のオッサンを可哀想な者を見る目で見ていると、今度はそっちも不満だったのかさらに喧嘩腰になる。
「何だその目は…貴様、勇者として召喚されたからといって無礼が許されると思うなよ」
手が届くほど二人の距離が近付いたところで、今度は別のことに文句を言われる。いちいち突っかかってくるとか面倒なハゲである。拉致した犯人グループが礼節を語るとか笑い話にでもするつもりか? この態度にはいくら温厚な俺でも何かお返しをしなくては気が済まない。
「ああ、立派な髭だと思いまして」
そう言いながら視線は頭部に釘付けである。頭に毛がないからってそんなに顎に生やすなよ。その光る頭頂部まで、髭はいかないことくらいわかっているはずだ。
こちらの視線に気付いたのかハゲが茹でダコのように赤くなる。ハゲの方が少し背が高いくらいなので、あっさり視線の先がバレたようだ。
「よせ、ハロルド。話が進まぬ」
ハロルドと呼ばれたハゲはこちらに聞こえるように舌打ちすると元いた場所に戻っていく。去り際に「これだから田舎者は」と毒づいていたが、どう見ても電気すらないこちらのほうが田舎だろうと、心の中で反論しておく。
「余がこのローレンタリア王国を治める『ヴァンテークス・ルドル・ローレンタス・ローレンタリア』である」
やはりこの謎の肉塊が王のようだ。こんな王様で大丈夫か?
「えっと…『白石亮』です。サラリーマンをしております」
まあ、よその国の心配よりも自分の心配である。自己紹介をしつつ、こちらの話を進めよう。
「あのー、まず初めに一つ確認をさせて頂きたいのですが?」
「許す。発言せよ」
流石王様、偉そうである。実際偉いのだろうが、この姿に威厳の欠片も見当たらない。
「どうすれば元の世界に戻れるのでしょうか?」
「方法はない」
きっぱりと言い放つ。ここが異世界であることにまだ疑問はあるが、現実から目を背けていてはいけないと思い、思考を切り替えたら新たに目を背けたい事実が現れた。こいつら帰す方法もないのに呼び出すとか一体何考えてるんだ?
「が、魔法に関する書や道具を多く抱え込む魔族領でなら見つかるかもしれん。もしくは魔王の所有する秘宝あたりか」
なるほど、そうやって魔王とやらと戦わせるわけか。
当然ながら「はい、そうですか」と戦う気なんて微塵もない。だが断ればどうなるかなんとなく予想が付く…となれば交渉である。少しでも自分に都合の良い状況を作っておかなければ、この先どうなるかわかったものではない。最低限、身の安全と衣食住の保証がなくては話にならない。
理不尽な要求には慣れているとは言え、この適応力は我ながら悲しいものがあると自嘲する。
「しかし、私は生まれてこの方争いなど碌にしたことがなく、何の力もありません。何より家族や友人と引き離されたことが辛く…」
「案ずる必要はない」
肉塊がこちらの言葉を途中で遮る。
「余に仕えることができるのだ。家族との別れなど些細なことだ」
「ああ、なるほど…」
なるほど、こういう人種のようだ。俺は呆れるしかなかった。どうやらこの世界か国かはわからないが、少なくともこの国には人権という概念はなさそうだ。おまけにお偉いさんは頭が腐っていそうだ。
「それに、勇者である以上すでに『力』はある」
肉塊が顎を上げるような仕草をし「イカトロス」と傍にいるもう一人の名前を呼ぶと、イカトロスと呼ばれた大臣(推定)がこちらに丸い水晶のような物を向ける。
イカトロっすか? 名前で少し噴きそうになった。
「祝福を暴け」
マジックアイテムというやつだろうか? となると今のが恐らく呪文だったのであろう、丸い水晶が光を放つ。しかし「暴け」とはまたイメージの悪い呪文である。
「ふむ…『ガチャ』とでました。聞いたことのないギフトでございます」
それと残念ながら魔力は皆無です。とイカトロ大臣(仮)が続ける。地球育ちだから魔力とは無縁だった、ということか?
もしかしてファンタジーなのに魔法使えないんですか、やだー。
それとも三十歳まで童貞でいる必要があるのか?
それはともかく聞き捨てならない単語を耳にした。
「ギフト」が「ガチャ」とは一体何のことだ?
ガチャと言うとソーシャルゲームのアレだろうか?
それがギフトとか訳が分からないよ。
「勇者殿、『ガチャ』という単語に聞き覚えはありませんか?」
そうこう考えているうちに質問が始まる。少しはこちらに配慮して頂きたい。
「ええ、あります」
「それはどういったものでしょう?」
「えっと…お金を使ってランダムにアイテムを手に入れる…という感じでしょうか?」
「それは幾らくらいで?」
「多分五百円くらいじゃないかと…」
「それはどれくらいの価値でしょうか?」
ここで思案する。正直に話すか話さないか。当然話さない。まあ、電気もない国と仮定して想像で日本との物価を対比し、地球で換算するとどの程度の国を目安にするか考えて結論を出す。
この国の印象は悪い。当然評価も落ちる。しかし俺にも良心はある。ネットで見た「あなたのワンクリックで救える命があります」という募金のキャッチコピーから、ワンクリック五円と仮定して百人の命が救える値段…これで行こう。
俺って優しかったんだな。百人も命が救えるよ。
「そうですね…おおよその換算になりますが、百人の命が救えるくらいの値段、でしょうか」
そう言うと肉塊から激しい舌打ちが聞こえてきた。高すぎたか?
少し不安が過ぎるが嘘は言っていないはずなので無視していいだろう。目の前の肉塊が再び顎を持ち上げるような動作を行い合図を送る。この豚王、首が肉に埋まっているので、ウゴウゴと肉が蠢いているようにしか見えない。よくあれで意思疎通ができるな。イカトロさんもしかして有能な人なのか?
そのイカトロさんが後ろに控えていた侍女らしき女性から小さな袋を受け取ると、その中から金貨を取り出した。指を小さく動かし数えるような仕草をして枚数を確認し、取り出した金貨を俺に渡す。つまりギフトとやらを使って見せろ、ということだ。
「金貨十枚…」
これがここでの百人の命の価値…日本では一体どれほどの価値になるのだろうか?
ゴクリと唾を飲み、手にした金貨をまじまじと眺めていると、ふと疑問が生じる。
ギフトってどうやって使うの?
金貨を手にしたまま固まっていると、ここでもイカトロさんが声をかけてくる。
「ギフトとは神より授かりし力のこと、重要なのはイメージです」
自分がギフトを使う姿を想像すればいい、と付け加えイカトロさんは口を閉じた。空気読めるって本当重要だな。肉塊とは言え曲がりなりにも王の傍にいるってことは、側近か何かだろうか?
となれば実力はあるだろうし、空気を読むのもお手の物か。「そんなこともわからないのか」というのがはっきりと分かるほど鼻で笑う辺りは、こいつらが同類であることがよくわかる。この国の評価がどんどん下がっていく。
「…よし」
気合を入れ、目を瞑りイメージする。ガチャを回すイメージ…いや、その前にお金を入れて…まて、お金はポイントに変換しなくては法律上面倒だったような気がする。
(金貨をポイントに変換…金貨をポイントに変換)
ただひたすらに念じる。
(あれ? ポイントって買うんだっけ?)
早速雑念が入る。だがその瞬間、手にしていた金貨が消え、頭の中にメッセージのようなものがよぎる。
金貨10枚を1000000Pに変換しました。
完全に不意を突かれて少しびっくりしたが、無事に金貨をポイントに変換することができた。次はガチャを回すイメージだ。
(ん? この場合イメージは「回す」でいいのか?)
ふと疑問に思ったところで、開いた両手の上に拳ほどの大きさの茶色の玉が何処からともなく落ちてきた。まわりから声が漏れるが、こっちは驚きで気にする余裕はない。金属のような色合いからしてこれは銅だろうか?
だとしたら中身にはあまり期待出来そうにない。ガチャにおいて「銅」は決して良いものではないからだ。
中身を早速拝見しようと「開け」と念じるも、ガチャ玉はピクリとも反応しない。ならば「使う」だ。アイテムとしてガチャ玉を使うことで、中身が出るのならきっとこうに違いない。そう思って「使う」と念じると予想通りガチャ玉がパカリと二つに割れ中身が飛び出す。
「これは…」
出てきたものに思わず声が漏れる。地面に落ちた中身を拾う。見た目ピンク色の布であるそれには二つの大きな穴が開いている。そう、足を通すための穴だ。日本ではランジェリーショップに行けばいくらでも見ることができるそれを、手に取って感触を確かめていると王が声をかけてくる。
「…なんだ? それは」
「女性用の…下着、ですね」
両手で開いた薄桃色のパンツをじっくりと観察しながら事も無げに言う。白や黒ではなく桜のような淡く、薄いピンク色である。こんな男心をくすぐるものが記念すべき第一回とは…わかっているじゃないか。女性用が出るということは男物もでてくるはずだ。これはもしかしたら衣類に関してはまともな生活が送れるのかもしれないな。
「連れて行けぇぇぇぇっ!」
これからのことに思いを馳せていると王が突然奇声…もとい怒声を発する。まあ、勇者を呼んだと思ったら女性の下着を取り出す変態が現れたのだ。納得はできないが理解はできる。しかしそうなると今後が心配だ。勇者として生きるのも、変態として生きるのも勘弁願いたい。
二人の兵士が両脇をがっちりホールドし、両足を引きずりながら俺を連れ出す。こっちの意思に関係なく呼び出して、勝手に期待しておいてこの仕打ちはいくら何でも理不尽である。
引きずられながらも軽く抗議の視線をハゲ(大臣)に向けるも、ため息をついてやれやれと呆れ顔である。ハゲ(鎧)に至っては言わずもがな。実に感じの悪い連中である。
抵抗する気も失せた俺は兵士にズルズルと三分ほど引きずられドアの前に立たされる。
「まったく…よりにもよってお前のようなハズレが呼び出されるとはな…さっさと入れ!」
強引に腕を引っ張り、背中を叩くように押し出して部屋の中に入れられる。勇者をハズレ呼ばわりとはこの兵士、なかなかの度胸である。変態と呼ばれていたら多分心が折れていた。
よし、ハズレ呼ばわりくらい許そう。
「大人しくしていろ。くれぐれも面倒なことを起こすなよ」
兵士は脅すように俺を睨みつけると勢いよくドアを閉める。こいつらは俺が力を隠していたとか思わないのかね? 隠す力なんてないわけだが。
このようなことがあって話は冒頭に戻り俺の異世界ライフが幕を開けるわけだが…いきなり前途多難である。しかもこの国の連中は上から下まで感じが悪い。
さて、本当にどうしたものか?
勢いでやってしまった。
一話が少し長い気がするので以降調整予定。
週2くらいのペースでの投稿を目標にしたいのですが、設定がまだ甘いので取れる時間と相談になります。