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拝啓、月下の君~もう一度、キスをして  作者: 星合香
【第一章 はるか】
9/57

義を見てせざるは

幕末に来て、すでに数ヵ月。



今は冬。


会津の冬は雪が多くて寒いけど、京も負けじと寒い。



育った気候とよく似てる。


夏は蒸し暑くて、冬は雪が降り厳しい寒さ。


盆地の特徴だ。


豪雪じゃないのが救いかな。



打ち水、団扇、冷や水売り、火鉢…


すぐに冷える冷房も、すぐに温まる暖房もない時代だけど、昔の人の暑さ寒さ対策には風情すら感じる。



これが今、わたしが住む日本。



一歩一歩時を遡り、歩み寄るように、少しずつ、少しずつ。


こっちの生活にも慣れてきた。



人ってすごい。


こんなにたくましかったんだと、自分がいちばん驚いてる。


それもこれもすべては新選組様様や、八木御一家様様のお蔭。


すっかり素の自分を出すくらい。



でもね。


どうしても慣れないことがひとつだけ。



新選組が人を斬ったと聞くのはやっぱり怖くて。


全然慣れない。


平常心じゃいられない。



これって、慣れちゃいけないことだよね?


わたしは慣れる必要ないよね?



ここは過去の世界で。


あの人たちはそれが仕事…



芹沢先生の一件だってそう。


きっと、好きで人を斬ってるわけじゃない。



“目には目を、歯には歯を”じゃないけど。


務めを果たすため、自分の身を守るため、大切な人を守るために…



そう考えることにした。


じゃないと気が狂って頭がおかしくなりそう。


どう考えても、好き好んで人の命を奪う人なんていない。



初めて人を斬ったとき、どれほど手が震えただろう。


どれほど涙を流しただろう。


どれほど自分を責めただろう。



もしかしたらしばらくの間、全身の震えが止まらずに悪夢に悩まされたかもしれない。


祈っても祈っても消えない自責の念を、一生背負わなければならない。


当たり前だ。


相手が極悪人でも、命を奪うってそれほどのこと。



今では人を斬ることに慣れてしまったかもしれない。


それでも心はある。


表面上は平気な素振りをしていても、心の奥底では人知れず苦悩し、泣いてるはずだもの。


それを表に出してしまったら、新選組の仕事はできない。



みんなは命の重さを知ってる。


口にはしなくても感じる。



家族、恋人、隣人、動物、そして仲間。


自分以外の人を思いやる心を忘れてはいない。


それだけは分かった。


まだ少しの時間だけれど、一緒に過ごして知ったの。



近藤局長、土方さん、山南さん、沖田さん、左之助兄ちゃん、平助さん、永倉さん、源さんの8人は、江戸で局長が営む試衛館(しえいかん)という剣術道場の仲間だそうだ。


と言っても、永倉さんや山南さんや平助さんは、それぞれが違う流派の道場の門下出身で、それぞれに修業を積んできたのだとか。


左之助兄ちゃんは剣じゃなくて槍の人みたいだし。


さっぱり分かんないけど、剣術にもナントカっていろんな流派があるんだって。


局長の試衛館は天然理心流という剣の流派で。


いろんな流派を知る人が集まっているから、それを組み合わせて、より実戦で勝てるようにお稽古するらしい。



とにもかくにも。


流派を超えて集まることはめずらしいのだ。



と、沖田さんが教えてくれた。



斎藤さんの過去は謎のまま。


江戸にいる頃から知り合いだったみたい。


どんな関係かは不明だけど。



話さないのなら聞かなくていい。


どうでもいいって訳じゃなくて、何か事情があるのかもしれないし、言いたくないのかもしれないし、それなら知らなくてもいいの。


今、目の前にいる斎藤さんを知っていく途中なのだから。



わたし、みんなとならやっていけると思うんだ。



生活にも徐々に慣れてきたことだし、お世話になっているみんなをご紹介しましょう。




その呼び名のとおり、わたしがいちばんなついてるのは左之助兄ちゃん。


名を原田左之助さんという。



新選組には“お兄さん”がいっぱいいるけど、その中でも特に兄と慕う人。


血の繋がった兄妹以上に気が合うんじゃないかな?



自慢はお腹の一文字の傷。


明るくておもしろい人だから、すぐに仲良くなれた。


剣豪揃いの中にいて槍術が得意。


武士道を重んじる新選組の中では異色中の異色の存在で、野性的というか…型破りで。


何せ、わたしと同じ即行動タイプ。



決して賢くはないし、大雑把でガサツだけど、心優しくて自分に正直だ。


その心に嘘はない。



当初、突然の呼び名指定をしたのも、わたしを気遣ってのことだと今では思う。




2つ年上の沖田総司さんはよく笑い、よく冗談を言う。


ついでによくイタズラも。


子供からお年寄りまでみんなに好かれる人気者だけど、新選組では子供扱いされてはスネてる。



でも、剣や竹刀を持ったら瞬時に目つきが変わるの。


普段からは想像できないほど鋭く、周りの空気をも変えてしまう。


局長が試衛館の5代目に指名するほど。


局長のことを心から尊敬していて、跡継ぎに指名されるなんて誉れなことだ!と毎日稽古に励む。


天から与えられた才能を生かすべく、昔から剣一筋。


その道を極めるという志があるそうだ。


天性のものを持っているのに努力を欠かさないなんて、最強に違いない。



加えて、アイドルみたいな爽やかな顔立ち。


町を歩けば女の子の黄色い声が飛び交うし、彼に恋する子は多い。



藤堂平助さんとは同い年。


いろいろと親身になってくれて、「同じ年なんだから平助と呼んでよ」と言ってくれた。



この集団の中にいて、なぜかそこはかとなくにじみ出る品のよさ。


実年齢より若く見られるのがちょっと不満らしい。


小柄なほうだけど、癒し系の可愛らしい顔立ちのイケメンである平助さんのファンも多い。


土方さんと沖田さんと平助さんが一緒に町を歩いたらもう大変!


アイドルのコンサートかってくらい女子(じょし)たちが色めき立つ。



たまに羽目を外すけど、それもご愛嬌。


頭もいいし、礼儀正しい。


育ちのよさも感じるのに、全然嫌味じゃない。


茶道を嗜む一面も。



何よりとっても優しい!


いつもさりげなく気遣ってくれる。


動物や植物にも愛情を注げる心の持ち主で、野良猫とか放っておけないタイプ。


その反面、一本気でお稽古も仕事も何でもいちばんに率先してこなす。


負けん気も強くて、血気盛んな一面もあるのはさすが新選組の剣士ね。


わたしは日々、平助さんとのおしゃべりとキュートな笑顔に癒されてる。




永倉新八さんは硬派で頼りになる人だ。



剣豪ひしめく中で一、二を争う腕はお墨付き。


その上、人に指導するのも上手。


永倉さんにお稽古をつけてもらいたくて、たくさんの隊士が列をなす。



戦力面で信頼されてるのは言うまでもなく。


勝ち気で何でも真っ向勝負、曲がったことは大嫌い。


筋を通さなきゃ嫌みたい。


局長や土方さんにもズバッと意見できるんだよね。


ちょっとやそっとじゃ動じないし、誰が相手でも怯まず対等に渡り合うなんてなかなかできることじゃない。


気風がよくて男らしい!


もちろん女性にも硬派で誠実、近所の花街・島原に行っても一途なのだそうだ。


土方さんみたいなこと、絶対にしないのがステキ。



ついでに左之助兄ちゃんとはとても仲がよくて、暴走を止めたりツッコミをいれるのは大方、永倉さんの役目。


虫歯になりやすいらしく、左之助兄ちゃんにそのことをよくいじられてる。




井上源三郎さんは「源さん」と呼ばれ、みんなに慕われている。


心が広く、器の大きな人。


寡黙で穏やかで、言わずもがな信頼されているのがよく分かる。


局長、土方さん、沖田さんの兄弟子で、昔から一緒に過ごしてきた4人は特に絆が深い。



毎日みんなと真面目に熱心にお稽古しているのに、いつの間にか手際よく家事も完璧にこなしてしまう。


料理、洗濯、掃除、裁縫と、どれをとっても一級品!


わたしの家事の腕前なんて源さんの足元にも及ばないから、料理と裁縫をよく教えてもらう。


趣味みたいなもので息抜きになるから楽しいんだ、と言って一緒に和スイーツを作ったり。


卵が手に入ったら、プリンとかシフォンケーキとか提案してみようかな?


もちろん、みんなの好みや苦手なものもすべて把握していて、源さんに聞けば何でも分かる。


いわゆる生き字引だ。


小さな悩みもうんうんとしっかり聞いてくれて、まずは思うとおりやってみなさいと背中を押してくれたり、たとえ失敗しても頭ごなしに反対したりせず諭してくれる。


わたしを含め、ひとりひとりの個性を尊重し、理解して見守ってくれるのが心強い。




驚いたのは斎藤さんが同じ年だってこと。


斎藤一。


わたしにでも名の知れた超有名剣士だ。



血気盛んな集団にいても、常に自分を見失わない。


鋭い流し目がクール。


随分落ち着いてるから年上かと。



剣の実力は沖田さんと永倉さんと並ぶほどらしい。


真剣白刃取りとかできそうな独特の雰囲気だし、後世に名前が残る人だもの。


3人ともお互いを認め合っていて、うぬぼれたり、腕をひけらかしたりしないのがまたカッコイイ。



ひとりが好きなのか、あまり声を聞いたことがない。


一匹狼ってやつ?



ピーンと背筋を伸ばして、膝に拳、正座で精神統一したりして。


黙って何を考えているのか。


ひとり出かけたときは何をしてるのか。


何ともミステリアス。


かと思えば、洗濯の腕はカリスマ級。


今のところ謎だらけの人だけど、シャイなだけだと思うんだよね。



この時代にいて、疑問が山ほどあるわたしの先生は山南敬助さん。



文筆に秀で、学才豊か。


剣の腕もたつ上に知識も豊富だ。



部屋には崩れそうなほどに積まれた書物や資料。


毎日難しそうな本を読んでいる。



冷静沈着で論理的。


頭脳派もいなくちゃね。



知らないこと、気になることはすぐに調べなきゃ気が済まない性分。


仕事の合間を縫い、夜を徹して解決への道を進む。



温和で誰にも親切だから、仲間だけでなく壬生村の人からも好かれてる。


沖田さんや平助さんやわたしのことを本当の弟や妹のように可愛がってくれるの。



「奇想天外な子だ」とか「好奇心が歩いている」とかよく笑われるけど、現代人のわたしにとっては未知の世界。


…まぁ、幕末の人から見ればそうなのかも。



日本だけど、知らない日本。



ここでの当たり前を平然と質問したりして、とても驚かれる。


たぶん女だから、多めに見てくれてるのよね。



あ、だから左之助兄ちゃんとウマが合うのかな?!


性格も感覚も昔の人って感じじゃないし。


直感型タイプだし。


喜怒哀楽ハッキリしてるし。




局長の近藤勇さんは、例の写真のいかついイメージとは違って人当たりがいい。


わたしとも気さくに接してくれる。



武士道や義の心をとてもとても大事にしていて、実は涙もろい。


何たって、どっからか転がり込んできたわたしをここに置いてくれてるんだもん。


それほど情に厚くて面倒見がいい。


心から感謝してるの。



義理堅い局長は、一度恩を受けた人のことを決して忘れずにいて、その恩には必ず報いるんだって。



みんなが惚れこんでついていくのも納得。


特に土方さんとは無二の親友だ。


土方さんは局長のために生きてるとさえ思う。



局長みたいな人、探してもなかなかいないんじゃないかなぁ。



他の流派の道場では木刀や竹刀だけでお稽古するらしいのだけれど、天然理心流では日頃から刃を潰した真剣も使っている。


武道に詳しくないけど、これには驚いた。


普段のお稽古に使う木刀だって、こんなに太いものを使っているのかとビックリしたのに、本物の剣で練習するとは。


真剣でお稽古したことのない人が、いきなり実戦で真剣を使っても使いこなせない。


木刀や竹刀に比べて重い真剣に慣れているのと慣れていないのでは、実戦で大きな差が出るから、らしい。



真剣に慣れ、特性をよく知り、稽古する。


時には少ない人数で、多くの敵に立ち向かわなければならないし、構造上狭い京の町で戦うには必要なことなんだって。


実戦主義なのね。


お稽古を見ていると、そこらの武士より相当強いんじゃないかと思えてくる。



あ、そういえば。


ここへ初めて来た日、襲われたわたしを助けてくれた土方さんも、5対1で勝ってたっけ。



新選組の剣は会津のお殿様・松平容保にも認められ、頼もしいと言わしめた。



スマートで洗練されてる、とは言えないけど。


男気があって、芯が強く、誠の志を持つ人たち。


局長の“義を守り、貫く”という断固たる精神は仲間にも浸透してる。



“幕府の犬”なんて言われるけど、絶対そうじゃない。


ひとりひとりが志を持っているんだもの。



神様もちゃんと考えてここにタイムスリップさせたの?


今となってはせめてそうであってほしい。


じゃなきゃ、わたしの人生報われない。




それにしても、ここは男ばかりで華がないのよね。


そうね、華やかさは皆無ね。


むさ苦しいというか…


軍隊も驚きの戒律生活よ。


休日は割と自由だけどね。



あ、新選組って意外と美男子が多いの。


土方さんでしょ、左之助兄ちゃんに沖田さん、平助さんも。


斎藤さんも凛としてるし。



斬り合いは日常茶飯事。


身を研ぎ澄ませる任務も多い。



だからこうして花を生けることにした。


癒されるかな、とか思ったりして。


見てないだろうな…



実は生け花の先生を母に持つわたし。


昔から身近だった。


現代じゃめずらしがられたけど、ここではできて当然って感じよね。


女の嗜みってやつ?



「かれんちゃん」


「平助さん、どうしたの?」


「土方さんいる?」


「いないみたい」


「そっか。土方さんに手紙が大量に届いてるんだ」


「もしかして、それ全部?」


「そうなんだよ。あ!花が替わってる」


蝋梅(ろうばい)と水仙、いい匂いでしょ。花売りのおじさんに勧められたの」


「いつもありがとう。癒されるよ」



さすが平助さん!


気づいててくれたのね。



「わぁ、それにしてもすごい数の手紙ね!全部仕事の?」


「ううん、今日のは違うんだ」


「違うの?」


「恋文さ」


「恋文?土方さんだけ、こんなに?!」


「ほら、宛名と差出人を見てごらんよ」


「女の人の名前だ」



差出人の名はすべて女性。


数枚のラブレターを手に取り、1枚1枚裏表を確認。


どれもこれも紛れもなく土方さん宛だ。



ふーん。


女性関係が派手なのは確実ね。



こんな大量のラブレター、初めて見た。


マンガみたいじゃない。


花街の芸妓のお姉さんたちの営業じゃないの?


恋する乙女の純粋なラブレターや、黄色い声のファンレターもあるのかな?



「何でこんなにモテるの?不思議だわ」


「土方さんは特別だよ」


「特別ねぇ。平助さんや沖田さんにもたくさん届いてるんじゃない?」


「私にはこれほど来ないよ」


「3人への恋文で、屯所が埋もれそうだね」


「あはは!まさか!」



電話やメールもすぐに伝えられて便利だけど、直筆のラブレターって何だか素敵。


相手を想ってドキドキしながら、時間をかけて丁寧に書くんだよね。



だけど、それは分かっているのだけれど。



「こんなにあるんだし、1枚くらいいいよね。失礼しても」


「勝手に読むのはちょっと気が引けるけど…」


「ど・れ・に・し・よ・う・か・な!」


「って、もう選び始めてる…」


「か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り!」


「まぁ、いっか。仕事の手紙じゃないし、私も興味があるし」


「コレに決めた!」


「どれどれ?拝読させていただきます。愛しい愛しい歳三様…”」



わたしには半分くらい解読不能な古典の如し文を、平助さんが読み上げる。


土方さんへの熱い熱い想いが綴ってあるようだ。



「へぇ、字もきれいだけど、言葉の選び方とか文章も美しいな」


「“逢いたい想いが募るばかり”、だって!何かいいなぁ~」



ん?


何かいい匂い。


クンクン…と鼻を利かせてよい香りの元を探す。



「この香りは手紙から?蝋梅や水仙とは違うよね?」


「うん、違う香りだね。これ、伽羅の匂いじゃないかな?」


「伽羅って、高級品のお香だよね?」


「うん、裕福な商家のお嬢さんとか、花街で位が高い太夫(たゆう)や天神とかからの手紙じゃないかな?」



なるほど。


いい女にはこういうテクがあるのね。



覚えておいていつか使おう。


これは平成でも使えるもんね。


勉強になるわ。



「土方さんってほんっとにモテモテなのね」


「そうだろう」


「「わっ!」」



腕を組み、仁王立ちでご本人登場。



しまった…


こんなちょうどよすぎるタイミングで帰ってくるなんて。



「お帰りなさい…これ読みます?」



って、無視?!


ラブレター勝手に読んだのは悪かったけど、無視することないじゃん!



「土方さん、すみません…勝手に読んで」


「いや、構わねぇよ」



平助さんには返事するのに。


ムスッと表情を変えたわたしに目をやることもなく、机に向かって何やら手紙を書き始めた。



「恋文のお返事ですか?まだ読んでないのに」


「そうじゃねぇよ。いちいち返事なんかしてられっか」


「は?ひどい!乙女心を無視するなんて最っ低!」


「うるせぇ。俺は暇じゃねぇんだよ」


「何書いてるんですか?」


故郷(ふるさと)の奴等に見せてやろうと思ってな」



と言うと“…素晴らしく高貴なものを君たちに送ろう”と書く。



「恋文を送る気ですか?!趣味悪っ」


「悪かったな。文句言うな。貰ったもんをどうしようと俺の勝手だ」


「最悪!暇じゃないって言ったのに、子供みたい」



冗談のつもり?


現代人には分かんない。


ここではテッパンなのか?



「お前、この小包出して来い」


「本気で出すつもりですか?!ってゆうか、何でわたしが?」


「いいから行って来い。これも仕事のうちだ」


「え~、思いっきり私用じゃん…」


「宛名は書いておいたからな」



ヘンなの。


幕末ジョーク?


自慢?


こんなの送られてきても、全然うれしくないけど。



将来、資料館に飾られてたりして。


現代に戻ったら確かめに行ってみようかな。


ほんとにあったら大笑いしてやる!



「おっ、蝋梅か。いい香りだ」



む…


土方さんが何でモテるかはなんとなーく分かる。


まずは何たって、こんなに美形でかっこいいんだもの。


顔が、ね。



理由はそれだけじゃない。


女の人の気持ちを掴むのが上手で。


すっと心に入ってきたかと思うと、心を揺さぶるような思わせぶりな態度。


時に素っ気なくされるから、余計に気になっちゃう。



心を奪った後で冷たくするなんて女の敵だけど。


恋の駆け引きってやつなのかしら?


それだけ人の心理を読んでるってことだよね。


きっと、ハートに天使の矢がささったみたいにイチコロにしちゃうんだわ。



って、感心してる場合じゃないからっ!




…なんて考えながら、平助さんと小包を出しに町へ。


わたし、好きになるなら平助さんみたいな優しい人がいいけどな。



「雪だぁ」


「どうりで寒いわけだよ。冬の會津は雪深いんだろ?」


「そりゃもう!すごい豪雪よ…」



って言っても。


確かに寒いけど、この時代の寒さに比べたら21世紀はまだマシじゃない?


すぐに暖まる、種類豊富な室内の暖房器具に関しては言うまでもなく。


歩道の中にも暖房設備が入ってて雪が解けるようになってるんだから。


車道だって除雪車が雪を片づけてくれるし、雪が積って凍らないようお湯が流れてるし。



それでも寒い寒いと文句を言う、わたしを含む現代人。


寒いのはとにかく苦手だ。


現代にいようと幕末にいようと、春が待ち遠しいな…



「どれほど降るのか想像もつかないな」


「地域にもよるけど、町も山も真っ白だよ」


「會津富士があるだろ?麓には湖があって。名前は確か…」


磐梯山(ばんだいさん)のこと?」


「そうそう!磐梯山と猪苗代湖(いなわしろこ)だっけ?」


「よく知ってるね。猪苗代は会津若松よりももっと寒いのよ」


「雪景色、さぞかしきれいだろうな。見てみたいよ。絵になるだろうな」


「そう思う?江戸っ子な証拠ね」


「嫌なの?」


「好きだけど雪かきって重労働なのよ。きれいに降る量ならいいけど」


「そりゃそうだ!」



雪が降ろうと降らなかろうと、この町はいつも活気にあふれている。


静かな壬生村とは対照的だ。



「いやぁ!あれ、今牛若(いまうしわか)はんとちがう?」


「ホンマやわぁ!今日も麗しいなぁ」



出た出た!


平助さんのファンね。



「平助さんも土方さんに負けず劣らずモテるじゃない」


「いやぁ…私は…」



“今牛若”とは平助さんの愛称だ。


なんでも、南座で観劇中に酔っ払った新選組隊士数名が乱入して騒ぎ始め、他のお客さんと一緒にいたきれいな芸妓さんを奪おうとしたらしいの。


やだやだ、どうしてそういうことするかな。


そのとき、美男の若侍が2階からひらり颯爽と飛び降り現れた。


「差し出がましいと思うが、人の女子(おなご)に手を出すなど、新選組らしくない振る舞いはするな。町の人を苦しめてはいけない。ここは私の顔に免じて」と仲裁に入った。


なんて素敵な貴公子エピソード!


そう、その美男の若侍の正体が平助さんなのだ。


酔っ払った隊士たちも平助さんの名前を聞いて、大人しく引き下がったんだという。


その牛若丸のような軽やかな身のこなしとイケメンぶりが話題となって京の町中を駆けめぐり、“今牛若”と騒がれてる。



「南座の今牛若の話、聞いたよ!すっごくカッコイイ!!」


「えっ?本当?照れるなぁ…」


「ほれ、あの子…」



ヒソヒソと別の話し声が聞こえてきた。


声の主を見ると、明らかにこちらを見ている若い女の子たち。



壬生狼(みぶろ)んとこの、あの子やろ?」


「けったいやわぁ。あないなとこでよう働けるわ」



わたしは地獄耳なのよ!


言いたいことがあるなら直接言えっつーの!



「浅葱色の羽織ももっさいしなぁ」


「迷惑やさかい、はよう出てってほしいわぁ」


「はぁ?!」



カッとなって口が動いた。


勢いよく文句を言いに行く。



「どこのどなたか存じ上げませんけど!」


「ちょっ…かれんちゃん!」


「何も知らないくせに勝手なことばっか言わないでもらえます?!」


「何ですの?」


「いきなり失礼ちゃいます?」


「失礼なのはどっちよ!」


「まぁまぁ…みなさん、穏便に…」



平助さんが止めに入るも、全く気が収まらない。



「天子様とこの町を守るために働いてるのよ?よくそんなこと…」


「守る?荒らしてるんやないの?そこかしこで斬り合いしてほんま迷惑やわ」


「あんたも野蛮やわぁ。壬生狼んとこにおるさかい」


「心の醜い人に言われたくないんだけど!」


「何やて?!」


「ホントのことじゃん!適当なこと言ったら許さない!」


「かれんちゃん、落ち着いて!」



何なの?!


最低!


超性格悪いんだけど!


あんたたちに言われる筋合い、ない!


強く握りしめた両手がワナワナと震えた。



「だいたいねぇ!沖田さんと平助さんと土方さんにはキャーキャー言うくせに、何で新選組は嫌なのよ!」


「沖田はんは別や!」


「せや!土方はんも、今牛若はんも、ぜんっぜんちゃうわ!一緒にせんといて」


「信じられない…本人を目の前にして、どういう神経してるわけ?よくそんな失礼なこと言えるわね!」


「そもそも、なんであんた今牛若はんと気安く一緒にいてますの?」


「たぶらかしてるんとちゃう?」


「はぁ?」


「かれんちゃんはそんな子じゃありませんよ。そんなこと言うもんじゃないですよ、慎んでください!」


「つまりやきもちね。言っとくけど、あんたたちみたいな女、沖田さんも平助さんも絶対好きにならないから!」



言葉に詰まって、ちょっと涙目になる町娘①。



「ごめんなさい、言いすぎた…でも!新選組を悪く言うのは許さない!」



今がチャンスとばかりに、平助さんがすみませんと焦って頭を下げる。


ついでにふくれっ面のわたしの頭も無理矢理下げさせた。


腕を引っ張られ、なだめられながら、そそくさと道を引き返す。



「気持ちは分かるけど、とにかく落ち着いて…」


「無理!落ち着けるわけない!」



町の人の中には、新選組をよく思っていない人たちもいる。


そう聞いてはいたけど。


それを目の当たりにしたら黙っていられなかった。


悔しい!



取り締まりとはいえ、人を斬るのは賛成できないけど、町の人たちに危害を加えたわけじゃない。


芹沢先生たちはやりたい放題だったと言うし…南座で平助さんが注意した隊士のように酔っ払って、もしかしたらご迷惑はかけているかもしれないけど…。



新選組の人たちだって人間だよ。


同じだよ、みんな。



人間だから感情があるし、言われのない誹謗中傷で心を痛めないわけじゃない。


義理人情を大切にする人たちだって、知ろうともしない。



それぞれに家族も仲間もいる。


素性の知れないわたしにも親切にしてくれる。



それを見境のない獣みたいに悪く言って。


うわべだけしか見ようとしないなんて、いつの時代も変わんないのね!


自分と違う人を見下して、言いたい放題言うほうが、よっぽど根性悪い!



新選組の仕事を、みんなの志を否定されたみたいで悔しかった。



「私たちのために反論してくれて、うれしいよ。でも、そうムキにならないで。ね?」



お世話になってる人を悪く言われるなんて耐えられない。


それを見過ごせって道理があるんだったら世の中が狂ってるんだ!


そんなのひっくり返してやる。



「絶対ダメ!わたしの中でみんなは、とっくに大事な人たちなんだよ。悪口言われて黙ってられるわけないじゃん!」


「何だ何だ?何怒ってんだよ」



屯所に着くと、何事かとおもしろがって我先に顔を出した左之助兄ちゃん。


続いて集まるみんなも、不機嫌な顔を見て口々に怒りの理由を問う。



「どうしたんだ?これはまた随分と機嫌が悪いようだねぇ」


「売られたケンカは真っ正面から買うわよっ!」


「何と勇ましい…」


「さすが俺様の妹分!何があったか知らねぇが、喧嘩っ早いのが天晴れだな!男だったら隊士として即勧誘、即戦力だぜ。なぁ、新八?」


「はははっ!そうだな、女にしとくのがもったいねぇな!」


「左之助さんも永倉さんもそんなこと言ってないで!現実のかれんちゃんは女の子なんですから…源さんも何とかなだめてください」


「北条政子も巴御前(ともえごぜん)もこんな感じだったのかねぇ。とすれば、大物になるかもしれないねぇ」


「もう、源さんまでそんな…」


「ははん、さてはあの日か?」


「左之助さんっ!油を注がないでください」


「一体何があった?」


「実は今…」



怒り心頭でそっぽを向いたわたしを気にしながらも事の流れを話す。



「はぁ…何だ」


「何かと思えば、そんなことかよ」


「そんなこと?!」


「大したことじゃねぇよ」



息巻いてるのはわたしだけ。


自分たちのことを言われてるのよ。


何でそんなに平気な顔…



「だってひどいじゃない!よく知りもしないのに勝手なこと言って」


「人間なんぞ、そんなもんだろ。噂話が好きなのはどこの連中も同じさ」


「君の我々を思う気持ちはとてもありがたいがねぇ」


「サイテー!思い出すだけでムカつく!」


「じゃあ、思い出すな」



メラメラと激しく荒れ、怒りの炎は鎮まらない。



「いちいち怒ってたら身が持たねぇぞ」


「言ったろ。俺たちをよく思わねぇ奴等も多いと」



そんな他人事みたいに…永倉さんも土方さんも呆れて笑うなんて。



「あまり噛みつくと、君も悪く思われてしまうよ」


「そうそう。簡単なことさ。気にせず聞き流すんだ」



山南さんや源さんまで、なかなか気が和らがないわたしにいつものオトナの応対。



「わたしは何言われたっていいんです」


「“義を見てせざるは勇なきなり”とはまさに」



そう、ぽつりと。


黙って聞いていた局長が口を開いた。



「私は元々、多摩の百姓の出でね。皆も決して家柄がいいとは言えないんだ」


「家柄って重要ですか?大事なのは志でしょう?」


「関東の田舎者だの、野蛮だの、寄せ集めの浪人集団だの、身分がどうのこうの、人に悪く言われるのは慣れてる。言わせておけばいい」


「いいえ、許せません!人はみんな平等なんですよ。与えられた使命が違うだけで、それを全うしてるのに、なぜ悪く言われなきゃならないんですか?」


「芹沢先生たちはご迷惑をかけたことも多かったし…その印象が強いのかもね」


「そうかもしれませんけど、志もなくただ尊王攘夷の武士だと名乗ってひどいことをする人もいるのに、志を持って仕事してるみんなに対して失礼です」


「かれんさん、君はなんていい子なんだ…我々のために…」


「近藤さん、泣くなよ!」


「生まれ育ちや身分が違っても、人の価値は平等なんですから!大切な人たちが、あーだこーだ非難されるのを黙って見てるわけにはいきません!」


「そなたの言う通り!」



聞き慣れない男性の声がして、声の主のほうへ勢いよく振り向く。



はっとした。


見覚えのある顔。


会津人ならば誰もが知る顔。



今ここに誰が現れたのか…


情報の糸と糸が繋がった。


あれほどの怒りも忘れて目を丸くし、あんぐりと口を開け固まった。



空気がガラリと変わる。


驚いて、戸惑いつつも全員の表情が引き締まった。




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