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拝啓、月下の君~もう一度、キスをして  作者: 星合香
【第一章 はるか】
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悠久の時を超え、可憐な花は咲く

ここは、古都・京都。




いにしえと現代とが融合し、21世紀でありながら雅な時が流れる。



春は桜に都をどり。


夏は何といっても祇園祭。


嵐山の舟遊びや鴨川納涼床にそよぐ川風とせせらぎ。


秋は紅葉、夜長のライトアップ。


冬は雪の世界遺産に花灯路。



歴史と伝統と文化を未来へつなぐ、和の情緒香る街。



雨の日さえも風情を感じるこの街を、人は“千年の都”と呼ぶ。



春夏秋冬1年を通じて観光客が訪れ、特に訪日外国人にとっては理想どおりの日本と言っても過言ではないらしい、日本が世界に誇れる一大観光都市でもある。





…はずなんだけど。





「なんなの…これは…」



何なの?


この状況はっ!!



「この方々はサムライ…でしょうか?」



目の前で侍の格好の男の人たちが“殺陣”…っていうの?


してるんですけど。



あれ…?


時代祭は?


沿道で行列を見てた…よね?


これは、殺陣の演舞?


デモンストレーションかショーだろうか?



一緒にいた友達も行方不明。


かなりの人混みだったし、はぐれた?


どこに消えたの?!



ここ、どう見てもさっきまでの京都じゃないんだけど…



確かあのとき、びゅう、と突風が吹いて…



そこから先がどうにも思い出せない。


目を開けたらこの状況だもん。



どういうこと?!



太秦の映画村?


時代劇の撮影?


カメラとかあるんじゃない?!


キョロキョロと周りを確認しても、それらしきものは皆無。


監督やスタッフらしき人も見当たらない。



いくらなんでも、遠くにビルとか建物とか見えたっていいと思うの。


近代的のカケラもない。



それとも会津に帰ってた?


ここは鶴ヶつるがじょう


武家屋敷?


日新館にっしんかん



イヤイヤ全部違うから。


そんなワケない。



って冷静に突っ込んでる場合じゃない!



秋深まる頃、京都三大祭りの最後を飾る時代祭。


幕末志士が次々と目の前を通り過ぎたところまでは、ハッキリと記憶がある。



あんなに大勢の観客がいたのに。


隣にいたはずの外国人カップルの姿もなく。


英語で話しかけられて、少しおしゃべりしてたはずなのに。


間違いなく「シアトルから観光で来た」と言っていた。


なのにどうして沿道の観客はひとり、わたしだけなの?



今、この目に映るのは羽織袴姿の侍だけ。



そうだ…


人混みが消えた…



意味分かんない。


そんなことってある?!



こんなに記憶が曖昧だなんて、頭を打ったのか…


記憶喪失ってことはないよね?


空白の時間に一体何があったの?!



夕映え前、髪を揺らす涼しい風。




頭が混乱する。


まず一旦落ち着こう。


あたふたしすぎ。


冷静さを取り戻さなければ。


そうすれば何か思い出すかも。



というわけで。


時代劇風の町の建物の陰から、しばらく様子を覗いてみることにした、わたし、かれん。


19歳、あふれる好奇心を止められない。



うわぁ…


プロの役者さんってすごいのね。


生で見るのは初めて。



すごい迫力!


睨みをきかせる目力も。


刀を構える立ち居振舞いも。


互いに刀を交えて力む姿も。



ところで、誰が主演なの?


大御所時代劇スター?


注目の若手イケメン俳優?



目を凝らしてひとりずつ顔をチェック。


有名な俳優さんたち、たくさん見れたりして。



なんて、ミーハー心もちらほら出しちゃう。



いつものお気楽さを取り戻したわたしの前で起きた、今まで見たこともない衝撃的なひとコマ。


それは、ひとりの侍が敵であろう人物に刀で斬りつけた時だった。



驚愕。


自分の目を疑った。



斬りつけられた侍から、しぶきを上げて真っ赤な血が飛ぶ。


無論、その人は倒れた。


血がドクドクと流れ出て、あっと言う間に地面を赤く染める。



これ、演技なの…?


リアルすぎて引くんだけど。


手抜きなしの迫真の演技ってこういうこと?


アカデミー賞モノじゃない?


あらゆる賞を総ナメにしたりして。



撮影と思いつつも、徹底的なリアルさとその凄まじい光景に、体中の力が抜けてしまい、声も出せずに地面にへたれこんだ。



次々と人が斬られて倒れていく…


その度に吹き飛ぶ、人間の赤い血。



まさかと思うけど、あの刀はホンモノ…?!


ないない!


だって撮影でしょ?


ホンモノの血じゃなくて、血糊だよね?



目を背けても、苦痛の声とともに刀で斬り合う音が耳に入ってくる。


堪らず耳を両手でふさいだ。


怖い…何これ…


最近のドラマも映画も、こんなに写実的だったっけ?


いかにもチャンバラが日常的みたいに。


写実的も何も、21世紀じゃこんな果たし合い、まず起こらない。


撮影じゃない…のかな?


それなら何…



あ、もしかして夢?


そうだ!


そうに違いない。


こんなこと、ありえるわけない。


だって今は平成だから。



白昼堂々、こんな道のド真ん中で血が流れる斬り合いが起こるわけないもん。


そうじゃなきゃ“銃刀法違反”とか“殺人未遂”とか“殺人罪”で捕まるのよ。


まさかそれを知らないわけないでしょ。



夢の中で「これは夢だ」って分かること、ホントにあるのね。



それにしてもなんて夢。


血の匂いがきつい。


うっ…気持ち悪い…


やばい…吐きそう。



何でこんな夢見るわけ?!


だいぶ疲れてるのね。



夢とはいえ…こういう場合、逃げるべきよね?


賢明な判断。


見つかったらとんでもないとばっちりをくらいそうだわ。



そうと決まれば早く逃げなきゃ。


見つからないようにさっさと逃げよう。



あれ…


嘘でしょ!


腰を抜かして体に力が入らない。



どうしよう…


一刻も早くここから逃げたいの。


腕も足も手の指にさえ力が入らない。




「おい、お前!」



人の声、気配に心臓が飛び上がる。



お前…って、わたしをお呼びでございましょうか、もしや…?



下を向いていても、誰かの人影が自分の体に重なるのが見える。



恐る恐る顔を上げると…


わたしを見下ろす、血のついた鬼の形相。


この状況でも、眉ひとつ動かさない。


返り血っていうんだろうか…顔や首、着物に赤い血染みが付いていた。



しまった、見つかった…


絶体絶命。


四面楚歌。


危険に瀕したときの言葉ばかりが頭に浮かぶ。



“顔面蒼白”って今のあたしにぴったりの四字熟語。



「ここで何をしている?」



ゴクリと生唾を飲む。


心臓をもぎ取られそう。


刃を下に向けて右手に持つ刀から、血がしたたり落ちた。



この人の凄まじい迫力と、見つかってしまった恐怖とで言葉が出ない。



あまりにも恐怖を感じたときは声が出ないと聞いたことがある。


どうやら本当なのね。


わたしなら絶対、ホラー映画みたいな悲鳴をあげると思ってた。



てゆうか、そんなのどうでもいい。


そんなことより、巻き添えで殺されちゃったりしないよね?!


まだ死にたくない!


うら若き乙女なんだからねー!!


夢でも死ぬなんてイヤ!


ものすごーく不吉じゃない。



夢なのに…


夢って分かってるのになぜ声が出ないの?



もし、わたしを殺したら、一生恨んでやるっ!


死ぬまで憑りついて許さないんだから。



頭の中がぐるぐるする。


パニックで真っ白だ。



「絶対に出てくるんじゃねぇぞ」



えっ…?


恐怖心に反して、侍は再び斬り合いに戻って行った。



なん…なの…?


殺されなくて済むの?


拍子抜けしたせいで、脱力感が体を襲う。



地面に腰を落としたまま、ぼんやりと考える。



これは俳優さんたちの演技?


演技力には脱帽だけど…何だか腑に落ちない。



それとも、やっぱり夢?


“時代劇の撮影の夢”を見ているんだろうか。


今までに一度だってこんな夢、見たことない。



分からない…


どこまでが現実で、どこからが夢?



そもそもわたしは今、どこにいるの?


ワープでもした?


それこそありえない。



自分がどこにいるか分からないなんて、もしかして記憶障害か何かの病気なんじゃ…



いくら考えても答えは出ない。



いっそ、答えが出ないのなら、勝手に夢だと思い込んでしまおう。


それがいい。



現実逃避?


それでもいい。



だって、こんな意味の分からない現実があるわけないのだから。




どのくらいの時間が過ぎたのか。


もしかしたらほんの数十分の出来事なのかもしれないけれど、果てしなく長い時間に感じる。



場の空気の変化に、ハッと我に返る。


斬り合いは終わったんだろうか?


激しい刀の音が止み、生々しい人の声も悲鳴も聞こえなくなった。


耳をふさいでいた両手をゆっくりと離す。



「おい、そこの娘さん」



さっきの侍に再び声をかけられ、ビクッと肩を震わせた。



追いつめられた袋のねずみ。


悪夢はいつまで続くの?



「顔が真っ青だぞ。逃げ遅れて腰抜かしたか?」



何で話しかけるわけ?


構わず帰ってほしいんだけど。



「家はどこだ?送ってやろう」



ぶんぶんと勢いにまかせて首を横に振る。


断固拒否!



余計な気は回さなくて結構。


とにかくわたしのことはほっといて。



警戒心の塊。


今し方、血みどろの決闘をしていた人に心を許せってほうが無理な話だと思わない?



チラリと上目遣いで侍を見る。



あれ…?


どこかで見たことある顔…


思い出せない。


この人が着る羽織にも見覚えが…


何だったっけ…?


まあ、いいや。


他人のそら似ということにしておこう。



未だに言葉が出ず固まっていると、体がひょいと宙に浮いた。


わたし、どうやらお姫様抱っこされたのだ。



さっ、さらわれる~!


拉致?!


監禁?!


誘拐?!



どこかに連れていかれる、何かされる…かもしれないというさらなる恐怖。



「…お、下ろしてくださいっ」



やっとの思いで声を振り絞った。


なのに。


声が小さかった?



聞こえなかったのか。


それとも無視したのか。



わたしを抱えたまま平然と歩き始める。



「お前っ!暴れるな!」



両足をジタバタと上下に動かし抵抗した。


…が、敵わなかった。



「いたっ…!」



ズキズキと右の足首が痛む。


いつ捻ったの?


夢って痛みも感じるんだっけ…?



「この子は?」


「この短時間でいつの間に引っかけたんだ?」


「そんなんじゃねぇよ」


「またまた!すっとぼけちゃって」


「隠さなくてもいいんだぜ」


「いくらなんでも、斬り合いの最中に女に声かけるか!」


土方ひじかたさんなら十分ありえるだろ」


「馬鹿言ってねぇで帰るぞ!」



仲間…?


何なの?


この人たちは。



仲間という証だろう。


全員が同じ羽織に袖を通している。



続々と同じ姿の侍たちがこちらに集まり。


顔を覗いては口々にわたしのこと、何か言っているようだ。


途切れ途切れ、彼らの会話が耳に入ってくるものの、頭にはまったく入ってこない。


考えるべきことが多すぎて、耳から抜けていってしまう。



完全なるパニック状態。


目まぐるしい展開に目が回る。


平静を装うことは不可能。



「草履、片方なくしたのか?たぶん挫いた時だな。慌てちまったんだろ」



あれ…本当だ。


足を挫いたほうの、右の草履が片方ない。


気がつかなかった。


今のわたしにはそんなこと、やっぱりどうでもよくて。



「この子、口がきけないんですか?」


「いや、さっき声を聞いた」


「顔色が良くないが」


「無理もないさ。逃げ遅れてここに隠れてたんだ。見たくもねぇもんを見ちまっただろうよ」


「そうだな…可哀想に」


「見つかったのが俺たちでよかったよ。あいつらに見つかってたら、何されてたことか」


「すっかり怯えた目をしちまって。安心しろよ。もう大丈夫だからな」



複数の男の人の声。


どの声が誰のものなのか。


顔と声とを一致させる余裕はなかった。



見知らぬこの人に抱えられるような展開になるなんて、不覚。


もうすでに抵抗する力はないけど。



第一、この人たちは何者なの?


俳優なの?


人斬りなの?


どっち?!



さっきはあれほど殺気立っていた人たちだけど、襲われそうな感じはしない。



そんな気がする。


直感。


根拠は、ない。



もしかしたらこの人は、単に親切心で助けてくれたのかも。


そう見せかけて、実は…なのかもしれないけど。



だから、どっちなの?!


疑心暗鬼で素直に受け取れない。


どちらにしても、果たしてわたしは大丈夫なんだろうか…?



「そんなに怯えてなくても大丈夫だ」



また、わたしに話しかけてるの?


何を言われても、今は応えられないの。



たった数十分しか経っていないはずなのに、この疲労感は何だろう。


さすがに、人が斬られてあんな大量の血…なんて見たら気が滅入っちゃう。



あ、でもこれは夢だもの。


悪夢だ…


こんな怖い夢もう嫌。


お願いだから早く目覚めて!


夢から覚めて、「やっぱり夢だった」と言って、ほっとしたい。


全く休んだ気がしないし、間違いなく寝不足だ。



「安心しろ。怪我人や病人をとって食うようなことはしねぇよ」



信じていいの…?


ああ、なんだか意識が遠のいていく…


こんな場面に遭遇したら、夢でも失神しちゃう。



「おいっ!」


「………」



腕がストンと落ちる。


侍に抱えられたまま、気を失ってしまった。




夢かと思った。


夢ならよかった。


どうか夢でありますように、と何度も願った。



まさかこの時、自分の身にとんでもないことが起きているなんて…







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