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魔法使いと家族

 由良さんが運転する車で走り続けること約一時間。

 俺たちはようやく目的地の病院にたどり着いた。

「久しぶりだな、ここも。あんまり変わってないなあ」

 不安と、少々の懐かしさがこみ上げてくるのを感じながら、勝手知ったる何とやらで職員用の駐車場から病院本棟までの道を進んで行く。

 海ちゃんは由良さんと並んで後ろを付いて来ているが、その視線がずっと自分の背中に注がれているのを感じていた。

 車中でのやりとりはただでさえ思い出すと顔が赤くなってくるのに、それに加えてばっちり由良さんにも聞かれていたはずで、ちょっと恥ずかしい。

「雄弘様、とりあえず仮眠室へご案内します。院長が普段利用しているところなら、誰もいないはずなので」

 裏口の扉に手をかけた俺に、そんな声がかかる。

 気遣いはありがたいが、今はそんな気分じゃなかった。

「いや、いいよ。手術室の前で待ってる」

「心臓のオペですよ?」

 由良さんの言いたいことはわかる。

 心臓手術は時間的には短いが、術後処置が大変になる。無事成功したとしても、ICU直行は間違いないだろう。俺がいたところでできることは何もない。

 だから今は休んで、術後経過を見守るための体力を温存するのが一番いい選択のはずだ。由良さんの方が正しい。

 それでも、俺はできる限り親父の近くにいたいと思った。

「いいんだ。海ちゃんだけ案内してやってくれ」

「えー、私もお兄さんと一緒にいる」

 即座に不満の声を上げる海ちゃん。

 由良さんは苦笑すると、まあ、こうなりますよねと言ってくるりと向けた。

「お二人は手術室前でお待ち下さい。飲み物と、一応なにかかけるものを準備してきますので」

「ああ、ありがとう」


 手術室前の長椅子で由良さんからもらった暖かい紅茶を飲んで、ようやく少し落ち着いた。

 海ちゃんは疲れていたのか、俺の膝枕で寝息を立てている。

 そして『手術中』を示すランプは、相変わらず赤く点灯したままだ。

 由良さんは仕事が残っていると言い残し、院長室の隣にある自室へ行ってしまった。

「雄弘殿」 

 と、痛いほどの静寂の中、不意に名前を呼ばれてそちらの方を向く。

 声の主は宗次郎氏だった。海ちゃんの鞄から少しだけ顔を出し。こちらを見上げている。

「良かったのか? 我らを連れてきて」

「かまわないさ。おっと、あまり大きな声で喋らないでくれよ。ばれると大変だ」

「このような姿でもあるしな。案ずるな、この鞄からは出んよ」

「すまないが、そうしてくれると助かる。で、連れてきてもよかったのかって、別にいいんじゃないか?」

 特に悩むことでもないと思うのだが。

 そりゃ、来たくないって言うのなら無理には連れてこないけれども。

「それに、女の子と小動物を夜中にほったらかしにする方が心配だよ」

「小動物……」

 なにやら納得いかない様子の宗次郎氏だが、ただ喋ることができると言うだけで、俺にとっては見た目ねずみだし。

「まあ、あんた達はもう家族みたいなもんだからな。気にするなよ」

「……そうか。ならばいい。私も少し休ませてもらう、何かあったら声をかけてくれ」

 そう言って宗次郎氏は、ひょいと鞄の中に戻っていってしまった。

 そして残された俺は、今自分が口にした言葉に自分自身で驚いていた。

 家族。家族。家族か。

 家に一度戻ろうと思えたのも、多分この二人の影響だよな。

 ずっと一人暮らししてて、家に帰っても誰もいなくて。

 でも、二人が来てからは、疲れて帰ってきたときにお帰りって言ってくれる人がいて。

 飯食うときも無言じゃなくて、寝るときはお休み、起きたらおはよう。

 休日は遊べとせがまれて、出先で疲れて寝るから背負って帰って。

 具合が悪くなって寝込んだら、一生懸命看病してくれて。

 道に迷ったら、それとなく勇気づけてくれて。

 親、兄弟、子供……は持ったこと無いから分からないけど。とにかく家族がみんなまとめてやってきたみたいだったな。

 ホームシックになるには十分か。

でもまあ、感謝しないとな。少なくとも、親の顔見ようって気になったきっかけなのは確かだ。

 そんな状況でもないのに、何故か頬が緩んでしまう。

 いけないと頭を振り、顔を上げると、ちょうどその瞬間手術室前の赤ランプが消えた。

 ……終わったか。

「海ちゃん、ごめん。起きてもらってもいいかな」

「ふぇ……あ、ごめんなさい、私寝ちゃってた……?」

 謝る海ちゃんの頭を一撫でし、立ち上がる。

 間もなく手術室の扉が開き、ストレッチャーに寝かされた親父が運ばれていった。おそらく、ICUへと。

「来ていたのか。久しぶりだね、雄弘くん」

「正岡先生……ですか? ご無沙汰しています」

 続いて手術室から出てきたのは、顔見知りの医師だった。

 ずっとこの病院に勤務しており、腕は確かだ。患者からの信頼も厚いらしい。

「執刀は正岡先生が?」

「ああ、ひとまず最初の山は越えたといったところだ。だが、隠してもしょうがないからはっきり言っておこう。手術自体は成功したが、あとは本人次第だ。一命は取り留めたが、目が覚めるまでは何とも言えない」

 果たしてこれは良い結果なのか悪い結果なのか。

 しかし、すぐにどうこうということはなかったのだ。ここはまだ不幸中の幸いだと考えることにしよう。

「分かりました。ありがとうございます」

「しばらくは様子見だ。助かるよう、こちらも全力を尽くす。君は少し休んできたらどうだね? 相当疲れているように見えるぞ」

 心臓手術を終えたばかりの医師にそんなこと言われるほど、今の俺は悪く見えているのか。

 が、確かにこれ以上無理をしてもしょうがない。今は休もう。

 親父のことは、ここの優秀なスタッフに任せるしかないのだから。

「お気遣い、感謝します。ではお言葉に甘えて」

 正岡先生に一礼すると、俺は海ちゃんを伴って由良さんの部屋へと足を向けた。

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