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魔法使いの話し合い

 真之介さん二度目の訪問から三日。お兄さんはなんだかずっと上の空。

 ちゃんとバイトには行ってるんですが、受け答えに若干のズレがあるというか、ちょっと変です。

 会話が妙な感じになってるのは、おそらく私の方にも原因があるんでしょうが……。

 ともあれ、このままふらついてるのを見てるのは少し心配です。

 宗次郎さんに言わせれば、『悪い悩みではないから放っておいてもかまわない』らしいんですが。

 なんにしてもこのままではいけないかなと、影響を与えない程度に例の話題に触れてみることにしました。

 朝食後、お茶を啜ってくつろいでるところを見計らって、話を振ります。

「お兄さん、ちょっといい?」

「ん? なんだい?」

「えっとね、こないだの話なんだけど……」

 とは言っても、どう聞いたらいいのかというのは少し難しいかも。

 言葉を選ぶのって大変です。

 うー、なんで最初からちゃんと考えてこなかったかなあ、私。

「こないだの話って、俺がいっぺん家に帰るってやつ?」

「う、うん。よく分かったね」

「だって海ちゃん、顔にそう書いてあるし。いいよ、話せる範囲でなら」

 笑いながら、お兄さんは答えます。

 むむ、私そんなにわかりやすいのかな。

 とにかく、話の切り口は開かれました。

「じゃあ、遠慮無く聞かせてね。お兄さん、どうして急に帰ろうかなって気になったの?」

「うーん、なんでかなあ。前にも言ったけど、別に親父のことが嫌いな訳じゃないんだ。意味の無い反発心で出てきたけど、俺にも里心がついた、ってことなのかもな」

「真之介さんの話でも、どうもお兄さんを無理矢理お医者さんに、ってことでもなさそうだし」

「うん、まあ。親父はずっとそんな感じではあった。ただ、やっぱり自分と同じ道を歩んで欲しいってのはあったはずだし、俺も昔はそれに応えようとしてた」

 なるほど。

 そりゃあ、嫌々ながら医大を卒業できるはずがないですよね。

「もしかしたら、遅い反抗期だったのかも、って今になって思うよ。中学高校の頃は、それこそ反抗する暇もなく勉強してたし」

「その反動で、今ってこと?」

「かもな。ま、気が向いたら帰ってみるのも悪くないってぐらいには考えてるよ」

「そうだねー、私も家族は仲が良い方がいいと思うよ」

 私がそう言うと、お兄さんは驚いたような、ちょっと不思議そうな顔をしてこちらを見返してきました。

 あ、もしかして家なしの私が家族うんぬん、なんて言ったからかな。

 相変わらず、そういうところ気にしすぎ……いえ、心配してくれてるわけですよね。

「さ、お兄さん、そろそろ準備しないと、バイト遅刻しちゃうよ」

「おっと、そうだな。じゃあ今日も行ってくるか」

 察してくれたのか、お兄さんはぴょん、と立ち上がって玄関に向かいました。

 うん、私のことはいいので、今は自分のことに集中していてもらいたいものです。

「いってらっしゃい。気をつけてね」

 玄関で手を振ってからリビングに戻ると、宗次郎さんがなにやらもの言いたげな様子で待ちかまえていました。

 こういう顔してるときは、だいたいお説教なんですよね……。

「海、ここに来てからずいぶんと楽しそうだな」

 あれ? もしかして小言じゃないのかな。

 ちょっとは覚悟してたんですけど。

「うん、とっても楽しいよ。お兄さんいい人だし。宗次郎さんもそうじゃないの?」

 宗次郎さんって結構気難しくて、あんまり必要以上には人と話さないんですよね。

 それがどういうわけか、お兄さんとはわりと雑談したりするんです。

 一緒になって私をからかったり、古い本の話だったり、それこそ明日の天気みたいにどうでもいい内容だったりとか。

「そうだな、この家は居心地が良い」

 ほら、やっぱり。

 私としても、宗次郎さんとお兄さんが仲良くしてくれるのは嬉しいです。

「久しぶりに『家族』を感じているのかもしれんな」

「うん、ここにいると、なんだかほっとするよ」

「……だが、若干長居しすぎたとは思う」

 ……あー、それはそうかも。

 確かに、こんなに長いことターゲットになった人と一緒にいたのは、ましてや同じ屋根の下で生活してたのは初めてです。

「そうだね。まあ、とりあえずお兄さんとの約束の期限もあと一週間ぐらいだし、契約するかどうかはさておき、目処は立てておかないとね」

 うん、そうしましょう。

 お兄さんのことだからこのままなし崩しに、ってことも十分に考えられますし。

「うむ、このままの状態が続くのは、我らにとっても良くないし、何より雄弘殿に申し訳ない」

「……それじゃ、期限は残り一週間。お兄さんが最初に決めた通りってことでいいかな」

「それでいいだろう」

 こうやってはっきり数字が見えてしまうと寂しいものがありますが、仕方ありません。

 出会いがあれば、別れの時も必ず来るものです。

「まあ、これが私たちの定めだしね。とりあえずは、今できることをしっかりやっていきましょうか!」

 自分を元気づけるようにわざと大きな声を出して、よいしょと気合いを入れます。

 差し当たっては、掃除から始めるとしましょう。

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