魔法使いの写真
ふー、お腹いっぱい。
今日も今日とて、海ちゃんの作ったおいしい食事をたらふく食べたあと、リビングでだらだらテレビを眺める俺。
洗い物まで全部任せてしまってなんだか申し訳ないが、海ちゃんに言わせれば『もっと甘えてくれ』とのこと。
まずいな、このままじゃ家事のやり方を忘れてしまいそうだ。
「お兄さん、お茶飲むー?」
なんてことを考えている間にも、キッチンの方からそんな声が聞こえてきた。
まったく、嫁さんでもここまではしないんじゃないかってぐらいの仕事ぶりだ。ありがたいねえ。
「ああ、お願いしようかな」
「はーい、ちょっと待っててね」
台所に返事をすると、すぐに元気の良い声が返ってきた。
そして、ちょっと待って、と言った割には、案外すぐにお盆に急須と湯飲みを乗せた海ちゃんがリビングにやってくる。
「はい、どうぞ」
湯気の立つ日本茶を湯飲みに注ぎ、お茶請けの煎餅と一緒に食卓に並べる。
ほんと、ありがたいよ。
おっと、そう言えば。
湯飲みを自分の方へ引き寄せながら、忘れていたことを思い出した。
「海ちゃん、これ」
一枚の写真を取りだして、海ちゃんに手渡す。
夕飯の準備をしているときに、海ちゃんが落としたものだ。
悪いとは思ったが、拾ったときにちょっと見てしまった。
「お、お兄さん、これ、なんで?」
海ちゃんは慌てて写真を受け取ったが、何故か若干動揺しているように見える。
はて、これがそんなに見られてまずいものだったのだろうか。
「さっき怒られたときに、ポケットから落っこちててさ。海ちゃんちょうど炊飯器の蓋開けてるところだったから、邪魔しちゃ悪いかなと思って後回しにしちゃったんだけど……」
「あ、いや、大事なものだけど、別に見られて困るとかそういうのではないというか」
どうしたんだろう。なんかいつもと様子が違うな。
普段ならとても子供とは思えないほど落ち着いている海ちゃんが、なぜかしどろもどろだ。
「そう? だったらいいけど。それにしてもきれいな人だな」
写真に写っていたのは、二十歳前後と思しき女性だった。
それも、海ちゃんによく似ている。
だからおそらく母親か姉だろうと推測したのだが、海ちゃんの現状を知っている俺には、そのことを確認できなかった。
「姉だ」
と、部屋の隅で丸まっている宗次郎氏が突然そんなことを言った。
「姉……って、海ちゃんのお姉さん?」
宗次郎氏の口から海ちゃんの過去に関わる話が出るのは初めてだったので、若干面食らう。
が、まあ姉というなら納得だ。
確かに写真の女性は、海ちゃんをそのまま成長させたような感じに見える。
「ふうん、なるほど。ってことは、海ちゃんもきっと将来はこんな美人になるんだな」
「……へへへ」
「それまでまだ俺が独り身だったら、その時は恋人に立候補しようかな、なーんて……」
軽い気持ちで言ったつもりだったが、俺の言葉を聞いた瞬間、海ちゃんの表情がさっと曇った。
この子のこんな顔、今まで見たことがない。
「冗談だよ、冗談」
「あ、そうじゃなくて、嫌とかじゃないんだけど、なんて言ったらいいのかな……」
慌てて会話を軽く流そうとするが、海ちゃんは依然困り顔のままだ。
これは一体……?
「私の目に敵うのなら、まあ認めてやらんでもない」
「ちょ、宗次郎さん!」
ここで宗次郎氏からの助け船が出た。ありがたい。遠慮無く乗っからせてもらおう。
「おっと、保護者がいたか。こりゃ手強いぞ」
「審査は厳しい。覚悟しておけ」
「もー、二人とも何言ってるの! 私の意志は無視……じゃなくて!」
つられたのか、海ちゃんも大きな声を上げる。
うん、さっきよりは少し良い感じになったかな。
「はは、ごめんごめん。あんまりきれいな人だったから、ついね」
「……そう何度も美人美人って言われると……ねえ」
俺の言葉に、海ちゃんは何故か下を向いて手をすりあわせている。
ん? なんで照れてるんだ?
どうしたのかと宗次郎氏の方を見るが、氏はさっきのやりとりなど忘れてしまったかのようにこっちを向いてもいない。
「ま、いいか。笑ったら喉が渇いちゃったよ」
少し冷めてしまったお茶を一息で飲み干し、海ちゃんに湯飲みを差し出す。
「おかわり、もらえるかな」
海ちゃんはちょっと微妙な目つきでこちらを睨んできたが、ちゃんとお茶は注いでくれた。どうやら怒っているわけではないようだ。
まあ、あんまり触れて欲しくない話題ってのもあるだろうし、この話はここでおしまいにしておこう。




