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魔法使い(自称)との遭遇

 十月も半ばに差しかかり、吹く風もどこか秋めいてすっかり涼しくなった頃。俺が魔法使いに出会ったのは、そんなある日のバイト帰りのことだった。

 夜中の九時過ぎ、いつものように立ち寄ったスーパーで突然声をかけられて怪訝な顔で振り返ると、見たところ十歳前後の少女がそこに立っていた。

 薄いピンクの長袖シャツに紺色のジャンパースカート、肩からデニム地の小さなショルダーバッグを提げていて、ショートボブの髪の下から特徴的な大きめの瞳が興味深そうにこちらを眺めていた。

「ねえねえお兄さん、それ今日の夕ご飯? あんまり身体に良さそうなものじゃないね」

 半額コーナーの惣菜を買い物カゴに放り込む俺を見て、少女はそんなことを言いやがった。

「ほっといてくれよ。っていうか君、誰?」

 無遠慮に手元をのぞき込んでくるその少女は、こちらの問いかけにえへん、と胸を張って答える。

「私? 私は魔法使いだよ。世界中の人を幸せにするために……」

 いやいや、いくら何でも怪しすぎるだろ。それともあれか、最近流行の。

「ああ、電波って奴か」

 納得してそう言うと、自称魔法使いは目を剥いて怒鳴り返してくる。

「ちがうもん! 電波じゃないもん!」

 だが俺は腹ペコだ。そんなことはどうだっていい。

「はいはい……お、これまだ食べたこと無いな」

 ナスのはさみ揚げを追加でカゴに入れる。毎日のように通うこの店でも半額コーナーで見るのは初めてだ。残るものはだいたい決まってくるので、ちょっと得した気分になる。

「なんで無視するのー!」

 抗議の声を上げる少女。あんまり大声出されると目立つんでやめてほしいんだが。

「バイト帰りで疲れてるんだよ。早く帰ってご飯食べたいの」

「待ってよう、ちょっとでいいから話聞いてー」

 こっちの服の裾を掴んでぐいぐい引っ張り始めやがった。

 ……そろそろ周りの視線が気になるんですけど。

「疲れてるって言ってるのに……だいたい君、小学生だろ? こんな時間に一人で外にいちゃダメじゃないか」

「ちょ、話聞いてよ!」

 バイトを始めてからはあまり気にならなくなってたけど、考えてみればすでに未成年は補導されるような時間だ。

 そういえば子供の頃はこんな時間に外に出ると何かわくわくしたよな。まあ、だからといって子供が夜遅くに外出するのを見過ごすわけにはいかない。

「ほら、親御さんも心配してるだろうし、早くおうちに帰りなさい」

 俺なりに精一杯の笑顔を作って、なるべく優しく諭したつもりだったのだが。

「だーかーら! 私は魔法使いだってば! 話を聞いてほしいの!」

 彼女は盛大な不満顔でまた妙なことを怒鳴り始めてしまった。

 ……やだなあ、みんな見てるよ。

「オーケー、わかった。わかったからそんな大声出すなって」

「信じる? 信じる?」

 ああもう、とりあえず店から出なきゃいかんな、こりゃ。

「信じるかどうかはさておき、まずは外に出ようか。話ならちゃんと聞くからさ。会計してくるまでちょっと待っててくれよ」

「うん、わかった」

 元気よくうなずいた彼女の声と重なるように、ぐう、と立派な腹の虫の音が響く。

「…………お腹すいた」

 こんな時間に腹減ってるとかマジかよ。親は何やってんだまったく。

「はぁ、わかったよ。君のも買ってあげるから、好きなの選びな」

「ほんと!? ありがとう、お兄さん!」

 やれやれ、給料日までまだ遠いのに余計な出費だと胸の内でぼやくこちらの気も知らずに、彼女は惣菜売り場であれこれと物色を始めた。

「おおっ、シャケ弁当! こっちにはカツ丼! うー、悩むなあ」

 こいついったいどんな食生活送ってるんだ? スーパーの惣菜でこんなにテンション上がるなんて。いや最初から高かった気はするけどさ。

 それにしたってなんか浮世離れしてるっていうか、妙な雰囲気なんだよな。三十年近く生きてきたけど、こんな変な奴にお目にかかるのは初めてだ。

「はい、お兄さんこれ、お願いします!」

 ようやく選び終わったらしく、少女は俺に一つの弁当を手渡してきた。

『デラックスハンバーグ弁当』750円…………。

 しかも半額じゃねえとか。くっそ、俺だってこんないいもん食ったことないってのに。

「お兄さん?」

 若干固まってる俺に怪訝そうに声をかけてくる少女。

 ええい、男に二言無しだ!

「あ、いやなんでもない。お金払ってくるから、外で待っててくれ」

「はーい」

 元気よく返事をして出入り口に向かう彼女の背中を見ながら、俺は一つため息をついた。


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