第一章:雪ノ塚荘にやって来た日
8月30日、私は雪ノ塚荘にやって来た。
見た目は普通のマンション。
古くも新しくもない。
私は入口の前で、深呼吸をした。
(男がいる事は確かだ。いつもの毒舌は控えないと…)
中に入ると管理人の雪ノ塚棗さんがいた。
この人は不思議だ。
男の筈なのに、私の体が拒否反応を起こさないのだ。
「ああ、改めまして。ようこそ、雪ノ塚荘へ。絢芽ちゃん、困った事があったらなんでも言ってね?」
と、棗さんは言った。
「あ、ハイ。ありがとうございます」
私は荷物を床に降ろした。
その荷物を見て棗さんが
「じゃあ、僕が荷物部屋まで運ぶからここでちょっと待っててくれる⁇色々案内したいからね」
と言って荷物を持ち上げた。
「あ、ありがとうございます」
私がそういうと、棗さんはこくんと頷いてそのままエレベーターに乗って去って行った。
しばらくしてエレベーターが来た。
棗さんだとおもって私はエレベーターの前に立っていた。
しかし、降りて来たのは全くもって別人だった。
つり目で、目付きは悪い。
棗さんとは大違いの…男だった。
「は………⁇」
互いに声を合わせてそう言った。
男が男が目の前にいる。
(ダメだ、堪えろ、自分…)
私はとうとう我慢できずに言ってしまった。
「男ぉぉぉ‼気持ち悪いッ」
ああ。やってしまった。
私の悪癖。男と接触するとつい悪態を吐いてしまう事。
「男なんて世界から全滅してしまえばいいのに‼男なんて、ゴキブリ以下、いやホコリ、チリ以下だぁぁぁぁあ‼‼」
私がそう口走ると目の前の男が眉にシワを寄せた。
「はぁ?!なんで俺がそこまでいわれなきゃいけねぇんだよ⁉」
男はそう怒鳴り、持っていた紙コップを握りつぶした。
「いいか、棗さんがここに連れて来たんだろうが、俺は認めねぇ‼女なんか大嫌いだ、吐き気がする‼」
と言われた。
なるほど、つかめて来た。
こいつは女嫌いなんだろう。
「なんだ、じゃあお前は男が好きなのか⁈はっ、そうか、気色悪い汚物だな‼」
また、言ってしまった。
「ああ?じゃあお前は女が好きなのかよ⁉男同士よりねえよ、ありえねぇ‼」
その言葉にイラついた私は再び口を開いてしまった。
「なんだ、否定しないのか、アレか、まんざらでもないのか‼それとももう出来ているのか⁈」
そこまで言ってから私は後悔した。
(流石に言いすぎただろうか…)
そんな事を思っていると棗さんが帰って来た。
「葵くんッ!女の子になんて事を言ってるんだよ、ダメじゃないか」
と言って、葵くん、と呼ばれた少年の頭を軽く叩いた。
「棗さん、こいつなんなんだよ、つか新しく住人が来るのは聞いていたけど女ってはきいてねぇぞ‼」
「うん、だって言ったら葵くん嫌がるだろうと思って」
棗さんはにこりと笑った。
「あ、紹介するね。この子は桜庭葵くん。女の子が大嫌いなんだ。目付き悪いし口も悪いけど、いざとなれば頼れるし根は優しいから仲良くしてあげてね」
と、棗さんが言った。
「あ、絢芽ちゃんも自己紹介して」
棗さんに言われ私は渋々自己紹介をする。
「皐月絢芽です、今日からここに越してきました。お世話になります」
と、私はぶっきら棒に言った。
そこを棗さんがフォローしてくれる。
「絢芽ちゃんは男嫌いなんだ。嫌がらせとかしちゃだめだよ⁇」
と、棗さんが葵という少年に言った。
「はっ、誰がこんなヤツ…顔も見たく無いぜ」
そう言って去って行った。
「ごめんね、本当はいい子なんだよ⁇ただ女の子には厳しいんだ…」
棗さんは悲しそうに彼の背中を見つめた。
私は気になって尋ねて見た。
「桜庭くんはなんで女が嫌いなんですか?」
棗さんは俯いてそしてすぐに笑顔に戻った。
「それは、本人から聞かなきゃ。あ、部屋まで案内するよ」
************
私は今、自室にいる。
本当に孤児院なのかと思うほど部屋も設備も充実していた。
部屋の片付けも大体終わり、時計を見た。
「もう夕方か…早いな…」
そろそろお腹も減って来た。
仕方ない。コンビニにでも買いに行くか。
私が玄関をでると、そこには桜庭くんがいた。
「あ、お前まだここにいたかよってアレ…⁇おい、待てよ。お前の部屋ここかよ⁇」
桜庭くんは目を見開いてこちらを見る。
桜庭くんは私の隣の部屋に鍵を差し込んでいる。
つまり、私の部屋と隣同士という事なのか…⁇
「え、あんたの部屋は103号室だったりするのか?」
私が尋ねると、桜庭くんは眉間にシワを寄せて溜息をついた。
「棗さん……ッ!‼!!!」
桜庭くんは私を見て言った。
「……飯で来てるから食べて来いよ」
「アンタは食べにいかないの⁇」
私は距離を取りながら話し掛けた。
桜庭くんは赤面して言った。
「俺はいい。つかなんでお前と部屋が隣なんだよ!!あー最悪だぜ」
「それはこちらのセリフだ」
私がそう言うと、暫く沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは明るい髪色をした少年だった。
「キミが新しい住人⁇」
私がこくんと頷くと少年はパァと笑顔になって私に抱きついた。
「な、なななッ!!!!!!!」
私は何が起こったか判らずに固まった。
「久しぶり、絢芽!!!」
少年は私をすっぽり包むように私を抱き締めてくる。
「久しぶりって、ちょっ、誰だ」
「え、覚えてないの⁉俺だよ、俺!!」
少年は私を必死に見て言った。
(あれ…身体が、反応しない)
「おれおれ詐欺か⁈誰だ、私は知らない…離せッ!」
私が離れようとしても力が敵わなかった。
するとそこに桜庭くんが入ってきた。
「おい、止めろ。馬鹿裕也」
「裕也……??」
何処かで聞いた事のある名前だ。
なんだろう。とても懐かしい気がする。
「まだ思い出さないの?桐嶋裕也だよ。小学生の時に良く一緒に遊んだじゃんかぁ」
確かに、小学生の時に唯一仲良くしてくれた男子が居たが、記憶の中の彼はこんなんじゃ無かった気がする。
「あ、じゃあこれで思い出すかな…裕也んって俺の事呼んでたじゃん」
(あ………!!!!思い出した)
私が苛められてる時にたった一人で助けてくれた人。
「久しぶり、裕也」
「もう7年経つんだね」
私と裕也が話していると桜庭くんがとても悲しそうで、寂しそうな顔をした。
その時の顔が、私の眼に焼き付いて離れなかった。