6:虐殺 -SLANGHTER-
月が俺達を照らしている。
隣りを歩く周防は何を考えているのだろうか。
全ては語らなかったが、さっきの細身の男【高村一樹】に恨みがあると言っていた。
横目で見るその顔は、何か決意を固めたような真剣な面持ちだった。
「なぁ周防、俺たちの能力って何なんだろうな…」
俺は夜空を見上げながら呟いた。
「さぁ…な…」
周防はそっけなく返す。
「俺思うんだ。この能力さえなければ、今迄どおり平凡に暮らせたんじゃないかって。友達も失わず、ましてや殺し合いなんて無縁の生活にさ」
お互い顔を合わさず、正面を見ながら話していた。
「確かにな。でもお前はそれで満足なのか?その平凡な暮らしってやつで」
何を言っているんだ?
満足に決まっているじゃないか。
何事もなく笑って暮らせるならそれが一番良いに決まっている。
「能力があるせいかどうかはわからないが、結局の所どこかで形を変えて争いは起き、お前の言う大切なモノも失われていったんじゃないか?」
周防は俺に向き直った。
「俺には他の人に持てないチカラがある。それだけで目的を果たせる。俺は能力に感謝してるよ」
そう言いながらまた歩き始めた。
周防の目的…それは高村と戦い、殺し合うことなのだろうか?
「俺は…強くなりたかったんだ…」
小さな叫びが短い残響を残し、夜空に吸い込まれた…
しばらく歩くと、目の前に見慣れた人物を見つけた。
「あれ、美里さん?」
パッと顔を上げ、美里さんは俺たちに歩み寄る。
「よかった、もう見つからないかと思っていたところだったんですよ」
走って探していたのだろう、呼吸が乱れている。
「お友達ですか?」
周防を見て、小さく笑顔を作った。
「こいつとはさっき知り合ったばかりですよ」
同じ年頃だから、友達に見えてもムリないだろう。
「貴方…貴方も能力者なんですね?」
予想通りというか、美里さんは一目見て能力者であると気づいた。
それと、きっと胸に秘める決意も見えてしまったであろう。
周防も一瞬うろたえたが、読心の能力だとわかると納得したようだ。
今、高村の言うフリーの能力者が三人集まっている。
こんな偶然ってあるか…なんて思いつつ、なぜか心強くもあった。
「実は和真さん、貴方の中に不穏な気配を感じて追いかけてきたんです」
美里さんは俺を真っすぐに見ながら言った。
「もしかしたら貴方の能力に原因があるのかもしれません。一度その肉体的疲労をお医者さまに相談してみては…と思いまして」
確かに能力を使うたびに身体に異常を覚える。
それは戦闘のダメージや、慣れない能力の負荷かと思っていたのだが、もしそうだとしたなら美里さんはどうなる?
ほぼ自動的に相手の心を見てしまう能力に負荷があったとしたら、きっととっくの昔に倒れてしまってしただろう。
「なに、冴木の能力ってそんなにヤバいわけ?」
と周防が笑っていたのだが、突然震えだした美里さんに気づいて、俺たちは身体を固くした。
「み、美里さん?」
酷く怯えている。
彼女は頭を抱え、しゃがみこんだ。
「あ…悪意が流れてくる…頭が痛い…」
崩れかかるところを咄嗟に抱き留める。
この震え方は尋常じゃない…何かが見えたんだ?
「今までこんなことなかった…離れてる人の心を見るなんて…」
俺の腕にしがみつきながら美里さんが向いたのは…俺の家がある方角だった。
「え…俺の家?」
マズい!と叫び、周防がその方角に走り出す。
俺はわけがわからなくなっていた。約束は明日のはずだ、それなのに何故?
「私は大丈夫ですから…早く追いかけてください!」
一瞬、躊躇したが美里さんの真剣な目に気づき、全力で周防を追いかけていた。
いつもはさほど距離を感じない家までの道がやけに遠く感じる。
周防はもう着いているだろうか?
美里さんの言う悪意とは?
見えたと言う俺の不穏な部分とは?
何もかもわからない。自分のことでさえも。
それでも今は、全力で走ることが俺のすべきことのように思える。
だからとにかく走った。
すぐに息が上がる。
もっと真面目に体育の授業を受けていればよかった。
立ち並ぶ家々を抜け、十字路を曲がり、そして周防の背中を見つけた。
「す…周防…!」
「来るな!」
周防が叫ぶ。
よく見れば周防の目の前に人影がある。
母さんだ、俺の母さんが正面に立っている。
「母さん?どうしたの?」
やけにニコニコしている。不自然なくらいに。
俺が何気なく母さんに歩み寄ろうとしたのを、周防が腕で制止する。
「な…なんだよ?俺の母親だぞ?」
周防が首を横に振る。
「奴は…高村だ」
何を言っているんだ?どう見ても母さんじゃないか。
「変なこと言う子ね。和真、こっちへいらっしゃい」
母さんが手招きをする。
だが周防の腕が、より力を込めて俺をしっかりと引き止めていた。
「あの時と同じだな…高村。俺の妹を殺した時と!」
その言葉を聞いた母さんの顔が一瞬固まり、小さく笑いだした。
「そうかい、あの時のガキか…まだ生きてたとはな」
一度目を閉じ、再び開いたその目には明らかに狂気を宿していた。
母さん…?
俺は母さんと周防の顔を交互に見ていた。
「冴木…高村は他人の身体の中に侵入し、乗っ取る能力なんだ…」
乗っ取る…?
それじゃ…今の母さんは…
「一年前、俺の妹もその能力で殺された…俺のたった一人の家族を!」
母さんが一際大きく笑う。
「ひゃはは!そうさ!これが俺の【パラサイト】よ」
やっと俺にも飲み込めた。
高村は俺より先に家に向かい、母さんに会った。
そして能力による乗っ取りが悪意となり、美里さんのアイズワイドシャットで拾ってしまったんだ。
「高村!約束は明日だろう!?母さんから早く出ていけ!」
許せない…母さんは俺のたった一人の家族なのに…
「それはできないねぇ…こいつは人質だからな」
酷く不快だ…こんな奴らと手を組むなんて…だが…
「…取り引きするつもりなのか?」
母さんを返してほしければ仲間に入れということか。
「物分かりがいいじゃないか。まぁそういうことだ」
正直絶対にイヤだ…だがここはこのまま仲間になるしかないのか…
俺は震えていた。
恐怖なんかではなく、はっきりとした怒りと殺意で。
「嫌だっていうなら言ってもいいんだぜ?」
高村が後ろ手に隠していた包丁を取り出し、母さんの首元に近付ける。
「ま、待て!」
殺される…このままだと母さんは確実に…!
額から滲み出る汗、ノドもからからに渇いている。
TVドラマでよく人質を盾にされるシーンをよく見るが、実際だとこんなに苦しいとは思わなかった。
もう限界だ…いっそ仲間になってしまえば…
そう思った時、周防が含み笑いを洩らした。
「あいかわらずだな高村。その手口でまだやってるなんて思わなかったよ」
周防の周りに異質な空気が集まる。まさか!?
「グラディエーター!」
周防が叫んだと思うと、母さんの足元の道路が盛り上がり、母さんを仰向けに転倒させた。
そしてその盛り上がった部分が、ほんの一瞬で母さんの手足に乗り、固まった。
まるで手枷と足枷をつけられたように。
「なっ!?てめぇ!」
もうこうなっては身動きを取れないのは一目瞭然だ。
高村の抵抗も虚しく、手足をじたばたさせてもがいている。
「高村…所詮お前は自分より弱い者に憑くことしかできない卑怯者だ。その罪をここで清算しようぜ」
そして周防は俺を見て言う…殺せ…と。
「バ、バカ言うな!いくら高村が憑いてるからといっても、身体は母さんだぞ!まずは元に戻さないと!」
「そうよ和真!私を早く助けて!」
母さんが叫ぶ。
言ったのは高村だ、それはわかっている…わかっているのに心が揺れる。
「冴木、気持ちはわかる。俺の妹に憑いた時もそうだったからな」
周防が俺の目を真っすぐに見つめる。
「だけどな、もう遅いんだよ!高村に憑かれたら…もう死んでるんだよ!」
え…と声を洩らした。
母さんが死んでる…?
だって今、そこにいるじゃないか?
昼間はあんなに元気だったじゃないか?
俺が昼間に家を出て教会に向かい、その間に高村に殺されて身体を奪われて…
…あぁ、そうか…
すべてがわかった時、俺は目眩を起こし、地面に倒れかけた。
その俺を、いつから追い付いていたのか美里さんが抱き留めてくれる。
暖かくて…まるで母さんのようだった…
俺は母さんにまだ何もしてあげてない。
いつだって心配かけてばっかりだった。
最後の言葉だって何もなかったのに…。
「冴木…そのまま眠れ。幕は俺が下ろす」
周防の声がとても遠くから聞こえる。
その後に続く地響きと断末魔の声を子守歌に、俺は眠りに落ちた。
もうこの世にはいない、母さんの夢を見ながら―――