4:牢獄 -PRISON-
俺が目を覚ましたのは、けして真っ白な部屋ではなく逆に真っ黒な石造りの、薄暗い部屋だった。
いや、部屋というにはあまりにも無骨すぎる。
窓もない、土臭い四角の空間としか言いようがない。
つまりここは牢獄だ。
「…寝起き最悪」
そう呟いた時、牢屋の隅から微かな笑い声が聞こえてきた。
「誰だ!?」
ゆらりと人影が動いて、立ち上がった。
そのまま俺の方に歩いてくるので、思わず俺は全身で警戒する。
「失礼、そう身構えないでもらいたい。私は君と同じく捕まった者だ」
少しずつ相手の姿が見えてくる。
最初に気づいたのは、長く美しい純粋な金髪。
真っ白な肌、整った彫りの深い顔、日本人じゃない。
「はじめまして、私はマイケル・カーティス。わけあってこの組織に捕まっているところです」
右手を腹に当て、深くお辞儀をする。
「あ…ども、冴木和真といいます…」
あまりにも礼儀正しいその態度に、どうも恐縮してしまった。
「察するところ、ここにいるということは君も能力者だね?」
身体がビクッと震える。その反応にカーティスはやはり…と思ったようだ。
「私も能力者としてこの組織…真中光弘【まなかみつひろ】の組織に捕らえられています」
真中光弘…どうやらその男が俺をさらった組織のボスらしい。
「一体なんなんすか?人を殺して誘拐して…普通じゃないっすよ」
俺は誰にでもなく、吐き捨てるように言った。
「彼は能力者を集め、この世界に革命をもたらそうとしている」
革命…聞いたことはあるが、実際にどういうモノなのかなんて、一介の高校生に知る由もない。
ただ、その渦の中に自分も巻き込まれてしまったようだ。
しばらく無言でいると、カーティスが言った。
「さて、頼もしい仲間もできたことですし、そろそろここを出ましょうか?」
俺は咄嗟にカーティスの顔を見た。
「どうやって?まさか鍵を持ってるとか言いませんよね?」
カーティスはゆっくりと首を横に振った。
「いえいえ、鍵は持ってません。持ってきてもらうのです」
この人は何を言ってるのだろうか…そんなことを思っていると、カーティスは牢屋の外を見つめた。
「…今、大声を出すと、鍵を持っている監守が来る可能性は…」
そしてゆっくりと目を閉じる。
「…82%」
そう呟いた直後、カーティスは大声で叫んだ。
「ちょ、ちょっとカーティスさん!?」
俺を見つめ、少し笑いながら言う。
「監守が牢に近づいたら、その瞬間に君の能力で倒してください」
慌てふためいている俺を置き去りに、本当に監守が駆けつけた。
「おい!うるさいぞ!静かにしろ!」
ちらっとカーティスを伺うと、彼は俺にウインクで合図を送ってきた。
…仕方がない…
「…ロストソウル」
瞬間、俺は牢の間を抜けて監守に拳を叩き込んだ。
そして宙を舞う銀色の輝きが、チャリンという音を立ててカーティスの足元に落ちた。
俺は呆然と彼の顔、銀色の鍵を交互に見つめている。
「言ったでしょ?これが私の能力です」
得意げに話しながら、足元に落ちた鍵を拾った。
「いや、全然意味がわからないんですけど…」
カーティスは手際よく牢の鍵を開け、外に出た。
俺も続いて後を追う。
「何をどうすればこうなる、ということはある程度決まっているモノです。それを引き起こすのは偶然の重なりであり、まさに神の落とし物」
前を歩くカーティスがふいに振り返った。
「私は物事の確立を読むことができる。名前は【エンジェルダスト】です」
歩く…と思ったら突然走り出す…
そんな繰り返しを数回続けているうちに、何となくわかってきた。
「あれスか?敵が通る確立を読んでるってことなんですか?」
彼は前を向きながら頭を縦に揺らした。
「でも、さっきは俺が殴ったけど、もし戦えるような能力じゃなかったらどうしたんですか?」
「君が戦闘系の能力である確立が、86%だったからですよ」
…なんかつまらない
当然の如く、しばらくすると建物内が騒がしくなってきた。
アイツも…佐久間も俺達を探しているのだろうか…
佐久間との戦闘。あの時は何故か自分の意識があるにもかかわらず、身体の自由は完全に利かなかった。
それに比べ、さっき監守を殴り飛ばしたのは、自分の意志だ。
カーティスや佐久間は自分の能力を良く理解しているのだろう。
そう思うと、ロストソウルの能力は未だ意味がわからない部分がある。
これがいつか取り返しのつかないことにならなければいいが…そう、あの夢の中で見た景色のように…
そんなことを考えていると、突然カーティスが立ち止まった。
「どうしたんですか?」
彼の柔和な顔が少しばかり堅くなっている。
何となく想像がついた。敵に見つかる可能性が著しく高いのだ。
「敵が…近いんですか?」
「ええ…それもとびきりのね…」
俺にもわかった。この重苦しい異質な空気。
それは目の前の曲がり角から放たれている。
その空気が影を作り、やがて俺達の目の前に立ちはだかった。
「ふん、どうせすぐに逃げ出すと思っていたがな」
佐久間だ…
「だが、まさかその小僧を連れてとは。協力者になるとでも?」
カーティスは静かに笑いながら言った。
「いえいえ、ただ彼の能力に興味があっただけですよ。それに旅は道連れ…て言うじゃないですか」
巨大な佐久間を前にしても、彼の態度は変わらない。
一瞬シンとした空気が流れたあと、佐久間が通路の壁を殴りつけた。
初めて会った時のように、石造りの壁が簡単にえぐり取られる。
「さて…こっちは準備万端だ。お前の能力を見せてみろ…」
明らかにカーティスに対し、敵意を示している。
だがそんな態度を前に、彼は俺に振り返った。
「こういう力任せな勝負は私には向いていません。お願いしますね」
ハァ!?…と言い終わる前に、彼は佐久間の横をすり抜け、走り去った。
…おいおい、マヂかよ…
「奴は他に任せるとしよう…まずは小僧、お前からだな…」
佐久間は戦闘の構えをとって俺に向き直った。
最初の戦闘を思い出す。あの時は多少なりとも分があったはずだ。
今は完全に一対一、やるしかない!
「ロストソウル!」
勝負は一瞬、この狭い通路なら奴の巨体では動きづらいはず。
一点突破で貫く!
…鋭い音が響いた…
貫くはずの俺の右手が、佐久間の腹で止まっている。
まるで硬いモノを殴りつけたように。
「…嘘だろ…?」
口に出した瞬間、俺は佐久間に殴り飛ばされた。
「フルメタルポイントで強化できる部分が、腕や足だけだと思うなよ」
佐久間は任意で自分の身体の一部を強化できるのだ。
つまり守りに撤することも可能…攻防一体の要塞を思い浮べた。
勝てるはずない…まず俺と佐久間じゃ戦闘の経験が違いすぎる。
全身を絶望感が襲った。その時、また以前のように身体が重くなる。
俺はいつのまにか笑い出していた。
「どうした?絶望に気でも違ったのか?」
ニヤリと笑う佐久間。
「攻防一体、いやぁ…素晴らしいね」
パンパンッと、デニムについた埃を払う。
「でもさ、なんで今殴られた時に致命傷を受けなかったんだろうな?」
そうだ…確かにおかしい。壁を吹き飛ばす程の力なら、いくら能力を使っていたとしても、俺の身体なんて粉々だろう。
「つまり強化は常に一部。瞬時に切り替えはできないってことだ」
佐久間の顔が、みるみる怒りのこもった表情に変わっていく。
「それがわかったからどうした?俺の力があれば貴様を殴り殺すことだってできるだろう」
今度は左手に集中させている。守りに入るつもりだ。
「つまり…こういうのはどーかなって思ってさ」
言うや否や、俺は今まで体感したことのないスピードで走り寄った。
何度も何度も繰り出す、突きや蹴り。
だが、俺の怒濤のラッシュも、佐久間は左手だけで全て防御する。
「無駄だ!貴様と俺では戦いの経験が違う!」
そう、佐久間の戦闘能力からすれば、一介の高校生の打撃など物ともせずに防御し続けられるだろう。
…だが…
益々俺のスピードが上がっていく。秒刻みに身体が加速していくようだ。
佐久間が押され始めている…と思った瞬間、俺の突きと蹴りが、コンマ1秒の世界に佐久間の全身に打ち付けられるのを感じた。
「…そんな…バカな…」
最後の声を上げ、大男は血を吐きながら170cm程度の高校生の前に崩れ落ちた。
俺は…佐久間を倒した…
フラフラとした足取りで、真っ直ぐ通路を進む。
身体中に激痛が走って、うまく歩けない。
佐久間を倒したあと、すぐに身体は自分の管理下になったが、殴られたのが効いたようで思うように身体が動かない。
しばらく歩いていると、壁にもたれかかっている人を見つけた。
カーティスだ。
「おかえりなさい。ひどく疲れているようですね?」
そりゃあんたが…と言おうとしたがやめた。
「彼は幾度もの戦争を経験した男。いわば戦闘のプロでした」
佐久間のことだろう。
「そんな男が敗れる程のチカラを持つ君に、すごく興味があります」
不敵に笑いながら歩き始めるカーティス。
いつのまにか出口が近いらしく、外の明かりが射し込んできている。
「この世界はこれから一つになろうとしています」
歩きながらカーティスが呟いた。
意識が朦朧としてきた今、彼の声が頭に響くように聞こえている。
「一つになった世界には秩序があり、平和に溢れていることでしょう」
世界が…一つになる…
「正しき者が笑い、悪が淘汰される時代…誰もが喜びの歌をうたい、輝かしい明日への思いを馳せる…」
俺は静かに聞いていた。
「現実の世界を考えてみてください。悪が蔓延り、心優しき者が涙を流す。疑いあい、奪い合い、殺しあう…自分以外の者は信じることもできない。そんな世界のどこに光があるというのでしょう?私はこの世界に光を、希望をもたらしたいのです…」
カーティスの姿が光に包まれる。それはきっと出口の光が射し込んでいるのであろう。
だが今の俺には、それがすごく神々しく思えた。
「我々の望みは世界統一。その邪魔をするのが真中の組織なのです。君のチカラは我々を守る盾となり、敵を討つ剣となるでしょう。今、私は君を必要としています。いつかきっと手を貸してください」
そして、俺の意識は途切れた―――