3:拉致 -ABDUCTION-
もう辺りはすっかり暗くなっていた。
教会にいる時は気づかなかったが、すでに午後7時を過ぎていたらしい。
街は相変わらず活気に満ちている。
昨日起こったことなど、誰も知らない。
実際に俺だって、この街で何か事件があっても、それを知ろうとするつもりもなかっただろうと思う。
足は自然と昨日の場所に向かっている。
てっきり警察と野次馬が押し寄せているかと思っていたが、そこには事件など嘘のように何もなかった。
本来なら男が4人倒れていたわけだから、大騒ぎになっているはずだ。
なのに散らかったゴミ以外、何も変わったことなどない。あんなに飛び散った血液さえも…
「どういうことだ…?」
ゴミ袋を蹴飛ばして、辺りを確かめる。
本当に何もなかったんじゃないか…?
そんなことさえ思った時、後ろから声が聞こえた。
「貴様…何者だ?」
俺は驚き、飛び退いた。
後ろを振り返れば、昨日の奴とは違う黒服が3人。
「ここに来るってことは、間違いなく昨日の能力者だろうな?」
知ってる…こいつらは昨日のことを知っているんだ。
そればかりか、俺のチカラのことも。
中央に立っている男を睨んだ…大男だ…
身長は2m近く、横幅も俺の2倍はありそうだ。
「ふん、俺が来ていて良かったな。お前らは下がっていろ」
大男が俺に歩み寄る。
押されているわけじゃないのに、どんどん後退していた。
「早く能力を解放してみろ。あの2人をあんな風に殺したんだ、戦闘タイプか戦闘補助タイプのはずだ」
「な、なんのことだよ?」
こいつ達は能力について詳しいのか?
「あまり佐久間さんをイライラさせるなよ」
後ろで控えていた黒服が俺を煽ってくる。
大男の佐久間に対して後退し続けていた俺は、とうとう壁に背がつくところまで下がってしまった。
「まさか能力の使い方を知らないわけじゃないだろうな?」
佐久間はじりじりと俺の目の前に近づいてくる。
従えていた黒服たちは、ここに邪魔が入らぬよう見張りをしている。
「教えてやる、能力は心で強く望んだ時、解放されるのだ」
あたりの空気がひどく淀んだ気がした。
「こうやってな!フルメタルポイント!」
佐久間の右手が一瞬だけ光を放ち、みるみるうちに膨れ上がっていく。
元の状態から2倍…いや3倍はあるように見えた。
ただでさえ太い腕が、今では俺の胴回り以上の大きさになっている。
佐久間はその腕で壁を殴りつけた。固いコンクリートの壁が、まるで粘土のようにえぐり取られた。
「さぁ貴様も解放してみろ。生身の人間がこれをくらったら致命傷になるぞ!」
致命傷どころか、即死してしまいそうだ。
「くそっ!やってやる…ロストソウル!」
シスター美里に教えてもらった俺の能力の名前を、全力で叫んだ。
途端にあたりが静まりかえる…まるでこの世界に俺しか存在しないような虚無。
身体中に広がる脱力感、胸の奥に何かがいる気配。
身体が…奪われる…
頭が真っ白になったのと同時に、身体の自由が効かなくなった。
俺ではない俺が、佐久間に近づいていく。
「なるほど、憑依状態になるのだな…」
佐久間はそう一言呟くと、俺に向かってその手を振り下ろしてきた。
紙一重でその攻撃を避けると、俺の右足が勝手に佐久間に蹴りを入れた。
「ぐあっ!?」
よほどその蹴りが強力だったのか、大男の佐久間が2mほど後ろに飛び退いた。
「はは、これじゃ部下共に相手が務まるわけはない」
口元に笑みを浮かべながら、蹴られた腹を愛しそうに撫で回した。
なおも俺の身体は佐久間に近づいていく。
「小僧、一撃与えたからといって調子に乗るなよ」
佐久間が今度は右足を巨大化させ、空中に飛んだ。
「この攻撃が…避けられるか!」
そう叫びながら、まるで隕石のように俺の頭上から襲いかかってきた。
「…ぬるい」
地面をえぐり取るような攻撃を、楽々避けてしまう。
「てめぇの攻撃は遅せぇんだよ。一生かかっても当たらねーぜ?」
挑発的に罵倒する俺を、かすかに笑いながら佐久間は睨みつけた。
「何がおかしい?」
佐久間は立ち上がり、俺に振り返った。
「小僧、戦いとは一対一の喧嘩じゃないんだぞ?」
気づいた時には遅かった。
相手にしていなかった黒服二人が、視界の外から俺に何かを吹きつけた。
頭の中が真っ白になる…憑依とは全く別の眠気が襲ってきた。
「少し眠っていてもらう」
高らかに笑う佐久間の声が少しずつ遠くなっていき、俺の意識はゆっくりと失われていった…