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神羅装甲 影継  作者: 桑名 啓之
雌雄決戦
95/117

武人 壱

 これが読めない、という漢字があれば遠慮無く指摘してください。

 ……読者様の反応かんそうが欲しい。

「なるほど、件の【救世主】に関して知っていること、か……」

 道場の中央で要と片倉甲が向き合っていた。

「あぁ。知っている限りで良いので、話してもらえると助かる」

「と言われても、な……精々知っているのは、海から時々飛火の音が聞こえるくらい、だな」

「……それは南の、だろうか?」

「そう、いつくらいだったか……曖昧だけど一、二年前ってところだな。丁度【鷺沼事件】の少し前、にはもうそんな話があったな」

「……? ですが、皆さんのお話にそんなことは一度もあがっていませんが……」

 甲の話に疑問が浮かんだのか、ソフィーが迷わずそれを口にした。

「そりゃそうだろうな。多分五十嵐たちが来たのはつい最近だろ? それ以降は……まぁ、いろいろあってその話を出来る人が居なくなったんだよ」

「……もしかして、例の『無気力化』だろうか?」

「知ってるのなら話は早い……と言いたいところだけど、まずその無気力化の共通点は知ってるか?」

 いきなりの質問に女子たちは顔を合わせた。

 そんな中、要は唯一縁側から見える海へと視線をやった。

「? ……共通点はあったっけ? 十人くらいしか見てないから……」

「えっと……症状が見られるのは海の近くに住んでいる人が多い、ということでしょうか?」

 アンジェの回答に甲と要が静かに頷いた。

「正解。その話が挙がった当初は、漁師の人たちを中心に『どこだか分からないけど、島の様子がおかしい』って噂が広まろうとしていたんだが、鷺沼事件以降、それを『誰も言えなくなった』んだよ」

「……何か明確な意図がありそうだな。あまりにも時期が合いすぎる」

「……けど、島って言っても、薩摩周辺だけでもかなりの数があるから、全部調べていたら時間が全然足らないよ?」

 千尋の言うとおりだった。

 薩摩には少なくとも千の島があり、更に言えば規模もまちまちである。それを一から順に調べてもいつかは見つかるだろうが、それではあまりにも『遅すぎる』。

「……だからと言って、やらない理由にはならない。今すぐにでも龍一に連絡を取り、薩摩周辺の島の調査を始める」

 だが、現状それ以上の手段は無いため、要は焦りを顔に浮かべながらそう言った。

「……貴重な情報に感謝します。自分たちはこれから別の調査を始めるため、これで失礼させていただきます」

「……そうか。まぁ、頑張れ……としか言えないな」

「……では」

 礼を終え、要は素早く動いた。

 腰を上げ、両のつま先を立てて腰を伸ばし、右足を左膝頭の内側に送り、上体を前に傾けることなく立ち上がると同時に後ろ足を前足に揃えた。

 身体の前後左右、どの方向にも重心が偏らないよう、両足を同時に動かして。

「…………」

 その動きを、まばたき一つせず、甲は見た。

 今までいくつも見た、ある動きの中でも最も滑らかなその動きを。

「ご協力に感謝します……行こう、皆」

 要が深く礼をすると、全員それに続いて会釈し、立ち去ろうとした。

「……すまん、五十嵐。ちょっと待ってもらえるか?」

 道場から出ていこうと身を返そうとした瞬間、要は甲に呼び止められた。

「……どうかしたか?」

「いや、その足捌き……相当な腕と見えたからな、出来れば仕合を申し込みたい」

 そこで要は無意識に合戦礼法の足さばきをしていたことに気付き、頭を押さえた。

「申し訳無い、時間が限られているので次の場所へ向いたいのだが……」

「そういうな。長くても五分程度だからさ……それに」

 言いながら甲は三人の退路を断つように回り込み、出口を身で塞いだ。

「……強い相手を見たら血が騒ぐのは武人の性だろ」

 甲は心底楽しそうな表情を見せた。

 先程までの陰りのある表情が嘘のように。

 そして、要も少なからず同じ感想だった。

 話している間、一切気を弛めることなく、いつ襲われても対処できるような構えを取り、隙のなかった甲を目前にして、不謹慎ながらも仕合ってみたいと考えていたのだった。

「……否定はしない。だが、今ここには木刀どころか竹刀もない。なので期待には……」

「あー、うちは確かに体術道場だけど、武器を持った相手との戦い方も教えているから木刀も竹刀もあるぞ。長さも結構あるからな、ちょっと待ってろ」

 そう言って彼は再び素早く移動をした。今度は道場の横に置かれている道具置き場を漁り始め、一つの木刀を取り出した。

「えっと、身長的には多分これくらいか?」

「……驚いたな。正解だ」

 それは要が普段使う訓練刀とほとんど同じ長さだった。ただ、握りがとてもではないが武術を嗜んでいる人間のものではないほど不安定だった。それに僅か違和感を覚えながらも要は答えた。

「そりゃあ、何回も道場破りを見ればどの体格にどれくらいの武器が最適なのかは自然と憶えるさ。で、受けるのか? 受けないのか?」

 そう言われて要は付き添いの三人へ目配らせをした。

 強者が現れたことで落ち着きがなくなっているのか、手が既に差し出された木刀に触れかかっていた。

「んー、少し要君も息抜きは必要でしょ? それに、たまには我侭言ってもお姉ちゃんは大丈夫だよ。むしろ要君の場合は珍しいからバッチ来いだよ」

「……分かりました。マスターの思うままにどうぞ」

「アンジェも問題ございません! むしろここで心残りを作るよりは思いっきり一仕合したほうが色々とはかどるかもしれませんので」

「……済まないな」

 三人が快く了承すると要は力強くその木刀を握った。

「よし、それじゃあ時間も押しているみたいだから早く始めるとしようか。勝負は一本勝負、有効打は身体に攻撃が当たったら、だ」

「防具は?」

「必要ない……って言いたいところだけど、実際は無いだけだ。ただ、こっちも防具無し・手甲・脚甲のみだから大目に見てくれ」

 つまりは頭の防具無しで仕合をするつもりである。

 当たりどころが悪ければ即死してもおかしくない。

 単なる無謀か、それとも覚悟の上か。

 今はまだ要にも分からず、甲とある程度の距離を空けた場所に立つとすぐ青眼に……

「主流は担ぎ構えだろ?」

 構えようとしたところ、甲がそれを遮った。

 予想外の指摘に要も思わず動きを完全に止めた。

「……よく分かったな」

「最初に構えようとしたときに右足を出そうとしていたから、何となく、だ。それよりも余裕のつもりかどうか分からねぇけど、本気を出さずに勝とうなんざ甘いことは考えるなよ?」

「……忠告に礼を言おう」

 返事をしながら要は担ぎ構えに変えた。

「よし……それじゃあ、始めるとしようか」

 表情を僅かに喜びで緩ませながら、片倉は拳を構えた。

 左半身はんみに右拳を腰の高さに置き、手の平を要に向ける。重心を低くし素早く動けるようにというものである。

「富嶽流・片倉甲、参る!」

名乗り上げると同時に甲は先手を取った。

 踏み込みと同時に鋭い正拳突きを打ち出し、道場の床を踏み抜かんばかりの大音量を響かせた。だが要はこれを最短距離のふり下ろしで叩き、反動を利用してそのまま横薙に切りかかる。

「まだぁ!」

 しかし甲はわざと体勢を崩し、軌道の下に潜り込むように避け、その勢いを殺すことなく右脚の回し蹴り……『葉霧』を放った。

「シッ!」

 襲いかかる脚甲を、木刀を戻して受け止め、出来た隙を見逃すことなく『落陽』を見舞うが、甲はこれを左足だけの不安定な状態で、右の手甲で受け流した。

「セイッ!」

 木刀を完全に振り下ろされれば当然要の胴はがら空きになり、甲は浮いていた右足で踏み込み、同時その勢いを乗せた裏拳を走らせた。

「クッ……!?」

 並みの人間では視認すらできないそれを、要は振り下ろした木刀を手首だけで返し、裏拳の軌道上、盾にするように構える。

 だが受け止めたのは鋒近く……梃子の原理もあり、要は充分に受け止めることが出来ず力負けし、竹刀ごと弾き飛ばされた。

「……ハッ……!」

 崩れた体勢を飛び退きながら直し、要は再び構えを取った。

「……あの子、相当鍛えられているね。もしかしたら単純な技量で言えば要君以上かも」

 睨み合いへと移行した二人を見て千尋は小さく呟いた。

「……今のは、マスターが押し負けたのですか?」

 信じきれないといった表情でソフィーは千尋へと視線をやるが、それを受ける彼女は勝負から目を離さないと言わんばかりに二人を凝視していた。

「……ソフィーちゃん、アンジェちゃん。念の為に二人分の応急手当準備をお願いしてもいい? これは多分、最善でも引き分けが限界だと思うから……」

「……それは、まさか……要さんが……?」

 あまりにも真剣過ぎる千尋にアンジェは声を震わせながら尋ねた。ただ、それ以上は口から出せないのか、声を詰まらせたので、彼女のかわりに千尋が続けた。

「……『要君が』良くて引き分け。負ける可能性の方が高め、だね」

 容赦ない予想に、二人は言葉を失った。

 今までどんなことが有ろうとも、苦境に陥ろうとも勝利を掴んできた要しか知らないからこそ、ソフィーたちはそれがすぐに受け入れられなかった。

 観客三人の会話を他所に、要の勝負も佳境へと入り始めた。

「……堂上礼法だけで挑んで勝てる相手ではない、か」

 何かを呟きながら要は先程の構えより腰を低くし、木刀の柄尻を甲に向け、白刃部分を地面に対して水平にする担ぎ構えを取った。

「だから、本気を出さずに勝とう、なんざ甘いことを考えるなって言っただろ?」

「あぁ。最初から素直に受け止めていれば良い話だったな」

 非常に珍しく、要が軽口を叩きながら僅か、身体の力を抜いた。

 そして甲も大技が来ると察したのか、初動速度・隠匿性全てを捨て、大きく身体を捻り、拳を構えた。

「晴嵐流合戦礼法―雪崩なだれ―」

「富嶽流合戦武法―鬼喰おにくい―」

 要は合戦礼法中最速の袈裟斬りを放ち、甲は限界まで捻った身体から生み出される力を全て拳に込める。

 木刀は空を斬る。

 拳は空を穿つ。

 互いに衝突することなく、それは二人の胴へと命中したが、防具も無いため音など出るわけもなく、二人はすれ違った。

 そして二人は一瞬の交差を終えると、互いに残心へと移った。

「…………ソフィーちゃんは要君を、アンジェちゃんはあの甲って子をお願いできる?」

「え?」

 交差の後に訪れた僅かな沈黙を、千尋が破った。

「……クッ……やれば出来るじゃねぇか……」

「……片倉も、良い一撃だった……」

 そして、武人は二人同時に膝を着いて、そのまま勢いを殺すことなく床へと倒れ込んだ。

「……さすがにこうなれば勝負は終わらせざるを得ないでしょ。それじゃあ、二人ともお願いできる? 要君は鳩尾に、片倉くんは多分左脇腹に相当深く入ったみたいだから」

「は、はい! 今すぐ!」

「か、かしこまりました!」

 素早く適確な千尋の支持に従って二人は手当を始めた。

 受けた衝撃で倒れた二人が意識を取り戻したのはそれから三十分後の事だった。



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