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神羅装甲 影継  作者: 桑名 啓之
雌雄決戦
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彼の者、修羅と成りて守護を為す 陸

 作業用BGMはMintJamや小野正利。中学時代から夜姫と熊猫が大のお気に入り。

 時間にして四十五分。

 幸い、山道は木々に覆われ、日光が直接当たる事が無く比較的涼しかったのだが、傾斜が急で長かったため、身体を鍛えている三人でも登るのは一苦労だった。

「本当に申し訳ありません……」

「気にするな」

 途中までアンジェも必死に付いてきたのだが、最後の急な階段の中盤で足をもつらせ、危うく転げ落ちそうになったのだった。幸い、事前に注意していた要が彼女を抱きとめ、そのまま抱きかかえて階段を登っていたのだった。

 出来る限り彼女の肌に触れないよう裾を限界まで伸ばしていた。

「……要君、ちょっと交代っていうのは……」

「姉さんは余裕なのだろう? 諦めて自力で登りきってくれ」

「ソフィーちゃ~ん……要君が冷たいよ~」

「いえ、私にそれを言われても困るのですが……」

 要が拒否の意を示すと、千尋はわざとらしく声を震わせながら隣を歩くソフィーにしなだれかかった。どちらも歩き続けの登り続けであるにも関わらず呼吸一つ乱しておらず、余裕を滲ませていた。

《すまぬな、主。さすがにこの場所で我に乗せられれば落とさない自信は無いのでな》

「それは仕方無い。しかし予想以上に軽いな。しっかり食事は摂っているのか?」

「はい。メイドの仕事は武人さんや神樂さん程ではありませんが体力が必要なので三食しっかり食べております」

「そうか」

「……ですが、どうしても背が伸びません……要さんは何か心当たりはありませんでしょうか?」

 彼女は女子の平均に比べると小さいほうで、要とは頭一つ分以上異なる。実際彼女は聞き込み調査の間に何回も中学生と間違えられていたのだが……

「……それは俺が指摘するべきことでは無いな……」

 要の腹部に密着する圧倒的存在感。

 二人分の服越しでも伝わるほどの柔らかさを持つそれは、同世代の女子の中でも群を抜いているだろう。

 それから意識を逸らすために要は意識的に顔を上げ、階段の先へと視線をやった。すると長い階段も終わり、屋根のようなものが覗き見えた。

「それよりも、もうすぐ道場のようだ。拓けた場所に着いたら下ろすが……大丈夫か?」

「さすがにアンジェちゃんを抱きかかえたまま道場に入れないからね~」

「そ、それはできればやめていただきたいのですが……」

 千尋のからかいに対してアンジェは顔を赤くして身を小さく丸めた。

 そんな反応をしているうちに要は千尋・ソフィーに続いて平らな場所にたどり着いた。

「……アンジェ、下ろすぞ」

「あ、はい」

 脚からゆっくり下ろされると、少しだけふらついたが、運ばれている最中にある程度回復したのか彼女は真っ直ぐと地に降り立った。

「お手数おかけしました」

「だから気にするなと何度言えば……」

《主、いい加減真白嬢の言も受け入れろ。このままでは先に進まぬぞ》

「しかしだな……」

「アンジェちゃん、そこは謝らないで………………だよ」

「は、はい! かしこまりました!」

 影継と問答をしている横、千尋が要たちに気付かれないようアンジェに耳打ちをし、それを聞いて彼女は再び要へと向き直った。

「要さん、ありがとうございました!」

 短い銀髪とヘッドドレスを揺らしながら彼女は勢い良く頭を下げた。

「どういたしまして」

 それを要は素直に受け止めた。

「ね? 要君は謝られるのが嫌いだから、助けられたときはお礼をするんだよ」

「成程、為になりました!」

「私も今度試してみようかと……」

「……時間が限られているから早く行くぞ」

 盛り上がり始めた女子陣に対して要は何となく気恥しさを覚えたのか、三人を急かすように道場へと向かって歩き始めた、

「……もしかして調子に乗りすぎたのでしょうか?」

「ん~……大丈夫だと思うよ。だって要君、早くなんて言いながら歩きが遅いからね。すぐ追いつけるようにしてくれているから……」

「姉さん!」

 先行く要が千尋の行動に気付くと、少しだけ声を大きくして呼び、会話を遮った。

「あはは、怒られちゃった」

「……要さんもあんな反応をするというのは驚きでございます」

 今までアンジェとソフィーが見てきたのは何が起ころうとも常に冷静に対処する要であったため、彼女たちにとっては新鮮な様子だった。

「そう? 要君って意外と感情的だよ? ただそれが身内限定ってだけで、それ以外は普通に男の子やってるからね」

「? それは……」

「……っと、これ以上は自分で考えてみて。要君を待たせる訳にもいかないからね」

 そう言うと千尋は二人に尋ね返される前に走っていった。

 ソフィーもアンジェもそれに慌てて続いて、ようやく目的地である道場の入口にたどり着いた。

「失礼、どなたかおりませんか?」

 要を先頭に、道場の入口をくぐって声をかけるも、反応は全く無かった。

 要は靴を脱いで礼をしてから道場へと上がり周囲を見回してみたが人の気配は全く無いことに気付いた。しばらく放置されていたためか薄く埃がかぶっており、床板のツヤが僅かに曇っていた。

「……誰も居ないのだろうか?」

「どうだろう? 夏休みに入る頃だから外に合宿っていうのもありえるかもしれないけど……でもそうだとしたら開け放しは無用心すぎるね」

「……一応少しだけ待ってみよう。もしかすれば外で基礎訓練をしているかもしれないからな……ところでアンジェ。先程から落ち着かないようだが……」

 何となく気付いたメイドの動きが気になり、要は堪らず声をかけた。

 アンジェはその道場の汚れ具合を見てから何かをこらえるように視線をあちこちに向けていた。

「い、いえ、その……なんと言いますか、この状態を見てメイドの血が騒いだと言うべきでございましょうか……」

「……あぁ、成程」

 その言葉で要は何故アンジェが落ち着かないかに納得が行った。

 基本綺麗好きな彼女は、常日頃学園の清掃を欠かさず行なっており、そのため学園のどのような場所でも一日以上汚れている場所というものは存在しない。

 なので現在目の前に広がる『掃除対象』に、彼女の何かが震えている、ということだった。

「……だが、勝手に掃除するのもどうだろうか……」

「で、ですよね……アンジェったら何を言っているのでしょうか……」

「だったら床掃除くらいはいいんじゃないかな?」

 心底残念そうな顔をしたアンジェに千尋がそう提案した。

 二人が彼女の方へと顔を向ければ、右手になみなみと水の入った木桶、左手には雑巾が握られていた。

「……姉さん、それはどこから……?」

「道場の横の倉庫から」

 要の疑問に悪びれることなく彼女は答えた。

「……道場主の了解無しに何かをしようとするのは少しばかり問題がないか?」

「そうかな? 木桶も雑巾も倉庫前に用意されてたから、掃除をしようとしたけど諦めたって感じだったよ」

「……しかし……」

「それじゃあ、アンジェちゃん、ソフィーちゃん。一緒に頑張ろうね」

「はい!」

 要の悩みを他所に千尋は二人にいつの間にか絞った雑巾を手渡していた。

 言われれば行動は早く、三人は揃って掃除を始めてしまった。

「……まぁ、気晴らしや息抜きになる……のか?」

 疑問に思いながらも要は何もできることが無いため、道場の外へと出た。

「ん? もしかして道場破りか?」

 そこには道着姿の少年がいた。

 年は要と同じ程度。

 少し長めの髪は頭に巻いた手拭いから覗いていた。

 呼吸が少し荒く、汗をかいている様子から何かしらの訓練帰りのようだった。

「あ、いや、自分は……」

「だとしたら悪いけど、親父……いや、師範はいないぞ」

 要の反応を他所に少年はそう断りを入れた。

「いえ、自分は少しお話を聞きたいと思い、こちらを訪ねたのですが……誰も居なかったようなので勝手ながら道場内で待たせていただきました」

 道場破りのまま話が進むのは本意ではないので、要は落ち着いてそれを否定した。

「あ、そうなのか? って言うより、多分同い年だからそう畏まらなくて大丈夫だぞ? 俺は十六だけど……」

「……自分も今年で十六だ」

「だろ? そうだ、ついでに自己紹介をしておくか。俺は片倉甲。この道場の……まぁ、代師範をしている」

「五十嵐要だ。突然押しかけるような真似をして悪かった」

「まぁ、こっちも待たせたからお互い様だな。今は誰も居ないけど、俺で答えられることがあれば協力はするぞ」

「? どれだけの道場に誰もいない、というのは、何か深い事情でもあるのだろうか?」

 要が見上げた道場は、山奥で周りに何も建物がないため比較しにくいが、それでも軽く百人が同時に教わることができるような広さを持っていた。年季は入っているが手入れがそれなりにされているため老朽もほとんどなかった。

「ん、まぁうちの師範が門下生のほとんどを連れて……その、何故か四国の方で修行しているみたいで……」

「……ちなみにいつ頃からだろうか?」

「そうだな……もうかれこれ一ヶ月は帰ってきてないな。俺も少し用事があって戻れなかったからな」

「…………」

 あまりの長さに要は言葉を失っていた。

 同時に道場の埃も何となくではあるが納得がいっていた。

「……まぁ、うちの親父の奇行は今に始まったことじゃないから俺は慣れてるけど、普通はそれが正しい反応なんだろうな」

 要の驚きを察したのか、少年は軽く笑いながらそう言った。

 その返答にも、要はどう反応すれば良いかわからなかった。

 あまりにも無理矢理、といった言葉が当て嵌る笑顔だったからだ。

「……ところで、道場に誰かいるのか? 何か予想以上に騒がしいんだけど……」

「……そのことだが、先に謝らせてもらう」

「ん?」

「……道場主の了解無しで……その、自分の友人たちが勝手に掃除を始めていて、だな……」

「……あー、もしかして……相当汚れていたのか?」

 少年の質問に要は首肯した。

「それは悪かったな。無駄に広いから大変だろうし、今終わってるところで止めてくれれば後は俺がやって……」

「要さん、道場の床磨きが終わりましたので、次は庭を……」

 少年がいざ、道場へ向かおうとしたと同時に、入口からアンジェが現れた。

 少年は道場から珍しい恰好の少女が現れた事に驚き、対してアンジェは要と話していた少年を見て不思議そうに首を傾げた。

「……要さん、こちらは?」

「……ここの道場師範の息子、らしいが……どうかしたのか?」

「……え、あ、や、大和語で大丈夫、なの、か? 俺は英語の成績はてんでダメだからさ……」

「……あぁ、成程。言葉が通じないかもしれないかと思ったのか」

「ご安心を。アンジェは確かに大英帝国出身でございますが、母が大和生まれなので、大和語は問題ございません」

「むしろ英語の方が問題だが、な」

「か、要さん! 今それは言わないでくださいませ!?」

 要の小さく零した言葉に、彼女は慌て始めた。

「騒がしいけど……何かあったの?」

「庭掃除の許可は取れたのでしょうか?」

 さすがに声が大きかったのか、中で待っていた二人も揃って道場から現れた。

「……女子ばっかだな」

「…………それは都合上のものなので大目に見てもらえると助かる」

 少々の騒ぎはあったが、要たちはこれでようやく最後の聞き込みへと突入することになったのだった。


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