彼の者、修羅と成りて守護を為す 伍
調査二日目。
結論から言えば、進展は全くと言っていいほど無かった。
夜中に飛火の音などの大音量についての証言を幾つか得ることは出来たが、どれも時間帯の所為なのか、方角があやふやであったり、視認できていなかったりと決定打には程遠かった。
うまくいかない事と刻限が迫っていることが彼らの焦りを生んでいた。
「……明日までに場所を限定できなければ……」
そうなってしまえば悪い方向へと思考が向かってしまうのは仕方のないことで、要の表情は鬼気迫るものがあった。
もし発見が遅れてしまえば神之木の参加が不可能になり、戦闘が厳しいものになることは間違いない。というのも、救世主の今河籐十朗は恐らく神之木でなければ倒すことができないほどの実力者だったからだ。
要の奇襲は成功したが、それはあくまで慢心・予想外の神技利用法などの要因が重なっていたためであり、二度も同じ手は与えられないだろうし、対策も講じられているのは明らかである。
そして、さらに住民に発症した『無気力化』。
悪化する可能性が大きなそれがある以上、悠長に時間をかけていることができないという強迫観念が要を少しずつ追い詰めていった。
「……早くしなければ……」
これにはさすがの要も平常心を失い始めていた。
二日目の現在も四時間ほど、昨日話を聞けなかった場所を歩き回っているのだが、それでも新しい情報は全く手に入らなかった。
《……主、せめて待ち時間くらいは気を休ませるように。そのような状態では身が持たないだろう》
「……マスター、焦る気持ちも分かりますが……大和のことわざにもあるように【急いては事を仕損ずる】です。時間が無いときこそ、落ち着いて行動することが重要ではないかと……」
それは、いつか要がソフィーに教えたことわざだった。
当時は単に言葉を覚えさせるため、そして大和に興味を持ってもらうために手当たり次第に教えた言葉のひとつだったのだが、まさかここで返ってくるとは夢にも思わなかったのだ。
「……済まない。ただ、さすがにここまで情報がない、というのはやはり……」
《……最も怪しいのは海上の島々なのだが、調べてみたところ数があまりにも多過ぎる。これをしらみつぶしに探しても相当な時間がかかるだろう》
影継の言うとおり、証言から大体拠点は九州周辺の島にあるのではないかと朧気ながらも当たりをつけてはいるのだが、数は大小含めて優に千を越える。そこから隠れられるような大きな島だけに絞り込んでもまだ二桁はくだらない。
今は昨日話を聞けなかった場所を尋ねて調査をしている。範囲は昨日と同じで要たちは山岳地帯付近、龍一たちは海岸付近で、だ。
「……だが、姉さんたちが何も掴めずに帰ってくれば、これが最後になるが……」
《…………》
要の言葉に影継はそれ以上何も返すことが出来なかった。
「……っと、帰ってきたな」
しばらく何かを考え込んでいたような要だったが、聞き込みに向かっていた二人が帰ってくるのが見えるとすぐに顔を上げた。
ただ、表情からあまり有意義な情報は得られなかったようで、二人とも少しだけうつむきがちだった。
「お疲れさま……結果は大体分かるが……聞かせてもらえるか?」
「えっと……ごめん。やっぱり今までと似たような情報だけだった、かな?」
「時間が時間なので当然といえば当然でしょうが……」
困り顔の千尋に対してソフィーが何か気の利いた言葉をかけようとしたが、すぐには思いつかず釣られて彼女も悩み顔になった。
「あ、あの!」
そんな三人を見てアンジェが大きく声を張り上げた。
「どうかしたのか?」
「は、はい! 実は……先程聞いた話によりますと、こちらの山に一件だけ体術道場があるようでございます」
言いながら彼女は北西にある低い山を指し示した。
「道場の師範様が武人のお方だとおっしゃっていたので、もしかしたら何か知っているかもしれない、と……」
自信がないのか、彼女の声は徐々に小さくなっていった。
希望があるのなら少しでも手繰りたい。
同時に、これ以上無駄骨を折らせないようにしたいという気持ちがせめぎ合っているのか、彼女はそれを言葉にしてから自分の手を胸の前で強く握った。
「……でかしたぞ、アンジェ」
それに気付いたのかは分からないが、要は彼女の頭を優しく撫でた。
「……はぇっ!?」
「ソフィー、今すぐ龍一に自分たちは山中の道場に向かうと伝えてもらえるか? 場所は……市街地より北西に半里(二キロ)程離れた背の低い山だ。時間がかかるようなら無理をして来なくても良い、とも」
「諒解しました」
驚くアンジェを他所に要は手際よく仲間に連絡をした。その間要は一度も彼女の頭から手を離さなかった。
「え、え?」
「アンジェのおかげでそこを危うく見逃すところだった。改めて礼を言わせてもらう、ありがとう」
「……ですが、そこでも何も得られなければ……」
「それは行かなければ分からない事だ。もしかすれば重要な情報があるかもしれない。だから、その発見は誇れ。たとえ聞き出せた情報が全く同じでも、だ」
「……かしこまりました!」
そこでようやく彼女は普段の、柔らかい笑みを浮かべたのだった。
「……中尉、少尉からの連絡ですが……南側で話を聞いているようなので、合流は難しいとのことです」
「分かった。なら、有益な情報が入り次第こちらから連絡を取る、と伝えてくれ」
「諒解しました」
言われてソフィーは再び端末に向かって伝言を告げた。
「……時間は三十分くらい、かな?」
「それに加えて山道もあるからもう少し時間がかかるだろう。疲れているかもしれないが、あと少しだけ辛抱してくれ」
「ん~? 何言ってるの、これくらいお姉ちゃんは余裕だよ? そういうことは要君がお姉ちゃんに勝ってから言うことだよ」
「…………」
あまりにも正論過ぎて要は何も言い返せなかった。
彼女の完全復帰以降、時々要は千尋と手合わせをしたのだが、結果は全て惨敗。更に言えば彼は幼少期から一度も勝つどころか有効打一つ入れられていないのだった。その記憶が蘇ったのか、要は一瞬だけ頭を抱えた。
「……失言だった。ただ、歩き通していざというときに対処出来ないと問題だろうから、その道場で話を聴き終えたら一旦休憩を入れよう」
「分かったよ。それじゃあ、出発~!」
そう言うと千尋は我先にと歩きだし、その後を追って三人もついて行った。