彼の者、修羅と成りて守護を為す 四
鹿児島弁を少し調べて書いてはみましたが、多分間違いだらけかと……詳しい方がいたらご教示お願いします。
……調べて思ったのですが、この独特感がくせになりそうです。
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最初の行動はやはりというべきか、聞き込みから始まった。
龍一班は海岸付近の街を、要班は山岳付近の町村を歩き回っていた。
「……そうですか。情報、ありがとうございます」
「いんや、オイも役に立つなら良かってことよ。坊主も頑張れよ」
「はい。では失礼しました」
「お爺様も、お体にはお気を付けてくださいませ!」
「おうおう、|こげなむぜか(こんな可愛い)女の子にそげな事言われたら|きばっしかなかじゃっどが(頑張るしかないだろ)!」
明るく答える老人に対して深々と礼をした要とアンジェは邪魔にならないよう、そして失礼にならない程度の速さでその場を立ち去った。
向かった先にはソフィーと千尋が待っていた。
「お疲れ様です。いかがでしたか?」
「……やはり『音』に関しての情報はあった。が、それ以上決め手になるような情報は少ない上に、方角があやふやな部分が多かった」
「勘違いや聞き間違いといったものは恐らく無いと思います。先日複数の飛火音が聞こえたという証言も、日にち、時間はほとんど一致しておりました」
開始から三時間ほど。
アンジェの打ち解けやすさもあってか、情報の聞き出し自体は滞りなくいっているのだが、要の言うとおり情報の種類が少なすぎた。
騎行のため利用される飛火は(龍一のような神技操作がないかぎり)かなり高度な上空を飛んでいても地上に聞こえるほどの爆音を伴う。
要がソフィーに頼んで申請した『上空騎行許可』も、事前に騎行する釼甲であり、攻撃の意図は無いことを軌道下の人々に知らせ、不安を与えないようにするために存在する。これが申請されていない釼甲を装甲した武人は不審者として扱われ、撃墜されて死亡しても、撃墜者は罪に問われないという法律も存在する。
そして証言を取れた人は全員、それを知らされていないにも関わらず、飛火の音が聞こえた、と言うのだった。
「……それと一つ、奇妙な情報も耳にした」
「どんな事?」
「いや、いつ頃からか、というのは分からないようだが、街自体の活気が弱まっているということらしい」
「……そういえば、これだけ歩き回っても外ですれ違う人はほとんど居ませんでしたね……」
言いながらソフィーは周囲を見回した。
時期的には夏休み真っ只中であり、四人の会話が聞こえないほど騒がしくてもおかしくはないのだが、道中二、三度子供たちとすれ違った程度で、聞き込みは全て室内にいる人ばかりだった。
「……この暑さでみんな外に出ない、ってことはないだろうね」
「加えてあまりにも静か過ぎる。ソフィー、訪ねたうちの何軒かを見て気付いたことはあるか?」
「……では、不確定ながら一つ」
要に指摘されるとソフィーは一つ咳払いをした。
「先程私が訪ねた御宅では、外からの確認なので断言はできませんが、その子供さんの視線が上手く定まっていませんでした……例えるならば抜け殻のような状態です」
「……それは本当か?」
「はい。見たところ九、十才位でしょうか? 遊び盛りではないのかと思ったのですが、しばらく観察しても動こうとすらしなかったのが非常に印象的でしたので……」
「……こちらも、ソフィーさんが言うような人たちがおりました。しかも、一人だけではなく、十人以上も……」
「ただ、こちらは子供ではなく中高年ばかりだったので断定は早いと踏んでいたのだが……」
「要君、実はこっちも一人だけじゃなくて、少なくとも七、八人はいるんだよ」
考え込む要に対して千尋が情報を捕捉した。
この時間、要たちが聞き込みをしたのは約三十軒。
少なめに見積もっても二十人はいる無気力状態の住民というのは異常な値だった。
「……単なる偶然で片付けられる問題ではないだろうな」
「えぇ、近場である以上、救世主が絡んでいる可能性もありえますからね……少尉の情報も寄せてみましょうか?」
「頼む」
要から確認を取るとソフィーは素早く端末を操作し、三人から少し離れた場所で会話を始めた。
《……影継、近場に神技を発動している様子は?》
《無し、だ。限界広域で探査を行なっているが……掠りもせぬ》
金声で彼は自身の釼甲に問い掛けるが、返答は芳しくないものだった。
《……では神技の可能性はない、というわけか?》
《それも完全に否定は出来ぬ。僅かだが発動の形跡も残っているのだが……問題は神技だとすれば【長すぎる】ということだ》
《……成程……》
神技の発動には熱量が必要だが、同様に維持にも熱量が必要なのである。
しかもそれが複数もしくは広範囲になればなるほど比例して必要量が増していく。にも関わらず、仮にこれが神技によるものだとすれば、どれほどの熱量を必要とするのか計算するのも億劫になるほどである。
「……マスター、悪報が一つ」
考え事をし始めた要に対してソフィーが躊躇いながら声をかけた。
「……? 龍一の方に何か有ったのか?」
「……はい。正確には少尉に何かがあったわけではありませんが……」
要の問い掛けに彼女は言葉を選ぶように少しだけ悩む様子を見せていたが、一つ深呼吸をすると決意して口を開いた。
「……薩摩湾岸部、既に半数以上が『無気力化』している模様です」
「……経過報告を」
「諒解した」
その日の夜。
夕食を摂った後、宿泊先の一室で要と龍一は向かい合っていた。
部屋の空気は非常に重く、もし誰かがいれば口を開くことすら叶わないほどに。
「……俺が調査した薩摩南部は、昼過ぎに報告した通り住民の半分以上が無気力化していた。原因も一応聞き込んではみたが、外的損傷があるわけでもなく、精神操作系神技を扱える医者でも「心を閉ざされている」ため診査不可、のようだ」
「……その人たちの原因は『見えた』だろうか?」
「悪いけど途中演算で切り上げさせてもらった。特定したい情報が曖昧すぎて計算だけで頭が壊れそうだったからな」
「……そうか」
龍一が申し訳無さそうに答えると要は少し思案顔を浮かべた。
これが、龍一が『天才』と呼ばれる所以である。
一目見れば『最適解』もしくは『解答』を算出するというものであり、同時にそれがあったからこそ正宗を装甲することが出来るようになったのである。
というのも。正宗は他の釼甲と比べて非常に特徴的であり、装甲・神器展開に置いて暗号を解かなければならないという制約がある。解答自体は頭で思い浮かべるだけで構わないのだが、手掛かり無し、さらには毎回変わる上に数字だけ、などという単純なものでは無いようで、間違えても変わるため、誰一人として装甲出来なかった、ということだ。
ただ、その才能にも限界はある。
一つは先程龍一が話したとおり、途中演算も現れるため負担が非常に大きいということである。二つ目は目的が明確でなければ、そして情報が少なければ少ないほど計算量が多くなる。最後に、意図的に使用・不使用を操作出来ず、現在は『常に発動している』状態であるということである。
彼にとっては日常生活を送るのも本来ならば一苦労であり、更に言えば構造が複雑な機械類は内部機構・原理を毎回計算される。
なので、彼は好き好んで機械類に触れようとはしない。それだけの負担が有ることを承知しているため、要は龍一の行動は深く言及することはなかった。
「……一応時期も尋ねてはみたが、全員『ある日突然』で証拠もなければ証言も確保できず、だ。現時点で判明している事は以上だ」
「……ご苦労」
一応今は上官部下の関係であるためか、少し躊躇いながら要は龍一を労い、何か深く考え込み始めた。
「……要、これは不確定な情報だが……」
頭を抱えようとし始めた要に対して龍一が静かに語った。
「……『無気力化』は日を重ねるごとに悪化しているようだ。最初の時期……大体二年程前に発症した住民は既に寝たきりの状態だ、と……」
「……二年前、か」
その時期に二人は一つ心当たりが浮かんだ。
大和での【救世主】の行動が活発化し始めた頃である。
「……時期的に何かしらの関与があることは間違いないだろうな。ただ、それだけの間神技を発動し続けることが可能かどうか……」
「……分からない……」
それからしばらく、部屋は沈黙に居座られた。
「……取り敢えず明日の調査はもう少し調べることを限定していくか? それとも俺と要で班ごと場所を変えてみるか?」
「……いや、この状態での絞込みはまだ早い。ただ、『無気力化』に関しての情報も調べていく方向で考えよう。場所は変えずに、もう一度聞き込むつもりで行くぞ」
「諒解。それじゃあ、明日は早くから始めるとしようか」
「そうだな。少し大変かもしれないが、今はそれしかできないからな……」
「うし、それじゃあ、遥たちにも伝えてくるぞ」
そう言うと龍一は素早く部屋を出ていった。
残された要は珍しく横になり、天井を仰いだ。
話し相手にと思わず影継を探すが、そこで釼甲は外部の保管所にあずけられていることを思い出した。安全性の為必要なことであることは理解していたが、考えることが多過ぎるために一時的とはいえ忘れていたようだった。
「……」
自身の落ち着きのなさを軽く反省すると、要は静かに立ち上がって自主練習の準備を始めようとした。
「……失礼、要はいるか?」
訓練用の木刀に手をかけたところで扉越しに声をかけられた。
「……? 椛か?」
今日久しぶりに聞く声に、要は入口へと向かった。木刀は置いて。
扉を開ければ、帰ってきた時と同じではあるが、髪が僅かに湿っている幼馴染がいた。その様子から風呂から上がったのだと要は理解できた。
「珍しいな。こんな時間に声をかけてくるなんて」
「何を言っている。女子は全員上がったから交代だと言いに来たのだ。獅童は途中で会ったときに話しておいたが……その様子だと中庭辺りで素振りでもするつもりだっただろう?」
「…………」
このあたりはやはり筒抜けというべきなのか、要は返す言葉がなかった。
「やっぱりか。止めろとは言わないが軽く汗を流す程度にしておけ。聞くが、今日は何回の予定だった?」
「……せ……いや、五百……だけだ」
「多過ぎないだろうか? 精々二百に留めておいたほうが良いと思うぞ。あとさっきは千回と言おうとしていただろう」
「……」
椛の指摘に、要は自分の失敗を悔いた。
どうにかしてその刺すような視線から逃げようと画策していると、椛は溜め息を吐いた。
「色々と考えるべきことは多いだろうが、休めるときには休んでおけ。素振りをするとしても精々身体を鈍らせない程度に、だ。それで明日『支障が出ました』は通用しないぞ」
「……善処する」
「……よし、言質は取ったぞ」
要の返答に一瞬だけ顔をしかめたが、否定の意味を含んだ言葉でないということで彼女は妥協した。
「出来るだけ早めに入るように、な。風呂も何時までも沸かしているわけではないから、時間を過ぎれば折角の湯も冷めるぞ」
「諒解」
「それじゃあ、私は失礼するぞ」
そう言って彼女は要に背を向けて廊下を歩きだしたが、数歩進んだところでその足を止めた。
「……ただ、一つだけ言い忘れていたな」
振り返らずに、そのままで彼女は語る。
「……確かにここ、薩摩の「無気力化」は痛ましいと思う。だが、その……なんだ……」
そこから先の言葉が上手く思いつかないのか、背を向けていながらも困惑している様子が要にも良くわかった。
そして、彼女が気遣ってわざわざそれを伝えようとしたことも。
「……椛」
「な、何だ?」
「ありがとう」
「う……!」
簡潔に一言、それだけで椛は自身の考えが読み取られたことが恥ずかしいと思ったのか、早足で、今度こそその場を去っていった。
それを見届けたあと、要は部屋の中に戻り、着替えなど必要なものを用意した。