神州千衛門影継と少女《参》
「……ようやく帰って来られたな…」
既に辺りは暗闇に包まれ始めており、ポツポツと街灯が点き始め道を朧気に照らし出していた。
とてつもない疲労を抱えながら歩いていく事数分、要は学園内に設置された寮にようやく帰ってくることができた。
今日ほどまでに要が寮に到着できた事に対して感動を覚えたことは無かった。
アンジェに説明した後、御影を取り敢えず休めるような場所に移動させたいと申し出ると、アンジェの部屋で寝かせることを提案された。
彼女曰く、アンジェが寝泊まりしている場所は学生寮ではなく学内職員の詰所のような場所であり、監視のようなものはほとんどなく、そこに住んでいるのは現在アンジェのみである為問題はないとの事のようだった。
とにかく途中ぶつかった最大の問題であった御影の隠し場所は協力者によって大したことなく解決することができた。
「…今度会ったときにでも改めて礼を言っておくか…」
ぼやきながら廊下を歩いていると途中向こう側から話しながら歩いてきた見知らぬ生徒に肩からぶつかられた。
「…っと…失礼しました」
「チッ…無能野郎か…気をつけろ!」
「目障りだからさっさと失せろ」
少しふらつきながらも姿勢を正し謝った要に対してすれ違った生徒は捨て台詞を吐きながら去っていこうとした。
《……我が仕手に対して何たる暴言…許すまじ…!》
するとどこからともなく篭った声が響き渡った。
何事かと思った生徒たちは慌てて周囲を見回したが、声の主は見当たらない。
《武人の格がここまで堕落しているとは何たる悲劇…しかし『これ』ならば一つ二つ死しても問題なかろう…》
人ではなく物として見ているその数え方は、見えない事に加えて更なる恐怖を三人に与えた。
その不気味さに耐え切れなくなったのか、生徒たちはその場から脱兎のごとく逃げ出した。途中管理の教師に注意されたが、それすらも聞こうとしない様子だった。
そんな三人の背を見送った後、要は天井を見上げた。
影継が、そこに居た。
一応見つからないようにと要が考え出した案で、途中までは何事も無く影継は要の真上にいたのだが、先程のやりとりが気に食わなかったのか、こうして怒りを露わにし脅しをかけたということだった。
「…影継、俺なら何の問題もない。気にするな」
《しかし主…!》
「釼甲の誓からお前の正義感の強さは何となくだが分かっている…だがそれを向けるべき相手は先程のような、取るに足らない小悪か?」
《………》
影継からの返答は無かった。
だが、その静けさには『怒り』は含まれておらず、落ち着きを取り戻したように見せた。
「分かってくれればそれでいい…兎に角俺が良いと言うまで静かにしていてくれ。愚痴なら部屋でいくらでも聞こう」
《諒解した》
静けさを取り戻したその言葉を確認すると、要は早足で自室にいそいだ。
ドアを開けて影継に合図をし、部屋に入ったのを確認するとすぐに閉めた。
「おぉ、おかえり要。どうだった…って聞くまでも無さそうだな?」
部屋では龍一が勉強している最中だったようで、要がドアを開けると同時に振り返りそこにあるものを見て何があったのかを理解した。
その表情は楽しそうでもあり、同時にどこか安心したような顔だった。
「あぁ、龍一の想像通りだ…いくらかの想定外はあったが…」
「成程、それで少し疲れているのか?」
《…主、この者は?》
影継は自身の鋏を龍一に向けて要に尋ねた。
龍一は影継が問いかけると同時に席を立ち、手を差し出した。
「おっと、自己紹介が遅れたな。俺は獅童龍一だ。五十嵐要のルームメイト…同室の人間と言えばわかるか?」
《…神州千衛門影継と申す…以後見知りおきを》
差し出された手に影継は自身の鋏を差し出した。
意味を理解した龍一は静かにそれを握って軽く振った。
「こちらこそ…成程、要が仕手となるだけあって性格がそっくりだ」
影継の反応に笑いながらその手を離して要を見た。
「…それじゃあ俺の方も紹介したほうが良いか?」
「だろうな。顔合わせ無しで正宗に出会った場合影継が何をしでかすか分からないからな…」
「諒解…というわけだ、出てこい正宗」
龍一の掛け声とほぼ同時にベッドの下から一本の棒のようなものが現れた。
その先端がしばらく周囲を見回すように動いたが、問題ないと判断するとその本体がゆっくりと現れた。
褐色の鋼を持つ甲虫だった。
大きさは影継の自律形態より少し小さめではあるが、それを補うように巨大な角が隆々と反り返っていた。
《…どうした、主? 俺を呼ぶと言うことは何か異常事態でも起こったのか?》
「話を聞いてなかったのか……いや、この部屋に新しい仲間が入ったから正宗にも紹介しようと思ってな」
影継とは異なった、少し朗らかな口調の釼甲だった。
龍一は出てきた『正宗』と呼ばれた甲虫にも分かるように影継を指し示した。
鍬形と甲。
形態の元となった自然界では互いに天敵なので、表情には出さないが内心要は衝突でも起こるのではないかと焦っていた。
《…………………》
《…………………》
静かな睨み合いが数秒続いた。
その間人間二人は一言も口にすることなく、二領の行く末を見守っていた。
先に言葉を発したのは鍬形だった。
《…お初にお目にかかる。我は神州千衛門影継と申す。来度より五十嵐要を仕手とした釼甲になった》
《御丁寧にどうも。俺は相州五郎入道正宗だ。貴甲の名は俺の時代には聞かなかったが…相当の業物であると見受ける…如何に?》
《名も実績も無い死蔵釼甲だ。四百年間蔵に閉じ込められて今日ようやく陽の光を浴びたところよ》
《それならば俺と同類だ。貴甲となら上手くやっていける気がしてならないな!》
《言われれば…正宗殿も数百年死蔵されていた釼甲だったな…貴甲とならば話も合うだろう!》
親近感が湧いたのか、正宗と名乗った釼甲は突如口調を改めた。
影継もまんざらでもないのか、正宗とじゃれ合うように角をぶつけ合った。
「…甲と鍬形の仲が良い、というのは少し奇異な光景にも見えるが…」
「細かいことは気にするな、要。取り敢えずこれで顔合わせは大丈夫そうだな。正宗も影継とうまくやっていけそうだ」
(…あの釼甲の誓通りであれば…俺の、闇を払う力として…これからもよろしく頼む)
心の中でそう告げていると、会話に入ってこない事を不思議に思った龍一が手を招いた。
「要、お前も入ってこい! 今正宗と影継が相撲始めているんだ! 決め手を見逃すぞ!」
「分かった…ってそれは影継が不利じゃないか?」
《ぬぅ…! その角の長さ…卑怯では!?》
《なら白刃取りの要領で返せば良いだろう! 貴甲は図体が大きいうえに質量があるからなかなかに持ち上がらん!》
そんなやり取りをしているうちに夜は更けていった。
ちなみに影継と正宗の対戦成績は十勝八敗と、影継の辛勝だった。
ようやく影継始動に漕ぎ着けました。
それを記念して少しだけ提案があります。
『読者の皆様が作品に出したい釼甲を募集します』
実在する、もしくは伝説として残っている物が主になってしまいますが、オリジナルも良ければ提案してください。駄文ではありますが、自分の作品の中で動かして見たいと思います。
アドレスは以下に。
k.muramasa@hotmail.co.jp
それでは、次回(明日二十時)もお楽しみに。




