彼の者、修羅と成りて守護を為す 壱
「全員揃ったか。それでは話をしてもらおうと思うが……」
旅館の女子部屋。
要は部屋の出入口付近に立って全員を見回したが、そこで一つおかしなものを見た。
「……何故御影が不機嫌そうにしているんだ?」
「……別に。なんでもないわよ」
と言いながらも御影は頬杖をついて外を眺めていた。
とてもではないが今から始まる話を全て聞けるほど集中できるとは思い難い、そう思って要は一つ溜め息を吐いたあと、眉間を押さえて考え込んだ。
「……姉さん、椛。俺がいない間に何を話したか聞いても良いか?」
「えっと……ちょっと昔話を、ね」
「……成程」
それだけで要は何かを察したように、顎に手を当てた。
「《……理由は何となくだが分かった。機嫌に関してはあとで俺がなんとかしておく……それまではソフィーの話を円滑に進めておいてくれ。多分………………なるからな》」
金声でそう言うと千尋は小さく知られない程度に頷いて口を閉じた。
「俺は少し席を外す。ソフィー、後はしばらく頼めるか?」
「分かりました。どの辺まで話しておきましょうか?」
「そうだな……少なくともソフィーが伝えなければならない事実だけは終わらせておいてくれ。その部分はさすがに俺では説明すべきではないからな」
「……諒解です」
表情を変えずに彼女は答えた。
だが、その手……身体が僅かに震えていたことを要は見逃さなかった。
「……不安だということは分かるが、少なくともそこにいる全員はソフィーの正体を知っても離れるような人間ではない。それだけは俺が間違いないと保証する」
「……!」
ソフィーが頷いたのを確認すると、要はもう一度全員を見回して部屋を出ていった。
要がいなくなった後、一分ほど静けさに襲われたが、すぐに一人によって破られた。
「それでは、まず自己紹介を改めさせていただきます。先程私は露帝に従軍していた、と言いましたが……正確に話せば、従軍させられていました」
「……? それは自分の意思ではない、ということか?」
「はい……そこで皆さんにお尋ねしますが……第三人類、という言葉に聞き覚えは?」
ソフィーの言葉に全員は顔を見合わせたが、一人として知る者はいないようで、首を傾げるだけだった。
《……一応我は主から話は聞いているが、露帝の生命実験により生み出された『武人と神樂の能力を持つ女』ということで間違いないだろうか? 確か先日相手をした『おヴぁ』とやらもそうなのだろうか?》
「……えぇ。大体合っています」
そんな中一領、影継が彼女の問いに答えた。
答えにわずかだが悩む様子を見せたが、先程の要の言葉が効いているのか静かに頷いた。
「……リヤさんは、もしかして……」
誰よりも先に気付いたのか、アンジェは声を小さくして彼女に尋ねた。ソフィーもその問いに一瞬の悩む様子を見せたが、すぐに顔を上げて口を開いた。
「そうです。私は第三人類で、以前は|ナチュア(始まり)と呼ばれていました」
「…………」
しばらくの間、沈黙が部屋を覆った。
「……少しだけ詳しく話せば、世界大戦で大和を除く軍事大国のほとんどで従軍人口の減少が問題になったことは知っていますか?」
「一応はお父様から聞いてはおります……確か、露帝・北米合衆国が最も損害を受けた、というお話でございましたか? 大英帝国はそこまでの被害はなかったのですが……」
「どちらかと言えば大英帝国は大和同様中立派でしたから、他国に比べると被害は少なかったのでしょうね。私からすれば戦争を起こして……というよりは拡大して利益を出そうとしていたので二国は自業自得だと思いますが、概ねそのとおりです。大戦で両国の従軍人口の三割は戦死……それほどの痛手を受けた状態で放置すれば露帝は中王朝から侵略される恐れがある……まぁ、結果から言えば単なる被害妄想だったのですが、とにかく即急に損失した兵力を取り戻さなければいけないという結論に至りました」
《広大な土地を守りきる為にも損失を埋めなければならなかったのだろうか?》
「それもありますが、大戦以降、軍から離れる人が増えたというのも大きな理由だと思います。十年ほど前には最盛期に二十万を超えた人員が半分を切っていました」
「……済まない、確か現在の露帝従軍人口は十五万では? もしかして……」
椛が声を震わせながら尋ねた。
ある程度その意味が分かり始めているのだろう。
その現実を突きつけるように、ソフィーは一つ頷いて、再び口を開いた。
「その想像にほとんど間違いはありません。増加した軍人の三割は第三人類です」
その数字がどんなことを意味するかを理解した全員は、無意識に息を呑んだ。
……少なくとも一万人は戦争のために作り出された命である、ということだ。
「……酷い話でございますね……」
「……だが、その……失礼な話、以前襲ってきた第三人類とは大分性格が異なるように思えるのだが……」
「それは……オヴァ・ポールはごく最近に創造されているので、『戦闘への意欲』が他のものに比べて強く組み込まれています」
《……人工的に創り出された『戦闘狂』ということだろうか?》
「その言葉が一番適切でしょうね」
《……貴女たちは軍の勝手でこの世に産み落とされ、軍で戦うことを強制されていたのだろうか?》
「……………………私に関しては少し、違うと……思いますが、ほとんどそのとおりです。数物釼甲が無いので今すぐに証明することは出来ませんが……」
「……ねぇ、ソフィーちゃん。幾つか聞いても良いかな? 細かい理由は、今は良いから、答えは「はい」か「いいえ」でお願いね」
「え、は、はい」
ソフィーが証明方法に悩んでいると、千尋がそれを遮った。
突然の事に彼女は驚きを隠せず動揺を見せていたが、千尋は一切気にせず言葉をつなげた。
「ソフィーちゃん、要君のことは好き?」
「……………………」
……突拍子もない質問に部屋は異様な沈黙に包まれた。
話を聞いていた三人も呆然としており、目を丸くしていた。
「……はい」
しかし、しばらくの間を空けて、ソフィーは少しためらいながらも肯定した。
「うん。それじゃあ次の質問。それは助けられたっていう感謝の気持ちから?」
「……いいえ」
今度は、先程より力強く否定した。
「じゃあ最後の質問。ソフィーちゃんは要君の夢を知っているかな? もし知っていたらそのうえで、それを叶えてあげたいと思う?」
その言葉に椛は肩を震わせた。
その反応に一瞬だけ千尋は彼女を見たが、すぐにソフィーへと視線を戻した。
「……はい」
千尋の質問に、彼女は力強く頷いた。
「……私ではマスターの夢を叶える、ということは難しいとは思いますが、少しでも実現の力となれれば、と……」
「うん、合格!」
ソフィーが言い切るよりも先に千尋は彼女の手を握って勢い良く振った。
「それじゃあ遅れたけど、自己紹介。要君の姉の千尋だよ。気軽にお義姉さんって呼んでもいいよ」
「ちょ、ちょっと千尋さん!?」
「こっちが要君の幼馴染の二ノ宮椛ちゃん。少し堅い子だけど、良い子だから仲良くしてね? アンジェちゃんの紹介は……もうやった?」
「えっと……お義姉さんに、椛……ですね。分かりました。アンジェとは先程一緒に帰るときに少々……あと、そちらは……」
ソフィーは少し躊躇いながら御影を指した。
というのも、御影がさらに不機嫌そうに頬杖をついて不貞腐れていたためだ。手で押さえていない頬はリスのように膨らんでいた。
「……綾里御影よ」
「……よろしくお願いします」
一応の挨拶はしたが、それに対して御影は一瞥するとまたすぐに視線を窓の外に向けた。その間にアンジェは急須に入っていた茶を御影の湯呑に注ぎ、何かに気付いたのか扉近くに移動した。
「(……私、何か怒らせるような事をしてしまいましたか?)」
「(……もしかしたら、なんだけど……御影ちゃんはこの中で一番要君との付き合いが短いから……それで、かな? 私にはこれくらいしか思い当たることが無いけど……)」
「(……そうでしたか)」
言われてソフィーは御影を盗み見た。
時折周囲の女子相手に視線をやっては頬を膨らませ、視線を逸らして気を落ち着かせたら今度は別の女子に……ということの繰り返しだった。
その様子をしばらく見てからソフィーは部屋の中を見回した。
そこで『ある物』を見つけて彼女は手招きをした。
《ん? 如何したのだろうか?》
漆黒の鍬形虫の釼甲・影継である。
ソフィーの手招きに対して素直に従い、千尋の後方を通ってソフィーの横にたどり着いた。
「すいません、名前を聞いていなかったので……貴方はマスターの釼甲、で合っていますか?」
《……そうか、紹介が遅れて申し訳無い。我は五十嵐要を主とする神州千衛門影継と申す》
「影継、ですか……もしかして練造主は綾里さんでしょうか?」
「……よく分かったわね?」
「名前を聞いて何となく、でしょうか……私も幾つかの大和業物釼甲は見てきましたが、これほどまで人間らしい釼甲は初めて見ました」
「……私の最高傑作だから当然よ」
「……そうですか」
ソフィーの意図が読みきれず、思わず素っ気のない返事をする御影だったが、すぐにそれを失敗だと思ったのか、肘をついている左手で顔を覆った。
しかし、彼女はそれを気にも留めず、口を開いた。
「マスターは、私が最後に出会った時より遥かに活き活きとしていますね」
「……?」
「……ここだけの話になりますが、マスターは鷺沼以降……正確には釼甲を扱えなくなってからは正の感情らしい感情を表に出しませんでした」
「…………」
「そうなのですか?」
「えぇ……なので、私では出来なかった事を、御影さんが成し遂げてしまった、というのが少し残念です」
「そこで何で私の名前が……? もしかしたら久しぶりに再会した椛や唯一の家族を助けられたっていう意味で千尋が原因かもしれないし、アンジェの明るさに助けられたってことも……」
「……私もそれは考えましたが、マスターは何より『護るための力を持っていない』ことで無力感があったのではないのでしょうか?」
全く意味を悟ることのできない御影に対して、ソフィーは彼女を遮って続けた。
「……鷺沼以降、マスターはひたすらに自身の釼甲を探していたようなのですが……軍に保持されている物は基本兵装が銃火器のみの数物か、契約済の業物ばかりで……」
それ以上はどう説明すれば良いのか、彼女もわからなくなったようで、そこで話が長く途切れ、その状態が数分ほど続いた。
「話し終わったか?」
微妙な沈黙が生まれたところで丁度良く外から要の声が聞こえた。
「はい。ある程度のお話は終わりましたので、今お開けします」
出入口近くに移動し待機していたアンジェは、声が聞こえるとほぼ同時に扉を開けた。
「お帰りなさいませ!」
「……ただいま」
あまりの早さに要も驚きを隠せず部屋の前で一瞬立ち尽くしていたが、すぐに意識を現実に戻して部屋に入っていった。まさか彼女の身の上話の後に自身の話をされていたとは露にも思わず。
「……上手く打ち解けたようだな」
そう言うと要は素早くソフィーの頭を撫でた。
「ま、マスター!? い、いい、一体何を……!」
「いや、何。今すぐに思いついた褒美だったが……悪くはないだろう?」
「え、えぇ……まぁ……」
最初は驚きのあまりその手から離れようとしていたソフィーだが、落ち着きを取り戻すとそれを甘んじて受ける決心がついたのか、宙に浮いていた両手を下ろした。
「……っと、あまり長くやりすぎても話が進まないからな」
「あっ……」
要がソフィーの頭から手を離した瞬間、彼女は一瞬惜しむようにその手を見上げたが、同時に周囲の視線が有ることを思い出し、辛うじて乗り出していた身を引き戻した。
「し、失礼しました……ではマスターも戻ってきたところで……もう一つお伝えすることがあります」
一つ咳払いをすると、彼女は気を引き締めて要の顔を見た。先程の同様が微塵もないところは、さすが軍属というべきだろう。
その纏う雰囲気が変わったことに、彼も姿勢を正した。
「……ソフィーがわざわざ伝えに来た、ということは……」
要の覚悟を決めたような低い声に、彼女はゆっくりと首を縦に振った。
「……ようやく大和救世主の根城が、ある程度の範囲まで絞り込めた、とのことです」
ゆっくり、はっきり紡ぎ出されるその言葉は、全員に息を飲ませるには充分な威力だった。けれども、一人だけ、その時間すらも許されないと言わんばかりに、間を置くことなく口を開いた。
「……推定場所は?」
「九州薩摩付近……判明している事実はこれだけですが、当初の調査領域である大和全域に比べれば大分縮小されたかと。ですが、やはり動かせる人員は上層部の問題もあってかなり限られています」
「……そこで、『防人部隊』か」
要の言葉にソフィーは頷き、周囲は耳を傾けた。
長年の世襲制により腐り始めた大和國衛軍の上層部は『事勿れ主義』へと堕落し、さらには実力まで落ちかけている。
幸い、神之木を初めとする一部の上級将校によって完全な腐敗は避けられてはいるが、このような場面に直面した場合、実戦経験の浅い素人に正しい判断……それどころか勇気ある行動など出来るはずも無く、こうした尻込みした、もしくは足踏みすることしか出来ないのだった。
『防人部隊』とは、運の良いことに私兵隊であるため、本隊の命令ではなく(現在は)神之木中将の命令を第一とすることができるという特徴があるのだった。
要の予想を察したのか、ソフィーは小さく頷いた。
「……神之木中将から防人部隊への指令は『大和救世主の本拠地捜索』です。それが達成された後に本隊が『他国軍との救世主拠点同時攻撃』を行います。実行時期は五日後の十九時、それまでに拠点を見つけ出すように、とも言い付けられています」
《……つまり……異国にも存在する拠点は、その国が攻撃を仕掛ける、ということか?》
「そのとおりです。運良く他の拠点も判明し始めたので、逃げ場を残さないよう同時に殲滅戦を展開する……以上が、伝令です。それ以外の詳細は現地にて、と」
……時と場所は限定された。
後は、遺恨のないよう、戦うのみ。
「……諒解」
要が了承の意をしめすと、ソフィーもそれに釣られるように頷いた。
その後、何故か周囲を見回し、全員の目を見た。
何かの意味を込めているかのように。
「では、私は先に現地で待機して了承の意を伝えてきます」
「頼む……あぁ、あと一緒に上空騎行許可の申請をお願いできるか? 封神者は……綾里御影、で……」
「え?」
突然要の口から自分の名前が挙がったことに、彼女は驚きを隠せなかったが、二人は構わず話を続けていた。
「……問題はありませんが、やはり乗り物酔いは治っていないのでしょうか?」
《以前一時間程度の乗車で吐く寸前だったな》
「相変わらずですね……分かりました、連絡ついでに申請しておきます。では、私はこれで失礼します」
丁寧に頭を下げたあと、彼女は素早く立ち上がり、颯爽と部屋を去っていった。
それを見送った要は、深く息を吸った。
「……五日後、か。しかも雑談する時間も取れないほど、か。だとすればもう『あれら』を完成させるまでの時間は限られているな」
顔を抑え、左手で数えるように指を折り、しばらく誰にも聞こえないような小声で何かを呟いていた。
「……御影、今日は特訓に付き合ってもらえるか?」
要からの質問に、自分にだけ向けた言葉に彼女は僅かに喜びの色を見せた。
「えぇ。雛型は完成しているから、後は最大出力に耐えられるよう慣れるだけ……ただ、実践場所はどうするのかしら?」
「言っただろう? ここは軍の保養所のような場所だ、と。旅館の裏側にある山を少し切り開いた訓練所がある。そこを借りる」
「諒解よ」
「……見学……は多分ダメだよね?」
「それは当然。未完成だから被害を出さない保証は無いからな」
千尋は思いついてすぐに提案してみたものの、自分でも危険であると判断したのかすぐに意見を控えた。少しだけ残念そうに頬を膨らませたが、即座に気持ちを切り替えていた。
「それじゃあ、私たちは荷造りでもしようか! 何時でも出られるように準備をするのも良い妻の勤めだからね!」
「……待て、着いてくるつもりか? そして何故妻なんて言葉が出る?」
「それは当然でしょ? それとも何かな? 要君の手が届かないところで何かあっても問題ないってこと?」
「グッ……!」
一度経験があるだけに……それも当事者の言葉であるだけにそれは要にとって非常に重い一言だった。けれども、これから向かう戦いも危険をはらんでいることは明白……それ故に、連れていく事に関しては悩みを持っていた。
「……御免ね、意地悪な質問をしちゃって。けど、もうお爺ちゃんの時みたいに、手の届かない場所で誰かが居なくなるのは嫌だから」
それを言われてしまえば、要に彼女たちを止める理由は一切存在しなかった。
だから、要はこう返した。
「……明日の六時にここを出る。今度こそ、全員遅れないように気を付けろ」
その言葉に全員それぞれ明るく返事をしたのだった。




