墓参り~再会~
お世話になった人への供養。そこで自分は近況報告をするのですが、先日その話を友人にしたら気味悪がられました……おかしいでしょうか?
「時間に余裕が有ったから良かったものの……何故椛が付いていながら時間に遅れたのかが不思議で仕方ないが……」
《我が止めなければ際限無く説教をし続けていただろうな。今後は注意するように》
「す、すまない……」
「あ、アンジェも原因の一つでございますので、それ以上は……」
「私も珍しく熱中したから同罪ね。何かあれば皆で受けましょう?」
道中、それぞれ反省の色を示しながら要に平に謝り続けていた。
その様子を背にしていた要は、ようやく一つ息を吐いてから彼女たちを振り返った。
「……反省しているならもういい。けど、熱中するのは構わないが、俺以外が相手だったらどういうことになっているのかは分からないからな。少し早めに行動することだけに気をつければ問題はない」
「以後気をつける……」
「それだけ聞ければ俺は充分だ。ただ、中には時間に煩い人間もいるだろうから、注意して損をすることはないとだけ言っておこう。例えば……佐々木少佐が良い例だな」
「良く分かりました……」
「少佐は軍事訓練の時は厳しくなっているから……今は時間通りでも問題はないが、気合が入っている時は遅くとも五分前に間に合わなければ百キロ持久走を課せられたみたいだ。五十キロの重り付き、だったと聞いている」
「そ、そこまで厳しいのか?」
「爺さんの一般人向け訓練を更に強化した内容だと言っていたからな。多分俺でも終われば力尽きるだろう……まぁ、この話はここまでにしておこう」
体の向きを元に戻し、速度を落として再び歩き始めた。
……要の言葉に間違いは無いが、実はそれだけではなかった。
時には罰として滝壺落としといった、根性を叩き直すものもあったが、その名前通りの過酷さをわざわざ話すべきではないと判断して要はそれ以上詳しい話をしなかった。
「……しかし、この辺は相変わらず自然が多いな。蝉が騒がしい……」
留まることを知らぬ夏虫の合唱に、要は耳を傾けていた。
騒がしい、と言いながらもその歌をどこか楽しむような表情だった。
「天領でも結構聞こえていたと思うけど……ここはその比じゃないわね」
「必要な道路整備しかされていないためだな。一時期は異国からの観光のために開発するかどうかの話も上がっていたが、地元の人たち全員が反発したとか……結局、運搬の効率を上げる程度に押さえ込んだらしい」
そう言って要は田圃横にある荷車を指差した。
「それは良かったわ。ここも学園近くの街のように見知らぬ物ばかりだったら耐えられなかっただろうけど、原型を崩さずそのまま残っている、っていうのは落ち着くわね」
「御影の里はどんな様子だったんだ?」
「そうね、簡単に言えば、里の中央に田畑があって……それを家が囲んでいたってところかしら? 後は小川が流れて、私の家はその川の上流にあったわね」
「……あぁ、成程。冷却の為か」
「そうね。ここだけの話、釼甲の練造は刄金も重要だけど、それと同じくらい水の純度も大切なのよ」
「腕が良くても水などの環境の所為で駄作になった、という話もたしか有ったな。あと刃金も単に純度が高いだけでは甲鉄練度は上がらない、というのもあったな」
思い出すように要が額に手を当てていると、御影は嬉しそうに笑っていた。
「……今の話に笑う点があったか?」
「いいえ、ただ単純に、話が合うっていうのが久しぶりで嬉しいだけよ」
「?」
理由は分かったが、意味を理解していないようで、要は彼女の顔を見直した。
「……ここだけの話、釼甲に興味はあっても、錬造法に興味を持つ人は今も昔もほとんど居なかったのよ。だから、それにはどんな道具や環境が必要か、なんて同業じゃなければ『分からない』で返されるのよ」
「まぁ普通はそんな物だな」
「影継練造に取り掛かるまでは父様くらいしか話す相手はいなかったから、同い年では結構仲間から外されることも多かったわ。けれど、要はちゃんと誠意で返してくれた。それが嬉しくてね」
その長い銀髪をかきあげながら、御影は彼に微笑んだ。
初めて会ったときに渡した髪留めが、日光の光を反射した。
「けど、刄金の純度の話なんかよく知っていたわね?」
「……爺さんが偶々持っていた書物を読み漁っていた時に少し、な……ところで、さっきから静かだな……」
先程から御影の声しか聞こえない事に疑問を覚えた要は後方を振り返った。
さっきまで真後ろにいた三人の姿はそこには無く、はぐれたのではないかと要は焦ったが、視線を上げただけですぐに見つける事が出来た。
「あ、アンジェちゃん、あれがお玉杓子だよ」
「こちらが……随分と可愛らしいのですね!」
「ちなみにその隣にある透明の膜に包まれた黒い粒が卵だな」
《もし間近に見たければ我が取ってきても構わぬが……》
三人と一領は何故か道路脇に流れている小川近くで座り込んでいた。
「……いや、珍しい事は分かるが、出来れば一声かけておいて欲しかったな」
「……あれ? お玉杓子は確か大英帝国でも湖でいくらでも見られると思うのだけど……」
安堵の息を吐く要の横、御影は首を傾げた。
「……そうなのか?」
「えぇ。北部なら卵は気温の問題で凍る事はあるだろうけど、それ以外ならある程度水が綺麗な場所ならいくらでも見つけられるから……」
「……余程の事が無い限り、見たことがあるはずだ、ということか?」
「そういう事ね……そう言えば、私たちってアンジェの事をあまりよく知らないんじゃないかしら……?」
「…………」
「大英帝国を故郷にしている事と、主人探しのために大和に来ている事以外、ほとんど知らないわね」
「……それがどうした?」
御影の疑問に要は素早く切り返した。
知らぬ自分を責めるような口調の御影を戒めた。
「友人だからと言って全てを知らなければいけない必要はない。現に、俺は御影や椛どころか姉さんにまで黙っていることがある……だが、それでもこうして何事も無く過ごせている……今はそれで良いと思う」
「……そうね」
「それに、必要になれば多分自然と話してくれるだろう。それまでは今のような付き合い方で充分だ」
「……ごめんなさい。少しだけ焦っていたのかもしれないわね」
「気にするな。それよりも姉さんたちを呼んでおかないとずっと止まっていそうだな……」
そんなことを話しているうちに目的の場所にまでたどり着いていた。
清陵霊園。
この街に唯一存在する共同墓地である。
共同とは名付けられているが、かなり広々と間を取られているため墓地独特の閉塞感はなく、緑も多いため鬱蒼とした雰囲気は微塵も感じられない。
その中で要たちは目的の場所へと歩いていった。
場所を完全に把握しているためなのか迷うそぶりは一切なく、ものの二分程度でその場所へと差し掛かった。
周囲のものよりも一回り大きい、そしてかなりこまめに磨かれているのだろう、傷一つない墓石が鎮座していた。
しかし、そこには女性……というより少女が一人、墓の前で手を合わせていた。
肩にかかる長さの金髪に透き通るような白い肌を持ち、比較的小柄な女性だった。
活けたばかりであろう鮮やかな仏花とともに、風で少女の髪と服が揺れていた。
その女性に要が声をかけようとした瞬間、少女も要たちの存在に気付いて静かに会釈をした。
「お久しぶりです」
「……久しぶりだな、リヤ。よく爺さんの墓の場所が分かったな?」
話しかけてきた少女に対して要は親しげに、砕けた様子で返した。
少女の正体が分からない四人は一先挨拶を兼ねて会釈を返したが、疑問符がひたすらに頭の上に浮かんでいた。
「佐々木少佐にお聞きしましたので。大和の風習には亡くなった家族を迎える【お盆】というものがあると聞いたので。あと、私のことは親愛の意味も含めソフィーと呼んでくださいと……」
「……まぁ『家族』は拡大解釈すれば当て嵌るだろうが、わざわざ墓参りに、しかもこんな辺鄙な場所までくるほどの事なのだろうか? それに龍一には『リヤ』で、俺は『ソフィー』と区別する理由は?」
「大和に國民登録する際、源内様も私を『家族』として接していただいたので、そのお礼も兼ねております。呼び方については簡単です。単に創造主が与えてくれた愛称『ソフィー』は心許せる人にだけ呼ばせるように教わっているので」
「……そうか。それならまずは……仏花の取り替え、助かった」
「どういたしまして。途中の花屋で購入したものですが……これで間違いないでしょうか?」
「……おかしなものは混じっていないから大丈夫……」
「か、要……この人は一体?」
さすがに調子良く進む話についていけなくなったのか、混乱した四人を代表して御影が要の話を遮って尋ねた。
「っと、そうか、紹介を忘れていたな。彼女は防人部隊の一尉・ソフィーリヤだ」
「初めまして。少しだけ訂正させていただくと、一尉は露帝に従軍していた時のもので、現在は大和非正規國衛軍三尉です。ソフィーリヤ・弥生と言います。以後よろしくお願いします」
「……あぁ、結局生まれ月を名字にしたのか」
「はい。実を言えばマスターが私を引き取ったときに申請させていただいたのですが、許可が降りたのはつい最近ですので、マスターは知らなくても仕方ないでしょう」
「か、要君……マスターってなんのこと?」
聞き逃せない単語が連続で現れたためか、さすがの千尋も話を遮らざるをえなくなり、少し躊躇いながら尋ねた。
その質問に対して要は悩ましい表情で眉間を押さえた。
「……それはどこから話せば良いか分からないな……最初からだと長すぎる……かと言って省き過ぎれば誤解を招きかねないから……」
「失礼、私は取引の末に要様に引き取られ、マスターとなっていただきました」
「間違ってはいない……が、間違っていない故に最悪の説明だな」
ソフィーの発言に要は額を押さえた。
「要君、まさか私のいないうちに人身売買に手を出していたとは思わなかったよ……ちなみにそれにはどれだけの刑罰が課せられるか知ってるよね?」
「確か未成年者の買い受けは三ヶ月以上七年以内の懲役……だったな。まさか要が二十歳を刑務所で過ごすかもしれない、ということか?」
「ち、千尋さんも二ノ宮さんも要さんのお話を聞きましょう! もしかしたら何かしら深い事情があるのでは……!」
「? 皆さんなぜここまで慌てているのでしょうか?」
「間違いなくリヤ……」
「ソフィーです」
「……ソフィーの発言が原因だ。とりあえず、ここで話す内容ではないから、宿に戻ったら纏めて説明するから落ち着いてくれ」
「……やましいことは一切無いのだろうな?」
「釼甲(影継)に誓っても構わない」
それは、要にとっては非常に大事な者である。
そのことを知っている千尋と椛は、その言葉一つで怒りを収めた。
「そうか、要がそういうのなら間違いはないのだろう……悪かったな、騒ぎ立ててしまって」
「いや、俺も充分な説明が出来なかったからな。ただ、ここで軽々しく話せる内容ではないから……宿に戻ったらソフィーに話してもらう。それに、わざわざここまで来たんだ、何か連絡があるだろうからな。それで良いか?」
「私は問題ありません」
要がソフィーの顔を見ながら尋ねると、一瞬の間も無く即答した。
「……分かったよ。それじゃあまずはお爺ちゃんたちの御墓を綺麗にしないとね」
千尋の声を聞いて四人は墓石の前に立ち、手際よく墓石を掃除し、終わると要が用意していた線香に火を点けて供え、両手を合わせて目を閉じた。
その静けさが二分ほど。
最初に動き始めたのは千尋だった。
「……それじゃあ、要君はもうしばらく話すんだっけ?」
「あぁ。済まないが先に宿へ戻っておいてくれないか? 少し時間をかけようと思っているから、良ければ観光でもしてきてくれ」
「分かりました。それでは……途中知り合った農家の方がお裾分けをしてくれるそうなので、そちらに寄らせてもらいます」
「あ、でしたらアンジェもお手伝い致します!」
「ありがとうございます。話を聞けば相当な量をいただけるということなので、非常に助かります。ではマスター、アンジェ様をお借りさせていただきます」
「待て、お前は俺をアンジェの何だと思っている?」
「? マスターの専属メイドではないのでしょうか?」
「いえいえ、アンジェは単なる野良メイドでございます。確かに要さんが……」
と、そこまで言ったところでアンジェは慌てて自身の口を両手で塞いだ。
「で、ではソフィーリヤさん! その御宅へ向いましょう! さぁ!」
「は、はぁ……」
焦るアンジェに押されるような形で二人はその場を立ち去った。
僅かにソフィーは困ったような表情を浮かべていたが、それもすぐに気を取り直してアンジェの先を歩き始めた。
その二人を見送った女子三人は少し考えた後、当事者であろう要に揃って視線を向けた。本人はアンジェたちの見送りが終わるとすぐに
「……えっと、それでは……私たちは少しそのあたりを散策してから旅館に向かうが……もどるのはいつ頃になりそうだ?」
「そこまで長引かせるつもりはないが……多めに一時間はかかると思ってくれ。今年は少し報告することが多いからな」
そう言って要は備えられた花の位置を整えた。
「……それじゃあ、私たちは先に行ってるね」
「あぁ。っと、そうだ。昼食は旅館で食べることになっているから帰り際に食事処に立ち寄らないように」
「了解ね~」
そう言って三人は並んで霊園を出ていった。
残されたのは影継のみだった。
《主、我もこの場を離れたほうが良いだろうか?》
「……そうだな。悪いがこの場は外れてくれないだろうか? 少し独り言が多くなるうえに……そうだな、一番不安なアンジェについて行ってくれ。ソフィーだけでもそれなりに対処は出来るだろうが、念には念を入れて、だ」
《承知した》
影継はすぐに要の言葉を受け入れてその場を飛び去った。
木々に隠れるように、であったため、見つかることは殆ど無いと要は判断した。
一人残った墓石の前。
しばらくの間を空けた後、要は静かに口を開いた。
「……春の彼岸から五ヶ月……少し、久しぶりといった所でしょうか?」
答えるものが居ないと分かっていながらも、彼は問い掛けた。
自身に確認をするように。
「天領学園に編入してから三ヶ月ですが……その間に随分と自分の周りは騒がしくなりました。少し前までは、龍一やリヤ……いやソフィー……あとは佐々木夫妻に神之木さんだけだったのですが」
瞳をとじて、思い出すように語り始めた。
「学園に編入してから一ヶ月で自分の釼甲となった影継とその錬造師である御影に……その前には椛とアンジェに……そうだ、風紀委員の選抜試験以降、先輩二人である昴と月島先輩と知り合って……」
積もる話を全て吐き出すように、要はその間のことを事細かに話していった。
それは、今日あった出来事を楽しそうに話す子供のように。
ただ、どこかしら距離があるような話し方だった。
それはまるで、顔も知らなかった他人と話す、という表現が適していた。
「……出来れば、四人が生きているうちに会わせたかったのですが……とにかく、今は元気に過ごしています。だから安心……させることはできませんが、精一杯生きていきたいと思います」
ただ、それもしばらく続いていたが、要の話す内容が終わると、彼は静かに立ち上がって終わりとなった。
「……それでは、自分はこれで失礼します。友人を……皆をこれ以上待たせるといけないので」
一つ礼をすると、要はその場を静かに立ち去った。
……風が吹き、花が、線香の煙が揺れた。
墓石に彫られた名前は以下のとおりである。
五十嵐 菊里 没年 1985年
颯 没年2011年
鈴音 没年 2011年
源内 没年 2021年
……祖父母だけではなく、彼の両親もその墓の下で眠っていた。