前哨戦
長らくお待たせして申し訳ありません。ようやく第四話の目処が立ったので、投稿させていただきます。
また、同時進行で人気投票も行います。四話で登場・活躍・判明するキャラクターもいるので、「これは!」と思ったら投票お願いします。
詳細は活動報告をご覧ください。
なお、今回は全て『アンケートツクレール』様で作成したアンケートのみを集計対象とさせていただきます。ですが、個人的に作品含む(個人的な話もOK)雑談をしたい、という方がいればメッセージもしくはコメントをお願いします!
晩夏の夜空に浮かぶ月。
大和本島から遠く離れた周防にて、一つの激戦が繰り広げられていた。
否、それは激しい戦いではあるが、余りにも一方的過ぎた。
轟音を立てながら空を駆ける山吹色の釼甲は、その周囲を鬱陶しく飛び回る釼甲を相手取っていたが、山吹には一切の傷はなく、対してそれ以外の敵と思しき釼甲は既に満身創痍の状態だった。
『“嘘だろ……? こんな化け物が居るなんて聞いてねぇよ!?”』
『“あ、慌てるな! あの男も十騎同時に相手しているから、疲れの色が見え始めるはずだ! そこを一気に畳み掛けろ!”』
《“……馬鹿か! 身の程知らずは死を早める……前衛部隊は残って足止めを! 後衛はすぐに拠点へ戻って報告をしろ! それが最善策だ!”》
《“わ、分かった! 後衛部隊はアーヴィンを先頭に今すぐ戦線離脱を!”》
あまりにも強すぎる相手を前にして武人・神樂……いや、ウォーリア及びプリースト共に冷静さを欠いており、唯一平常通りだった釼甲が全員に指示を出す。
これを聞いた、後方で構えていたウォーリアたちは少しの躊躇いを見せた後、方向を大きく変えて山吹の釼甲から逃げ出した。
《主、三騎が逃走体勢に入ったぞ!》
『なら好都合。少なくとも一つは撃ち落とす!』
逃げ出す釼甲に視線を合わせ、居合の構えを取る。
『晴嵐流合戦礼法―“飛燕”が崩し―』
構えた鎧通しに青白い雷光が纏わり、暗闇の夜空を照らし出した。
『“……! 後衛部隊! 緊急回……!”』
『紫電一閃―雷鳥―』
足止めに回っていた武人たちが警告するよりも先に、山吹色の武人は抜刀・投擲を行い、投げつけたそれは逃げゆく武人の背に当たった。
そして、それと同時に周囲に莫大な電流が流れた。
再び、夜空を照らす光が広がった。
並列騎行をしていた武人にもその余波が及び、弾けた光が収まると同時に揃いも揃って落ちていった。
『ガ……!』
悲鳴をあげようにも、ありとあらゆるものを焼き尽くされており、声を上げることすらままならなかった。
喉。
筋繊維。
神経。
血液。
瞬間的とはいえ人体許容量を越える雷流を受け、平気でいられる訳がなく、釼甲の生命維持機能で辛うじて死を免れたが、今後まともな活動を行うことは不可能だろう。
……殺し続けた悪人が、社会に戻ることを許されれば、の話ではあるが。
『“お、おい! 大和の軍人は殺人も許可されているのかよ!?”』
『平時ならば認められないが、貴様らは無垢なる人々を殺してきたという業がある……今まで裁きがなかったことの方が間違っている』
《少しばかり極論ではありますが、概ね同意です》
冷たく、非情に、彼と彼女は切り捨てた。
再び太刀を担ぎ構えに、前衛部隊へと向かっていった。
『故に、我が一刀を持って裁きとする』
『“や、やめ……た、助け……”』
《貴様らによって殺された者を覚えているものは一人でもいるか? いるはずがないだろう、そのように死に際に助けを求めているようならばな……貴様らが殺した者と同じ気持ちを味わって地獄へ堕ちろ》
《―雷気付与―》
『晴嵐流合戦礼法―“鬼道”が崩し―』
『“に、逃げろ! 薩摩上空にまで行けば誰かが……!”』
見苦しくも、彼らは生き延びようともがいた。
その身を血で塗らしながら、平然と生きてきた彼らが。
数百、数千、数万もの生命を容易く切り捨てた彼らが。
たったひとつの、自分の命だけ助かろうと。
それが山吹の武人の怒りにふれ、放たれる雷光が更に激しくなった。
暁天の空に匹敵する明るさが、大和上空に走った。
『雷風滅殺―終焉―』
……そこからの戦闘は一切謎に包まれている。
ただひとつの事実を述べれば、その後救世主大和拠点にはその十人の消息が完全に絶えたと報告された。
……それより数日前。
露帝最東部に存在する半島付近の海上にて一つの空戦が起こっていた。
『“……だ、第三人類でも歯が立たない……だと!?”』
『“こ、こんなものは間違いだ! 俺たちでも勝てなかったやつらを……たった一騎で……”』
『“現実から目を背けるな! とにかく、全力で戦線を維持しろ! 増援が来るまで、とにかく耐えろ!”』
『“正体不明の化け物相手にどうしろっつーんだよ! この調子じゃ数分もしないうちに全員やられちまう!”』
幾人かの男は命令した相手が上官であることを忘れたのか、乱暴な口調で現状を嘆いた。
普段ならば懲罰もので有ることは間違いないが、既に三十領を落されている状態ではたとえ戦闘経験が幾らかある上官でもそんなことを気にしている余裕は無かった。
露帝制式採用ブレイドアーツ・ヤコグレフを纏ったウォーリアたちは眼前で展開される戦いを否定することで自我を保っていたが……
守る暇も与えない雨のような攻撃。
隙を見て攻めても軽々と避ける騎行術。
そして何より、その一撃により十数騎を纏めて叩き落とす神技。
『“畜生……! 中尉以上は左右に展開、少尉及びそれ以下の兵卒は後退しろ! 囲みこめば何とか……!”』
指揮官らしきウォーリアによって新たな行動が始まったが、時すでに遅し。
次の瞬間に、ようやく残っているのが自分一人であることと、隊員が全て海へと叩き落とされたことに気付いた。
それほどまでに、『その者』の動きは俊敏だった。
留まることを知らないそれは遥か上空へと舞い上がり、その勇姿を逆光で陰らせた。
……太陽すらも飲み込まんばかりの紅蓮。
そして、武装を一切持たない釼甲から放たれるのは、降下の勢いに乗り、一回転しての踵落とし。
『富嶽流合戦武法―“豪雷”―』
重力によって加速されたそれは、今から認知しても既に回避できる速度ではない。
雷の如く放たれるそれを、身動ぎすることも出来ず……打ち落とされた。
落下し、叩き付けられるが、彼らの戦っていた場所が良かったのか海水により衝撃は大分緩和され、指揮官は即死を免れた。
だが、釼甲は主の生命を守るためにその衝撃を一身に受け止め、木っ端微塵に砕かれた。
「“う、嘘だろ……? 私の精鋭が……たった一人に……!?”」
徐々に浮かんでくる自分の隊員たちを見渡して男は嘆いた。
それに追撃ちをかけるかのように紅蓮の武人は僅かな旋回で海面に浮かぶ、唯一意識を保っている指揮官を目掛けて騎行していた。
「“……私もここまで、か……”」
『……目障りだ。消え失せろ』
徐々に、徐々に紅蓮の魔王が近づいていく。
浮かぶ彼らに身を守る鋼はない。
残り十秒もしないうちにその拳は容易く人の脳天を打ち抜く……いや、砕くことが出来るだろう。その恐怖を紛らわすように、逃げるように男は目を閉じようとした。
『……! お前が守っていたものはそんな簡単に投げ出せるようなものだったのか!? 惨めでもいい! 見苦しくてもいい! 今少しでも生き延びて奪われないための最善を尽くしやがれぇ!』
そうして紅蓮は突如方向を変え、拳を誰もいない海面へと叩き付けた。
その衝撃で高波が発生し、それは浮かぶ兵士たちを飲み込んだ。
「ガボッ……!」
とてつもない速さで迫るそれから逃げることができず、指揮官である男は波に圧されて戦場から異様な速さで離脱を余儀なくされた。
押し寄せる波の所為で水を飲み、視界を、体温を奪われた。
(……あの男は何故殺そうとしなかった?)
それが、薄れゆく意識の中思い至った疑問だったが、すぐに酸素欠乏によって暗闇に飲み込まれた。
海上に残されたのは紅蓮の武人のみ。
『……【撃退】任務完了。これより帰還する』
人を飲み込んだ波を背に、彼は飛び去った。
数日後。
露帝の捜索部隊によって最東部で戦闘を行なっていた者が全員湾岸で発見された。
幸いにも息は残っており、復帰には時間がかかるだろうが一切の障害無く回復出来るということだった。