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姉弟

 靭島中央にて火が上がっていた。

 煙が昇り、生徒たちがそれを囲うが、全員和気藹々としていた。

 健闘を称え合い、中には今回の敗北経験を噛み締めて次への一歩とする者もいる。

 激戦の後の祭りだった。

 食料制限…美味い食事から切り離されていたためか、半数以上は話半ばで駆け出し、次々と出される食事に食らい付いていた。

「要君、これ凄く美味しいね!」

「もう少しだけゆっくり食べてくれ、姉さん…椛とアンジェが疲れているにも関わらず作ったんだ、味わって…ってもう聞いていないな…」

 彼の姉もそのうちの一人であった。

 さすがに万全というわけではなかったので、会場から少し離れた場所に設置されたテント内で運び込まれる食事に手を付けていたのだが、四人掛かりで運び込まれる皿を次々に空にしていった。

「どこにこれだけの量が入っていくんだ?」

《ありえない速さで熱量に還元されているとだけ言っておく…》

「…うん、御馳走様でした!」

 驚く龍一たちを他所に、千尋は手を合わせた。

 随時皿は片付けられていたためそれほど器は置かれていないが、実際量は白米三合、豚汁を八杯と並外れた量を食べていたのだった。

 その言葉を聞いてようやく忙しなく動いていた男二人は脱力して、身体を引き摺るようにテントの外へと出ていった。

「月島、真白と二ノ宮にもうそろそろ休んで大丈夫だと伝えてくれ! あとは要の分だけ用意するようにだけ言ってくれ!」

「分かりました! 村上くんたちはもう休んでも大丈夫ですよ」

 心の声が聞こえると、ようやく要は戦闘以降何も食べていなかったことに気付き、腹の虫が鳴き始めた。

「…要君は食べなかったの?」

 言いながら千尋は元気よく跳ね上がり、要の枕元へと近づいた。

 かなり衰弱していたにも関わらず、既にほとんど回復しており普通の人間と大差ないほどまで動けるようになっていた。

「…いや、あの様子を見て邪魔できないと思って、な」

「むぅ…つまり、要君は一緒に食べてくれなかった訳なんだ? 家族と一緒に食べるのが一番美味しいって言ったと思うけどな~」

「…すまん」

「失礼します。千尋さん、お食事の用意ができましたが…」

「あ! 丁度良かった! アンジェちゃん、だったよね? ちょっと要君も本格的に食べるからさっきと同じ量をお願いできる?」

「え、は、はい! ただいま!」

 アンジェが皿と共にテント内に入ると、千尋はそれを素早く受け取り、同時にアンジェに『お願い』をして彼女を…正確には要の友人たちを離した。

「さて…まずは、私を助けてくれてありがとう。信じてはいたけど、やっぱりこうして実現されたっていうのは驚いたかな? まだ夢じゃないのかな、なんて思ったりするけど…」

 人の気配が弱くなった途端、千尋の雰囲気が一気に変わった。

 それは普段の、努めて明るく振舞う、というものではなく、ごく自然の、歳相応の落ち着き払った様子だった。

「約束したことだからな…それよりも、遅くなった。悪かった、義姉さん」

「もしかして、遅いって言ったことを気にしているの? だとしたらゴメンね。本当は要君に心配かけないように気をつけるべきだったんだけど…あの落葉色の武人に弱っていたところをやられちゃって…」

「…そうか…」

 要はその言葉で先程の戦いを思い出した。

 最初の奇襲は成功していたが、その後の怒涛の攻撃は凌ぐだけで精一杯だった。

 兄弟子が訪れなければ、あの槍が要の生命を奪っていたことは、ある程度の修羅場をくぐった要には嫌というほど思い知らされた。

 だから、弱っていたとはいえ千尋が負け、さらわれたことにも納得がいった。

 彼が深く考え始めたことを察したのか、千尋は静かに要に近寄り、その小さな手で優しく頭を撫でた。

「!? ね、姉さん!? 一体何を…!?」

「…しばらく見ないうちに随分大きくなっちゃって…少し前までは私より小さかったのにね?」

「こ、この年になってまで姉さんより背が低ければへこむぞ…」

「だろうね。でもそれよりも…一番驚いたのは沢山の友達が出来ていたことかな? 皆要君の怪我を見て凄く慌てていたし、泣き出す子もいたくらいだから…ね」

「…姉さん」

 そこで、要は気付いた。

「…怖かったのか?」

「…………」

 要を撫でる手が急に止まった。

 本当に僅かながらではあるが、その手は震えていた。

 しばらくの間、その指摘に千尋は黙り込んだが、徐々に要の頭に置いた手は震えをましていった。

「…あたり…まえでしょ…?」

 消え入るような声だった。

 要ですらも聞いたこともない、酷く弱々しい声だった。

「何もない部屋に閉じ込められて…よくわからない人形が毎日のように刃物を持って襲いかかろうとして…何度も諦めよう、なんて思ったりしたよ?」

「…………」

「けど…ね? 要君が絶対に助けに来てくれるって信じて…頑張ったんだよ」

 果たされるかすらも危ういその約束を。

 彼女はひたむきに信じて、生き延びた。

 気丈に振舞っていた事をようやく理解できた要は、無意識的に、本能的に彼女の震える手を強く握った。

「本当に…姉さんが生きていて…良かった…!」

 今まで押し込めていた感情が滝のように溢れ出した。

 涙を流し、顔を歪ませ、子供のように泣きじゃくった。

「あ、あははっ…要君もまだまだ子供だね。これからはお姉ちゃんをもっと頼りにしても良いんだよ?」

 そう返す千尋も頬に涙がとめどなく伝い、声を震わせながら、愛する弟を優しく抱きしめ、再び出会えたことを喜び合った。

 死別も覚悟していた。

 希望は捨てなかったが、絶望も何度か頭をよぎった。

 けれども、こうして兄妹ともに生きて再会できた。

 今の二人には、それだけで、喜びの涙を流す理由としては充分だった。

「…あいつがあそこまで泣くの…初めて聞いたぞ?」

「だろうな。要にとって千尋さんは大きな存在だからな」

 テントの外。

 騒ぐ人の輪から外れて男二人女五人釼甲三領が聞き耳を立てていた。

《…二年間、家族を失って我武者羅に生きてきたんだ。しばらくは思いっきり泣かせようか》

《…主、たまにはあなたも家族孝行をしたらどうかしら? 五十嵐弟殿のように家族を窮地から救ってみるとか…》

「…検討しておこう」

「あ、その時は私も呼んでくださいね? 村上君のご両親とも久しぶりにお話したいので」

 そんな中、アンジェは一つの器を抱えながら小さく椛に声をかけた。

「…椛さん、本当に【こちら】でよろしいのでしょうか…? こちらは以前アンジェが作っても召し上がってもらえなかったのですが…」

「ん…問題ない。多分それは願掛け中だったからだ。これでそれも終わりだからな」

 器に入っていたのは、肉豆腐だった。

 要の好物のひとつである。

「それじゃあ、期を見計らって全員で突撃だな」

「「「「「《《諒解!》》」」」」」

 龍一の提案に、全員は一糸乱れぬ返事を小さく返した。


ようやく、文月が終わる。

 長い別れに決別し、新たな生活が始まる。

 五十嵐千尋という、新しい嵐を迎え入れて。

 けれども、その嵐が巻き起こすは喜楽。

 蝉の鳴き声と共に、彼らの生活は少しだけ騒がしくなり始める。


これにて第三話終了です。四月を目一杯使ってしまいました。長々とお付き合いありがとうございました。

次が一年次最大の山場となります。今まで短時間で決着していた戦闘が多々ありましたが、次の戦いの為だけに【福原・陣場・オヴァ】の三人には噛ませ犬になっていただきました。

では、次回またお会いしましょう。

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